「キリー・・・。」 健太郎が、ソファーから立ち上がり、不安げに尋ねる・・・。 「キリー・・・今の言葉・・・どういうこと?」
「さっき、長老会で、新しい決まりごとが出来たの。」 「・・・長老会・・・・・。」 健太郎の表情が固くなる。
「・・・伝えるわよ・・・・。良く聞いていてね・・・・。」 キリーは自分の声が震えているのを感じながら・・・自分の役目を果たす為、必死で伝えた。
『今後、人間界に関わってはならない。』
その言葉を聞いた時、健太郎は・・・愕然とした。
『今現在、人間界にいる者も直ちに魔法の国へと帰る事。・・・なお、いかなる例外も認めず。』
それは、魔法玉を抜いている健太郎も、例外ではないことを伝えていた・・・。
「何で・・・何で急にそんなこと・・・。」 健太郎は、そう言いながらもわかっていた。 でも、認めたくなかった・・・。 そんな健太郎に、キリーは現実を突き付ける。
「私達の魔力は、人間界を恐怖に陥れるものでしかないのよ。」 「そんなこと、ない!」 「モクモクだって今回のことでわかったはずよ。私達の魔法は人間にとって脅威の存在なのよ。 人間達は、私達を『神様』か『悪魔』か・・・そのどちらかの目で見るでしょう。 いずれにせよ、対等になんかなれないのよ。」 「・・・・・・・・・・。」 健太郎は反論したいのに・・・言葉が見つからない。
キリーは、咲子と関口に少しだけ目をやって・・・俯く。 「・・・・わかってくれる人間も・・・いるとは思う・・・・。
でも、大多数の人間達は、私達をそっとしておいてはくれない。」
キリーは辛そうに目を閉じ、静かに言った・・・。
「私達は、このままここにいると・・・人間界の平和を乱す存在になってしまうかもしれないのよ・・・。 人間達は、いつ私達に支配されやしないかと恐れていくでしょうね。」
健太郎にも・・・そんなことわかっていた。 魔法使いが、人間達と近づき、対等に付き合いたいと願っても この力がある限り、難しいことなのだ・・・。それを思い知らされた。 『魔法を悪いことになんか絶対使わない!』 ・・・人間達を支配しようだなんて思わない・・・そう言ったところで 所詮力を持っている側の言い分でしかないのだ・・・・。
健太郎は何も言えないまま俯いていた・・・。
そんな健太郎を見ていた咲子。 ギュッと手を握り・・・・意を決したように顔を上げ立ち上がる。 「私は魔法の国へは行けないの・・・・?」
魔法の国の人達なら、人間の自分も受け入れてくれるのではないだろうか・・・ そう思いついたのだ。咄嗟の言葉だったが、覚悟は出来ていた。
みな驚いて咲子を見つめたが・・・・すぐに健太郎が寂しそうに微笑み、首を横に振った。
「咲子さん、ありがとう・・・・・。でも、魔法の国へは人間は入れないんです。」 「どうして?決まりでもあるの?」 「体の中に魔力がないと、入れないんです。」 ・・・要するに人間では、無理ということだ・・・。 健太郎の言葉に、咲子は悲しそうに俯いた・・・。
キリーが更に説明を付け加えた。
「魔法玉を抜いた健太郎だって、人間界から魔法の国への移動は結構辛いの。」
<しかも、今の健太郎の体には、ほんのわずかな魔力しか残っていない> そのことがキリーは心配だった・・・。
健太郎は、固い表情で呟いた・・・。 「・・・どのみち・・・俺には選択権なんてないんだね・・・・・。」
どんなに願っても、人間界にはいられない。魔法の国へ帰るしかない。 その事実を突き付けられても・・・まだ、とてもじゃないが受け容れられなかった。
キリーは、涙を堪え、顔を上げる・・・。ここから先が、キリーが伝えたかった言葉なのだ。
「モクモク・・。良く聞いて・・・。」 健太郎・・・のろのろとキリーに顔を向ける・・・・。
キリーは健太郎に近寄り、祈るような気持ちで言葉を口にした。
「モクモク・・・。私にチャンスをちょうだい・・・。」 「・・・・え・・・・?」
「モクモクの時間を私に託して・・・・・。」
そう言って、あの本のことを話し始めた・・・・。
「魔法玉を・・・・作る・・・?」 健太郎は戸惑いながらキリーを見つめた。
キリーはコクンと頷いた。
「・・・夢みたいな話だと思うかもしれない。でも、私を信じて欲しい。
必ず魔法を完成させるから。だからお願い、私にチャンスをちょうだい。」
必死に訴えるキリー。
その話に、健太郎は驚きはしたが・・・今の健太郎にとって、あまり意味のないことだった・・・。
魔法の国へ帰らなければならない・・・そのことで頭がいっぱいだったから。 そんな健太郎を説得しようと、キリーが詰め寄るが、関口が止めた。
「今日はそれくらいにして・・・また明日考えないか・・・・?」 柔らかく微笑み、キリーを落ち着かせた・・・。
人間界での明日という時間が、健太郎に残されているのかどうかわからない。 だからこそ、その時間を大切に使って欲しかった。
関口は、咲子と健太郎のためにもう一つ客間を用意した。
「優子ちゃんは俺が見てるから。」 カー助はそう言って、優子の眠る部屋に入れてもらった。
