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正義の味方C


「落ち着きましたか・・・?」
行久は冷たい麦茶の入ったグラスを差し出した。
居間で力なく座り込む小西雄吾。
行久も少し離れた所に座った。
雄吾は麦茶を一気に飲み干し小さな声で謝罪の言葉を口にした。
「・・・ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「いえ・・・」
「割ってしまった窓ガラスも弁償しますから・・・・」
疲れきった顔でうつむく雄吾。

行久は雄吾の様子を見て心配になってくる。
あまりにも疲れているからだ。
「あの・・・・・お仕事忙しいんですか・・・?」


雄吾は頷き言った。
「毎日毎日仕事のことばかり考えて・・・それだけで手一杯で・・・時々・・・疲れたな・・と
思うんです。心底疲れたな・・・と」

行久はただ黙って聞いていた。

「最近・・・自分の心の底で・・・別の自分が暴れているような感覚に襲われるようになったんです・・・
まさかそれに体を乗っ取られるなんて・・・・」
『別の自分』・・・悪の手先53号ことだ。
徐々に徐々に体を支配していったのだろう。

雄吾は行久を見て苦笑いしながら言った。
「妻からあなたの話を聞いて・・うらやましく思いましたよ・・・・・毎日子供の側にいられるし
一分一秒を気にして行動しなくてもいい・・・・・私もそんな生活がしたいですよ・・・」
「・・・・・・・・」
行久は返答に困ってしまう・・・雄吾の言葉には思いっきりトゲがあった。
チクチク痛むのだ・・・・。

「昨日の夜・・・疲れて帰宅した私に妻は言ったんです・・・たまには家族のために時間を使ってくれと・・・」
その言葉を聞き行久は重い口を開く。
「今日・・・勇平君・・・言ってました。誕生日の約束のとこ・・・」
「約束・・・」
「遊園地・・・・」
雄吾は目を見開いた。何度も破ってしまった勇平との約束。
「でも仕事だから仕方ないって・・・・そう言ってました・・・」
行久はただ勇平の気持ちを伝えるだけ・・・それだけのつもりで言った言葉。
でも・・・その言葉を聞いた瞬間、雄吾は
「あなたに何がわかるっていうんですか!!!」・・・と行久を睨んで叫んだ。

雄吾の表情が怒りに満ちてくる。
「妻は言いましたよ・・・せめて休日くらい家で家族とすごしてくれと・・・泣いて訴えるんです・・・
勇平も寂しがってるって・・・そう言って私を責める・・・・!!私は・・・何も言えませんでしたよ・・・
確かに妻にも勇平にも寂しい思いをさせている・・・・・でも・・・」
雄吾はまるで行久を怒りの対象だというように言葉を投げつける。
「仕事で疲れはてて・・・家ではまるで私が悪いように言われて・・・私が罪悪感を感じてないとでも
思っているんですか?いつもいつものんびり子供と過ごしていられるあなたなんかに
何がわかるっていうんですか!!!わかるなんて言わせない!!」

行久は完全に雄吾の言葉に捕まってしまっていた・・・。
あまりに一方的な言葉に反発する気持ちもあったが形にならず
一方で、確かに俺にはわからない・・・・いや、想像はつく。昔は働いていたんだし・・・
けれど自分には反論する権利はない・・・・そんな考えに行久は捕まってしまった。

いったんそう思い込んでしまった行久。

後はただ雄吾の刺さるような言葉を必死で受け止めるしか出来なかった。

「誰のために働いていると思ってるんだ!!みんな家族のためじゃないか!!
夫としての責任をちゃんと果たしている!!それなのに・・・・・何で責められなきゃ
いけないんだ!!」

責任・・・・夫としての責任・・・・。じゃあ俺は・・・・?
行久の頭の中でぐるぐるとその言葉が回る・・・。

「妻が言いましたよ・・・川野さんの旦那さんは優しいって!子供のことを大事にしているって!!
何であなたなんかと比べられなきゃいけないんですか?私だってあなたみたいに働かなくて
良いんだったらいくらでも子供を可愛がりたいですよ!!あなたに・・・何も言う資格なんて
ないんだ!!」

そうだ・・・小西さんの言う通りだ・・・・俺には何も言う資格なんて・・・・ない。
行久の心が追い詰められて潰されそうになった時・・・・・。









「何わけわかんないこと言ってるの?この人」





力の入らない呆れたような声。




いつの間にか居間の出入り口の所で壁に寄りかかって腕を組み立っていた人物の声。




「琴子さん・・・・」

行久がビックリして琴子を見つめる。
「いつ帰って来たんですか?」
「ちょっと前・・・チャイムならしても全然反応ないから勝手に入ってきた」
話が白熱していて行久も雄吾も気が付かなかったのだ。
琴子は予定より早く帰ってこれたのだ。
「・・・いつからそこにいたんですか?」
「そこの人の怒りの第一声『あなたに何がわかるっていうんですか!!!』ってあたりから』

