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最後の魔法D

健太郎は、再びアンテナ君に依頼する。
「状況を調べて。」
「合点だ。」

アンテナ君は黙り込み、依頼された物の気配を探る・・・数秒後、重苦しい声で状況を報告した。


「各階1〜3個の爆弾と・・・発火装置。次々と爆発してます。9階から下は・・・それほど酷い炎は
確認できないけれど・・・レストラン街・・・10階と12階は・・・酷いです。それに9階から下の階も
時間が経つにつれてどうなるかわかりません。」
「・・・そう・・・。」
「あと・・・・・。」
アンテナ君は、辛そうに目を瞑る。
「各階、人が外に出ようと避難経路に殺到してます・・・このままじゃ火事や爆弾よりパニック状態の方で・・・・。」
<死者が出る・・・・>アンテナ君は目で語った・・・・。これは依頼された物以外の報告だ。
あまりの惨い状況に、アンテナ君も心を痛めて調べてくれたのだ。

今日は閉店バーゲン。通常よりはるかに多い人が各フロアに溢れていた。
この状態でパニックに陥ったら、何が起きるかなんて想像がつく。
・・・犯人の男はそんなことまで計算に入れていた。


健太郎はアンテナ君の言葉を聞いて考え込む。


<俺の残された魔力じゃ全ての人を救うことは出来ない・・・・・・・>
辛いが、魔法玉のない健太郎には、それは認めざるを得ない事実だった。
健太郎の残された魔力では、使える魔法も限られていて、選択出来る方法がとても少なかった。
例え全ての魔力を使って強力な魔法を使おうと思っても、魔力不足で魔法を実体化出来なきゃ意味がない。

今、健太郎に出来ることは・・・・・・。



「ものすごい勢いで煙が上がってきてる・・・・・・!」
店の入り口付近にいた女性が悲鳴を上げる。これから煙だけでなく火災も酷くなっていくかも
しれない・・・・。健太郎に躊躇している時間はなかった。

「アンテナ君。」
「はい?」
「この階にいる人達探してきて、みんなこの店に集めて。」
「ちょっと業務外のことも入るけど・・・ま、いっか。」
「ありがとう・・・それから消しゴム君!」
「はい!」
消しゴム君は健太郎の元に駆け寄り、神妙な面持ちで依頼を待つ。

「君は・・・ここに入ってくる煙と炎を消し続けて!」
「僕の力ではどれくらい消せるか自信ないけど・・・やってみます。」

・・・この作業中、健太郎は魔力を使い続けることになる。
それでも救助がいつ来るかわからない今、これしか方法がないように思えた。

健太郎はウエートレスに紐をもらい爆弾を仕掛けた男を縛りつけ、『捕獲君』の魔法を解いた。

そして、手にしていたほうきにまたがり、宙に浮く。

「優子ちゃん、咲子さん!乗って!」
傍で立ち尽くすように健太郎の行動を見ていた咲子。その言葉にハッとする。

「早く!時間がない!」
動こうとしない咲子にもう一度叫ぶ。

咲子は健太郎の元へ急いで駆け寄り・・・優子だけほうきに乗せた・・・・。
優子は落ちないように健太郎の背中にしがみ付き、母親の顔を見る。
「おかあさん・・・。」
咲子の行動に不安を覚えた。健太郎もほうきに乗ろうとしない咲子に戸惑う。

「咲子さん・・・?」
「私より先に、子供達を・・・・。」
咲子の言葉で初めて気が付いたようにハッとして、健太郎は辺りを見回す・・・。
今日は日曜日だ。レストラン内には子供の姿も多かった。

