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正義の味方D


一方、琴子達は行久の行方を懸命に追っていた。
午前中は猿渡と手分けして近所を歩いて見て回っていたのだが
何の手がかりも見つからず、午後からは△町商店街へ行った。行久がよく買い物している場所だ。
誰か何かを目撃しているかも・・・そんな期待があった。


そして・・・・・案外あっけなく情報が得られた。


八百屋の主人がにこやかに言った。
「珍しいね〜川野さんとこの奥さんが買い物に来るなんて!噂通りの美人さんだぁ!
旦那?今日来たよ〜ごぼう買っていったよ。金平作るのかね〜」
この言葉を聞いた時、琴子達は思わず顔を見合わせ涙ぐんでしまった。
とにかく・・・行久は無事なのだ・・・・そのことがとても嬉しかった。
琴子は八百屋の主人に詰め寄り聞いた。
「どこか変わった様子はなかったですか?」
「ああ?・・・そういえば・・・いつもニコニコしているのに今日はぼんやりしてたなぁ・・・風邪でも
ひいてたのかねぇ」


次に魚屋の主人がクビをかしげながら心配そうに言った。
「ああ・・・川野さん確かに来たよ。サケを3枚買っていったよ。でも挨拶しても無視されちゃったよ。いつもは
ニコっと笑って挨拶してくれんのになぁ・・・な、里奈ちゃん。パパはどうしたんだろうねぇ・・・」
魚屋さんはそう言って里奈の頭を撫でた。


酒屋さんの奥さんは言った。
「日本酒買ってったよ。そういえばいつもより元気が無かったようだね・・・。夫婦喧嘩でもしたのかい?
何だったら相談にのるよ?」
琴子は首を振り「違います違います」と否定しながら退散していった。
最後に「あんな優しい旦那様苛めちゃだめだよ〜」・・・という言葉をいただいた・・・・。



その後もどんどん行久の足取りはつかめていった。
琴子が全然知らない主婦や老人、子供達が里奈を見て話し掛けて
くれ、行久のことを尋ねやすかったからだ。
徐々に徐々に琴子達は行久のもとへと近づいていた。


琴子はご近所の人達に感謝した。

同時に・・・・・行久が普段どれくらい毎日の生活に関わってくる人達を大切にしてきたかが
身にしみてよくわかってしまった・・・。

猿渡が言った・・・。
「この情報が得られたのは・・・川野さん自身のおかげですね・・・」





















その頃、悪の手先48号は家のすぐ側にある公園にいた。
小さな寂れた公園で遊んでる子供もいない。
ブランコに乗りぼんやり考え込んでいた。

『源二の心が俺に反抗している・・・・何故なんだ?』
悪の手先48号にとってこれは深刻な問題だった。
これから何か悪いことをしようと思ってもこんな不安定な心を抱えていては
仕事がスムーズに進まない。
源二の心が苦しんでいる。

行久を見る度に・・・・憎しみと切望・・・優しさ・・・相反する感情に源二の心は苦しみ
迷っている。











源二は両親に愛された記憶がない。
赤ん坊の時に母親は源二をおいて男と蒸発した。
父親はもともとあまり働かず酒ばかり飲んでいるような男だった。
この父親も源二の頭を殴ることはあっても優しく撫でるなんてこと
一度もなかった。

生活は荒れていた。そんな中で源二は育った・・・。

中学を卒業し源二は懸命に働いた。働いた給料はみんな父親に取られたけれど
それでも源二は父親のために働いた。

ある日仕事を終え疲れた体を抱えて帰ってみると
父親がいなくなっていた。
それまで源二が働いて稼いだお金を全部持っていなくなっていた・・・・。

置手紙の1つもなかった。

帰ってくる・・・・そう信じ源二は待ったが結局父親は戻らなかった・・・・・。

その後も職を転々としながらも真面目に働いてきた。
何人かの女性とも付き合ったがみんな源二から離れていった。
『無口で真面目な面白みのない人間』・・・みんな源二をそう言った。


そして時は流れて・・・40歳を過ぎ、働いていた工場で瑞絵という女と
知り合った。彼女は男ばかりの職場の人気者だった。
23歳・・・若くて可愛い彼女・・・源二にも話し掛けてくれた。
瑞絵がある日泣きながら源二のアパートを訪れた。
付き合っていた男に捨てられた・・・・・・瑞絵のお腹の中にはその男の
赤ん坊がいたのだ・・・。
瑞絵はどうしても産みたいと涙ながらに言い続けた。
源二は彼女に聞いた。
『何で俺の所に来たんだ?』
彼女は赤く泣きはらした瞳で源二を見つめ答えた。
『あなたなら私の話を親身に聞いてくれるような気がして・・・』



そして2人はたくさんの言葉を交わすようになり・・・・源二は決心する。
『赤ん坊の父親にしてくれないか・・・?』
瑞絵に恐る恐る言った。
瑞絵は一瞬驚いた顔をし、既に大きくなったお腹を撫でながら小さく頷いた。



源二は『家庭』に飢えていた。愛して愛されることに飢えていた。
自分を必要だと言ってくれる・・・・そんな人に飢えていた。

瑞絵と結婚し、ようやく温かい家庭を手に入れた源二。
瑞絵と生まれてくる子供のために一生懸命働いた。

子供が生まれ・・・・可愛がり愛した・・・その子供が一郎だ。


その幸せがずっと続くと信じていた源二を・・・・また裏切りが襲った。
瑞絵が離婚届を置いて出て行ったのだ。
『ごめんなさい。他に好きな人が出来ました。ごめんなさい』
そう書かれた手紙。
残された源二と一郎。

源二の心はこの時砕け散った。
何度も何度も裏切られ傷ついてきた心。
働く気力もなくなり部屋に閉じこもり酒を飲み酔った。
酔っている間だけでも忘れたかった。
嫌なこと全てを。




そんな時町で一人の男に会った。

小さな可愛らしい女の子の手を引き、のんびり歩きながら商店街で買い物をする男。
その男と少女の幸せそうな笑顔・・・・2人のまわりにはゆっくりとした優しい時間が流れているように
思えた・・・・。そんな男を見て・・・源二の心の中にドロドロとした黒い物が
入り込んできた・・・・・・それを感じても源二にはどうすることも出来なかった。

幸せそうな笑顔が憎かった・・・・源二が欲しくて欲しくてたまらなかった物。
手に入れられたかと思っていたのに・・・源二の手からこぼれてしまった幸せ。

憎い・・・・・。


男のその笑顔を憎んだ。今までの恨み全てをぶつけるように恨んだ。


その笑顔の持ち主が・・・・行久だった。














悪の手先48号は源二に問い掛ける。
『お前が選んだ復讐だ。最後まで付き合ってもらう・・・』
胸が痛む・・・源二はまだ心のどこかで信じていた・・・・。
『まだ未練があるのか?・・・・・ばかだな・・・・・』
悪の手先48号は苦笑いして言った。




「お前を愛してくれる奴なんてどこにもいないよ・・・・」

悪の手先48号は何かを決心したかのようにゆっくりと立ち上がり
家へと向かった。
2001.6.17

(ちょこっと後書き)・・・・これはコメディでは・・・・ないな・・・・。(汗)