キリーとレイミには、いつもは親が使っている寝室を明け渡した。 キリーは、少し辛そうに健太郎と咲子を見ていたが、大人しく部屋に入っていった。
関口もカー助も・・・そして、キリーも・・・・2人きりにしてあげたかったのだ。 ・・・多分、もうあまり時間がないと感じていたから・・・・。
関口は自室に戻り、静かにベッドに腰を降ろした。 気持ちが鉛のように重く、頭が働かない。
飼い猫のミルクが布団の上で丸くなっていたが、関口の様子にピクンと耳を動かし 立ち上がって身を摺り寄せてきた・・・。 まるで関口を慰めているようだった。
<・・・嫌だよ・・・・> 魔法の国へ帰るべきだと思っていても、健太郎がいなくなることを拒絶していた・・・・。
カー助は優子の寝顔を見ながら想う・・・。
<・・・俺は健太郎がいる所で生きてく。どこだって付いてく。それが俺の生きる場所だもの。 ・・・・・・・・そのことに変わりはないのに・・・> 小さな瞳から涙が落ちる・・・。
キリーはベッドに座って俯いていた・・・。 レイミも何も言わず、そっと寄り添っていた・・・。 「・・・・レイミ・・・。」 「・・・・ん?なぁに?」
レイミは顔を上げ・・・・キリーを見つめる・・・。
「・・・私は。モクモクと魔法の国で一緒に暮らし・・・同じ時間を生きることを願ってた・・・。」
キリーの小さな声・・・。
「一緒に生きていきたいって思ってた・・・・・。でも・・・でもそれは・・・・。」
声が震える・・・・。
「・・・キリー・・・もう良いから。わかっているから・・・。」 レイミが優しく囁く・・・・。
ぽろぽろと涙が落ちる・・・。 キリーの気持ちが、ひとつひとつが、涙となって零れ落ちる。
一緒に生きたい・・・。 でも・・・その願いはこんな形でなんか、叶えたくなかった・・・・。 あんなに辛い、悲しい健太郎の顔など見たくはなかった・・・・。
『絶対、誰よりも幸せにならなきゃ許さないんだから!!』
気持ちを聞かされた日、あの時叫んだ言葉もまた、キリーの願いであったから・・・。
キリーの胸は・・・張り裂けそうだった・・・・。
健太郎と咲子の・・・2人きりの部屋。
健太郎は部屋の隅で壁にもたれて座っていた・・・・。 まだ自分の立場を受け入れることが出来ずに、虚ろな目で考え込んでいた。
咲子は敷かれていた布団の傍で座っていたが、静かに立ち上がり健太郎の隣へ座った。
健太郎の肩に頭を預け、その温もりを感じる。
健太郎も咲子の温かさを感じながら、切なくなる。 <失いたくない・・・> 2人とも・・・心の中で叫んでいる。
「・・・ご飯・・・。」
健太郎が口にした言葉が意外な物だったので、咲子は頭を上げ、健太郎の顔を見つめた。
健太郎は俯きながら言葉を続ける。
「毎日・・・寝て起きて・・・ご飯食べて・・・誰かを好きになって、誰かと触れ合って・・・・ みんなそうやって生きていって・・・・みんなそのことに変わりないのに・・・・。同じなのに・・・。」 「健太郎君・・・。」 「どうして魔法使いだってだけで・・・一緒に暮らせないんだろう・・・。」
「・・・・・・・・。」 「わかり合えるって・・・信じていたのに・・・・。」
健太郎の頬を涙が伝う・・・。
人間界が好きだった。どうしようもなく悲しくなる時や、理解できないこともあったけれど、 一瞬一瞬が一生懸命で、健太郎の目には輝いて見えた・・・。
咲子は健太郎の頬にそっと口付けした・・・・。 ・・・涙で潤んだ瞳を自分に向ける・・・大好きな魔法使い。
「そのまま、信じ続けて。」
静かな声。
健太郎は辛そうに目を伏せる。
「・・・信じてたって・・・信じたって受け入れてもらえない・・・。」 「それでも、信じ続けて。いつかわかり合えるって・・・あなただけは信じて生きていって・・・・。」
咲子は透き通るような笑顔を向けた。
「魔法の国で、信じ続けて生きていって・・・・。」 「・・・咲子さんがいない世界でなんて・・・。」 そんな世界、今となっては考えられないものとなっていた。
「・・・あなたの幸せを願ってる・・・・。」 咲子の言葉。
健太郎の心に咲子の言葉が優しく触れる。
「傍にいられなくても・・・一緒に生きていけなくても、あなたの幸せを願ってる。」
咲子の瞳から涙が溢れ、零れ落ちる。それでも微笑みを消さず、想いを伝える・・・。
「私は、あなたの幸せを願い続けて生きていく。」 「咲子さん・・・。」
「そしてあなたは・・・もう一度、魔法使いとして生きていくの。」
一言一言・・・言葉を言うたび・・・切なさで胸が痛む。
傍にいたいと心が泣いてる。
そんな気持ちを抱えながらも・・・伝え続ける。
「違う世界で生きてても・・・違う時間の中で生きてても・・・あたなの幸せを願い、想い続けるから・・・。」
<・・・私には、もう願うことしか出来ないもの・・・>
・・・・・咲子は健太郎を抱きしめ、耳元で囁いた。
「だからお願い・・・必ず幸せになってね・・・・。」
その言葉は健太郎にとって、これから生きていく為の・・・辛くて切なくて
・・・・そして何よりも優しい魔法だった・・・・。
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