戻る


長老会

魔法の国へ着いたキリーは、急いであの本の下へと駆け出した。
人間界へ行く前に、木陰で読んでいた本。
急いでいたので、そのまま放ってきてしまったのだ。

本は、キリーの膝から投げ出された時のまま、芝生に落ちていた。

本を拾い、抱き締める。

肩に乗っていたレイミが首を傾げ尋ねる。

「キリー。一体何なの?その本・・・。」

キリーは、本の表紙を優しく撫でながら小さな声で語り始めた・・・。
「レイミ・・・この本はね・・・。」



タイトルも、作者もわからず・・・内容も、本当にあった話なのか、誰かの創作なのか
それすらわからない・・・・。
そんな遠い昔の物語を綴った本だった。



本の内容に入る前に、語らなければならないことがある。
遠い昔、魔法の国では大きな戦いがあった・・・と、伝えられている。
ただ、あまりにも昔の話で、現在は本当にあった話なのか、それとも、ほんの少しの事実に
長い時間の中で様々な尾ひれをつけて出来上がった、架空に近い昔話なのか・・・
本当のことを知る者は誰もいない。

今は争いごとなど何もない平和でのん気な魔法の国。
でも、今でも語り継がれる昔話によると・・・昔、この国には魔物が住んでいたという。
魔物の食料は魔法玉。
魔法玉を食らうその魔物には、強力な魔法もほとんど効かず、
たくさんの魔法使いが犠牲になったという。

サラが見つけた本は・・・そんな時代に書かれた日記のような物だった。
本当にその時代に書かれたのか、単なる架空の物語としてその時代を設定し、
書かれた物なのかはわからない。

主人公の男性が、毎日の生活を日記に書いていく。
男性はごく平凡な魔法使い。
彼には恋人がいて・・・穏やかで幸せな日々を送っていた。
だが、そんな幸せも、ある日突然壊される。
恋人が、魔物に魔法玉を奪われ・・・・同じ時を刻めなくなった。
このままでは恋人の時間は瞬く間に過ぎ、その命を終えるだろう・・・。

初め男性は自分も魔法玉を抜き、恋人と同じ時間を生きようとするが、恋人に激しく止められ
新たな決意をする。

<魔法玉をこの手で作る>
男性はそう心に誓って、天才と呼ばれる魔法使い達に弟子入りする。
その一途な心に、関わる魔法使い達もみな同じ願いを持つようになり
多くの魔法使いの知恵や力を借りて・・・・やがて願いが叶う。


魔法玉を作ることに成功した。

大勢の魔法使い達の手を借りて・・・魔法玉を作る魔法を完成させたのだ。

恋人に魔法玉を戻し、2人は幸せな未来を夢見る・・・・。
そこで物語は終わっている。

本の内容は、その男性の気持ちが淡々と書かれているだけで、魔法についての詳細な
説明は記されていない・・・・。

「・・・キリー・・・。」
その話を聞いたレイミは、複雑な心境になる。

<そんな話・・・嘘に決まってる。作り話だって・・・キリーにもわかってるはずなのに・・・>
そう考えても・・・口には出せなかった。
何故キリーがその本にこだわるのか・・・痛いほどわかるからだ。


魔法玉は一度抜いてしまうと砂になって消えてしまう。
一度消えた魔法玉を復活させることは絶対に出来ないと言われてきた。
当然新たに魔法玉を作り出すことなど夢のまた夢。
それでも、遠い昔魔法の研究者が追い求めていた魔法なのだが・・・全て徒労に終わった。
今となっては誰もそんなこと、考えてもみない。それくらい不可能なことなのだ。

