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暗い予感

自宅に着き、車を車庫に入れた。
人目がないのを確認し健太郎を家の中へ招き入れた。

「あの・・・お邪魔します・・・。」
玄関で律儀に挨拶して、上がろうとした時、自分の足が酷く汚れていたことに気が付く。
「・・・何やってんだ?」
靴下を脱いでいる健太郎を見て、関口が不思議そうに首を傾げる。

「あ、靴はいてなかったから、靴下汚れちゃってて・・・。部屋汚しちゃ申し訳ないから・・・・。」
健太郎の言葉に、関口は思わずクスっと笑ってしまった。

<いくら鈍感な田中でも、自分の置かれた立場がかなり危険だと感じているはずなのに・・・>
それなのに、どこかのん気な健太郎の行動に思わず笑顔になる。
・・・そして、その笑顔は、悲しげな微笑に変わる・・・。
これから先のことを考えると、どうしても絶望的なことばかり浮かぶ。

「お前さ、体中汚れてるのに、そんなことしてもあまり意味ないぞ。」
「あ・・・そうですよね・・・。」
「だからそんなこと気にすんな。早く上がれよ。」
シュンとしている健太郎に、そう言って廊下を進もうとした時、弟が居間から顔を出した。

「兄さん、お帰り。お客さん?」
そう言いながら玄関まで歩いて来たが・・・・途中で足を止める。

弟の目に健太郎が映る・・・。
先ほどからニュースで流され騒がれている人物が目の前にいるのに驚き、一瞬声も出なかった・・・・。

<!ニュース見たのか!?>
関口は弟の様子に、そのことを悟り駆け寄って胸倉を掴む。

「頼む。このことは誰にも言わないでくれ!」
「秋彦兄さん・・・だってその人・・・。」
「俺の大事な友人なんだ!」
関口は必死だった。弟は兄の様子に驚きの表情を浮かべ、その後苦笑いした。

「・・・これが人に頼みごとする体勢?」
「あ?」
胸倉を掴んで今にも殴りかかりそうな勢いだった。

「・・・すまん。」
慌てて手を放す。
弟はクスっと笑って、関口の横をすり抜け健太郎の前で立ち止まる。
まだ玄関で突っ立ったままだった健太郎。戸惑いながら弟の顔を見上げる。

「初めまして。関口慎二です。兄がいつもお世話になっています。」

やんわりと微笑みながら挨拶する。

<これが・・・前に話で聞いた関口さんの弟さん・・・>
とても穏やかそうな青年。メガネをかけていて、その奥にある瞳からは静かな強さを感じた。
健太郎は一瞬ぼんやりとしてしまい、ハッとして慌ててペコリと頭を下げる。

「あ・・・田中健太郎と申します。こちらこそお世話になっています。」

関口は、慎二の行動に少し戸惑ったが健太郎に声をかける。
「田中、早く上がれ。風呂に案内してやる。」
「あ、はい。」
「そこ曲がって突き当たりだ。後で着替え持ってきといてやるから。」
「でも、早くキリーや咲子さん探さないと・・・。」
「どちらにせよその格好じゃ目立つ。」
無理やり風呂場に押し込みドアを閉める。

「父さんは出張中。母さんは友達と旅行中。2〜3日なら誤魔化せるよ。」

関口と健太郎のやり取りを見ていた慎二が笑いながら言った。
関口はムッとした顔で慎二を睨む。

「何がそんなに可笑しいんだよ。」
「可笑しいんじゃなくて嬉しいんですよ。」
「は?」
関口はきょとんとして慎二を見つめた。

「だって兄さんが誰かに一生懸命になってるの見るの久しぶりだし・・・それに・・・。」
「それに?」
「僕に頼みごとするの初めてだったから。」
本当に嬉しそうに微笑む。
関口はどう反応したらいいのかわからず戸惑った。

「なんだそりゃ・・・。」
「僕はずっと兄さんに嫌われていると思ってた。・・・まあ、今だってそう思っているけどね。
だからあんな頼みごとでも、嬉しかった。」
「・・・別に嫌ってなんかいなかった。・・・・ただ嫉妬していただけで・・・。」
と、思わず本音をポロリと零してしまい、その後、真っ赤になって訂正する。

