人々の視線。
健太郎の使った魔法に対しての、驚きと戸惑い。
そんな視線を向けられていることなど、健太郎は気が付かず
取り押さえた男を辛そうに見つめていた。
「・・・何でこんな酷いことをしたんですか・・・・?」
男は、恐怖で体を震わせながらも、不気味な微笑みを顔に貼り付けていた。
「みんななくなってしまえば良いんだ。こんな腐った世の中、みんな消えてなくなれば良い!」
「・・・え?」
男の言葉は健太郎にとって、理解出来ない物だった。
「こんな下らない世の中も、下らない奴らも、みんな消えてしまえばいいんだ。」
男は喉の奥からクククと声を搾り出すように笑った・・・・でも、その瞳はどこか悲しげだった。
健太郎は何も言えずに、立ち尽くす・・・。
まるで男の瞳に縛られて動けなくなっているかのようだった。
<狂ってる・・・>
その場にいた、健太郎以外の人間は、男のことをそんな目で見ていた。
「・・・とにかく・・・誰か警察に連絡しろよ。」
ようやく、戸惑いながらも客達や従業員らが行動を始めようとした時・・・・。
「お前ら、これで終わったと思っているだろう。」
男はレストラン内にいた全員に聞こえるような大きな声で言った。
その声で全員動きを止め、男に視線を向ける。
男はニヤリと笑った。
・・・ちょうどその時、店内の壁にかけられていた時計がPM3:00を告げていた。
ドンっ!・・・という音と同時に、揺れを感じる。
「な・・・何の音?」
「何かが爆発した音だぞ・・・。」
みんなざわめきながら辺りを見回す・・・・。
「一つ目が爆発した。」
男が声を震わせながら笑った。
<爆弾・・・・?>
その言葉がその場にいた全ての人の脳裏を過ぎる。
「これからどんどん爆発するぞ・・・。」
そう言い終らないうちに、今度は先ほどより大きな爆発音が聞こえた。
上下の階で爆発があったらしい・・・・。
「仕掛けたのは爆弾だけじゃないぞ。じき火の手も上がる。
お前達運が良かったな。この階には何も仕掛けていない。・・・最後まで楽しめるぞ!」
健太郎は男の言葉を聞いて、声を震わせた・・・。
「どうして?・・・みんな死んじゃうじゃないか・・・・・あなただって・・・。」
「もともと死ぬ気でいたんだ。俺も下らない人間の一人だからさ。」
男はフンッと鼻で笑い、言い放った。
それを聞いた回りの人々が恐怖に襲われパニック状態になりながら騒ぐ。
「こ・・・こんな奴の道連れになるなんてごめんだ・・・!」
「に・・・逃げなきゃ・・・・。」
おろおろしながら右往左往する人々を見て、男は笑っていた。
「ははは。もう上の階も下の階も酷い状態になっているはずだ。八方塞だよ。
どこにも逃げ場なんてない。まるで俺の人生みたいにな!」
興奮し、叫び、笑い続ける・・・。
健太郎は、今まで感じたことのない感情が心の中に生まれ、支配されていくのを感じた・・・。
怒りと憎しみ。
激しい怒りと、どうしようもない程の憎しみが湧いてくる・・・・。
目の前の男が・・・許せなかった。
気が付いたら、思い切り男の頬を殴っていた。
捕獲君に捕まっているので男は避けることも出来ずモロに殴られ、唇から血を流した。
<・・・血・・・・・・・>
その血を見た瞬間、健太郎は我に返り・・・・愕然とした。
<・・・俺・・・・今・・・>
今まで誰かを憎いと思ったこともなければ、人を殴ったこともなかった。
男の血と、男を殴った拳の痛さで自分が何をしたのかを自覚し、衝撃を受けた。
「はははは・・・殴りたければ殴ればいい。どうせみんな助からないんだ!」
笑い続ける男の声など耳に入らず・・・自分の右手を見ながら立ち尽くす。
そんな健太郎に、優子の手を引いた咲子が近寄る・・・。
「健太郎君・・・・。」
咲子には、今健太郎が何にショックを受けているのかが想像出来た。
そっと手を伸ばし、健太郎の右手を包み込む。
「・・・・咲子さん・・・俺・・・・。」
<憎しみにかられ、我を忘れて人を傷つけてしまった・・・・>
それは、とてもショックなことで・・・自分が信じられなかった・・・・。
咲子は、優しく微笑み
<自分を責めないで>という気持ちを込めて、ゆっくり首を横に振った。
健太郎は、右手をギュッと握り、気持ちを落ち着かせる。
<そうだ・・・。今はここから逃げること考えないと・・・・>
「一体どうなっているんだ!!」
店の外にいた人間が何人か走りこんで来た。
「下から煙が上がってきてるぞ!エレベーターも動かない!」
「上も凄い煙だ。・・・とてもじゃないけど屋上になんか出られない!」
「消防車は来るのか?」
「この階以外に行くのは危険だ!!」
みんな一斉に騒ぎ出し、ある者は再度階下へ行こうとし、ある者は避難器具や排煙設備などを
探しに店の外に行くが煙がかなり上がってきていて諦めてすぐに戻ってきた。
健太郎は傍に浮いていたアンテナ君に話しかける。
「・・・どれくらいたくさんの爆発物があるか・・・それと炎が上がっているか・・・わかるかい?」
「お安い御用。・・・あ、でも調べる分だけ魔力をいただきますよ?」
「かまわない。」
その会話を聞いていた咲子、咄嗟に健太郎の腕にしがみ付く。
「魔法を使わないで!」
咲子の目は真剣だった。健太郎は、辛そうに目を伏せ・・・その後微笑んだ。
「約束破っちゃってごめんなさい。」
咲子は<そんなことはいいの!>という意思表示で首を横に振る。
<でも、もう魔法を使うのは止めて!>と、叫びたいのに言葉に出来ない・・・・。
そんな咲子の気持ちを感じ取り、健太郎はニコッと笑う。
「これが最後の魔法だから・・・。魔力使い切らないようにするから。」
その後、ちょっとおどけたような態度で言葉を付け加える。
「それに、頼りになる男になりたいし。」
・・・本当は、健太郎自身も怖かった。怖くて怖くて仕方がなかった。
『魔力使い切らないようにするから。』・・・と、言ったが、正直言って本当にそれで
済むとは思っていない。
それでも必死で恐怖心を振り払う。
「大丈夫・・・みんな、助かります。」
声のトーンを下げて、自分に言い聞かせるように、呟いた。
咲子と優子との未来。そしてここにいる人達の未来。
「絶対諦めるもんか。」
強い想いと決意。
その言葉を聞いて、咲子はもう何も言えなくなってしまった・・・・。
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