雄吾は琴子に対して明らかに敵意を向けながら言った。
「さっき言ったわけわからないって・・・どういう意味ですか?私の言っていることのどこが
わからないんですか?間違っているとでも言いたいんですか?」


琴子は雄吾の言葉に面倒くさそうに答えた。
「言う相手が間違っているのよ・・・」
「え?」
「うちの旦那をあなたの奥さんの代わりにしないでよって言ってるんです」
雄吾は言われてることがよくわからない・・といった顔つきで琴子を見つめる。

「今あなたが切々と行久に訴えてた心の叫びってやつ?・・・それってあなたの奥さんに伝える
べきことでしょ?行久はこれっぽっちも関係ないじゃない」
雄吾は目を見開き小さな声で「あ・・」と言った。

琴子は雄吾を真っ直ぐ見つめ淡々と言う。
「あなたは行久に何も言う資格ないって言ってたけど、だったらあなただって行久にあんなこと言う資格
ないのよ・・・行久は私の夫なんだから」

そして少し声のトーンを下げて静かに言った。
「・・・それに・・・私も娘も行久は夫の責任を誰よりも果たしてると思っている・・・
あなたに負けないくらいにね・・・・・・」


雄吾は琴子の言葉を聞いてすっかりうなだれて・・・でもまだどこか納得していない様子だ。


行久はぼんやり琴子を見ていた。
琴子の言葉に救われた・・・確かに救われた・・・けれど・・・やっぱりどこか納得できていない・・・。

そんな2人を気にせず琴子は行久を見て言った。
「ところで・・・行久」
「はい?」
「この人・・・どなた?」












「川野さん・・・いろいろ失礼なこと言ってしまって申し訳ありませんでした」
眠っている勇平を抱いて雄吾は頭を下げた。
「あ・・・いえ、気にしないで下さい」
行久は慌てて言った。

「・・・妻に・・・気持ちを話してみます・・・・勇平にも・・・話します・・・」
「・・・そうですか・・・」
玄関でうつむきながらぎこちなく話をする2人。琴子はそんな2人を黙って観察している。

雄吾は顔を上げて微笑みながら言った。
「川野さん・・・やっぱり私はあなたが羨ましい・・・・」
行久はゆっくり顔をあげ雄吾の顔を見た。

「羨ましいです・・・」
その言葉にはさっきみたいなトゲはなかった。
ただ純粋に子供と長い時間いられることを羨ましいと言ったのだろう。
行久も言われてばかりではなく・・・最後に
「小西さん」
ニッコリ、笑って言った。
「あんまり主夫をなめんなよ!・・・です」



雄吾はドアを開けもう一度振り返り軽く頭を下げ去っていった。


行久と琴子はしばらく玄関に立ったまま話をした。
「ねぇ・・・行久・・・悪の手先って・・・・不思議よね・・・」
「・・・はい」
人間の最も脆い、弱い部分を狙って体を乗っ取っとる悪の手先。
行久は静かに言った。
「乗っ取られた人の事情や悪の手先の行動を見ていると・・・何だか・・・『敵』っていうより・・・
人間を感じてしまいます・・・・」

琴子は軽くため息をついた。
「小西さんも行久にあれだけ感情をぶつけた後だから奥さんとは冷静に・・・素直な気持ちを
伝えられるでしょ。・・・・・ま、私としては行久使われたってのが不本意で腹立たしいけどね」

行久はクスッと笑って・・・・・・少し寂しそうに言った。

「・・・琴子さん・・・里奈がなぜ俺を避けるのかわかりましたよ」
「へぇ・・・」
「からかわれたんですよ。主夫してる俺のこと女みたいだって・・・かっこ悪いってね」
「ふ〜ん・・・・・ま、大丈夫でしょ」

琴子があんまりにもあっさり言うもんだからキョトンとして行久は言った。
「大丈夫って?」

琴子は微笑んで行久を見る。
「行久は気にせずいつも通りにしてれば良いのよ。堂々と自信を持って・・・ね」

そう言って琴子はお風呂に入るために浴室へ向かった。


行久は首をかしげてしばらくその場に立っていた。
2001.6.24

(ちょこっと後書き)ああ・・ややこしかった・・・さて次回で3章終了だ!