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それぞれの想い

深夜に帰宅した関口。
家族は既に寝てしまっているのか、広い屋敷内は静かだった。

なるべく音を立てずに玄関に入ったはずなのに、猫の『ミルク』がお出迎えしに寄って来た。
白地に黒いぶち模様のある関口家の飼い猫だ。
軽く頭を撫でてやり、水を飲みたくて台所に足を運ぶ。

足元にミルクをまとわりつかせ、居間を通り抜けようとしたら、
薄明かりの中、父親が一人でウイスキーを飲んでいた。
関口慶介56歳。Kサービスの社長だ。

息子の気配に気がつき顔を上げる。

「・・・起きてたんですか。」
ちょっと微笑み父親の顔を見る。
「遅かったな。お前も飲むか?」
「・・・いえ。いいです。」
「そうか・・・。」
そう言って息子から視線を外し、再びうつむき加減で飲み始めた。

関口は立ったまま自分の父親の顔を見ていた。

<昔から、この人に認められたくて・・それだけを考えてきた>
・・・なのに要求されたことに何一つ答えられなかった自分。

悔しかった。

でも・・・今日気が付いた。

「父さん。」
「・・・何だ?」
自分を見つめる父親の目。
関口は肩の力を抜き・・・笑った。

「俺は今まで自分の意志なんかあまり考えなかった。」

ただ認められたいという欲求にかられるだけで、自分を追い詰めてきた。

「やっとそのことに気が付いたんです。」

今だって認められたいと思っている・・・。
でも、違う。

「今無性に頑張りたいと思っています。仕事も・・・その他のことも。」

昔とは違うやり方で。

「それは父さんが望んでいるような形ではないのかもしれない。でも、俺は俺らしく自由にやってみます。」
「秋彦・・?」
「ま、興味があったら見ててよ。」
目を見開き自分を見つめている父親に微笑む。

父親が求めているような『自分』ではなく
自分自身が追い求めている『自分』になりたい。
結果父親にも認めてもらえればラッキーだが・・・・一番肝心なのは
自分自身の気持ちだ。

たとえ父親に認められなくても
他の誰かに必要とされ、力になってあげられるような自分になりたい。

関口はそう決意した。
・・・胸の奥で咲子のことを想う。

初めは『絶対ものにしてみせる!』という、ゲームみたいな気持ちで近付いた。
でも今は・・・。


関口は・・・どうやら本気で咲子に惚れたらしい。





一方健太郎は
泣き疲れ、膝の上で寝てしまったカー助を見つめていた。

「いつもカー助には心配かけちゃってるなぁ・・・。」
申し訳なさそうに寝顔に語りかける。

<ごめんねカー助・・・・>
幼い頃から一緒だった健太郎とカー助。
一緒に育ってきた。

健太郎が元気がなかったり、悩み事がある時・・・
何も言わないのにカー助はいつも気が付いていた。

『どした?健太郎!便秘か?』
『また魔法学校でドジやらかしたのか?』
その言葉は、いつも冗談めかしていたが
健太郎が話しやすいように、肩の重石をどけてくれた。
勇気を出す手伝いをしてくれた。


<なのに俺はカー助の気持ちに、いつも気が付いてあげられない・・・>
大事な親友なのに
いつもカー助が追い詰められて爆発するまで気が付いてあげられない・・・。


<ごめん・・・>


ずっと側にるカー助の気持ちすら気遣ってやれない自分。
こんなんじゃ
林先輩の気持ちもわかるはずないよな・・・。
健太郎はため息をついた。

<こんなんじゃ、頼もしい男になるなんて、夢のまた夢だよ・・・>



みんな自分の気持ちをありのまま伝えてくれるわけじゃない。
表に現れてくるその人の気持ちは、ほんの一部かもしれない。

側にいても気持ちの距離はとても遠い時もある。

寂しいと思っても
近付きたいと願っても
・・・・相手は何も答えてくれない時もある。

そんな痛みも・・・まだ健太郎は知らずにいた・・・。















「モクモク・・・。あ、人間界での名前は『健太郎』だったわね。」
田中健太郎。
私に何の相談もせず、人間界で暮らすことを選んでしまった・・・・幼馴染。

シティーホテルの一室で、ベッドに腰をおろし健太郎のアパートの住所が書かれた紙を見つめて
微笑む少女。
腰の辺りまである、軽くウェーブのかかった綺麗な黒髪。色白の肌に小柄な身体つき。
黒いワンピースを身にまとい、ちょっと子悪魔的可愛らしさを持つ少女。
外見は18歳前後の・・・まだ幼さを残す少女なのだが、雰囲気がとても『女』を感じさせる。
そして・・・彼女の意志の『強さ』を表すように輝く大きな瞳。

彼女の名は『キリー』。魔法の国の住人だ。
年は352歳。健太郎より5歳年下だ。

キリーは健太郎の幼馴染だ。

キリーは世界中で1番健太郎のことが好きだった。


健太郎が人間界に降りた時、本当はすぐに追いかけようと思った。
追いかけて連れ戻そうと思っていた・・・。
でも、かたくなで、頑固な健太郎は絶対にいうことをきかないだろう。
だからキリーは必死に魔法の修業をした。
キリーはもともと、魔法界の数万年に1人と言われるほどの天才だ。
年を重ね、修業を積んだ最高の力を持つ老齢の魔法使いがやっと使えるようになる魔法を
容易く習得した。
・・・健太郎を連れ戻し、自分のものにするために必要なとっておきの魔法。
そのうち1つは・・・使うことを許されていない魔法。


<やっと・・・この2つの魔法術を使えるようになった・・・>
長かった・・・・。
2年間。この時間は魔法の国ではほんの短い時間。
でもキリーにとって・・・・人間界での時間を生きている健太郎を想いながら過ごした
2年間はとても長かった。


習得した2つの魔法。

1つは魔法玉を再び健太郎の身体に入れる魔法。
魔法玉は一度身体から抜いてしまうと砂になって消えてしまう。
魔法では再び作り出すことは出来ない。
でも・・・・・魔法玉を持っている『誰か』から魔法で移植することは可能だ。

何も魔法使いだけが魔法玉を持っているわけではない。


<カー助だって、自分の親友のためなら喜んで差し出してくれるわよね>
クスッと笑う。
魔法使いの身体にある魔法玉より、小さく魔力を作り出す能力も劣っている。
カラスの魔法玉を移植しても、たくさんの魔力を使う強力な魔法はどっちみち使えないだろう。

でも・・・魔法使いと同じような身体を維持するだけの魔力は作り出してくれるだろう。
そうすれば再び同じ時を刻んで生きていける・・・。



そして・・・もう1つの魔法は・・・。
絶対に使ってはならないという誓いを立て、ようやく伝授される魔法。



「私だってあまり使いたくはないけれど・・・。」
ベッドから立ち上がり窓に向かう。
カーテンを開けると都会の夜景が広がっていた。


「貴方が私の側にいてくれるなら、何だってやるわ・・・。」
キリーは魔法の勉強をしながら人間達の観察も怠らなかった。

人間達の心を見つめ続けていた。


「貴方の好きな人間だって、欲望のためなら手段を選ばない・・・そんな奴らが大勢いる・・・・。」

<だったら、そのやり方で貴方を私のものにしてみせる・・・>


<例え貴方の心が砕け散ってしまったとしても・・・・>
キリーは目を閉じ愛しい人を想う。
「大好きよ。健太郎・・・・。」

2001.9.24