でも、信じたかった・・・。

キリーは今まで、膨大な量の本を読んできたが、
昔話やおとぎ話でも、その魔法のことに触れている話は1冊もなかった。

今回の、この名もない本が初めてだったのだ・・・・・。



「・・・信じてみたいの。」
キリーの言葉は強い決意を感じさせた。

もう一度、健太郎と同じ時間を刻みたい・・・。
健太郎の体に魔法玉を戻し、この魔法の国で、同じ時間を生きたい。
キリーの祈るような願いだった・・・。


「もう、モクモクを人間界には置いておけない。」

<あのままあそこにいたら・・・命が危ないもの・・・>
キリーは魔法の国へ帰るように説得するつもりだった。


本を持ってもう一度人間界へ戻ろうとした時・・・森中に鐘の音が響き渡る。

<・・・え?>
キリーはビクッとして辺りを見渡す。

「キリー・・・。この鐘って・・・・。まさか・・・。」
レイミの不安そうな声。
「・・・・・ええ。長老会の鐘の音だわ・・・。」


森中だけではなく、魔法の国全てに響き渡る鐘の音。
これは魔法の国中の長老が集まり、
魔法の国での大事な話し合いをする時の召集の合図なのだ・・・。

何か問題が起こらない限り鳴ることはない。
キリーも生まれて初めて聞く鐘の音なのだ・・・。

<今この鐘が鳴ったのは・・・>
健太郎とキリーが起こした人間界での騒ぎについてに違いないと思った・・・。



魔法の国には10の村があり、10人の長老がいる。
何か重大な決め事をする時はこの長老達が、魔法の国の真ん中にある
『決断の森』という所に集まって会議を開き、決めるのだ。

「・・・前に集まったのは何百年前だったかのぅ・・・。」
つるつる頭の長老が首を傾げる。
「確か・・・400年くらい前じゃったと思うが・・・。」
白髪のお婆さん長老が記憶を辿りながら答えた・・・。

長老が集まり、輪になって座り会議が始まった・・・。
お茶を飲みながら、一見のどかな話し合いに見えるが・・・・本人達はかなり緊迫していた。
キリーの予想通り、健太郎達が起こした騒ぎが議題だ。

人間界の様子は長老達が日に一回は水晶玉で覗いているのだ・・・。

「今回の騒ぎは・・・大問題じゃな・・・。」
白い髭を胸まで伸ばした長老が難しい顔をして言った。
・・・・この老人は、健太郎の魔法玉を抜き、人間界へ送り出した人物だ。
名はホムホスという。

「ほんに・・・あの子ら、何であんなことをしてしまったんじゃか・・・。」
「イヤ、あの子らのしたことは、良いことじゃ。・・・責めたらいかん。」
「でも、人間達に恐怖の種を蒔いてしもた・・・。」
「今はまだ、比較的好意的な見方をしているが・・・いつ恐怖にかられるかわからんのぅ・・・。」
「あれだけの広範囲の騒ぎは・・・魔法でもどうにもならんでな・・・。」
長老達が口々に意見を出しあう。

「ワシらは・・・今まで楽天的に考え過ぎていたのかもしれん・・・。」
太った長老が、ため息混じりに話し出した。

「人間に恐怖を与えないため、魔法使いは人間に正体を知られてはならない・・・。
一応こんな決まりを作ってはいたが・・・あまりにものん気に構え過ぎていた・・・。」
「そうじゃな・・・。知られてしまったらどうなるかを、もっと真剣に考え、伝えるべきじゃったのだ・・・。」

人間界へ遊びに行く者は時々いたが、住みたいなんて言い出したのは
ここ何千年かの間では健太郎だけだった。
後は事例がないわけではないがみんな途中で魔法の国へと帰ってきている。
魔法玉を抜いてまで人間界で暮らしたいと願ったのは健太郎ただ一人だった。
人と深く関われば関わるほど、色んな感情が湧いてくる。
人間に出来ないことが魔法使いには出来てしまう。
・・・何とかしてあげたいと思うのは当然の心情だろう・・・。

「ワシらは人間界に介入し過ぎた・・・。」

ホムホスが、重い口を開き、静かに言った。
他の長老達は、みな押し黙った・・・。

一線をおいてなら人間界を知るのも悪くない・・・どこかで歩み寄れる機会があるかもしれない。
そんな想いから、あまり規制を付けずにいた。
健太郎が決まりを破り、思いを寄せる人間に正体を打ち明けたことも、数名の長老は知っていた。
受け入れられ、幸せに暮らしている姿を見て・・・・・・出来ればそっとしておいてあげたかったのだ。
誰も咎めようとする者はいなかったのだ・・・。

