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正義の味方D



里奈の夢。
そう・・・ここは里奈の夢の中。

いつもなら
朝起きて台所に行くといつも行久がいる。
朝ご飯の良い匂いがする。
行久の『おはよう!』って笑顔が待っている。

でも・・・この夢の中・・里奈は探し回っていた。
行久がどこを探してもいないのだ。

「パパ!!」

目が覚めた時里奈の大きな瞳から涙がこぼれた。
目を擦って涙を拭きのそのそとベッドから降りる。
心臓がドキドキしている。


階段を降りて1階に行き、台所を覗いてみる。

「あ、里奈。おはよう!」
いつも通りの行久の笑顔があった。

里奈は心底ホッとした・・・。
里奈の大好きな笑顔。

・・・それなのに何故か素直になれない。

きっかけがつかめないのだ・・・。

黙り込んで立っている里奈の頭を行久は軽く撫でた。
「ママお仕事で早めに出勤したからパパと幼稚園行こうね・・・」








結局幼稚園まで何も話せないままの里奈。

教室へ向かう里奈は一度門の方を振り返った。
行久が軽く手を振っていた。











今朝も口きいてくれなかったなぁ・・・・と、シュン・・・としながらトボトボと家へと向かう行久。

「川野さん!」

後ろから声をかけられ振り返る。

「小西さん・・」
勇平の父親、雄吾だった。
行久の所まで駆け寄って来た。

「今・・・勇平を幼稚園に送ってきた所で・・・で、あなたの後姿が・・・見えたので・・・」
走って追いかけてきたので息が切れていた。


2人はゆっくりと歩き出した。
雄吾が静かに話し出した。

「本当に昨晩はすみませんでした・・・・それに・・・ありがとうございました・・・」
「いえ・・・もう気にしないで下さい」

雄吾はクスッと笑い言った。
「・・・言い訳にしかならないとは思いますが・・・・疲れていたんです。気持ちに少しも余裕がないほど
疲れていたんです・・・・・たぶん妻も同じように疲れて追い詰められているんだと思います・・・」
行久は何も言わずに雄吾の横顔を見ていた。

「今から病院に行って・・・妻とゆっくり話してみます・・・色々なことを・・・ゆっくりと・・・・」
雄吾はスーツを着ていた。本当はこのまま会社へ行く予定だったのだが休んでしまうことにしたのだ。
今日1日ゆっくりいろんな話をしようと決めた雄吾。

「今日は朝ご飯・・・私が作ったんです・・・・料理なんてほとんどやったことがなかったんで
散々な出来栄えだったんですが勇平は喜んでました」
「へぇ・・・」
「今度何か簡単に出来そうな料理教えていただけませんか?妻を驚かせたいんです・・・」
「授業料高いですよ!」
笑顔で答えた行久。


・・・たぶん、また忙しい毎日に飲み込まれ・・・その都度心底疲れて・・・・追い詰められて・・・
でも、それでも、たった一つの言葉で救われたりもするのかもしれない。
たった一つの行動で優しくなれるのかもしれない。








幼稚園で・・・里奈は絵を描いていた。一生懸命描いていた。
そんな里奈の隣に勇平が座った。
また何か言われるのかな・・・とスケッチブックを抱えて警戒する里奈。

勇平は里奈を見ずにうつむいて小さな声で言った。
「ごめんね里奈ちゃん・・・」
里奈は勇平からの予想してなかった謝罪の言葉に目をまあるくした。

「・・・パパが料理してるのって・・・少しだけど・・・かっこ良かった」
・・・そう言って勇平はほっぺを赤くし教室から出て行ってしまった。


















夜・・・里奈が寝た後、残業で遅くなる琴子を待ちながら行久は・・・久しぶりに
昔会社で着ていたスーツを居間に広げていた。

そのうちの1つを着てみる。
体型はほとんど変わっていないので着てみた感じも当時のままだ。
ネクタイもちゃんと締めてみる。

今の生活ではあまりスーツを着ないので本当に久しぶりだった。

「里奈が幼稚園入った時以来かな・・・?」
居間にあった大き目の鏡台の前に立つ。
鏡に映った自分を見てクスッと笑う。
まだまだ20代で通せるかも・・・と思ってしまった。
実際かなり若く見える。


「スーツなんて着て、どっか出かけるの?」

いきなり後ろから声がして心臓が飛び出るほどビックリした行久。

「こ・・・琴子さん!!いつ帰ってきたんですか???」
「たった今」
「チャイムは・・・?」
琴子は悪戯っぽく笑った。
「行久驚かせてみよっかなぁ・・・て鳴らさずに入ってきたの!・・・おかげで面白い物が見れたわ!」

琴子は本当に嬉しそうに笑った。

行久はキョトンとして言った。
「面白いものって・・・スーツ姿なんて確かに久しぶりだけど・・・そんなにたいした物でもないでしょう?」
「いいからご飯ちょうだい〜!!お腹空いた・・・・・あ、そのスーツそのまま着ててね!!」
「暑いから上着は脱いでもいいですか?」
着ていたのは冬用のスーツだったのでクーラーをつけていてもさすがに暑いのだ。
「上着だけなら良いわよ〜」
行久は首をかしげながら腕まくりをし琴子の食事の用意をした。




