戻る

正義の味方E

日は傾き窓からは真っ赤な夕焼けが見える。
一郎は笑ってくれない行久を部屋の隅でじっと見つめていた。

行久は台所で夕食の準備にとりかかっていた。


鶏肉の唐揚と金平ゴボウ、シジミのお味噌汁とほうれん草のおひたし。
「デザートにイチゴ・・・」
行久は冷蔵庫から取り出したイチゴを見て手を止めた。

『美味しいね〜』

一瞬行久の頭に声が響く。

「イチゴ・・・」
ぼんやりとイチゴのパックを手にして立ち尽くす行久を見て
一郎が不思議そうに言った。

「どうし・・・た・・・・!」
その時の行久のとても温かい眼差しに気を取られ一郎は言葉を続けられなかった。









バタン!!

突然勢い良く玄関のドアが開けられた。
一郎と行久は同時に玄関の方へ目を向ける。

「父ちゃん・・・・」

一郎は玄関に立つ源二の様子を見て息を呑んだ。
殺気立っていたからだ。
源二はドアも閉めずに行久の方へ足を向けた。

「父ちゃん?」

一郎の言葉には耳を貸さずゆっくりと行久に近づきその首にそっと手を絡ませる。
行久は抵抗せず、源二を見つめている。
『お前がいると胸が痛いんだ!!』
源二の心を押さえつけ悪の手先48号が手に力を加えようとした時
一郎が源二にしがみついてきた。

「父ちゃん!!おじちゃんに何すんだよ!!やめてよ!!」

源二を乗っ取っている悪の手先48号は一郎を突き飛ばした。
畳に投げ出された一郎の体。
一郎は痛みに耐えながらすぐに立ち上がり源二に抱きつく!
「やめてよ!!」
「邪魔するな!!大人しくしてろ!!」
悪の手先48号が今度は手加減なしに一郎を殴ろうとした時
凄まじい胸の痛みが襲った。

その痛みに耐え切れず悪の手先48号は座り込んでしまった。
源二の心が悪の手先48号を自分の中から追い出そうと懸命に戦っている。

一郎は源二の胸にすがりついて叫んだ!!


「父ちゃん!!優しかった父ちゃんに戻ってよ!!母ちゃんなんかいらない!俺父ちゃんがいれば
幸せだよ!!大好きな父ちゃんがいれば幸せなんだ!!だから元の父ちゃんに戻ってよ!!」








その言葉が・・・・・源二の心に力を与えた。


『大好きな父ちゃんがいれば幸せなんだ・・・』






そうだ・・・俺はいったい何を見ていたんだろう・・・・・
俺を必要としてくれる・・・俺を愛してくれる存在が側にいたのに・・・
・・・俺の大切な家族が側で泣いていたのに・・・・・・・どこを見てたんだ俺は!!
源二の心が少しずつ力を増して行く・・・・。


『冗談じゃない!!』
悪の手先48号は源二の心を再び封じ込めようと躍起になる。


「い・・・一郎・・・」
苦しみながら源二が・・・源二自身が言葉を口にした。
「何?父ちゃん!!・・・どこか痛いの?痛いの??」
「・・・その人連れて・・・逃げろ・・・」
「父ちゃん・・・だって・・」
「いいから早くこの部屋から出てけ!!」
源二はそう叫び・・・・・・・その後優しく微笑んで一郎の頭を撫でた。
「父ちゃんは大丈夫だから・・・・」

一郎は源二の顔を見つめ・・・目に涙を浮かべながら頷いた。



一郎は行久の手を掴み外へ駆け出した。
行久の手からイチゴが落ちる・・・。
行久は床に落ちたイチゴを一瞬見つめ・・・後はされるがままになっていた。




階段を降りて道路に出た時、ちょうど行久の行き先を突き止め源二のアパートへと
向かっていた琴子達とでくわした。


「パパ!!」
里奈は駆け寄って行久に抱きついた。
背が低いので足に抱きついたわけだが・・・いつもだったら
笑いながら抱き上げてくれる行久が何の反応もしないので
里奈は不思議そうに見上げる。


「パパ・・・?」

琴子も行久の側に走っていって、顔を覗き込む。
「行久?」

行久の目には確かに琴子と里奈の姿は映っていた・・・でも心には届いていなかった。





肩を掴み行久の体を揺らして何度も何度も問い掛ける。
「行久!!ねえ、行久ってば!!何で何も言ってくれないの?」
琴子は必死だった。こんな行久見たことなかったから・・・。

琴子達の様子を側で見ていた一郎。
どうして良いのかわからず緊張した顔で立ち尽くしていた。

少し離れた所にいた猿渡はそっと一郎の側に寄り静かに言った。
「君は・・・誰?」
突然話し掛けられた一郎はビクッと体を強張らせた。

脅えた様子を見せた一郎に猿渡は微笑みながら言った。
「君が知っていること話してくれるかい?」


一郎は小さな声で話し出した。
「・・・俺の父ちゃんがあのおじちゃんに何かしたんだ・・・」
「何かって?」
「初めて会った時は笑ってたのに・・・家に来てから1度も笑わないんだ・・・」
猿渡の顔色が変わる。
「笑わない・・・?・・・感情を奪われた・・・・・・まさか・・・!!」

未だに琴子と里奈に何の反応も見せない行久を見て言った。

「悪の光線に撃たれた・・・・・?」








『遠くで誰かがぼく呼んでる気がする・・・・』

『お前なんか誰も呼んでないよ!』

『そうだよね・・・・誰も呼んでいないよね・・・』

『もういい加減楽になったらどうだ?』

『・・・・・・うん・・・・そうだね・・・・・・』

2001.6.18