消防隊がデパートの中へ入り・・・・信じられない光景を目の当たりにする。 一面氷の世界・・・。激しい炎をかき消し、全てが凍り付いていた。
「・・・何なんだ・・・これは・・・。」 消防隊の一人が呟いた・・・・。
デパート周辺に溢れ返った人々も騒ぎ出す。 「・・・なあ・・・・・。あいつら・・・・。何者なんだろう・・・。」 野次馬の一人が呟いた・・・・。 そんな声が所々から聞こえ出した。
犯人の男も警察に取り押さえられ、デパートの火災や爆弾騒ぎもひと段落つくと・・・ みんなの気持ちが別の方向へと動き出す。 今回の出来事を目の当たりにしてきた目撃者達の気持ちが、急速に噴き出してきた。
大勢の人間の目に映った健太郎やキリーの力は、不思議な物・・・まさに魔法だった。 たくさんの人の命を瞬時に救った。それをまざまざと見せ付けられたのだ。 みんな一斉に、まるで神様でも見るような視線を向ける・・・。
『人間』を見る眼差しではない。
それは全て、健太郎とキリーに向けられた、強い思念だった・・・・・。
・・・今はまだ、その力による救出劇に魅せられ隠れているが、 みんなの心の奥には、自分達にはない力に対しての『恐怖』と『拒絶』が潜んでいる。
強い視線に最初に気が付いたのはカー助だった・・・。
「・・・健太郎・・・。」 「ん?」 「周り・・・・・。」
カー助の声は震えていた・・・・。 いつの間にか自分達を取り囲むように見ている人垣が出来ていた。 キリーやレイミも気が付いた。
<な・・・何なのよ・・・> キリーは数歩後ずさり辺りを見渡す。
たくさんの目。
自分達に向けられた興奮した眼差し・・・・。 その瞳には健太郎たちに対する羨望と畏敬の色が映っていた。
まるで、『神様』や『救世主』を見るような大勢の目・・・・。
そんな視線を向けられたことなどなかった健太郎達は・・・何も言えず立ち尽くす。
咲子はこの時点でようやく気が付いた。
普通の人間が、あんな力を見せ付けられたらどんなふうに思うのか・・・わかりきっていた。 惨事の中にいて、そこまで気が回らなかったのだ。
関口は必死で健太郎を探す。 <ちくしょう!あいつ無事なのか?> どこまで行っても人の壁が立ち塞がり・・・それでも前に進み、やっとの思いで 視界の先に健太郎の姿をとらえた。
<田中!> 無事だった!生きていたんだ!・・・そのことに安堵した後、今の健太郎が置かれた 状況を感じ、緊迫感が押し寄せる。
それほど健太郎を取り囲む空気が異様な物だった。
「健太郎・・・。何だか怖いよ・・・・。」 カー助が健太郎を見上げ訴える。体が震えていた・・・。
カー助の声が耳に届いたが、健太郎自身も金縛りにでもあったように動けなくなっていた・・・。
「このカラス・・・言葉を話してた。」 「ああ・・・会話してた・・・・・。」 「すげぇ・・・。」 カー助の傍にいた若い男達が興奮気味に手を伸ばす。 その顔は宝物でも発見したように歓喜に満ちていたが、同時に怯えたように歪んでもいた。
カー助はそんな気配に気が付き、男達が自分を捕まえようとしているのを感じているのに 恐怖で体が動かない!
その時。
「カー助君!飛んで!」
咲子が大声で叫んだ!
カー助はその声に反応し、弾かれたように力いっぱい飛び立ち大空へ舞い上がる。 キリーの肩に乗っていたレイミもカー助を追うような形で飛び立った。
咲子は優子を抱き上げ、健太郎の元へ駆け寄ろうとしたが 動き出した人の波に飲まれ進めない。
「カー助・・・・。」 自分に近づいて来る人の気配にも気が回らず、カー助が飛んで行くのを呆然と見ていた健太郎。
突然、右腕を誰かに掴まれ凄い力で引っ張られた。
<え・・・?> 驚いた健太郎。ヨロケながらもその手に導かれ、人ごみの中を歩き出す。 手の主を探す。自分を引きずる様にして、人を掻き分け突き進む男の後姿が目に入る。
「関口さん・・・。」
自分の腕を掴んだ人物を知り、我に返った。
「とにかく走れ!田中。」
後ろを振り返り関口は叫んだ。人の波をすり抜け走り出す。
みんな健太郎を目で追いながらも、突然の出来事に、すぐには動こうとしなかった。
「おい!この救出劇の英雄だぞ!このまま行かせちゃって良いのか?」 カメラを手にしていた、テレビ局の男が叫ぶ。 数名が、その声に操られたように後を追い走り出す。
街中を人気のない方へとひたすらに走る。 前を行く関口の背中を見ながら、健太郎は叫ぶ。 「関口さん!」
健太郎は完全に混乱し、関口に答えを求める。
「何でみんな、あんな目で俺を見るんですか!!」 魔法は人間にとって脅威の力。頭ではわかる。 でも、気持ちが付いて行かず・・・実際にその目に晒された時、 体が固まり怯えて動けなかった。
「何であんな目で・・・。」 「こっちだ!」 健太郎の言葉には答えず、関口は人気のない狭い路地に足を踏み入れ、健太郎を引っ張り込んだ。
そして、建物の陰に健太郎を隠し、周りに注意を向ける。
「関口さん!俺は・・・。」 「田中、頼むから静かにしててくれ!」 関口は手で健太郎の口を塞ぐ。 緊張した関口の様子に、健太郎もやっと大人しくなる・・・・・。
追って来た者の気配がないことを確認すると、関口はようやっと肩の力を抜いた。 口を開放され、健太郎は大きく息を吐いた。
壁に背中を預け寄りかかり、関口はため息をついた・・・。
「・・・田中・・・・。」