でも・・・今回のことで、ことの重大さにみな愕然とした。

「ワシらが人間界に関わることは、あの世界を壊すことにつながらんとも限らん・・・。」
ホムホスの言葉に、みな頷いた・・・。

更に言葉を続ける。

「・・・ワシらはもう人間界に関わってはならん。・・・今人間界にいる魔法使いはどれくらいおる?」
「旅行中の魔法使いが2名と・・・後はモクモクだけです。」
「おや?キリーは?」
今回の騒ぎの、もう一人の主役。

「私はここにいます。」
不意に、傍の大きな木の陰から声がして、キリーとレイミが顔を出した。



長老達は、さして驚きもせず、柔らかな笑顔でキリーを迎えた。

「無事で何よりじゃ・・・。」
「こちらへ来なされ・・・。」
長老達の優しい言葉に、キリーは切なくなり頭を下げる。

「騒ぎを起こしてごめんなさい・・・。」

キリーの謝罪に、長老達はふぉふぉふぉっと笑って言った。

「お前さんとモクモクは良いことをしたんじゃ。・・・何も謝る必要はないんじゃよ・・・。」
「ただ、ちいとばかし派手すぎたがのぅ・・・。まぁ、そこまで気を回す余裕など、なかったじゃろうがな。」
柔らかな笑い声・・・。

キリーはもう一度ペコリと頭を下げて、会議の輪に加わる。

「それじゃあ、話を続けようかのぅ・・・。」
「そうじゃな。」

ホムホスが、気を取り直し、決断につながる言葉を口にした。

「今人間界におる全ての魔法使いに、魔法の国へ帰ってくるように手紙を出すぞ。」

キリーが目を見開く。
「・・・本当に・・・人間界との関わりを禁止するのですか?」
「そうじゃ。」

その言葉に別の長老が言った。

「でも、モクモクは・・・魔法玉を失っておる。魔法の国へ帰ってきても同じ時は刻めなんだ・・・。」

その言葉に、ホムホスはため息を付いた・・・・。
「それでも、人間界にいさせるわけにはいかん。・・・もう魔法を使えなくても、人間達は
そうは見てくれない。・・・・・あの子を守る為にも、これしかないんじゃ。」
「それはそうじゃが・・・・・・。」

あまりにも・・・・悲しすぎる結果。

ホムホスは辛そうに目を伏せた・・・。
「可哀想じゃが・・・連れ戻す・・・・。」

そう言った後、厳しい声で言った。
「そして、以後人間界へ行くことを禁じる。」

これが長老達が下した決断だった・・・・。

会議が終わり、長老達が席を立とうとした時、キリーが立ち上がり制止した。

「待って下さい。お話しがあるんです!」

その声に、長老達はきょとんとして動きを止め、再び座り直した。

「・・・お願いがあるんです・・・力を貸して下さい。」

「何じゃ?」
長老達はみなキリーを見つめていた。


「長老様達と私が力を合わせれば『時を止める魔法』を使うことが出来ると思うんです。」

『時を止める魔法』・・・かなり高度な魔法で、一人では使用出来ない。
時を止めると言っても、流れている世界の時間を止める魔法ではない。
そんな魔法は存在しない。もっと・・・ごくごく限られた範囲での時間。
特定の魔法使いの、成長の時間を止めるのだ。その魔法をかけられた人物の時間は止まり、
再び解除の魔法をかけるまで成長しない。ただし、その間は眠り続けることになる。

