勝敗の行方
作次郎さんの台詞が気に掛かっていたものの、昨晩の疲れからか、爆睡してしまった。 翌朝、姫に引っかかれて起こされるまで、一度も目を覚まさなかった。 出勤してみると、先に来ていた香苗が、給湯室から珈琲の香りとともに顔を出した。 「おはよ!洋介。」 笑ってはいるが、表情が少し強張っている。 「おはよう。香苗。…ちと緊張してる?」 「洋介こそ。」 今日は何かある。俺たちはそう確信していた。 始業時間を迎えた瞬間、俺宛に電話がかかってきた。 出てみると…。 「椎名君!お・は・よ・う!」 「市田社長!!」 「何よぉ。そんな素っ頓狂な声出して。せっかく可愛らしい声で朝のご挨拶をしたのに、失礼しちゃうわね。」 か、可愛らしい声って…。ちなみに今のは拗ねた声ですか? 「あの、おはようございます。えっと、今朝はいったいどういったご用件で…。」 「あらあら、私とあなたの仲で、他人行儀な態度は無用よ!」 おーい。どんな仲ですかぁ? 「椎名君。今夜、仕事が終わり次第私の自宅に来て頂戴。」 「え?自宅って…仕事の話ではないんですか?」 受話器の向こうから、クスリと笑う声がする。 「限りなく仕事の話に近い私用よ。」 限りなく仕事に近い私用…。 「もしかして、作次郎さんとの勝負の件ですか?」 「当り〜。昨日の深夜、彼から電話があってね。詳しくは会ってからお話しするわ。ご馳走用意して待ってるからね♪あ、地図、今からファックスするから。じゃ、後でね。」 「ちょ、ちょっと待って下さ…。」って言ってる途中で無情にも電話を切られてしまった。 目の前にいた香苗は、電話の内容をある程度察したようで、硬い表情で口を開く。 「…今の電話、勝負の結果だったの?」 「いや。勝負の件で家に呼ばれた…。」 「どういうことよ…。勝負の決着がつくまで洋介には逢わないとか言ってたのに…。自宅に呼び出すなんて…。」 「ホテルのスイートルームよりたちが悪いよな…。」 「昨日の作次郎さんの様子といい…。」 俺と香苗、顔を見合わせて、同時に重々しく呟く…。 「まさか…俺たち、負けたってこと…?」 「まさか…私たち、負けたってこと…?」 作次郎さんからの電話は、きっと俺たちとの仕事を正式に拒否するものだったんでは? …昨晩の作次郎さんの様子を思えば、それしか考えられない〜!! 夕方、無情にも緊急の仕事も入らず終業ベルが鳴る…。 「洋介。私も一緒に行くわ!」 香苗が、早々に着替えてきて、戦闘体勢準備OKって顔で俺に宣言する。 とても心強い申出だけど…。 「いや、いいよ。一人で何とかしてくる。」 「でも…。」 「勝負は勝負だよ。負けたら3日3晩、市田社長と一緒にいること。決着がついたのなら潔く従うよ…。でも、彼女の思い通りになるつもりはない。俺も男だ。自分の身は自分で守るよ。」 何が何でも、最後の一線、貞操を死守するぞ!! 「香苗は作次郎さんの所へ行った方がいい。昨日の様子じゃ、作次郎さんはきっと香苗に何か用があるはずだ…。俺は大丈夫!」 「…わかったわ。」 香苗は辛そうに唇を噛み締める。 「何かあったら携帯に電話でもメールでも連絡頂戴ね!必ず助けに行くから!」 「ありがとう。」 元気に笑って見せるが…。社を出て一人でタクシーに乗り込み、市田社長宅へ向けて着々と近づくにつれ…思い切り気が重くなる…。 タクシーは安全運転で俺を市田社長宅まで運んでくれた。 大きくて立派な洋風の門の前で降ろされる。 「で、でかい…。」 門の奥に見えるのは、だだっ広い庭と屋敷。 ま、負けるな洋介!建物に圧倒されててどうする! 気持ちを引き締めてインターホンを押す。 数秒、間を置き『どなたですか?』と、市田社長の声。 「椎名です。」 『きゃあ♪今、門を開けますわね!』 数分後、お手伝いさんらしい初老の女性が門を開けてくれて、屋敷内へと案内してくれた。 通されたのは、これまた広い、ダイニングルーム。 奥にあるキッチンから、真っ白いエプロン姿の市田社長が顔を出す。 