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正義の味方A


里奈を幼稚園へ迎えに行く道のり・・・行久の足はとても重かった。
何で里奈が口をきいてくれないのか、いくら考えてもわからず頭を痛めていた。

足取りが重かったせいか普段より幼稚園に到着するのが遅くなってしまった。

お迎えのお母さん達の姿は既に少なくなっていて行久は慌てて門をくぐった。
「あ、お父さん来たわよ〜」
「・・・・・・・」
先生に背中を押されて玄関に立つ里奈。相変わらず不機嫌だった。
行久はしゃがんで里奈の目を見た。
里奈は視線を合わせようとせずうつむいている。

行久は微笑んで「帰ろうね・・・」と言った。

行久と里奈が歩き出そうとした時
「すみません!!遅くなって・・・」
と言って駆け足で幼稚園に入ってくる女性がいた。

その声が聞こえた時教室の隅で絵本を読んでいた男の子が嬉しそうに外に出てきた。
「ママ!」



女性の名は小西絹子。男の子の名前は勇平・・・・勇平は
里奈をからかって泣かした・・・・あの男の子だ。

絹子は先生に頭を下げ勇平と門へ向かって歩き出した。
2人の様子をぼんやりながめていた行久達とすれ違う時に目が合い、お互い軽く会釈した。
里奈は後ずさり行久の後ろに隠れた。その様子に「おや?」と行久は思い、今度は勇平に
視線を移した。
勇平は絹子に気付かれないよう注意しながら
行久に向かって馬鹿にしたように舌を出した。

『ふぅん・・・』
行久は『里奈の様子が変なのはこの子に関係があるのかな・・・』と感じた。


「里奈・・・パパ達も帰ろうね」
後ろにいた里奈に声をかけるが返事はなく、里奈は一人で歩き出した。
行久も里奈の歩調に合わせ少し後ろを歩いた。

前方には小西親子が歩いている。






「ママ!!ママぁ!!」
幼稚園を出て少しした所で突然絹子がしゃがみ込んでしまった。

その様子を見て行久は絹子の所へ駆け寄った。

「大丈夫ですか?」
「・・・ええ・・・少し眩暈がして・・・」
絹子の顔色はとても悪く、辛そうな顔をしていた。
行久は額に手をあてビックリする。
「すごい熱じゃないですか!!」
勇平は半泣き状態で「ママ〜」と騒いでいた。

行久は周りを見渡し、ちょうど前方の十字路に滑り込んできたタクシーを捕まえた。
タクシーに4人で乗り込み病院へ向かった。







6人部屋の病室。
「すみませんでした・・・」
絹子はベッドで申しわけなさそうに言った。側で勇平が心配そうに絹子の顔を
見つめている。里奈は病室の隅の方で黙って立っていた。
風邪と過労。
絹子は2〜3日入院してゆっくり休養を取って下さい・・・と医者から申し渡された。

「気にしないで下さい。それより旦那さんに連絡した方が良いですよね?
会社の電話番号教えていただけますか?」
行久のその言葉を聞いた絹子は少し表情を固くし、小さな声で言った。
「そうですね・・・・」










『はい。小西ですが』
絹子の旦那さんの会社に電話をし、
1回目は会議中、2回目は接客、3回目でようやく取り次いでもらえた。
絹子の夫、小西雄吾。以前絹子から『帰りはいつも午前様なのよ・・・』と聞いたことがある。
とても仕事が忙しいらしい・・・。
 
「私は川野と申します。息子さんと同じ幼稚園の・・・」
『存じています。妻から何度かお名前を聞いたことがあるので。で、どういった御用ですか?』
行久が自分のことを説明しようとした言葉を雄吾は遮った。『忙しいんだから早く用件を言って欲しい』
・・・そんな気持ちが受話器の向こうから漂ってくる。

「奥様が入院しました」
『えっ!!』
「風邪と過労だそうです。2〜3日入院すれば良くなるそうなので・・・」
行久は心配させないようにすぐに説明した。

『そうですか・・・』
雄吾はホッとしたような声でそう言った。
行久は病院の連絡先を伝え
「小西さんがおみえになるまで病室で勇平君のこと見てますからご心配なく」
・・・と言って電話を切ろうとした。

・・・が
『ちょっと待って下さい!!』
雄吾の慌てた声を聞き行久は受話器を再び耳にあてた。
「どうしたんですか?」
『今日中にやらなきゃいけない仕事が山ほどあって今すぐにはとても帰れない・・・』
その後・・・しばしの沈黙。
行久は・・・・仕事を終えて帰ってくるまで俺に勇平君をあずかって欲しいのかな・・・と感じた。
「あの・・・でしたらお帰りになるまで勇平君うちでお預かりします」
行久の方から切り出した。
『ありがとうございます!!たぶん・・・夜・・・10時を過ぎてしまうと思いますが・・・』
「わかりました」
行久は自分の家の連絡先を伝え電話を切った。



病室に戻り絹子に電話の内容を伝えた。
絹子は苦笑いしながら言った。
「あの人らしい・・・」

絹子は勇平に微笑み言った。
「川野さんの言うこと良く聞いて良い子で待っているのよ・・・」
「えっ!!!」
勇平は絹子の言葉に目を見開き行久を見る。

その時の勇平の顔は・・・少しの敵意と困惑・・・そして少しだけ・・・照れているようにも見えた。














「もう夏だしこーゆー暑い日に冷やし中華は美味しいねぇ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
行久の声だけが虚しく響く・・・。

行久が里奈と勇平を連れて家に帰った時には、すっかり日は暮れていた。
お腹が空いてるだろうと思いすぐに作れるメニューにしたのだ。
食卓に座って大人しく冷やし中華を食べる里奈と勇平。2人とも何も話そうとしない。
3人きりの食卓は・・・・・・とても暗かった。行久は居たたまれない気分になっていた。
・・・・・・お母さんが入院したんだ・・勇平君とても不安なんだろう・・・・行久は勇平を
見つめそう思った。いくら『お母さんは大丈夫だよ』と説明しても不安で不安で・・・心配で
胸が張り裂けそうなのだろう・・・。

里奈は里奈でずっと口を噤んだままだ・・・。


夕食後里奈は2階にある自分の部屋へ行き勇平は居間でぼんやりとテレビを眺めていた・・・。
行久は後片付けを終え、まだ郵便受けを見ていないことを思い出した。
ドタバタしていたのですっかり忘れていたのだ。

この前のこともあるので急いで見に行った。




郵便受けを開けると・・・・・新聞といくつかのハガキに混じって・・・・出てきました。
金色の封筒。

中を開けてみると毎度の指令書が入っていた。

指令書(悪の手先53号の退治)

敵のコードネーム   悪の手先53号
出現日時        7月4日(水)  午後10時〜11時の間
敵の必殺技       残業攻撃
敵の弱点        睡眠不足

7月4日とは・・・今日のことだ。
「午後10時から・・・11時・・・・」
行久は・・・・・ふぅ・・・・・とため息を付いた。
『琴子さんは今日、接待で終電で帰れるかどうかわからない・・・と言っていたし
第一琴子さんが悪の手先なわけないし・・・・』考えを巡らす行久。
だとしたらこの時間帯・・・『悪の手先』の可能性として一番高いのは・・・・。


「小西さん・・・かなぁ・・・・」

行久はもう一度大きなため息をついた・・・。
2001.6.22