健太郎は辛そうに俯き、コクンと頷いた。

咲子はニコっと笑って、安心させるように優子の頭を撫でる。
「お兄ちゃんの言う事良く聞いて、下で待っててね。」

優子は泣きたいのを我慢し勇ましい顔を作り頷いた。

健太郎は大きな声で叫ぶ。
「小さな子から避難させますから、来て下さい!」

が、みんな固い表情で動こうとしない・・・。

不思議な力を使う健太郎が一体何者なのか、正体のわからない存在に対し、これは
みんなにとっては当たり前の反応だ。



健太郎はふわっと飛んで、、怯えたように自分を見ている赤ちゃんを抱いた母親の傍に行き
優しく声をかける。
母親は少し後ずさり、ぎゅっと赤ちゃんを抱きしめる。

「大丈夫。必ず助けるから。」
「あ・・・あなたは・・・何なの・・・?」

健太郎は、一瞬躊躇し・・・その後小さな声で言った。

「魔法使い・・・・です。」

<大丈夫・・・受け入れてもらえる・・・・>
自分に言い聞かせ、そう信じた。

母親は、きょとんとした顔で健太郎をまじまじと見つめ・・・縋り付いて来た。


「お願いします!この子・・・助けて!」

愛しそうに我が子を抱きしめた後、健太郎に託した。
健太郎は右腕でそっと赤ちゃんを抱きしめて、微笑んだ。

「避難させたら、また戻ってきますから。」

その光景を見ていた数名の母親や父親達が我が子の手を引いて
健太郎に詰め寄ってきた。

「うちの子も、どうか助けて下さい!」
「聡子を助けて!」

「あと1人・・・乗れます。」
健太郎は一番近くにいた、中学生くらいの少年にほうきに乗ってもらった。

一番後ろに乗った中学生の少年に目を向け、言った。
「優子ちゃんが落ちないように君が注意してあげて!」

少年は緊張気味に頷き、優子を守るように腕の中に抱いて、ほうきの柄を握る。

「じゃあ行くよ!」
そう言ってから、先ほど消しゴム君でガラスを消した窓に向かって飛んで行く。
そして、窓をすり抜け、空へと舞い上がった。


<お願い・・・いなくならないで>
咲子は健太郎を目で追いながら、心の中で祈るように叫んでいた。
<あなたにもしものことがあったら・・・私・・・・>
そう思いながらも気持ちを奮い立たせ、
瞳から溢れてくる涙を手の甲で拭い・・・健太郎を見つめていた・・・・。

この時、
爆弾と火事の恐怖でパニックになりそうな人々の心を、何とか繋ぎとめていたのは
意外なことに、健太郎の魔法だった。
非現実的な、その不思議な力に目を奪われ・・・驚きと怯えはあったが
自分達の置かれた立場をどこか和らげてくれていた。
2つの大きなショックな出来事がぶつかり合い、お互いの恐怖を中和しているようだった。



「しっかり掴まっててね!」
健太郎は、できるだけ揺れないようにバランスを取りながら飛ぶ。
・・・・・子供達の視界に目も眩むような風景が映る。
目の前に向かいのデパートの屋上が見え、爆発音で驚き、見に来ていた人々が騒いでいた。
遠くには家並みが見える。
下を向けばデパートから波のようになって出てくる人達と、デパートの
周りを囲むように大勢の人が集まっていた。



健太郎は慎重に高度を下げて行き・・・・・デパートの前の広場に降り立つ。
足が地面に付いた時、大きく息を吐いて緊張を解いた。

「みんな、着いたよ・・・・。」
健太郎は後ろを振り返り、体を硬直させている子供達に声をかけた。

「あ・・・うん!」
初めに中学生の少年が慌ててほうきから降りて、次に優子を降ろす。

「この子のこと、よろしくね。」
健太郎は抱き抱えていた赤ちゃんを少年に手渡す。
それから優子の頭を撫でて微笑んだ。
「ここで待っててね・・・。」
・・・そして、再び舞い上がる。




「おい・・・・見たか?今の・・・。」
「ああ・・・あいつ・・・空飛んでた・・・・。」
野次馬達が、健太郎の行動に気付き始める。

ほうきに乗って空を飛ぶ男・・・・・レストラン内の人間は今は命の危険に晒されていて
健太郎の不思議な力ばかりに気を取られている余裕などないのだ。
・・・・が、普通の精神状態の人間が見たら、とても冷静じゃいられないだろう・・・・。
徐徐に野次馬達が注目し始める・・・・。