食後居間で2人仲良く並んでビールを飲んでいた。
おつまみの枝豆を口に入れ琴子が言った。
「行久は・・・働きたいと思ってる?」
「・・・・もう一度働いてみたいとは思っていますが今はこのままがいいです・・・・」
「じゃあ・・・この先共働き夫婦になる可能性も有りね!」
「そうですね・・・・」
琴子は小さなため息をつき・・・言った。
「私・・・行久に無理させてきたのかな・・・・家に閉じ込めて・・・・」
行久は思ってもみない言葉に「へ?」・・と間の抜けた声を出した。
琴子がちょっと弱気な顔で行久を見る。
行久は笑いながら言った。
「何言ってるんですか〜!俺は何も無理なんかしてませんよ!!家事だって楽しいし
里奈とも一緒にいられるし・・・・・・・」
「私・・・仕事好きだから・・・・・・行久にそう言ってもらって安心した・・・・・」
そう言って琴子はビールを一気に飲んだ。

行久はその時・・・考えていた・・・。いや、本人も気がつかないほど心の奥底で
その気持ちはいつも漂っていた・・・。

『・・・・このままで良いのかな・・・・』

この気持ちは・・・仕事をしたいとか何かを無理しているとか
そういった類の物ではなくて・・・・・・行久自身の問題で・・・・・・・・・。




「里奈の様子どう?」
新しい缶ビールを開け琴子が話を変えた。
「あまり変わらないです。何も話してくれないです・・・ただ・・・」
「ただ?」
「時々・・・何か言いたそうに俺のこと見てる・・・目が合うとそっぽ向いちゃいますけどね」

琴子は「ふ〜ん・・・」と言ってニヤリ・・と笑った。

「ねえ行久・・・」
「はい?」
琴子は行久の肩にポンッと手を置き言った。
「そのスーツとネクタイ・・・忘年会の時着てたの覚えてる?」
「はぁ・・・?忘年会?」
行久は何のことだか見当がつかなくて記憶をたどっていった。
「忘年会・・・・忘年か・・・・まさか・・・」
行久は『忘年会』という言葉で琴子が何を言っているのかを連想し真っ青になった。
「もう一度再現しましょうかね!!私達の初めて夜♪ゆぅっくりと・・・!」
行久はどうして着ていたものまで覚えているんだ?・・と考えながらそんな場合ではなく。
「ちょっと・・・明日琴子さん会社でしょ?そんなこと・・・」
行久は少し後ずさりながら言った。
「あ、まだ言ってなかったわね。明日有休取ったの!」
「あ・・・あはは・・・そうなんですか・・・・」
そんな行久をとっ捕まえ、琴子は耳元でささやく・・・。
「明日は私が朝ご飯と里奈のお弁当作るから・・・行久はゆっくり寝てていいわよ・・・だから・・・ね!」














朝、目を覚ました里奈。
いつも通り台所を覗く。
・・・が、いつもと違う風景。

「ママ・・・・・」

台所に立っていたのは行久ではなく琴子であった。
「お・は・よ・う!里奈!」

そう言いながらフライパンでウインナ-を焼く琴子。
夢のことを思い出し里奈は恐る恐る言った。
「パパは?」
琴子は少し暗い顔をして言った。
「それがね〜朝起きたらどこにもいないのよ・・・変よね〜。里奈探してきてくれる?」


里奈は慌てて部屋を見て回った。
ここにもいない・・・トイレにも・・・おふろにも・・・このおへやにも・・・・いない・・・。
里奈の瞳が涙でうるうるしてきた。

うえのおへや?・・・・・・里奈は2階へ行った。
りなのおへやにはいなかった。
里奈は客間のドアを開けた。
いない・・・・・。
最後に残ったのは・・・・。
ママたちのおへや?でもそしたらママいないなんていわないもん・・・。

それでも里奈最後の希望を持ってドアを開けてみる。

そこには
ベッドですやすや・・・気持ち良さそうに眠っている行久がいた。

里奈の瞳に行久が映る。
里奈の瞳から涙がこぼれる。

いなくなっちゃったかとおもった。
パパだいすきなのにきらいなんていったから・・・いなくなっちゃったかとおもった。
りなのこときらいになっちゃっていなくなっちゃったとおもった。

里奈は駆け出してベッドの上に乗っかり行久に抱きついた。

「パパ!パパ!」

いきなり乗っかられてビックリして目覚める行久。
「ふぇ?・・・琴子さ・・・・あれ?」
寝ぼけた目に飛び込んできたのは里奈の涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔。
「里奈?!」

行久は慌ててガバっと起き上がった。
「里奈?どうしたの?何で泣いてるの?どっかぶつけたのか?どっか痛いのか?」
おろおろしながら里奈を抱いて顔を覗き込む。

里奈は声を詰まらせながら必死で言った。
仲直りの言葉。

「ごめ・・・んなさ・・・ぃ・・・パパ・・・ごめん・・・なさぃ・・・・ぅえ・・・
りなのこと・・・きら・・いにならないで・・・」

行久は里奈の顔を見つめ、クスッと笑った。
そして、そおっと抱きしめて言った。
「パパはいつでも、どんな時でも里奈のことが大好きだよ・・・」











すっかり朝ご飯の支度が整った食卓。一人座る琴子。
昨日里奈が描いたと思われるスケッチブックを眺めて小さなため息をついた。

そこにはクレヨンで描かれた・・・どうやら行久と思われる似顔絵と「パパだいすき」
という文字があった。

「・・・ママはちょっぴり寂しいぞ〜・・・里奈」
・・・グレちゃおっかな・・・と心の中でつぶやいて・・・・・・・微笑んだ。
2001.6.26

第4章へ⇒

(ちょこっと後書き)本当に・・・私・・・すみません・・・毎度こんな趣味に走った終わり方で・・(汗)
あ・・・あきれました?あははは!(趣味に走っているのはラスト少し手前ですね・・・笑)
次回第4章!琴子と行久と正義の味方・・・です。2人そろってピンチです。
4章と5章は話的につながっていくと思います・・・。ラストまでもう少しだけお付き合いください(笑)