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あしたへ・・・

健太郎達が去り、咲子の気持ちとは関係なしに、いつもの朝がやってくる・・・。

咲子は優子を連れて、いったん家に帰ることにした。
関口に車でアパートまで送ってもらう途中、寝ていた優子が目を覚ました。

「ねえ・・おにいちゃんは?カースケくんは?」
しきりに聞いてくる優子に、咲子はぎこちなく笑い・・・・枕元に置いてあった
カー助の羽根を手渡した。

・・・気持ちを込めて置いていってくれたものだと感じていた。
何故ならば・・・・。

優子の小さな手が、羽根を握る。
すると・・・優しく温かな陽だまりが、心を包み込んでくれるように感じた・・・・。

咲子もその羽根を持った時、感じられた。

「・・・お兄ちゃんとカー助君、魔法の国へ帰ったの。」

咲子の言葉に・・・優子は何も聞き返さず、羽根を握り締め涙を堪えていた。

<泣かないで・・・>
その羽根が囁いているような気がしたから・・・。




アパートに到着し、関口は咲子に尋ねた。

「・・・今日、会社どうする?」


咲子は、ニコッと笑って、答えた。
「行くわよ。もちろん。」
「だよな。」

咲子と関口にはまだやることがあった。
健太郎から預かった物を渡さなければならなかった。

それに、今日はKサービスは目が回るような忙しさだろうから。



「俺も一緒に渡したいから、営業所でまた会おう。」
そう言って関口は再び車に乗り込み、自宅へ向けて走らせた。


咲子が会社と幼稚園へ行く支度をしていると、優子が悲しげにとてとてと歩いて来た。

「どうしたの?」
咲子の言葉に、優子は手にしていた物を上に掲げた。

優子の手には、枯れてしまった『応援花』が握られていた。
『応援花』は初めに宿した魔力がなくなると枯れてしまう運命なのだ。

咲子は、優しく微笑み優子の頭をそっと撫でた・・・。
そして、しゃがんで今にも泣きそうな優子の瞳を覗き込む。

「泣かないの。この応援花は枯れちゃったけれど・・・別の所に咲いたでしょ?」
「べつのところ?」
優子はきょとんとした。

咲子はゆっくりと手を伸ばし、優子の胸に手を当てた。

「優子の心の中で咲いてるでしょ?」

優子は、難しそうな顔をして考えた後・・・・コクンと頷いた。

<私の心にも咲いたから・・・>

咲子は枯れてしまった応援花を見つめ・・・心の中で呟いた。






関口は、車を走らせながら、心にポッカリ穴が開いたような寂しさを感じていた。
それを受け入れた上で、呟いた。

「俺はこれから、林さんの心の中にいるお前と勝負しなきゃいけないんだよな・・・。」

<随分と、分が悪いよな・・・>
そんなことを考えていた・・・・。








「・・・・辞表。」

営業所にて・・・。
所長は、咲子と関口が持ってきた健太郎の辞表を渡され戸惑っていた。

「田中からの伝言です。『ご迷惑おかけして申し訳ありません。』・・・だそうです。」
「田中君の私物は私が片付けますから・・・。」
関口と咲子の言葉に、しばらく何も答えられずにいたが、やっとの思いで口を開いた。

「・・・君達は知っていたのか?田中の・・・その・・・。」
所長は口ごもってしまった。
ニュースで健太郎のことを見て、腰を抜かすほど驚いたのだ。
そして今、平然と健太郎から預かったという辞表を出した関口と咲子に対し、更に驚いたのだ。
2人とも健太郎の不思議な力に、戸惑う素振りも見せていないから・・・。

「知っていましたよ。」
関口ははっきりと言い切った。
戸惑い気味に、所長は今度は咲子に視線を向けた。
咲子も目を逸らさずに頷いた。

関口は、少しだけ目を伏せ、言った。

「田中は俺達と何も変わらない奴だったじゃないですか。
俺達と何も変わらず仕事して、ミスすれば落ち込んで、
時々飲みに行ったりして・・・。」

それから、愛しそうに思い出す。
「変わっているとこと言えば、
バカが付く位素直で嫌ンなっちゃうくらい頑固な所だけだったじゃないですか・・・・。」


関口の言葉に、所長も、所内にいた同僚達も、健太郎の席に目をやる・・・。

<・・・・そうだよな・・・・>
何も変わらない・・・・俺達の仲間だった。
みんな健太郎と過ごした時間を振り返り・・・・そんな風に思った。
そして、そこに座るべき人物が去り、言いようのない寂しさを感じていた・・・。


それから、営業所も本社も、客先や外部からの問い合わせで慌しさに飲み込まれていった・・・・。



咲子は健太郎に心の中で囁く・・・。

<・・・あなたが信じ、願い続けてきた想いを、
ちゃんと受け取ってくれている人達もたくさんいるわ・・・・>












生い茂る緑と、澄んだ空気・・・。
どこまでも続く青空。

健太郎は、芝生に座り、懐かしい景色を瞳に映す。

魔法の国への移動で、体にかなりの負担がかかり、帰って来た時には
意識を失っていた。そのまま3日間眠り続けた。

目覚めた時、父親と母親の心配そうな顔が飛び込んできた。
健太郎の両親は、何も聞かずに・・・ただ抱きしめ優しさで包んでくれた。

そして、キリーや長老達の魔法の準備が整うまで
家の近くにある丘で、ぼんやりと景色を眺めているのだった・・・。
健太郎も、肩に乗っているカー助も無口だった。

カー助は心の中で囁く。
<俺はいつでも健太郎の傍にいるからな・・・>
<だから寂しい思いなんかさせないぞ!>
・・・カー助の気持ちは、ちゃんと健太郎にも伝わっていた・・・。