<何回往復したら全員助けられるだろう・・・>
この時健太郎には、みんなを助けることしか念頭になくて、自分の正体を隠すとか、
魔法をこっそり使うとか、そんなことを考えている余裕はなかった。
いずれにせよ、これほどの事態に、魔法を気付かれずに使うことなど不可能だった。


再びレストランへの窓をすり抜け、床に足をつく。

健太郎が「次の人。」・・・と、言う前に子供を連れた大人が駆け寄ってくる。

・・・みんな健太郎の得体の知れない力を、未だに信じられないと思っていた。
『魔法使い』と言われても、夢物語しか登場しない、現実にはいやしないと思っていた
存在だ。そんなにすぐに信じられるはずがない。
でも、今この状況で自分達を助けられるのは健太郎しかいない。
魔法使いだか何だかわからないが、変な力を使い、ほうきに乗って空を飛ぶことの出来る
健太郎しか自分を救ってくれる存在はいないんだ・・・・そのことを強く感じていた。

「ウチの子をお願い!」
「ウチが先だ!」
争いながら詰め寄ってくる大人達に健太郎は戸惑う・・・・。

「また、必ず戻ってきますから!」
落ち着かせるために強い口調で叫ぶ。そして、傍にいた幼児を抱こうと手を伸ばした時・・・
突然腕を掴まれほうきから引きずり降ろされる。

ほうきが床に転がる音が響いた。

40代くらいの大柄な男性が健太郎を力任せに窓際に連れて行く。

驚いた健太郎は一瞬言葉を失い、なすがままになっていたが、
すぐに我に返り男性の手を振り解こうとする。
・・・・が、男性の手は、健太郎の両腕に痛いくらいに食い込み離れない。


「何するんですか!」
<時間がないんだ!>
心の中で叫ぶ!
男性は額に汗を滲ませながら健太郎の耳元で囁く。

「金はいくらでも出す!お・・・俺を先に助けてくれ!」

何も言えずにいた健太郎に詰め寄り、もう一度言葉を繰り返す。
「いくらだ?・・・悪いようにはしない・・・。俺から先に助けるんだ!!」

その言葉に、怒りに近い感情を一瞬だけ感じたが、気持ちを落ち着かせて静かに
言葉を口にした。

「子供達が先です。」

男は目を見開いて健太郎の胸倉を掴んで食い下がる。

「俺から・・・俺からにしろ!俺は会社の社長だぞ!俺がいなくなったら困る奴が大勢いる!」
「お願いします!離して下さい!!」
健太郎は目を瞑り叫ぶ!悲痛な叫びだった。
・・・この男性を見ているのが辛かった。
追い詰められた状況だ。誰だって恐怖で押し潰されそうなのだ。
助かりたい、生きていたい・・・死になくない・・・当たり前の感情だ・・・。
そんな気持ちが痛いほどわかるから・・・・辛かった。

「勝手なこと言うな!」
「おい!取り押さえろよ!」
子供の親達が男性を取り押さえ、健太郎から引き離す。

<痛い・・・・>
健太郎は男性に掴まれていた腕に痛みを感じ、目を伏せる。
・・・それはそのまま心の痛みとなった。
<みんな怖いんだ・・・今の人だって・・・怖くて怖くて仕方がないんだ・・・・>
助けたい・・・・強く想う。

健太郎は顔を上げ、すぐに気持ちを切り替え、床に落ちたほうきを拾い再びまたがる。

「時間がない!行くよ!」
健太郎の言葉に、近くにいた大人達が反応し、戸惑っている子供達をほうきに乗せた。

泣きじゃくっていた小さな少年は健太郎の前に座らせ、
そっと抱きしめるようして包み込み、柄を掴む。
「大丈夫。ちょっとした空の散歩だから、怖くない。」
「おそらの・・・おさんぽ?」
「うん。」
健太郎の笑顔に、少年は目をぱちぱちさせた。涙はいつのまにか止まっていた。
「じゃ、行くよ!」

