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願い

その夜、結局みんな一睡も出来なかった・・・。

明け方、電話の呼び出し音がけたたましく鳴り響いた。
関口が慌てて受話器を上げると・・・・どこかの雑誌記者からの電話だった。
父親宛にかかってきた電話で、その内容は健太郎のことだった。

「今何時だと思ってんだ!!馬鹿野郎!」
そう叫んで乱暴に受話器を置き、電話線を引き抜いた。

<・・・・もうここも安全じゃない>

「田中起こして・・・場所変えなきゃ・・・。」
電話を見つめ呟いた・・・・・。

「もういいです。関口さん。」


<え?>
自分の独り言に答えが帰ってきたので、ビックリして振り返る。

そこには、健太郎と咲子が立っていた。




「もういいんです・・・・・。」
「田中・・・。」

健太郎は微笑を浮かべ、気持ちを伝えた
「魔法の国へ、帰ります。」

関口は、一瞬ショックを受けたように目を見開き・・・そして辛そうに咲子に視線を移す。

健太郎に寄り添うように立っていた咲子は、何も言わずに頷いた・・・・。


キリーとレイミ、カー助を呼びに行き・・・居間に集まった。

「モクモク・・・・。」
<本当に良いの・・・?>
キリーは思わずそう聞きたくなった・・・。聞いた所で人間界も魔法の国も、
健太郎にはたった一つの答えしか許していないのに・・・・。
キリーの肩にとまっていたレイミも、辛そうに健太郎を見ていた。

「魔法の国へ帰るよ。キリーや長老様の言う通りにする。」
穏やかで静かな声。

キリーは健太郎の言葉に辛そうに俯いて・・・目を閉じた・・・。
「ありがとう・・・モクモク・・・。」



「健太郎・・・・。」
カー助は健太郎の肩に乗って、顔を覗きこむ。
そして、心を感じた・・・。
健太郎の心から感じ取れたのは、決して諦めなんかじゃなく・・・
・・・ただひたすらに何かを想う強い気持ち。
全ての感情を託し・・・何かを願う気持ちだけだった・・・・。
それはとても澄んでいて・・・・。



キリーは持ってきていた大きな鞄から服を取り出し健太郎に差し出す。

「これ・・・・・。」
キリーが持ってきたのは、魔法の国の服だった。。

「・・・服に魔力を宿らせておいたの。魔法の国への移動の時、少しでも楽なように。」
魔法玉を持たず、体の中の魔力もほとんど残っていない健太郎。
少しでも安全に、体が楽なように、キリーが用意しておいた服なのだ・・・・。



客間を借りて、着替えをした。

黒い衣を身に纏い、黒いマントを羽織る。
部屋の隅に置かれ鏡台に映る自分の姿が目に留まり・・・苦笑いする。

<もう着ることもないと思っていた服なのにな・・・・>

健太郎は、ゆっくりと目を瞑り俯いた・・・・。

・・・そして、再び目を開け、顔を上げた。
鏡に映る自分の姿に背を向け、部屋を後にした。
居間へ戻る途中・・・優子の所へ行った・・・。

窓から、カーテンを通して、夜が明ける途中の淡い光が入り込む。

健太郎はしゃがんで、優子を見つめた・・・。
優子はまだ夢の中の住人で・・・幸せな寝顔を見せてくれた。

枕元に・・・カラスの羽根が一枚置かれていた。
カー助が置いていった羽根。
魔法の国のカラスの羽根は、微量の魔力を持ち、羽根の主の気持ちを宿らせる。
カー助は咲子と優子の幸せを願った。
その気持ちは羽根を通じ、贈られた者へと降り注ぐ・・・。

「優子ちゃん。今までありがとう。・・・・さよなら。」

健太郎自身にも聞こえないくらいの、小さな声でお別れの言葉を告げた。

<俺は優子ちゃんのために、なにもしてあげられなかったけれど・・・・
カー助と一緒に君の幸せを願うから・・・・>

「元気でね・・・・。咲子さんのことを・・・よろしく頼むね。」

そう囁いて・・・そっと立ち上がり静かに部屋から出て行った。





居間に戻って来た健太郎の姿を見て、咲子は胸が痛くなるほど切なくなった。

魔法の国の服を身に纏った姿は・・・遠い世界の人になってしまったようで・・・。

そう感じたのは咲子だけではなく、関口も同じ気持ちになっていた。

「健太郎。」
バサバサと飛んできたカー助を、健太郎は肩にとまらせた。

そして、自分を見つめている咲子と関口の傍へと歩み寄る。

健太郎は初めに関口の顔を見てニコッと笑った。

「色々ありがとうございました。」
関口は、一瞬言葉に詰まり・・・その後、ちょっと意地の悪い笑みを浮かべた。

「ホントだぜ。お前にはいつも振り回されて、大変だった。」
「すみません。」
健太郎はクスっと笑った。

「本当に、お前はバカタレで・・・何も知らなくて・・・危なっかしくて・・・。」
関口は、そんな言葉を言いながら、心の中で叫んでいた。
<違う!こんなことを言いたいんじゃなくて・・・もっと伝えなきゃいけないことがあるだろう!>

