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儚い夢(前)

どれくらい経っただろう・・・。
咲子は気持ちを落ちつかせ、居間に戻ると、健太郎と関口兄弟はテレビを真剣に見ていた。
相変わらず事件のことと、健太郎達のことが流れていた。

逮捕された犯人のこともわかりつつあった。
ちょうどこの時、犯人の動機について告げられていた。

「挫折を知らずに育ったエリートねぇ・・・・。」
慎二が腕を組んでため息混じりに呟いた・・・。

犯人の男は、わりと裕福な家で育ち、両親の期待を背負い、その期待に
見事に応え高学歴を残し、一流企業入社まではスムーズにエリートコースを
突っ走ってきた。

ただ・・・入社1年目にして早々に退職してしまった。上司や同僚と激しくぶつかったらしい。
当時の同僚がインタービューに答えていたが、男に対して良い感情を持っている者は
いなかったようだ。男にとっては、職場での扱いは屈辱的な物だったようだ。
『自分を、優秀な、特別な人間だとでも言いたげに、いつも俺らのことを見下してました。』
男の同僚だった男性が答えたコメントだ。
それからは就職しても、自分の思い通りに行かないとすぐに辞めてしまう・・・
そんなことを繰り返していた。

「学歴もプライドも高層ビルより高かったわけだな・・・クソッたれ!」
関口は忌々しそうに吐き捨てた。


「悪いのは全て周りの人間。だから消えてしまえば良いって思ったわけだ。」
慎二が淡々とコメントした。


健太郎は黙っていた・・・。どう考えても、犯人の気持ちなど理解出来なかった・・・・。
まだ、犯人の・・・あの男の口からは、何も語られてはいないようだ。
だから、何故あんなことをしてしまったのか・・・本当のことはわかっていない。
・・・・本人の苦しみは本人にしかわからない。
でも、どんな理由があろうとも、男がしてしまったことは決して許されることではない。

死者がかなりの人数になりそうだった・・・。その多くは10階と12階にいた人達だったが、
他にも、他の階で起きたパニックで将棋倒しになったり、人ごみの下敷きになった数名の
人達も含まれる。
あと、百数名の怪我人が出ていた・・・。その数字はまだまだ多くなりそうだった。

レストラン街では、11階にいた人達のみ・・・・怪我人は出たものの全員が無事だったのだ・・・・。

咲子は、押し黙ったまま画面を見続ける健太郎の隣に腰を降ろし、傍に置かれていた
彼の左手に自分の手を重ねそっと握る。

健太郎は一瞬ビクッとして手の主に目をやり、咲子だと確認すると安心したように微笑んだ。
そしてまた画面に目を向ける・・・。

・・・健太郎は怯えていた・・・。
自分のことが取りざたされる度に胸が痛む。
勝手に作り上げられた『英雄』としての理想像。
そこにいるのは『人間』でもなければ『自分』でもなかった・・・。

真夜中になり、途中で臨時ニュースが舞い込んだ。



「うそ・・・・・。」
思わずそう言って、咲子は手で口を押さえた・・・。
涙が零れそうになった・・・。

健太郎の住んでいたアパートで小火騒ぎがあった・・・。放火だ。
健太郎目当ての記者達が周りにいたので、犯人はすぐに捕まったらしい。
2階の、1番奥の部屋のドアに『悪魔』と、スプレーで書かれた落書きがあったそうだ。

「俺の部屋・・・。」
健太郎は身を固くし呟いた・・・・。
テーブルの上に乗っていたカー助も、体を震わせ怯えていた。

咲子とは逆側の、健太郎の隣に座っていた関口。
健太郎の様子に胸を痛めながらも・・・・重い口を開いた。

「・・・田中。さっきも言ったけど・・・お前はもう人間界じゃ暮らせないよ・・・・。」
その言葉に、健太郎だけじゃなく咲子も反応し、関口に視線を向ける。


「お前だって、わかってるだろ?」

健太郎は、関口の言葉を拒絶するように首を横に振る。

「お前の力は、俺達人間にとっては脅威なんだ。」
「もう魔法は使わないし・・・第一使えない!」
「そんなこと言っても、周りの人間達には通用しない。」
「どうしてですか!」
「お前は全国に、テレビを通じて魔法を・・・脅威の力を使えるって叫んでしまったんだ!」
「だからもう使えないです!」
「そんなの誰も信じやしない!お前だってわかってるはずだ!」
「聞きたくない!」
健太郎は目をギュッと瞑り、耳を塞いで叫んだ。
関口もそれにつられるように大声になる。

「聞くんだ!」
手首を掴み、聞かせようとする。健太郎は恐る恐る目を開ける・・・。
関口の怖いくらい真剣な眼差しから、逃れたいのに動けない・・・。

「お前がいくら魔法を使えない、使わないと言ったって、誰もお前を放っておいてはくれない。
今はまだ、みんなを助けた救世主として祭り上げられているが、近いうち、確実にお前の力を
恐れる奴等や利用しようとする奴等が出てくるはずだ。」

健太郎は、その事実を付き付けられ、何も言えなくなる。

「お前、ここにいたら・・・ぼろぼろにされちまう・・・・。」

最後の方は声が震えていた・・・。手を放し・・・俯いて、呻くように呟いた・・・。
「ちくしょう・・・・。」
<何でこんなことになっちまったんだよ!>
関口の気持ち。



そして・・・咲子の気持ち。
咲子も同じことを考えていた・・・。

2人とも、怯えていた。

健太郎が、自分達の前からいなくなることを、恐れていた・・・・。

咲子は、そんな自分の気持ちを抑え、震えるような小さな声で言った。



「魔法の国へ帰って・・・。」



健太郎は一瞬ショックを受けたように目を見開き、そのあとぎゅっと目を瞑った。

「・・・嫌です。」
咲子は健太郎の腕を掴み、縋るように訴える。

「このままここにいたら、あなた壊されちゃう!」

ここでは守りきれない・・・。
咲子や関口、優子や・・・その他会社の同僚や日々の生活の中で出会う人々。
みんなの気持ちに触れ、真っ白だった健太郎の心に少しずつ色んな色が塗られてきた。

色んなことを感じ、少しずつ成長した心。

穏やかな時間の流れる魔法の国で育った、優しい魔法使い。
その心は・・・優しい分、儚く脆い。

優しさは強さでもある。
でも、今の状態では、強い分だけ苦しみ抜いて、最後には壊されてしまう。

咲子も関口も、健太郎を守りたかった。


健太郎は、ゆっくりと目を開け、咲子を見つめた。

「咲子さん・・・。」
「とにかく・・・しばらくの間だけでも・・・・魔法の国へ戻るの!」
必死に説得しようとする。・・・その時。



「しばらくの間じゃない。もう人間界にはいられないわ。」




突然響いた絶望的な言葉・・・・。

健太郎達はその声の持ち主へと視線を移す・・・・。

居間の入り口に、肩にレイミを乗せたキリーが立っていた・・・。魔法の国から帰ってきたのだ。
手には大きな鞄を持っていた・・・。

2002.2.3 

・・・・・・ああ・・・。胸が痛い〜(涙)