<何であんな派手に魔法使ったんだよ>・・・そう言おうとして、言葉を飲み込んだ。 ・・・聞かなくたってわかってたからだ。みんなを助けたかっただけなんだ。 そのことだけで、必死だったんだ。 ・・・まだ、咲子や優子があの場にいたことも、キリーのことも関口は知らなかった。
「・・戻らなきゃ・・・。」 健太郎はそう呟き、表通りへ出ようとする。
「ダメだ!人目につく!」 関口は、慌てて健太郎の肩を掴み制止する。 それでも、その手を振り切って行こうとするので胸倉を掴んで叫んだ。
「頼むから大人しくしててくれ!!」 「咲子さんや優子ちゃんがあそこにいるんです!」 「・・・・え?」 「それに・・・キリーだって・・・・。」 あの場にいて、キリーだって同じように人間達の痛いほどの気持ちに 晒されているはずだ・・・。
<キリーって誰だ・・・?> 「田中・・・わかるように説明してくれ・・・。」 関口の静かな声。
関口の眼差しは、緊迫感に満ちてはいたが・・・健太郎をちゃんと見てくれていた。 今までと何も変わらず、健太郎自身を見てくれていた。
健太郎はその瞳に救いを求め、 全ての事情を一生懸命話した・・・。 その言葉は、途中何度も震え、関口には健太郎の悲痛な心の叫びを聞いているようだった・・・。
一方咲子は、健太郎が人ごみの中へ引きずられるように消えていくのを見て、 必死に後を追おうとしていた。
その時、咲子の耳に少女の叫び声が聞こえた。 「おかあさん!おねえちゃんが・・・・。」 キリーのことを見つけ、優子が咲子に教えた。 優子は一度会ったことのあるキリーをちゃんと覚えていたのだ。
「嫌!近寄らないでよ!」
声の方へ振り向くと、キリーが複数の男性に取り囲まれていた。
「き・・・君は何者なんだい?」 「教えてくれ!他にどんな力があるんだ?」 口々に勝手なことを言って迫ってくる。 中には手を合わせて、わけのわからないことを懇願する者までいた。
キリーも完全にパニック状態になっていて、魔法を使って逃げるとか、 まったく思いついていないようだった・・・。
咲子は咄嗟に、その男達の間に割り込み、キリーの手首を掴んで走り出した。
突然のことで、キリーはビックリし、抵抗せずに咲子に従った。
優子を抱いていたのであまり早くは走れなかったが 何とか人ごみを掻き分け前へ進む。
<早くこの子を連れ出さないと・・・> 周りの人間達の大半は、まだ戸惑いと興奮で、咲子達を目で追うことしかしない・・・。 でも、ほんの少しのきっかけで、徒党を組んで襲いかかるかもしれない。
途中で平常心を取り戻したキリー、咲子の手を振り払う。
「キリー・・・さん!?」 咲子は振り返ってキリーを見つめた。 「こんなんじゃ逃げらんない!」 キリーは再び魔法棒でほうきを出して、それにまたがりふわりと浮いた。
「早く乗って!」 戸惑う咲子に叫ぶ。 ハッとして、急いで優子を座らせその後ろに自分もまたがった。
「しっかり掴まっててね!」 「はい!」 咲子は優子を腕に包み込むようにして、キリーの腰にしがみ付いた。
キリーは気合を入れて地面を蹴って大空へ飛び立った。
誰もが止めることなど出来ないくらい、キリー達の姿に魅入られ言葉を失っていた・・・・・。
健太郎の話を聞き終わった関口は、小さなため息を付いた・・・。 「とにかく・・・お前があそこへ戻っても、何も出来ないよ。」 「でも!」
「お前はもう魔法を使える状態じゃないだろ!林さんと優子ちゃんは安全だよ。 みんなの目的はお前とそのキリーって子だ。キリーは魔法を使えるんだろ。 きっと大丈夫だよ。・・・カー助だってしゃべんなきゃ、ただのカラスにしか見えないんだから 上手く逃げているさ。」 「・・・・・。」 <俺が行っても足手まといになるだけだ・・・> 関口が言ったことに納得しながらも・・・気持ちだけが焦り、空回りする。
「とにかく、安全な所に行こう!」 気を取り直し、関口が明るい声で言った。
「・・・安全な所って・・・・?」
悲壮感漂う健太郎に、関口は元気付けるようにニコッと笑って自分を指差す。
「俺んち!」
健太郎をその場に残し、関口だけ車を取りに駐車場へ戻った。 そして路地付近まで車を運び、健太郎を乗せる。 助手席だと目立ってしまうので、健太郎は後部座席に座らせた。
関口は運転しながら、ルームミラーに映る健太郎を見つめた。
<・・・疲れた顔してんな・・・・> 当たり前だよな・・・。あんな惨事の真っ只中にいたんだ・・・。 関口は、健太郎達が過ごした地獄のような時間を想い、気持ちが鉛のように重くなり 痛みを感じた・・・。
そして、今考えなきゃいけない現実を見つめる。
<確かに、今は田中達は英雄的存在に祭り上げられているかもしれない・・・> でも、関口にはわかっていた。健太郎達の持つ力は、ほんの少しのキッカケで 英雄から転落し、恐怖の対象になってしまうことを・・・。 神様から悪魔へと簡単に呼び方を変えてしまうことを・・・。 辛いけれど、その時は確実にやってくる。
<俺はこいつに何をしてやれる・・・?> 考えても考えても・・・この先には辛い結果しか待っていないように思えた。
この時、健太郎が、もう人間界で生きて行くことは出来ないだろうと・・・・
関口だけは予測していた。
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