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気持ちの距離

「あっさだよぉ!!」
元気なカー助の声に起こされる。

健太郎は、結局膝にカー助を抱いたまま壁にもたれかかるように寝てしまっていた。
いつの間にか毛布がかけられていた。
途中目を覚ましたカー助が風邪を引かないようにと気をきかしたのだ。

「・・・カー助。」
眠い目を擦りながら昨日のことを思い出し、恐る恐るカー助の顔を見る健太郎。


「お腹空いちまったよぉ!早く朝ご飯作ってくれよ!」
そう言いながらピョンピョンと部屋の中を飛び跳ねる。

「カー助・・・。」
元気抜群絶好調らしき親友の様子に戸惑う。

「健太郎。どした?不景気な面して。」
「カー助・・・昨日のこと・・・。」
「昨日?昨日のことなんて覚えてないなぁ。」
「へ?」
「俺は常に前だけを向いて生きるカラスなんだ。過ぎ去った昨日になんて興味ないね。」
フッと遠くを見るように上を向く。
本人カッコつけているつもりらしいが、ちっとも様にならない。

健太郎はしばらくカー助を見つめて・・・・微笑んだ。


「健太郎、スーツのまま寝たからそれクリーニング出さないとだめだぞ。」
ぶつぶつ言いながら新聞を読むカー助の後ろ姿に心の中で囁いた。

<ありがとう。カー助>





「やっぱ日本の朝ご飯はコメの飯にお味噌汁だよな〜。」
健太郎が速攻で作った朝ご飯を満足げにつつくカー助。

食後、お茶を飲みながら昨日のことについて話をした。

「俺、昨日のことでますます林先輩のこと好きになっちゃった。」
カー助は健太郎の話を静かに聞いている。
「優子ちゃんを抱きしめる先輩、強くて優しくて・・・とても素敵だった。」

<強くて・・・か・・・>
カー助は頭の隅で呟く。

「・・・健太郎。確かに咲子さんは色々な事があって強くなったのかもしれない。
・・・でもその間にはたくさんの迷いや怖さがあったんだと思うぞ。」

健太郎は咲子のことを「林先輩」もしくは「先輩」「林さん」と呼んでいるが
カー助は既に「咲子さん」呼ばわりしている。

「・・・うん。」
カー助の言葉に健太郎は深く頷いた。


魔法の国では、『大人』がみんなで『子供』を育てるという考え方をする。
『家族』は確かに存在するが、我が子だけでなく、みんなの子供にも同じように目を向ける。
どの子でも悪いことをすれば叱り付ける。
どの子も全ての大人が優しく見守っている。

でも人間の世界は少し違うようだ。
そのことを頭では理解している。

「林先輩、味方はお姉さんだけだって言ってた・・・。」
両親と何があったのか・・・それはわからないけれど
色々悩んで苦しんで決断したのだろう。

<子供を一人で育てていくのは、人間界では大変なことなんだろうな・・・>
人間界・・・・と言っても健太郎は日本のことしかわからず
その日本のことだって未だに理解不能なことばかりだ。

「ここは・・・魔法の国より孤独を感じる世界なのかな・・・・。」
健太郎は寂しそうに微笑んだ。

カー助は少し考えた後・・・ボソッと呟いた。

「なぁ・・・。咲子さんが会社で子供のこと隠しているのって、他人に干渉されたくないってこと
だけじゃないような気がしないか?」
カー助の言葉に健太郎は首を傾げる。
「・・・何で?」
「いや・・・健太郎から聞いてる『咲子さん像』を思うと・・・その理由で自分の生き方隠すようなことしない
ような気がして・・・。」
その言葉を聞いて、健太郎は少し考えた。
でも・・・会社の『噂の的』になってしまうことも充分避けたいことだと感じた。

会社は噂好きな人がたくさんいる。
さして親身になるわけでもなく、人の気持ちを面白がって知りたがる人が多い。
健太郎は入社して間もない頃はついていけず眩暈がした。
<何て疲れる世界だ>・・・と泣きたい気持ちになった。

噂のことだけではなく
日頃仲良くしている者同士が影でお互いのことを悪く言っていたりするのだ・・・。
信じられなかった。
それを見たくも聞きたくもないのに目の当たりにしてしまった時
『人間大好き』の健太郎も嫌悪感を抱いた。

「・・・噂っていうのは・・・当人にとってはとても嫌なものだよ・・・。それだけでも充分避けたい理由に
なると思う・・・。」
そう力なく言った健太郎。
カー助は小さなため息をついた。
「健太郎が今何を考えてたか想像つくけどさ・・・辛いんだよ人間も・・・。」
「カー助?」
「みんなわかってたりするんだ。虚しいことだって。でも・・・その場の流れだったり上手く立ち回る
ためだったり・・・自分の感情を発散させるためだったり。結局・・・疲れてんだよな・・・心がさ・・・。」
独り言のように呟くカー助を、健太郎はまじまじと見つめた。