「やっぱりお前なんか嫌いだ。」
そう言って乱暴な足音を立てながら、自分の部屋に着替えを取りに行ってしまった。

慎二はそんな兄の後ろ姿を楽しそうに見つめていた・・・。


着替えを用意しながら、関口は・・・<2〜3日も誤魔化せない>と思っていた。
<慎二はああ言ったけど・・・多分父さんは、明日中には帰ってくる・・・>
何故なら、健太郎がKサービスの社員だからだ。
慎二はそのことを、まだ知らない。

今夜中にはそのことはバレるだろう・・・。明日会社では大騒ぎのはずだ。
そうなれば社長である関口の父親も帰って来るかもしれない・・・。

幸いまだこの家の周辺は静かだ。
でも、これから先いつまでここが安全な場所でいられるか、わからない。
何がなんでも健太郎のことは守るつもりでいるが、
安全を保証出来るのは今夜が精一杯かもしれない・・・そんな考えが浮かぶ。

関口はため息をついた・・・・。






<カー助、キリー、レイミ・・・みんな無事でいて・・・>
シャワーから降り注ぐ熱いお湯を浴びながら、みんなを想い、目を閉じる。
健太郎の脳裏に、惨事の様子と、犯人の笑い声が焼きついている。
そして、自分に向けられた、人間達の異様なほど興奮した目。

辛くて、更に目をギュッと固く瞑った。

その時、浴室についている小窓が、コンコンという音を立てた。

健太郎は直感でわかった。

すぐに駆け寄り、ロックを外し小窓を開ける。

「健太郎ー!!」

窓をすり抜け、健太郎の胸に飛び込んで来たカー助。
体が濡れるのも気にせず、健太郎の胸に縋りつく。

「カー助。良かった・・・無事で。」
親友の体をギュッと抱きしめる。
よほど怖かったのだろう・・・。小さな体は震えていた。


「・・・感動の再会に水差して悪いんだけど・・・モクモク、服くらい着たら?」
小窓の縁にとまったレイミが、ちょっと呆れた声で言った。

「レイミ!」
「安心して。キリーも無事よ。ちゃんと強い気持ちが伝わってくるもの。」
「・・・カー助と一緒にいてくれたの?」
「放っておけなかったのよ。」

あの時のカー助は、恐怖で我を忘れていた。
そんなカー助をレイミは放っておけず、一緒に飛び立ったのだ。
とにかく無事健太郎の所まで連れて行かなければと思っていたのだ。

「それに、キリーも必ずモクモクの所へ来るはずだし。」
レイミはピョコンと飛んで健太郎の頭に乗っかった。

「・・・ここは安全なのね?」
頭の上から顔を覗き込む。
「うん。」
「カー助から聞いたわ。関口さんって言うんですってね。」
「うん。」

着替えとタオルを持って脱衣所に入ってきた関口。
浴室から話し声が聞こえたので首を傾げた。

「おーい、田中。どうしたんだ?」

ドアの前で声をかけた途端、扉が開いて、2羽のカラスと健太郎がひょこっと顔を出した。

関口は一瞬きょとんとして、それからカー助の無事を知り、喜びの笑顔を浮かべた。

「カー助!・・・・と、もう1羽は・・・。」
「レイミよ。よろしく。」







一方、キリー達はアンテナ君の案内で関口宅上空まで来ていた。


「あの・・・下に見える屋敷の中に健太郎さんはいますぜ・・・。」
「・・・このままじゃ目立って降りられないわよね・・・。」
キリーはそう呟くと、魔法棒を円を描くように回す。すると金色の光の粒がキリーや咲子達を
包むこみ、その途端キリー達の姿が透明人間のように消えた。