「可能じゃと思うが・・・そんな魔法、どうするんじゃ?」
「モクモクに使います。」

長老達が騒ぎ出す。
「そんなことしても、魔法玉がない限り、あの子の刻む時間は人間と同じじゃ。何も変わらん。」
「意味がない・・・。」

キリーは、手にしていたサラからもらった本を掲げ、長老達に説明を始めた。
本の内容を聞いて、長老達はざわめき、キリーを見詰めた。

魔法玉を魔法使いの手で作り出す。
そのための魔法を探し、完成させる。

キリーの口から出た言葉は、とてもすぐには受け入れられる物ではなかった。


「気持ちはわかるが・・・こんな本は、作り話に決まっとる・・・。」
「そうじゃ・・・魔法玉を作るだなんて・・・無理じゃ!」

魔法の研究をしている魔法使いは山のようにいるが、魔法玉の復活や作成は
みなさじを投げ、研究の題材に上げる者など、今や誰もいなかった。

キリーは、挑むような眼差しで長老達に視線を向ける。

「何故作り話だって言い切れるんです?」
「しかし・・・どう考えたって無理な話じゃ・・・。」
「誰が決めたんですか?」
「そういう問題じゃないんじゃが・・・。」
困ったように口ごもる長老達に、キリーは強い口調で言う。
「私が研究し、その魔法を作り出します!」
「いや・・・しかし・・・今までどんな魔法使いが研究しても無理だったんじゃ・・・。」


キリーはそう言った長老に、闘志を込めた瞳を向けた。

「私を誰だと思っているの?」

長老一同、その迫力に押され、キリーの瞳に魅入ってしまった・・・。

「私は魔法界の、数万年に一人の天才なんでしょ?」

その声は、固い決意を込めていた。

<絶対に実現してみせる>

もう一度、健太郎と同じ時間を刻めるように、何としてでも魔法玉を作り出してみせる・・・そう誓う。



「・・・わかった協力しよう。」

ホムホスが、細い目を更に細くして微笑む。

「お前さんなら、本当にやり遂げられるかもしれん・・・。」
「長老様・・・。」

キリーは、その言葉を聞いて肩の力を抜いた・・・。
涙が零れそうになるのを必死で堪え、ペコリと頭を下げた・・・。

「じゃあ、さっそく、準備じゃ・・・。みなの者は『時を止める魔法』の準備にかかっといてくだされ。
わしゃ、ちょっくらモクモクを連れて帰ってくるでの。」

ホムホスは、そう言うと、どっこいしょ・・・という掛け声と共に、立ち上がる。

「長老様。モクモクは私が連れて帰ってきます。」
キリーはホムホスの元へと駆け寄り、目を見て言った。

「・・・モクモクを説得するのはなかなか大変そうじゃ。ワシから話した方がよかろう・・・。
第一、お前さんも辛いじゃろう?」
「いえ、私にまかせて下さい。お願いします。」
キリーの目は真剣だった・・・。

キリーは健太郎がどれくらい人間界が好きか知っている。
どれくらいあの世界を大切にしているか知っている。
・・・どれくらい咲子のことを愛しているか・・・知っている。

だからこそ、自分自身で伝えたかった。

健太郎の時間を止め、眠りにつかせる・・・。
魔法玉を作るなどという途方もないことを願っているキリー・・・。
だからこそ、どうしても健太郎の身を任せて欲しかった。
魔法の国の辛い決断を伝えるのは、自分の役目だと思っていた・・・。

ホムホスは、しばらく黙っていたが、ふぅ・・・とため息をついて、笑った。

「わかった。お前さんにまかせよう。考えてみたらお前さんの方が魔法使いとしての力は上じゃ。
ワシよりも魔法の国への移動の時に魔法玉のないモクモクを安全に連れて
帰って来れるじゃろう。」


その言葉を聞いて・・・キリーの瞳から涙が零れた・・・。
「・・・ありがとうございます・・・・。」
「辛いじゃろうが・・・頼んだよ・・・。」


キリーは何度も頷いた・・・。

こうして長老会は終わった・・・。

・・・・長老達はみな心の中で想っていた・・・・。

<ワシらもいつの間にか夢見てしまっていたのかもしれん・・・>

『田中健太郎』が、人間達と共に寄り添い暮らしていく姿を見て
いつか人間界と魔法の国も歩み寄り、共に生きていくことが出来るのかもしれないと・・・。
そんな夢を見てしまっていた・・・・。

健太郎に願いを託してしまっていた・・・。

<すまんのぅ・・・モクモク・・・>

こんな決断を下すしかなかった自分達に・・・胸が痛んだ・・・・。

2002.2.2 

・・・・あうう(涙)