目撃者C
<とんでもない奴らだな> 啓太は絵美をこんな悲しい状況に追いやった者達に対し、嫌悪感を込めて心の中でそう呟いた。 ……が、すぐに自分にはそんな風に人を責める資格などないことに気が付き、苦笑いする。 <俺も同類だよな…> ため息を一つつき、隣で俯いている絵美の顔を見つめた。 母親のことを必死で想う絵美の姿を見ていると、啓太は妹のことを思い出さずにはいられなかった。 『お兄ちゃーん。』 目を閉じ、加奈の笑顔を思い出す。 |
『お兄ちゃん。私達はずっと一緒だよね。』 『当たり前だろ。』 『私を置いてどこにもいかないでね。約束だよ。』 『加奈こそ約束破るなよ。』 昔、啓太と加奈が交わした約束。 2人の両親は、啓太が14歳、加奈が12歳の時に交通事故でこの世を去った。 両親の死という厳しい現実を目の当たりにし、残された兄妹は身を寄せ合ってお互いを支えていた。 親戚は少なかったが、母親の妹夫婦に2人一緒に引き取られることになった。 妹夫婦には子供はなく、叔母は2人にとても優しく接してくれた。 でも叔父は人間味がない男で、とても冷たい目を2人に向けていた。 まだ啓太達の両親が健在な頃、啓太と加奈はお正月の挨拶などで何回か叔父に会ったことがあったが、 その時から叔父に対する印象は良くはなかった。 叔父は2人に対してだけではなく、叔母にも冷たかった。 温かさの感じられない叔母夫婦の関係。 叔父は、叔母のことを『家事をするロボット』としか思っていないような態度を取り続け、 かける言葉も事務的なものばかりだった。 そして意に沿わないことを叔母がしようものなら、淡々と冷たい言葉で責め続ける。 そんな場面を啓太は何度も見ていて、その都度叔父に対しての嫌悪感が増大していった。 気が弱い叔母はそんな叔父の顔色を常に伺いながら生活しているようだった。 叔父は、たくさんの土地を持っており賃貸マンションをいくつか経営していて、 金銭的にはわりと裕福だった。それが叔父の仕事でもあったので、家にいることが多かった。 家にいる間、絶えず叔父と顔を会わせなければならないことが、啓太に少なからず圧迫感を与えていた。 2人にとって、時折息の詰まりそうになる叔母夫婦との生活だったが、 それでも啓太は加奈と一緒にいられるので穏やかな毎日を過ごせた。 啓太と加奈にもそれぞれに部屋を用意してもらえて、お金で困ることも一切なく、 充分すぎる生活を与えてくれた。 叔父のことは好きではなかったが、啓太なりに感謝はしていた。 …それなりに平和な時間が過ぎていっていると啓太だけは思っていた。 加奈が自らの命を絶つ日までは。 啓太が17歳の時。突然その日はやってきた。 突然…そう感じたのは啓太だけであって、加奈と叔母夫婦にとってはまったく違うものだったに違いなかった。 『お兄ちゃん。約束破ってごめんね。』 …白い便箋に書かれた短い遺書。加奈の最後の言葉だった。 ずっと一緒にいる、という約束を破り、加奈は15歳の時自殺した。 叔母夫婦は大きな一戸建てに住んでいて、広い庭には立派な桜の木が植わっていた。 雪が降り続けた真冬の夜。その木で首を吊り、加奈は命を絶った。 翌朝、雪はやみ、太陽の光が降り注ぐ庭で加奈の無残な姿を最初に見つけたのは、啓太だった。 その姿を見つめ、啓太は体が凍りついたように動かなくなり立ち尽くした。 啓太には加奈が何故自殺したのか、その理由がまったくわからなかった。 <加奈、何でだよ!何でこんな馬鹿な真似したんだよ!> 何度も何度も心の中で加奈に問いかけたが返事があるはずもなく、啓太は悲しみと苦しみとで のたうちまわった。 加奈は死を選ぶほど、何かに苦しみ、追い詰められていた。 啓太はそれに気付かなかった自分を責め続けた。 啓太の前ではいつも笑顔を絶やさず、元気に振舞っていた加奈。 それは、加奈が啓太に心配をかけないように、無理していたんだと思い知ったのは3ヶ月前だった。 加奈がこの世を去って9年もの歳月が流れていたが、啓太はようやく彼女の死の原因を知ることができた。 啓太は大学卒業後小さな会社に就職し、叔母夫婦の家を出て一人暮らしを始めた。 それから叔母夫婦の家にはめったに顔を出さなくなったが、毎月の給料から少しずつ送金していた。 せめてもの恩返しだった。 叔母は啓太のことを気遣い時々電話をかけてきては彼の身を案じていた。 啓太も叔母のことは気にかけていたので、たまに外で会ったりもしていた。 『大丈夫?不自由していない?』 啓太に会うたびに、叔母は優しい言葉をかけた。 もともと優しい叔母だったが…加奈が自殺した後から、いっそう啓太に優しく接し始めた。 妹を亡くした自分のことを心配してくれているんだなと啓太は思っていたが、実際は違った。 3ヶ月前にかかってきた叔母からの電話が啓太の人生を変えてしまった。 |
2002.3.30 ⇒