「急降下するわよ!しっかり掴まってて!!」
キリーの声に「はい。」と答え、咲子は片腕で優子をギュッと抱きしめ、
もう片方の手でほうきの柄を握り締める。



地上に降り立ち、アンテナ君に導かれながら家の前に到着した。

表札を見て咲子が「あ・・・。」と声を上げた。

「・・・知っている人?」
キリーが首を傾げ、咲子を見つめた。

「うん。」
咲子はホッとしたように微笑んだ。
あの時、群がる人間達の中から健太郎を救い出してくれたのは関口だったと悟った。

「この・・・関口って人は・・・私達の味方?」
キリーの言葉は咲子にとって少し辛かった。
『味方』か『敵』か・・・。
でも、あんな視線に晒されたのだ。こういう言い方になってしまうのも無理はない・・・。

「味方・・・よ。」
「そう・・・。じゃあ入りましょ。」

「あの・・・。私は任務終了でいいですか?」
アンテナ君がキリーに確認する。キリーが頷くと瞬時に姿を消した。



「田中。カー助達も、これ飲めよ。」
白く湯気の立ったコーヒーを手渡され、ゆっくりと口をつけた。
お風呂から上がった健太郎とカー助達は、居間に通されようやく落ち着いて
話を出来る状態になった・・・。

関口も自分の分のコーヒーを手にして、静かにソファーに腰を下ろした。

<言いたくはないが・・・言わなきゃいけない・・・>
・・・重い口を開いた。
「田中・・・。落ち着いて聞いて欲しいんだ・・・。」
「はい・・・・。」
穏やかだが重たい声に、健太郎はコーヒーカップを持つ手に力を込めていた。
ソファーの上にいたカー助やレイミも顔を上げ関口に視線を向けた。


「お前・・・もう人間界じゃ普通に生活出来ないよ。」
「・・・え?」
「普通どころか、追われる身になっちまった。」
「どうして・・・・?」
そう聞き返したが、健太郎も・・心のどこかでは感じていた。
でも、認めたくなかった。関口の言葉を拒絶したかった。

部屋の隅で壁に寄りかかって、関口と健太郎のやり取りを見ていた慎二が
口を挟んだ。関口から大まかな話は聞いたので、事情は把握していた。

「兄さん。テレビ見せた方が良いよ。」



<出来れば見せたくないんだが・・・>
気が進まないって感じで頭をかいて、目を瞑る。・・・でも結局慎二に従う形で
リモコンに手を伸ばしテレビをつけた・・・。

健太郎の真正面にあった、テレビのブラウン管が光を放つ。

テレビに映し出された画面を見て・・・健太郎は言葉を失った。
カー助も健太郎の隣で寄り添うように見ていたが・・・・愕然としていた。


先ほどの爆弾騒ぎのニュース。・・・その内容は、事件そのものと同じくらい、
いや、それ以上に大々的に健太郎とキリーのことが告げられていた。

まるで神様の仕業とも言える奇跡の救出劇。
誰もがその力に魅せられた。

健太郎は、普通に人間界で生活してきたのだ。
あっという間に何処の誰なのかがバレてしまっていた。

どの人間達も興奮しながら賛美と賞賛の言葉を健太郎達に向ける。
そして、健太郎達の存在に、勝手に『救世主』を当てはめようとしている。
健太郎は関口からリモコンをもぎ取り、他のチャンネルを回す。