再び舞い上がり、外へと飛び立つ。



アンテナ君の案内でレストランの外でさ迷っていた人も次々と集まってくる。

「こっちですぜ!」
ふわふわと宙に浮きながら言葉を話す、大福みたいな物体にみんな呆然としたが
切迫した状況のためか、まるで操られるように大人しく従っていた。

そしてもう一つの信じられない存在。
「消し消し〜!」
先ほどからレストラン内で走り回り階下から立ち登ってくる煙に向かって
消しゴムを振り回し続ける小人のような少年。消しゴム君だ。
みんなその姿を、やはり呆然とみていたが、自分達を守ってくれていることだけは
感じ取れたので誰も邪魔はしなかった・・・・。


<僕の力じゃ、あまり時間稼ぎ出来ないかもしれません〜>
消しゴム君は、心の中で弱音を吐きながらも、必死で踏ん張る。



咲子も、パニック状態になりそうな人を落ち着かせたり、怪我人の手当てをしていた。
子供の次は、怪我をした人を避難させることになるだろう。
健太郎がやり易いように・・・・咲子は必死で動いた。

でも、心の中ではずっと叫んでた。

<これ以上、魔法は使わないで!>
本当は・・・健太郎自身のことを最優先にして欲しかった・・・・。






魔法の国。
静かな森の木の下で、キリーは読書をしていた・・・・。
木の根に座り、体全体で優しい木漏れ日を感じる。

「キリー。ねえ、その本、一体何なの?」
あまりにキリーが真剣に何度も読み返しているので、膝に乗っていたレイミが不思議そうに
覗き込む。
サラからもらった本だ。

「・・・これはね・・・・。」
キリーが愛しそうに本を見つめ、説明を始めようとした時・・・・。



「キリー!!」

頭上から自分の名を呼ぶ声がし、キリーは咄嗟に立ち上がる。
本が芝生に落ちたが、気にかけてはいられなかった。


<カー助?>
慌てて木の下から出て空を見上げる。

それと同時にカー助がキリーの胸に飛び込んできた。

「カー助!」
カー助がここに来たということは、理由なんてただ一つだ。
キリーはカー助の説明を聞く前に、即座に魔法棒を出した。
「レイミ!人間界に行くわよ!」
「OK♪」
レイミはキリーの肩に飛び乗る。
人間界への移動の魔法をかけ、すぐにキリーたちを金色の光が包み込む・・・・。

「健太郎が・・・・。」
キリーに抱かれていたカー助が縋るように訴える。
「慌てないで説明して。」
「事態はよくわからない。でも、きっと何かあったんだ・・・・。」
「どういうこと?」
「健太郎、さっきから魔法使い続けてる・・・。」
カー助の小さな瞳から涙がポロポロと落ちた。

キリーは、辛そうに目を伏せ・・・呟いた。
「だから人間界なんて大嫌いなのよ!」

人間界への移動の最中は金色の世界に包まれ宙に浮いた感覚になる。

キリーは、魔法棒を一振りしてほうきを出し、またがる。

「・・・もうすぐ人間界に着くわよ!」
「急いでキリー!」
そう言い終らないうちに、カー助の目に見慣れた人間界の景色が映る。

上空を移動場所に選んだキリー、そのままほうきで飛びながら叫ぶ。

「カー助!モクモクが何処にいるか感じられる?」
「うん!」

<感じられる・・・・。健太郎の気持ちが感じられる!まだ生きてる!>
カー助は、キリーの腕からすり抜け、羽ばたいた。

「こっち!」
健太郎の気配を探りながら飛び始める。

<無事でいろよ!健太郎!>
心の中で叫び続ける。

2002.1.28 

私・・・こんな状況になったら絶対縋りつくだろうな・・・。健太郎に・・・。(涙)
それにしても・・・・・皆さん何を思いながら読んでくれているのだろう・・・不安・・・。