「こんなに早く来るとは思わなかったわ〜。今料理が終わったところなの〜。」 ローストチキンが載った大きな皿を手に持ち、俺を出迎えてくれた。 テーブルの上には数々のご馳走が並んでいる。 「これ全部市田社長が作ったんですか?」 「そうよ。」 凄い…。実は料理上手いんだ。 「さ、席について。」 「はい…。」 圧倒されたまま、勧められた席に着いた。 市田社長もエプロンを取り、席に座る。…エプロンの下から出てきたのは、胸元が開いた真っ赤なドレスだぁ。 いろんな意味で目が痛い…。 ワイングラスに赤ワインが注がれ、乾杯する。 「今夜は来てくれてありがとう。嬉しいわ。」 「…あの、勝負に関しての話って、何でしょうか。」 「まあ、そう焦らないでよ。料理、食べてみて!頑張ったんだから。」 「はい…。」 逸る気持ちを抑えながら、料理を口にする。 …これまた驚きだ…。 「…お味はどう?」 心配そうに覗き込む市田社長。俺はお世辞でもなんでもなく、正直に感想を述べる。 「とても美味しいです。めちゃくちゃ美味しいです!」 「良かったぁ。」 市田社長はホッと胸を撫で下ろし、肩の力を抜いた。…俺の反応をそんなに気にしてたのか。 「遠慮なく、ドンドン食べてね!」 「はい。」 とにかく、食べよう。食べて力を蓄えていた方が良い!!…市田社長の攻撃に備えるために。 食事を始め、数十分が経つと、フルボトルのワインが2本ほど空になった。…ちなみに、そのうち1本半は市田社長が飲んでる。 市田社長はいつにも増して饒舌で、何故三ツ星百貨店が嫌いなのかも教えてくれた。 「子供の頃、デパートで買い物なんて夢だったけど、見てるだけで楽しいから、母がよく連れて行ってくれたの。それが三ツ星百貨店。でね、ある日、宝石売り場を見ていたら、女性の店員さんが寄って来て、声をかけてきたの。『何をお探しですか?』って。言葉遣いも丁寧だし、完璧な営業スマイル。でも、目が私たちを見下していた。母が居辛くなって立ち去る時、小さな声で笑っていたもの。私たちがいつも眺めるだけで買えないことを知った上で声をかけてきたのよ。それ以来大嫌いになったの。」 …そりゃ嫌味な店員だな…。 「まあ、今となっては、闘争心を与えてくれた良い思い出よね。さ、もっと飲んで。」 市田社長が俺のグラスになみなみとワインを注ぐ…。 …と、今まで景気良く話していたのに、いきなり神妙な面持ちになる。 「…ねえ、椎名君。」 どうしたんだ…?い、いよいよ勝負の結果伝えられるのか? 「なんですか?」 「私は、最高に裕福な暮らしをするために、ずっと頑張ってきたわ。強くなりたいと願い生きてきて、気が付いたら本当に強くなっていた。仕事に成功して、自分を信じて突き進んできたわ。」 「で、夢を手に入れたわけですね。」 「そうね。でもね、こんな私でも、大ピンチに陥ったことがあるのよ。 「ピンチ…?」 「まず、上手くいっていた仕事が不況やらライバル会社の商戦で負けてどん底になって、金の切れ目が縁の切れ目だと言わんばかりに恋も終わった。一旦登りつめた後、叩き落されるのは応えるわよね〜。この私が、死のうとまで思い詰めたのよ。」 「え?!」 「何よ。そんなに驚くこと??」 「いえ…。すみません。」 だって、どんな苦境も蹴散らし、這い上がるタフな人だって思ってたから。 市田社長は冗談めかして笑う。 「私自身、驚いたわ。まさか自分がそこまで落ち込むなんて。でも、コントロールが出来ないくらい気持ちが転げ落ちて行った。」 市田社長はふぅっと息を吐き、ワイングラスに目を落とす。 「気晴らしをしたくなってね。車飛ばして山中を走って、景色の良い展望台に差し掛かったの。車を止めて、魅入っていたわ。夕日が綺麗でね…。目の前は崖だった。ああ、ここで人生終わらせようかなって思って、随分と長い時間柵の間際で佇んでいた…。」 …あれ? 俺、市田社長が言っている風景を鮮明に思い浮かべることが出来るぞ…。 真っ赤な夕日をバックに、佇む女性の後ろ姿。 