どこの番組も似たようなもので、健太郎達を人間扱いはしていなかった。

「田中・・・・?おい・・・・大丈夫か・・・?」

関口が心配し声をかけるが、その言葉は健太郎の耳を素通りし、心には届かなかった。



どれくらいの間、取り憑かれたように画面の前から動けずにいただろう・・・。

「おい!田中!田中ってば!」
肩を激しく揺らされ、やっと現実に帰る・・・。

「おい・・・大丈夫か?」
いつの間にか傍らに立っていた関口が、屈んで健太郎の顔を心配そうに覗き込む。

「・・・俺・・・・。」
いろんな気持ちが溢れているのに言葉が出ない。
そんな健太郎に、関口は柔らかい笑顔を向ける。

「田中。待ち人来たる、だぜ。」
「・・・え?」

顔を上げた健太郎の瞳に・・・咲子の姿が映る。

部屋の入り口に咲子と優子、そしてキリーが立っていた。


「・・・健太郎君。」
言葉を詰まらせながら咲子が微笑む。

健太郎は立ち上がり、涙ぐみながら咲子を見つめる。

「おにいちゃん!」
優子が走ってきて健太郎に抱きつく。健太郎は優子を抱き上げて抱きしめる。

「良かった・・・。無事で・・・。」
健太郎は心からホッとした。

何はともあれ、みんな無事だったのだ・・・。



「キリー!良かった〜♪無事で。」
レイミが肩に飛び乗った。

「・・・私よりカー助のこと優先したわね!」
キリーは頬をプっと膨らませ、拗ねた顔をした。

「だってキリーはしっかり者だから大丈夫だと思ったんだもの〜。ごめんなさいね。」
レイミはバツが悪そうに言い訳し、詫びた。


みんながお互いの無事を喜び合っている時、気の抜けるような声が響く。

「そろそろ、夕食にしませんか?」
いつ出前を頼んだのか知らないが、
人数分のお寿司をいつの間にかテーブルに並べ、お茶の用意までしていた慎二だった・・・。
既に日は暮れて、夕食時になっていたのである。

「腹が立つぐらい冷静沈着な奴だなあ・・・。」
関口はちょっと嫌味のこもった台詞を吐いたが、感謝の意をこめ「ありがとう。」と言葉を付け加えた。

咲子も健太郎同様、体中真っ黒だったので、お風呂を使わせてもらい、一息ついたところで
夕食をとった。

夕食後、再び重苦しい空気が流れる。

「俺は・・・どうすればいいんだろう・・・。」
健太郎は俯き、小さな声で呟く・・・・。
「健太郎・・・・。」
膝の上に乗っていたカー助は、心配そうに顔を覗きこむ。

咲子は、隣に座る健太郎を見つめた後、辛そうに目を伏せる・・・。
誰もが思っているけど口に出せずにいる言葉。
わかっているけれど、誰も言えずにいた・・・・。
言いたくなかったのだ・・・。

<離れたくない・・・・>
咲子は膝の上の手をギュッと握り締めた・・・・。


重たい沈黙の中、キリーが席を立ち、ソファーの肘掛にとまっていたレイミを見る。

「レイミ。私達はいったん魔法の国へ帰るわよ。」
「え?」
レイミはきょとんとしながらも、キリーの肩に飛び乗った。
健太郎達はキリーに視線を向ける。

ソファーから少し離れ、窓際の開いているスペースに足を運ぶ。
そして、魔法棒を出し、健太郎を真っ直ぐ見つめる。

「すぐ戻ってくるから。」
「キリー・・・?」
「取ってくるものがあるの。」
「・・・え?」

キリーはそのまま何も言わず魔法棒をしなやかに宙に舞わせた。
金色の光がキリーとレイミを包み込み・・・光が消えると共にその姿も消えていた・・・。

<やっぱり・・・・信じられない光景だよな・・・>
関口と慎二は、魔法を目の当たりにして、頭ではわかっていても、驚きの色を隠せなかった。

<こんなの見せられたら、大抵の人間は普通じゃいられない・・・>
関口は苦笑いし視線を移す。その時、優子の姿が視界に入った。

咲子の横でうつらうつら眠そうにしている優子を見て、関口は言った。

「林さん。今日はウチに泊まっていきなよ・・・。田中とも色々話したいだろ?」
咲子は顔を上げ、微かに微笑を浮かべ頷いた。

「ありがとう・・・関口さん。」

客室には既に慎二が布団を用意しており、咲子は優子を布団に寝かした。

「おかあさん・・・。おにいちゃん、げんきないね・・・。」
寝付く間際に、優子が不安げに呟いた・・・。
難しい話は優子にはわからない。でも、健太郎が元気がないことには気が付いていた。

咲子は何て答えていいのかわからず、ぎこちなく微笑んだ。

「きょう、たくさんおそらとんだから・・・つかれちゃったのかなぁ・・・・。」
優子は出来る限りの知恵を絞って、そう結論を出したらしい。そして、静かな寝息を立て始めた・・・。

咲子は優子の寝顔をしばらく見詰めていた・・・。
今、居間に戻ると泣いてしまいそうだったから・・・。

2002.2.1 

しかし・・・サブタイトルの書体「江戸勘亭流」っての使っているのだが
・・・今の話の雰囲気に激しく合わないな・・・(汗)