戻る

目撃者D

3ヶ月前。
勤務中、啓太の携帯電話が鳴った。
叔母からの電話だったのだが、話しの内容は啓太を驚かせた。
叔母は病気で入院していた。
前から体調が悪かったらしいのだが、心配かけないように啓太には内緒にしていたのだ。
『大事な話しがあるの。なるべく早く病院に来て欲しい。』……電話の向こう側の叔母の声は切迫していた。
様子が明らかにおかしかったので、啓太は会社を早退し、その足で病院へ駆けつけた。


病室に向かう前に、啓太は医者から叔母の病気のことや厳しい現状についての話しを聞いた。
叔母は医者から余命が残り少ないと告知されていた。
<そんなに酷かったのか…>
啓太は加奈の時と同様、またしても何も気が付かないでいた自分を責め、胸が痛くなった。
叔父はまったく病院には顔を出さないらしく、医者は啓太に叔母を支えて欲しいとため息混じりに言った。
もちろん啓太もそうするつもりだった。

病室に入るなり啓太は叔母の変わり果てた姿に愕然とした。

個室のベッドに横になっていた叔母は痩せ細り、青白い顔をしていた。
啓太の姿を見つけると、無理して体を起こし、縋るような目を向けた。


2人きりの病室で、叔母が泣きながら告白した話しの内容は、啓太にとって想像を絶するほど、
醜悪な過去の事実だった。

『ごめんなさい。啓ちゃん、ごめんなさい。』
叔母は泣きながら啓太に謝り続けた。
でも、啓太の耳にはその言葉は届かなかった。

啓太の叔母の名は友里。
叔父の名は正志。
この2人が啓太と加奈の人生を狂わせた。



叔母である友里にとって啓太や加奈は、姉の大切な忘れ形見だ。
だから姉夫婦が事故に遭った時、すぐに2人を引き取りたいと思った。
友里がそのことを夫である正志に訴えた時、何も言わずに同意したという。
まさかそんなにあっさりと認めてくれるとは思わず、友里自身とても驚いた。
正志は子供が嫌いで、友里を一度中絶までさせたことがあったのだ。
それに、正志の性格を知り尽くしている友里は、この男が身内だからといって
情を感じるなどありえないことを知っていた。
そんな男が何故2人引き取る気になったのか、友里は不思議に思いはしたが
自分の希望が通ったことに満足し、特に詮索はしなかった。
この時、自分の夫がどんな醜いことを考えていたのか、友里は見抜けなかった。

友里と、啓太達の母親は2人きりの姉妹。
父親が42歳、母親が33歳の時姉が生まれ、その3年後に妹が生まれた。
2人は両親の温かい愛情に包まれて幸せな日々を過ごした。
積極的な姉と正反対で、内気で繊細な性格の持ち主だった友里は、家族中から守られ
愛されながら育っていった。
優しかった母親は2人が成人する前に他界し、それからも家族3人仲良く生きていった
穏やかな時間が過ぎていき、友里が高校生の時姉が結婚し家を出た。
この数年後、友里の父親が営む小さな町工場の経営が苦しくなる。
景気が良い時代もあったが、友里が成人する頃には、従業員への給与も滞りがちになり、
窮地に立たされていた。
そんな時、友里にお見合い話が持ち込まれた。
正志が直接友里の父親に申し入れてきたのだ。
『街でお嬢さんの姿を見て、是非結婚したいと思ったのです。』
正志は微笑みながら、そんな台詞を口にした。

友里は、初めて正志に会った時、無口で愛想はないが、落ち着いた印象を受けた。
10歳以上ある年の差が、頼れる雰囲気を作り出していた。
顔立ちも整っていて、友里は心惹かれるのを感じたようだ。
資産家だった正志は父親への資金援助もしてくれると申し出ており、
何より<自分を好いてくれているのだし、この人となら静かな生活が送れる>
と、思ったからこそ友里は結婚を決意した。
……が、結婚し、生活が始まると正志の本性が見えてきて、友里は愕然とした。

正志が友里と結婚したいと希望したのは『都合の良い女』だったからだ。
友里を見て一目で気に入った正志は、彼女に関して色々調べるうちに、
ますます手に入れたくなっていったようだ。
友里はとても内気で大人しく、外見も内面も優しく繊細な花のような女性だ。
正志にとって最高の女だった。

従順な女。
自分に惚れ、自分に尽くす女。
虐め甲斐のある女。
……そのどれもに友里はあてはまっていた。

正志は人が苦しみ、追い詰められる姿を見るのだけが趣味なような男だった。
毎日毎日、言葉や行動で友里を虐め弄んび、その都度笑みを浮かべていた。
それでも同居していた正志の両親が健在だった始めの数年間は、まだましだった。
やがて母親が病でこの世を去り、気落ちしたのか、父親も後を追うように亡くなった。
それから正志の苛めはエスカレートしていき、肉体的にも精神的にもボロボロになっていった。
正志の、そんな歪んだ性格を知りながら、友里は耐え続けた。
友里がこんな生活を苦しみながらも続けたのは、正志に逆らうと実家の立場を悪くすると
思ったからでもあるが、それ以上に自分自身がこの生活に執着しているのを感じていたからだ。
正志に対し、憎しみを抱きながら、全く異なる感情も持っている自分の気持ちに気が付いていたからだ。

<私は…こんな人を愛してるっていうの?>
友里の心の底に潜む正志への情。
愛して欲しいと願う気持ち。

<何でこんな男を…>
そう思いながらも、友里は自分の気持ちを止められず。正志にどんな酷い仕打ちをされても、
何も言わず我慢し続けた。
友里の父親が病に倒れ、この世を去った後も、正志との生活に縋りついた。
何度も何度も別れようと思ったが、どうしても決意できなかった。

そんな友里と正志の生活に、啓太と加奈が加わり、新たに地獄のような生活が始まった。
正志が啓太と加奈を引き取ることを素直に許したのは、新しいおもちゃを見つけたからだ。

小さなタンポポのような少女、加奈。
柔らかな笑顔が良く似合った母親の面影を強く思わせる、とても可愛らしい少女だった。

そんな加奈に目をつけた。

2002.4.2 

(予告)次回UP分、嫌悪感を抱かれるかもしれません〜。ひーん(涙)