そう思うのに・・・気持ちを伝えようとすると言葉が詰まり、涙が零れそうで・・・。
でも、伝えなきゃ・・・今しか伝えられない。

「田中・・・。」
「はい。」
真っ直ぐ自分を見つめる澄んだ瞳。

その瞳に導かれるように言葉を口にしていた。

「・・・・違う・・・・。色々教えてもらったのは俺の方だ・・・。」

声が震え、上手く話せなかったが、それでも気持ちを吐き出した。

「お前が俺に色んなことを教えてくれた!色んなことに気付かせてくれた!
俺を・・・変えてくれた・・・。」


・・・本当に伝えたいことを言葉にするのが、こんなに難しいことだとは思っていなかった・・・。
伝えたいことの半分も言えていない。・・・・そう思いながらもこれ以上言葉が探せず・・・・。

「・・・関口さん。」

少し驚いたように関口を見ている健太郎。
関口は、たった一つの言葉に気持ちの全てを込めた・・・。

「・・・お前と会えて、良かった・・・。」

最後に小さな声でそう言った。
健太郎は少しの間、関口を見つめていた。
ちょっとだけ戸惑い、そして返事のかわりに笑顔を贈る。
それにつられるように、関口も微笑んでいた・・・。

そして、肩の力を抜いて、ふぅ・・・と息を吐いた。
その後、少しかがんでカー助の目線に合わせる。

「お前と酒が飲めなくなるの、寂しいな。」
関口の声は、すっかりいつもの軽いノリに戻っていた。
「冗談じゃない。あんたの飲み友達やってたら、体がいくつあっても足りないぜ!」
カー助は関口に調子を合わせるように、可愛げのないことを言い放つ。
でも、お互いその言葉の中に感謝の気持ちを込めていた・・・。

健太郎は、関口にペコリと頭を下げた後、今度は咲子の方へ近寄る。

「咲子さん。」

咲子はビクッと体を固くし・・・健太郎を見つめた。

<これが本当に最後なんだ・・・・>
咲子の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。

<最後なんだから・・・笑わなきゃ。何か話さなきゃ・・・>
そう思えば思うほど、表情は固くなり、言葉が出てこなくなる。

少しでも言葉を口にしたら、泣きながら縋りついてしまいそうだった。

『傍にいられなくても・・・あなたの幸せを願ってる・・・。』
そう言ったのに、心の中で叫び出す。

<いかないで!>
<私の傍にいて!>
そんな気持ちを一生懸命抑え付けた。

ふわっと・・・体が温かくなった・・・。
気が付いたら健太郎に抱きしめられていた・・・。

咲子は、その温もりに縋った。






健太郎も同じように思っていた・・・。
<帰りたくない>
<いつまでも一緒にいたい>
本当は、叫びたかった。
そう叫び、泣いて訴えれば叶えられるなら、いくらでもそうする。
健太郎は腕の中の、何よりも大切で大好きな、この温もりをいつまでも抱いていたかった。

・・・でも・・・・ゆっくりと、腕の中から手放した・・・・。

数歩後ずさり、今にも泣きそうな顔で自分を見つめている咲子に、微笑む。

「俺も、咲子さんの幸せを願っています。」

<必ず幸せになって下さいね・・・>


・・・痛みと共に、咲子のことを心に焼き付けながら、想いを込めて伝えた。

そして、咲子に背を向けキリーの下へと歩いて行く。


キリーは自分の下へと戻ってきた幼馴染の顔を見つめた。
「もう・・・いいの?」

健太郎は小さく頷いた。

そして、振り返って咲子と関口に笑顔を向けた。

「じゃあ・・・魔法、かけるよ・・・・。」
キリーは少し躊躇しながら魔法棒を出し、クルンと舞わせた。

それと同時に健太郎達の体を金色の光が包み込む。



咲子は必死だった。
最後に自分が出来ること。
光の中へ消えていく健太郎に・・・・・笑顔を贈る。

健太郎も、光の壁が咲子の姿を奪うまで、微笑みを崩さずにいた。


やがて、お互いの姿が見えなくなり・・・。


「・・・モクモク・・・大丈夫?」
隣にいる健太郎の体を気遣い、キリーは顔を上げ尋ねた・・・。

「モクモク・・・。」
言葉が詰まり・・・それ以上何も言えなくなってしまった。
キリーの瞳に映る健太郎は・・・・光に消えた人を想い、叶うはずだった夢を想い、泣いていた・・・・。

健太郎の瞳から涙が溢れ、落ちて行く。
それは、キラキラ輝いて・・・・金色の光に溶けていった・・・・・。





「林さん・・・。」
関口は、光が消えてもなお、その姿を探すように立ち尽くしている咲子を見つめた。

咲子の頬を涙が伝う・・・。


かける言葉も探せずに・・・関口はただ静かに見守ることしか出来なかった。




   夢見てた。

   叶えたかった。

   あなたと一緒に生きていくということを。

   でも、その願いは2人の手をすり抜け・・・儚く消えてしまった。

   今2人を支えているのは、お互いが願う想いだけだった。

   『あなたの幸せを願っている・・・・。』


   傍にいられなくても・・・違う時間の中にいても・・・あなたの幸せを願い続け生きていく。
   


   だからお願い・・・・幸せになってね・・・・・。

2002.2.5 

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