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正義の味方B

PM9:30
ベッドに入った里奈。いつもだったら絵本の1つでも読んでと言うのだが
昨日も今日も何も言わず布団に潜り込んでしまう。
行久の「おやすみなさい」の言葉にも答えようとしない。


「・・・電気消すよ・・・・」
行久はドアの横にあるスイッチを押して部屋の電気を消した。

パタン・・・。

ドアの閉まる音。
行久が出て行ったのを確認して里奈は布団から頭を出した。

『里奈。心に嘘付いてると・・・辛いよ』

琴子の言っていたことを思い出す。
里奈は行久を無視する度に胸の痛さが増していくのを感じていた。



里奈の部屋の隣に行久達の寝室がある。
行久はドアをそっと開けた。
勇平はここで寝かせていた。里奈と勇平はどこか態度がぎこちなくて
2人で仲良く遊ぶどころか全然口もきかない。
だから別々に寝かせることにしたのだ。

寝てると思っていた勇平が暗い部屋の中、上半身起こしてぼんやりしていた。
行久がドアを開けたのに気が付きうつむく。
「・・・勇平君・・・寝れないの?」

行久は心配そうに側に寄った。

「ママ・・・大丈夫かな・・・」
不安そうに行久を見上げる。
「大丈夫だよ!ゆっくり休めばまた元気になるよ!」
ニッコリ笑って言う。

その笑顔を見た勇平が小さな声で言った。

「・・・ごめんなさい・・・・・ぼく・・・里奈ちゃんに意地悪した・・・」
「意地悪・・?」
「おじちゃんのこと料理とか洗濯とかしてるから・・・女みたいだって・・・かっこ悪いって言ったの・・・」

行久は胸がチクンと痛むのを感じた。

「そうしたら・・・里奈ちゃん泣いちゃったの・・・・」
勇平は怒られると思いビクビクしながら言った。
「ごめんなさい・・・・ぼく・・・羨ましかったんだ・・・いつもパパが側にいてくれる里奈ちゃんが・・・」


行久は微笑みながら勇平の頭を撫でた。

勇平は行久の笑顔に安心したようにゆっくりと話し出した。

「・・・パパ・・・誕生日プレゼントに遊園地連れて行ってくれる約束してたのに・・・
お仕事で忙しいからって何度も何度も約束破った・・・ぼくの誕生日なんてもうずっと前になっちゃった・・・」

行久は勇平の寂しそうな顔を見つめる。

「パパお仕事忙しいんだから・・・仕方ないよね・・・・」

そしてベッドに潜り込んで「パパが来たら起こしてね」と、言った。


里奈がなぜ口をきいてくれないのかようやくわかった行久。
行久には里奈の気持ちも勇平の気持ちも痛かった。
静かに部屋から出て・・・居間に行き腰を下ろした。

『里奈・・・辛かっただろうな・・・』
主夫・・・それは琴子の希望でもあったが最終的には行久自身が選んだことだ。
でも今回はそのことで里奈が傷ついてしまったんだ・・・。
男が家事をする主夫。別に変なことでも何でもない。行久はそう思っている。
でも一般的には主夫の数より主婦の数の方が圧倒的に多い。
中には不思議がる子供もいるんだろう。

仕事・・・・行久が会社を辞める時躊躇しなかったと言えば嘘になる。
男が働いて家族を守っていく・・・そんな構図が行久の頭の中にもあった。

それでも琴子と行久は今の状態をベストと信じて選んだのだ。

「かっこ悪いかな・・・」
行久はクスッと笑った。
それはきっと「主夫」だからではなく俺だから・・・なんだろうな・・・と行久は思ってしまった。

『まずい・・・落ち込んできた・・・』行久は頭を軽く横に振って今の考えを追い出した。


今は落ち込んでいる場合じゃない!悪の手先53号の退治だ!!


PM9:55
行久は正義の味方セットを出して身に着けた。
居間で静かに『敵』が来るのを待つ・・・。
時計の秒針の音がやけに気になった。




PM10:01

ガシャン!

1階の1番奥の部屋からガラスが割れるような音がした。
その部屋は殆ど琴子のスーツ置き場兼物置と化している部屋だ。

行久は慎重に廊下を進みその部屋の前に立った。

ドアは・・・開いていた。
真っ暗な部屋の中へ入って電気をつけた。
窓ガラスが割れていて窓が空いていた。

『・・・もう家の中にいるのか・・・?』
行久はそう思った瞬間慌てた。
子供達!!
もう慎重に行動するなんてこと行久の頭にはなかった。
階段はこの部屋の真向かいにある。
居間から来た行久に出会わずに姿を消したとなると2階へ行ったとしか思えない。

階段へ向かおうと向きを変えた時行久の背後から音がした。
黒い光が行久の横を過ぎった。

驚いてもう一度部屋の中に視線を戻すと・・・。
窓の横にあった琴子の洋服ダンス・・・
タンスの扉が開いていて
「ちっ!外したか!!」
そう言いながら、中から男が出てきた。

行久と同じくらいの体格をした男・・・とても真面目そうな『エリート』を感じさせる。


「小西雄吾さん・・・ですか?」
行久はレーザーガンを構えて言った。
距離があったのでバッジは警告をしない。


雄吾の体を乗っ取った悪の手先53号がニヤリと笑った。
「そうですよ・・・。正義の味方の川野さん」
その瞬間悪の手先53号は行久に向かって突っ込んできた。
行久は慌ててレーザーガンを撃つがわずかに外れた。

体当たりをされて行久は倒れた。
倒れた時、壁に後頭部を激しくぶつけた。

目に星がチカチカするほど痛くて床に寝転がりながら頭を押さえていると

悪の手先53号は行久に覆い被さり首を絞めようとした。
『敵がいるぞっ!敵がいるぞっ!』・・というバッジの警告音が響く。
行久の方も必死で自分の首に迫って来る手を払いのけ相手の体を押した。

と、・・・・あっけないくらい悪の手先53号は後ろによろけ尻餅をついた。


・・・行久はそのすきに立ち上がり再びレーザーガンを構えた。


行久は腕力なんかに自信はない。その行久にちょっと押されたくらいで尻餅をついた
悪の手先53号・・・・。

そう・・・悪の手先53号が乗っ取った体は・・・・毎日の過酷な業務で疲れきっている
小西雄吾の体。

雄吾の体は・・・疲れきっていたのだ。




行久はレーザーガンの引き金を引いた。

『正義の光線』が雄吾の胸を貫き苦しい悲鳴を上げた後、口から黒い煙をはいた・・。

悪の手先53号は退治された。


でも・・・・行久にとってここからが本当の戦いだった・・・。
2001.6.24