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孤高の女王様@

 店を出て、香苗の姿を探す。
 駅に向う道、50メートルほど先のところに走って行く香苗の後姿を発見。ハイヒールなのになんて速いんだ!
 「香苗!」
 叫びながら追う。香苗は後ろを振り返り、俺のこと見て更に足を速めやがった!
 ちくしょう!逃がすか!!
 ガキの頃は何をやっても負けてばかりで、『かけっこ』も惨敗してたけど今はそうはいかないぞ!
 「香苗!待てって!」
 なんとか追いつき、香苗の腕を捉え前に回り込み、追っかけっこは終了。
 香苗は、泣き顔を見られたくないのか、プイッと顔を背け俯く。
 俺も香苗も全力疾走した後なので肩で息をする。
 「香苗…相変らず足速いなぁ〜。」
 「……放っておいてよ。」
 「何で逃げ出したんだよ。言い返さないなんて、香苗らしくない。」
 って訊いても、負けず嫌いの香苗のことだ。すぐには白状しないだろう、と思いきや…。
 「作次郎さんの言う通りだからよ。」
 「香苗…!?」
 「全部あの人の言う通りよ。私は自分の気持ちばかりを押し付ける、鬱陶しい人間なのよ。」
 香苗は顔を上げ、勝気な瞳で俺を睨むが、零れる涙は止められない。次第に瞳から『強さ』も失われ、弱々しく笑う。
 …寂しさを感じさせる微笑み。
 「全部言う通りなのよ。言い返せるわけないじゃない。」
 俺は何か言いたくて、でも何を言って良いのかわからず…ただ呆然としていた。
 昔、みんなの憧れの的だった香苗。
 地球は香苗のために回ってんじゃないかと錯覚してしまうほど、全てを虜にしていた。
 さながら、勝利の女神。無敵の女王様だった…。
 でも、今目の前にいる香苗は捨てられた子猫みたいだ。
 転校後、香苗はどんな時間を過ごしてきたのだろう。
 俺の知らない時間の中に、どんな想い出があるんだろう…。
 そんな顔すんなよ…。
 見てるのが辛い。
 香苗は、ぎこちなく笑う。
 「今なら多分、どんな勝負でも洋介が勝てる…。連敗記録をストップさせるチャンスよ…。」
 「バーカ。こんな時に勝ったって何の意味もない。」
 「バカはどっちよ。そんなこと言ってたら一生私に勝てないわよ。」
 香苗はクスッと笑って、その拍子に涙が頬を伝った。
 涙が落ちるのと同時に……香苗の口許が僅かに動く。
 「…一人になりたくない…。」
 「え?」
 あまりに小さな声だったので聞き取れず首を傾げる。香苗は再び下を向いてしまい、しばらくの間沈黙が続く。
 俯いたままの香苗。俺もこれ以上は声をかけ辛く、立ち尽くしていた。
 やるせない時間が過ぎて行ったが、突然香苗は顔を上げる。
 「ちょっと子供に戻ってみない?」
 「え?」
 先ほどまでの寂しそうな香苗は何処へやら…。涙も消え失せ、声も元気いっぱい。
 その変わりっぷりに少々戸惑う。
 子供に戻る?どういう意味だ?
 香苗は腕時計に目をやり、歩き出す。
 「洋介、今晩帰らなくても姫ちゃんの夕食とかは大丈夫?」
 「あ、ああ。キャットフードと水は置いてきてるから。」
 「じゃあ安心ね。今からなら、タクシーで高速を飛ばせば2時間くらいで行けるわよ。」
 「おい、どこ行く気だよ。」
 慌てて付いていく俺に、香苗がくるっと振り返りウインクする。
 「学校!」
 香苗に言われるがままタクシーで向った先は…俺たちの子供の頃の思い出の場所。
 連日の勝負の場ともなった、想い出の小学校。