俺の想い出と重なっているような気がするから…。 「…あ!!」 以前市田社長は俺と会ったことがあるようなことを言っていたけど…。 いや、でも、まさか…あの時会った女性と社長とでは違いすぎる…。 「椎名君、目がまん丸くなっているわよ。」 市田社長が楽しそうに俺の顔を覗き込み、更に話を続ける。 「立ち尽くしていた私に声をかけてくれた人がいてね。…私はその人のお陰で、初めて人を頼るってことを自分に許してあげられたの。」 「あの…それって、もしかして…。」 「そうよ。やっと思い出したみたいね。」 なんてこったい!俺の意識が一気に過去へと遡る。 大学生になって最初の夏休み、バイクであちこち出かけてた。 日帰りだったり、気が向けば安い宿に泊まったりして、きままな一人旅。 『その日』は日帰りで帰る予定だった。ただ、途中で良い温泉を発見してしまい、予定外の時間を費やし、日も暮れようとしているのにまだ山中を飛ばしていた。 車の運転よりバイクの方が体に応えるので、マメに休憩を取りながら進んでいた。 夕焼けが見えるパーキングを見つけてバイクを停めてみると、女性の後姿が目に留まった。 別に、景色を楽しむ姿は珍しいものじゃない。でも…女性の後姿は『楽しむ』って雰囲気はなく、何か『別のもの』を見ているような重い空気が漂っていた。 他には誰もいなくて、まるで女性の周りだけ別世界のようだった。とても居辛かったけれど、何故だか目の前の別世界から女性を引き摺り出さなきゃいけないような気がした。 声をかける口実も見つけられないまま、女性の隣に立ち、話しかけてしまっていた。 「こんにちは。一人旅ですか?」 女性はビクリと肩を動かし、ゆっくりと顔を上げ、俺を見る。 体つきも顔つきも、とても痩せていて疲れきっている中年女性だった。何より目に生気がない。突然現れた俺に驚きはしたものの、数秒後には、俺って存在に無関心の眼差しになってしまう。女性は俺の質問には答えずに、逆に質問してきた。 「どうして私に声をかけてきたの?」 「え?。」 「あなた高校生?大学生?」 「大学生ですけど…。」 「私みたいなおばさん、ナンパの対象外なんじゃないの?」 「そ、そんなつもりで声をかけたんじゃありませんよ!!」 「じゃあ、どうして?」 「どうしてって…。」 必死に自分の気持ちを表現できる言葉を探した。 「声かけないと、今にも消えちゃいそうだったから…。」 「消える?」 「なんと言うか…。」 俺はチロっと崖を見る。…俺がさっき感じた別世界って…。 女性は、俺の視線を追って、何を言わんとしているのかわかったらしく、薄く笑う。 でも、目は全然笑ってなかった。 ただ、俺への警戒心か敵意からか…少しだけ目に生気が復活していた。 「私が自殺でもするように見えたの?」 今思うと、声をかけなきゃって思ったのは、そういう危うさを感じたからだ。 「今にも崩れ落ちちゃいそうな様子だったから…。」 「…私が?」 女性は少し驚いたようで、目を見開いた。 「…心外ね。私がそんなに弱いわけ、ないじゃない…。」 そう言っていながら、女性の目から涙が零れ落ちた。 ビックリしたけど、俺以上に、泣いている張本人の方がもっと驚いたようで、戸惑うように頬に指を当て、涙に触れていた…。 「椎名君。」 名前を呼ばれ、過去から引き戻された。 目の前にはふくよかな市田社長の顔。昔会ったあの女性とは似ても似つかないけれど…。 過去を想い出し、俺との接点に辿り着いた今は、たった一つだけ、重なる部分があることがはっきりとわかる。 俺を見つめている瞳。 「あの時の女性…市田社長だったんですか…。」 市田社長は肩を竦める。 「当時と今とでは30キロくらい体重が違うからね。全てに絶望してたから体重が激減していたし、顔つきも違う。あなたが気が付かなくても当然よね。」 「30キロ…。」 「あの時期食事もろくに取れないほど精神的にまいってたから…。」 「すみません。全然気が付きませんでした…。」 