「モクモク・・・。」
健太郎の背中に話しかける声がした。

振り返ると、キリーと長老のホムホスが立っていた。

「・・・準備出来たから・・・・。」
キリーが小さな声でそう告げた。

健太郎は、これから決断の森で『時を止める魔法』に身を委ねる。
キリーの魔法が完成するまで眠り続けることになる。

健太郎はゆっくりと立ち上がり、服に付いた葉を軽く手で払う。


そして、2人の下へ行き静かな微笑みを浮かべる。

「モクモク・・・。」
キリーは健太郎の目を真っ直ぐに見つめ・・・誓う。

「必ず魔法玉、作ってみせるから。絶対絶対作ってみせるから!!」
キリーの真剣な眼差しに、健太郎はニコッと笑って頷いた。

「・・・健太郎・・・。」
ホムホスは、人間界での名前を呼んだ。
健太郎はホムホスの顔を見つめた・・・。

「ワシらのこと・・・怒っとらんか?」
その言葉に、健太郎は微笑みながら、小さく首を横に振る。

ホムホスは、健太郎の瞳を見つめ・・・静かに想いを伝える。

「ワシらの下した決断は・・・今はこうするより他ないと思ったからなんじゃ。
でも正直言うとな・・・・時間が経って・・・そうじゃのぅ・・・お前さんがワシの年くらいになる頃には
・・・別の道を選べるような世の中になっとればいいと・・・そう願っているんじゃ。」

ホムホスは手を伸ばし健太郎の頬を撫でた。

「お前さんは、信じとるんじゃろ?」

健太郎は、迷いのない澄んだ眼差しをホムホスに向けた・・・。


ホムホスは、目を細め笑い・・・健太郎の頭をクシャっと撫でた・・・。
そして決断の森へと歩き出した。
キリーもそのすぐ後を歩き出す。

健太郎は、足を踏み出そうとしたが、振り返り、先ほど見つめていた青い空をもう一度瞳に映す・・・。
優しい風が健太郎の髪を撫で、通り過ぎていく・・・・。




『わかり合えるって・・・あなただけは信じて生きていって。』


健太郎は目を閉じて・・・・その言葉を想う。

・・・・再び目を開け、ゆっくりと顔を上げる。

そして、今度は振り返らず、歩き出した。





























長い長い時間が過ぎて・・・・。





「コタロウー!」
一羽のカラスが懸命に飛びながら叫ぶ。

「遅いよクロ助!」
元気な少年の声。

深夜。
高層ビルが建ち並ぶ街。
その中の、一番高いビルの屋上に、ほうきに乗って飛んできた少年が降り立つ。
続けてカラスも少年の隣に着地した。


少年は黒い衣に身を包み、三角帽子を被っている。
屋上の柵に腰かけ、目の前に広がる夜景を眺める。
地上は、綺麗に整備されたビルが色とりどりに輝いていて、
夜空は、宝石のような光を瞬かせながら自家用飛行機が飛び交う。

「なーんか、父さんが言ってたのと随分違うよね・・・。」
「仕方ないよ。400年くらい経ってるんだもん。そんだけ時間があれば
人間界は様変わりするだろ。」
「そっかー。科学の進歩って奴かなぁ・・・。」
「・・・回転寿司はあるかなぁ・・・。それだけが心配だよ俺は・・・。」
カラスがそわそわしながら呟いた。


少年は瞳に夜景を映し、いつも父親が語ってくれる世界を想う。

<父さんが大好きな世界・・・・>

「・・・なあ、でも俺達ヤバくないか?」
不安げにカラスが少年を見上げる。


「人間界には来ちゃいけないって、厳しく言われてんのに・・・バレたら母さんに叱られるぞ!」
「叱られんのが怖くて冒険が出来るかってんだ♪」
「・・・いつもお尻叩かれて泣いてるくせに・・・。」
カラスの言葉に、少年は頬を膨らませ拗ねた顔をする。
「余計なこと言うなよ!」

そして夜風を感じながら期待に胸を膨らませる。

「父さんはもう人間界には来られないんだもん。だから俺が代わりに見に来たんだ。」
「ああ・・・そっか。作り物の魔法玉じゃ、せいぜいほうきで飛ぶくらいしか出来ないもんな・・・。」
「俺が大きくなって、2人分の移動が出来るようになったら連れて来てあげるんだ。」
「・・・そんなことしたら母さん、怒りで卒倒しちゃうぞ。」
「大丈夫だよ。母さん、父さんにはめちゃくちゃ優しいもん。」


少年は立ち上がり、手にしていたほうきにまたがった。
そして、ふわりと浮き上がる。

「行くよ!クロ助!」

そう言って、勢い良く夜空へと飛び立つ。

「行くって、何処へだよ!コタロウ!」
慌ててカラスも後を追う。


少年は眼下に広がる街を見つめ、元気よく答える。

「友達見つけに行くんだよー!」



















    心と心の距離は

    どんなに求めても どんなに願っても

    一つに交わることは ないのかもしれない

    みんな心のどこかに孤独を抱え

    どうしようもなく寂しくなり

    どうしようもなく傷つき 傷つけてしまい

    裏切ったり 裏切られたりして

    時に信じることを諦めてしまいそうになるけれど

    それでも願ってしまう

    あなたの傍にいたい

    あなたに傍にいてほしい

    一緒に生きていきたい・・・

    だから信じることをやめないで

    最後を迎えるその日まで 追い求め 願い続ける














少年の瞳に世界が映る

少年が今、世界を抱きしめる・・・・・。







END
2002.2.6