「みんなが素直に生きれたらどんなに幸せか・・・・。」
嫉妬や劣等感。独占欲や競争心。
毎日の忙しさの中、色んな感情が人間の心にのしかかってくるのだろう。
カー助はお茶をひと口飲んで話を続けた。



「どんなに大切な人の気持ちだって、100%わかり合えるなんてことありえない・・・と
俺は思ってる。」
だから寂しさを感じたり孤独を感じたり・・・・「気持ちがわからない。」と悲しんだりするんだ。
お互いを想う強さはいつも平等とは限らない。
結局は想いが強い方が孤独を感じたりするんだ・・・。
それでも傷付けあったり憎みあったり・・・求め合ったりしている。

カー助の言葉はいつになく真剣だった。


「カー助・・・俺の考えてることって・・・単なる綺麗ごと?」
「・・・・・・・さあ。でも思うのは自由だ。健太郎は気が済むまで信じた生き方貫けばいいんだと
俺は思うぞ。」
「・・・カー助と俺も全てはわかり合えないの?」
健太郎は昨日のこともあり、チクンと胸が痛んだ。

カー助は健太郎を見つめて言った。
「健太郎は俺のこと好きか?」
「うん。カー助は大切な親友だ。大好きだよ。」
「俺も健太郎のことが好きだ。そのことがわかっていればそれでいいじゃないか。」

健太郎は曖昧に頷いた。

好きな人とわかり合えたら良いなと願う・・・・でもそれは難しいことなんだろうか・・・。
健太郎はうつむいた・・・。



カー助は健太郎を見つめて心の中で語りかける。
<俺と健太郎だってまだまだだと思うぞ・・・>

・・・・ 魔法使いは、必ず自分と気持ちをわかち合うことが出来る1羽のカラスと出会う。
そのカラスとは一心同体、生涯の親友となる。

その相棒でさえ、全てをわかり合うことは出来ないのかもしれない。

でも、カー助は死ぬまで健太郎の気持ちに触れていたい、わかり合える努力をしていきたい
と思っている。
何故って健太郎のことが大好きだからに決まってる。
お別れの時が来るまで、お互いの気持ちを知りたいと願い悩んで泣いてケンカして・・・仲直りして・・・
それで良いと思っている。

最後の時までお互いの距離が少しでも縮まれば、それで良いと思っている。



















「優子。明日の日曜日、遊園地にでも行こうか・・・。」
咲子は優子と2人きりの夕食の席でそう提案した。
「ホント?」
優子は目を輝かせて喜んだ。
「うん。本当よ。お弁当もって行こうね。」
天気予報は明日は秋晴れだと言っていた。
「からあげもつくってくれる?」
優子の大好物の鶏のから揚げ。

「うん。おにぎりと唐揚と厚焼き玉子、お新香も持ってこう。」
何だか咲子もワクワクしてきた。

「だからお夕飯残さず食べようね!」

今日は優子の苦手な魚料理だ。
でもいつもより、よく食べた。





優子の寝る時間。
パジャマに着替えさせてベッドに寝かせる。
「はやくあしたこないかな。」
興奮気味の優子。

「明日早いんだからもう寝なさい。」
咲子はベッドの傍らでしゃがみ頭を撫でる。

「おかあさん。あしたおにいちゃんといっしょがいい。」
優子がお布団にもぐりながら言った。

咲子はきょとんとした。

「お兄ちゃんって誰?」
「おかあさんのおともだちのおにいちゃん。」

咲子は首を傾げ、「あっ!」と声を上げる。
「もしかして田中君?・・・昨日のお兄ちゃん?」
優子は元気よく頷いた。

咲子は優子を見つめクスッと笑った。
「・・・お兄ちゃんのこと好きなの?」


優子はほっぺを真っ赤にして元気良く頷いた。








その頃、健太郎とカー助は仲良く晩酌していた。

「早く次の松茸焼いてくれよ〜。」
カー助が日本酒で軽く酔っ払いながら松茸を待つ。

昨日の約束通り、清水の舞台から飛び降りる覚悟で松茸を買った健太郎。
せっせと親友の為に小さな七厘で焼く。


その時電話が鳴った。

「はい。田中です。」



電話に応対する健太郎を<次の松茸まだかよぅ>と恨めしそうに見つめるカー助。


話が終わり電話を切った健太郎。
いきなりカー助に抱きついた。


「カー助!俺明日遊園地に行くんだ〜!!」
興奮した健太郎に抱き締められ、今にも窒息死しそうなカー助であった・・・。

2001.9.25  

今回1人と1羽の会話・・・重いぞ・・・(汗)どうしたカー助(汗)