あまりに違いすぎたから…。 「あの日、椎名君…泣いている私の傍にいてくれたわよね、何も聞かずに、ただ黙って…。で、涙が枯れたら、今度は鬱憤を晴らす愚痴に付き合ってくれた。」 「山に向って叫んでましたよね。馬鹿野郎ー!!って。」 「そうそう。お陰でスッキリしたわ。」 「スッキリした後で握手して、名前も聞かずに別れましたよね。」 「別れ際、『次、偶然会う時、お互い今より幸せになってるかどうか勝負しましょう。その時名前を明かしましょう。』…あなたが言ったのよ。」 「覚えてます。気が付かなくて、本当にすみませんでした。」 俺、ペコリと頭を下げる。 「ちょっとショックだったけれど、自分の変貌振りを振り返れば仕方ないと思ったもの。もちろん、良い方に変貌したと自負しているわよ。」 市田社長は自信満々な笑顔で笑い、ふぅっと息をつく。 「私ね。あの日別れた後、無理やりにでも名前と連絡先聞かなかったのを随分と後悔したわ。」 「え?」 「あなたが私にとって特別な人だって思い知ったから。」 「そんな、大袈裟な…。」 「大袈裟でもなんでもないの。私ね、ボロボロの泣き顔を見せることができたのって、後にも先にも椎名君だけなの。自分の弱さや悲しさを曝け出せたのってあなただけ。」 市田社長は一気に言って、ワインを一口飲んだ。 「…何せ、自分がマジ泣きして、涙を流していること自体に戸惑っていたくらいだもの。人に弱みを見せるなんてことは負けることなんだって思っていた。…でも、違っていた。あなたにボロボロになった私を見せることが出来て、私、とてもホッとしたの。重い荷物を降ろせた安堵感があった。そういう自分を受け入れた時、今までと違った強さを身につけた。弱さを認めた時、自分に対して優しくなれたし、こんな自分もOKかなって思えて、もう一度這い上がる力が湧いてきたの。もう一度、死に物狂いで頑張って、のし上がったわ。だから、今の私がいるのは椎名君のおかげなの。」 「市田社長…。」 「自分の弱さを曝け出せる人がいるって、凄いことだと思ったわ。私はあなたと逢う前まで、自分の弱さなんて認めたこともなかった。親にも友人にも恋人にも、自分の弱さを見せられなかった。あなたに出合った後からは、ビジネスライクで誰かに頼ることは出来るようにはなったけれど…仕事から離れ、一人の女として辛い時や泣きたい時、縋りたい…甘えたいと思ったのは今までで、ただ一人、椎名君だけなのよ。だからあなたは特別。」 「特別って…私はそんな風に言って貰えるような…。」 「言って貰えるような男なのよ。あなた、自分で気が付いていないけれど、人を包み込んでくれる温かさを持った人よ。」 市田社長は、目を閉じる。 「あなたのことが、好きだった…。」 …俺は、情けないことに、何て言って良いのかわからない。 『特別』だと言われても、俺がしたことなんて、ただ話を聞いただけのことだ。 元気を出してもらうために、勝負を約束しただけだ。再び会うなんて確立ほとんどないと思ってた。ただ、再び会える時、今よりも幸せになっていられたら良いなと、子供みたいな夢を約束しただけだった…。 「椎名君。そんなに深刻な顔をしないで。」 俺が考えていることを察したらしく、市田社長は困ったように苦笑い。 「椎名君がどう思おうと、私が救われたのは事実よ。大袈裟でも何でもなく、椎名君は私の命の恩人なのよ。」 そう言うと、市田社長は静かに席を立ち、窓辺へ向う。 俺には後姿しか見えないけれど、少し緊張しているのがわかる。 「椎名君。私と、あなたたちとの勝負がついたわ。」 「はい。」 ここまで聞けば、結果はわかっていた。 それは、ここへ来る前、香苗と俺とが持っていた予想とは正反対のもの…。 市田社長は、振り返り、静かに告げた。 「私の負けよ。」 「…はい。」 「約束どおり、仕事も紹介するし、椎名君からも手を引くわ。…ただ、一つお願いがあるの。」 「何でしょうか?」 「仕事上の付き合い…イチダ屋の営業担当は続けて欲しいの。