 夜の道をタクシーでひた走り、2時間弱で目的地に辿り着いた。
 俺たちが通った小学校。
 都心からは少し離れた場所にあり、自然と住宅とが入り混じったのどかな風景の中に佇んでいた。
 時刻は午前2時近く。もちろん、学校内になど入れないから香苗と2人、しばらくの間校門前で校舎を眺めていた。
 「…懐かしいね。」
 校庭の先にある、4階建ての建物。昔の面影はあるけれど、壁面が塗り替えられているようで、少し感じが変わっていて、時間の経過を物語っている。
 「校舎ってこんなに小さかったっけ?」
 「校庭も何だか狭く感じるわ。」
 「俺たちの図体が大きくなったってわけだな。」
 「洋介、あそこ行ってみようよ。」
 香苗が何かを思い出したようで、唐突に歩き出す。
 「あそこって?」
 「いいから付いて来て。」
 学校の裏側に回りこむと川が流れていて、橋を渡ると雑木林の中に高台に続く道がある。
 道と言っても整備された道ではなく、自然に出来た獣道っぽい道だ。
 ちょっとした山登りを思わせる坂道で、秘密の通路とか仲間と呼び合っていた。
 ここまで来ると、何処へ行こうとしているのかわかってきた。
 坂を登りきって林を抜けると、俺たちの小学校を見下ろすように公園があるんだ。
 ガキの頃、遊びまわった場所の一つ。それなりに整備された公園で、芝生の中に滑り台やジャングルジムもある。
 「ジャングルジムから学校が良く見えるのよね。」
 と言って、香苗はスーツ姿なのも気にせずジャングルジムを登り始める。
 「おい。無理すんなよ。」
 「これくらい平気よ。って言うか…。」
 香苗は俺をキッと睨む。
 「スカートの中、覗かないでよ。」
 なんつーことを!!
 「覗いてねーよ!!」
 「どうかしらね〜。ムキになるところが怪しいー。」
 香苗は俺の抗議を茶化し、器用にてっぺんまで登り腰かける。
 「洋介も早くおいでよ。なかなかの眺めよ。」
 「ああ。」
 俺も子供の頃を思い出しながら登り、香苗の横に座る。
 住宅街が多いので、煌びやかな夜景が見えるわけではないが、その分満天の星空が俺たちを歓迎してくれる。
 街灯と月が俺たちを照らす。
 「洋介の家、何処の辺だっけ。」
 「あっちの方。でも俺んちも引っ越したからもうないよ。」
 「そっか…。」
 香苗は感慨に満ちた瞳で街を見下ろす。
 「私のうちは父親の仕事で転勤が多くて、小学校5回も転校したのよ。」
 「大変だなぁ。」
 「確かに忙しなかったけど、物怖じしない性格だったからさほど苦労しなかったわ。」
 あっけらかんと言う香苗。普通、小さな子供にとって転校といったら一大事だ。
 友達との別れと新しい生活の場への不安。でも、香苗は不安より、好奇心と期待を持っていたと言う。
 香苗が転校してきた日のことを思い出す。
 教室に足を踏み入れた香苗は、ピンと背を伸ばし、余裕の笑顔と堂々とした態度で自己紹介をしていた。
 あっという間にクラスみんなの気持ちを鷲掴みにしたもんな。
 「色んな場所を点々とした。この街には一年もいなかったけど、ここに住んでいた頃のことを一番よく思い出すわ。」
 「へえ。確かに、のどかで遊び場所も多いし、良い所だもんな。」
 香苗はチラッと俺を見てニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。
 「それに、弱っちいくせに突っかかってくる生意気なガキがいたもの。」
 「何だよ。それ、俺のことかよ。」
 「そーよ。」
 確かに弱っちかった。それは認めよう…。でも、香苗が強過ぎたと言っても良いと思う!
 「子供の頃の私って洋介に対してかなり強引な態度取ってたわよね。」
 「ああ。そりゃもう暴君だったぜ。」
 俺の言い様に、香苗は楽しげな様子だ。
 「どんな相手にでも勝負となれば全力で立ち向かうってのが私の身上。それが相手への礼儀ってもんでしょう?」
 「手加減なしだったもんな。」
 「誰かに負けるのって大嫌いだった。勉強もスポーツも、遊びだって自分から先頭に立ちたかったし。」
 ここまで言って、陽気に笑っていた香苗が、ふいに目を落とし力なく呟く。
 「みんなは何でこんな傲慢な女と友達になってくれたのかしらね。」
 やけに弱気な発言…。作次郎さんに言われて泣いたことと何か関係があるのかな…。
 「傲慢なんかじゃなかったよ。あの頃の香苗は、確かにもんのすごく強引だった。でも…。」
 俺は反論の意味を込めて言葉を続ける。
 「でも、香苗が言うことやすることって筋が通ってたし、何より正々堂々としていた。みんな、そんな香苗に惹かれたんだよ。」
 根底には優しさがあった。だからみんなに慕われたんだ。
 溢れんばかりの自信と、どこまでも真っ直ぐな気性。
 男でも女でも惚れ惚れし、羨ましさを感じながら憧れる…そんな強さを持っていた。はっきり言ってかっこ良かった。
 夜空を見上げながら、しみじみと当時を思い出していると、痛いくらいの視線に気が付く。
 香苗が俺を縋るように見つめていた。
 「どした?」
 俺が訊くと、香苗は苦笑いし肩を竦める。
 「あの頃の私は、人の気持ちに鈍感だったのよ。」
 「え?」
 「中学に入ったくらいから、上手くいかないことだらけだった。」
 香苗は暗闇に溶けた街並みを見つめ、ポツリポツリと話し出す…。
 俺の知らない、香苗の生きてきた時間を…。

2003.6.1
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久々UP!更新遅くてスミマセン〜。