ダメかしら?」 俺は席を立ち、数十秒前までの好敵手へ、微笑む。 「わかりました。私のような若輩者にはもったいないお言葉です。」 「ありがとう。」 俺は、数歩歩き、市田社長の前に立つ。 「もう一つの勝負の結果も出さなきゃいけませんね。」 「…そうね。」 「市田社長。あなたは今幸せですか?」 「ええ。あなたを手に入れられなかったけれど、やるだけのことはやったし、おおむね幸せよ。椎名君は?」 「幸せです。」 「そう。良かった。」 「こちらの勝負はお互いに勝者ってことですね。」 「そういうことになるわね。…でも、私も椎名君も、まだまだ幸せにならなきゃね。特にあなたは今現在も、もっと幸せになるために奮闘しているものね。」 「はい。」 「本当にあの娘が好きなのね…。」 「はい。」 「あーあ。妬けるわね。私も早くあなたより良い男見つけなきゃ。」 ぶっきら棒な台詞、潤んだ瞳で微笑む市田社長。何だかとても綺麗だった。 「さ、そろそろあなたの最愛のロシアンブルーから電話が来る頃だわ。もう解放してあげるから、帰りなさい。」 「え?」 「早く行きなさい。」 追い立てられるように玄関に追いやられた。 「じゃあ、失礼します。」 「ロシアンブルーによろしくね。」 ドアを開けて飛び出そうとし、咄嗟に立ち止まる。 振り返り、市田社長に訊ねる。 「社長。」 「何?」 「もしかして、今回のこの勝負、私と宮内のためにセッティングしてくれたんですか?」 「あら?何故そんなこと訊くの?」 「何となく、そう思ったから…。」 市田社長は豪快に笑う。 「違うわよ。私はただあの小娘からあなたを取り上げたかっただけ。あなたのことが好きだったから、手に入れたかっただけよ。ただそれだけよ。」 …半分は本当で、残り半分は違うと思った。 いつもの市田社長なら、『あら?そう思っていただければ嬉しいわ!今度お礼に2人で食事にでも招待しなさいよね。』くらいに言うはずだ。 「…ありがとうございます。」 「何でお礼を言うのよ。ほら、早く行きなさい。」 俺は走り出す。 門を出たところで、携帯電話が鳴った。 出てみると、興奮気味の香苗の声が飛び出す。 『洋介!勝負、私たちの勝ちよ!作次郎さん、S食品、使ってくれるって!』 「ああ。勝負の結果、さっき市田社長から聞いた。」 『条件として、うちの製品を使ったアイデア料理のレシピ、考えて来いって!!儲けさせてくれってさ!』 「そりゃ、大仕事だなぁ。」 「何言ってんのよ!それくらい朝飯前よ!私たちの勝利よ〜!!』 …香苗、酔ってるな…。 「香苗、今何処にいるんだ?作次郎さんの店か?」 『ううん。さっき出たトコ。洋介が連絡待ってるだろうから、電話してやれって追い出されたの。』 「俺も追い出されたんだ。」 『ね、これから落ち合って、祝杯を挙げない?』 「ああ。じゃあ、会社の近くの焼き鳥屋に集合!あそこならまだやっているから。」 『了解!』 店に入って、まずは香苗から、作次郎さんとのやり取りを聞いた。 「店に行ってみるとね。戸に『貸切』って札がかかってて、お客さんは私だけだった。作次郎さんと私とでサシで飲んだのよ。いつものように、私に妙に絡んだことを言ったかと思えば、やたら楽しそうに笑うのよ。で、突然、S食品の製品を使ってみたいので、よろしくお願いしますって言われたの。」 「他に何か言ってなかった?」 「ううん。後は、早く洋介に知らせなさいって言われて店を出されちゃったから。」 「そっか…。」 作次郎さん、最初はS食品を業者として使う気はなかったと言っていたのに、何が気持ちを変えさせたのか…。 俺も香苗もハッキリとした理由がわからない。 香苗が小さく息を吐き、ニコッと笑う。 「少し疑問が残るけど、とにかく、私たちは勝ったのよ。乾杯しましょ。」 「そうだな。」 俺たちは、お互いの健闘を称え、ささやかな祝杯を挙げた。 |
私もちょっと嬉しいことがあって、ビールで祝杯あげています(^_^) |