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最後の魔法B

健太郎は空高く舞い上がり、風を切って飛びながら、再び魔法を使う。

ポンッという音と共に現れたのは、以前も登場した『アンテナ君』だ。
大福のような物体に目と口が付いて頭にアンテナが立っている。
探し物の名人。

「何をお探しで?」
「咲子さんと、優子ちゃんの所へ連れてって!」
「合点だ!」
健太郎の膝の上に乗り、行き先案内を始める。

<早く行かないと・・・>
咲子と優子のことが心配で胸が張り裂けそうになる。
そんな気持ちを抑え、必死に飛び続け・・・
しばらくしてアンテナ君がピクンと反応し、健太郎に報告する。


「・・・あそこのデパートの11階ですぜ・・・・。」

眼下に大型デパートが見える。
健太郎は急降下し、デパートの周辺をぐるっと回る。

「あの窓から入って下さい。」

アンテナ君の声に健太郎は飛ぶスピードを緩め、指示された窓の前で止まる。


健太郎は魔法棒を一振りし、それと同時にポンッという音がする。

「お呼びですか〜。」
健太郎の前に現れたのは、頭に三角帽子を被った、身長30センチくらいの小人さんのような少年。
小さな体をふわふわ浮かし、大きな瞳を輝かせ可愛らしく微笑む。
体に不釣合いな、大きい消しゴムを手に持っている。
『消しゴム君』である。
その能力は・・・・。

「その窓ガラスを消して!」
「かしこまりました〜。」
健太郎の声と共に、消しゴム君が窓ガラスに消しゴムをかけ始める。

きゅっきゅっきゅ!

すると・・・どんどん窓ガラスが消えていく。



「任務終了で良いですか?」
消しゴム君の言葉に、健太郎は首を横に振る。

<まだやってもらうことがあるかもしれない>

「一緒に付いて来て!アンテナ君も!」
「かしこまりました〜。」
「合点だ!」


窓をすり抜け・・・・デパート内に入る。
そこは・・・・レストランだった。

健太郎の視界に入ったのは、席に座ったまま怯えたお客さん達の姿と、
優子を抱き抱えた男の後ろ姿。
・・・・その人達の視線がいっせいに自分に向くのを感じた。





健太郎はふわりと降り立った・・・・。






男は自分の背後から風が吹き込んでくるのを感じ後ろを振り向いた。
レストラン内の客達も、人質を取っている男にのみ意識が行っていたが、
その男の背後に、信じられない、ありえない物が現れ呆然とする・・・・。


みんなの目に映ったのは、ほうきにまたがったごく普通の若い男が、何だかわけのわからない
物体を2つも連れて、あったはずの窓ガラスを消して店内に入ってきた。
ここは11階。当然飛びながら入り込んで来たのもばっちり目撃している。

<何なんだ・・・?>
<人が飛んできた・・・・>
<何で飛べるんだ?>
小さなどよめきが起こる。

が、一番驚いていたのは、優子を人質にしている男と・・・咲子だった。
2人の驚きの内容は激しく違っていたが・・・・。



男はみんなと同じような理由で驚いていたが、
健太郎が自分を真っ直ぐ見つめているので、みんなより余計にビクついていた。

・・・そして、咲子は・・・・。

<魔法・・・・・使ったの・・・・?>
そのことに気が付き・・・・・・先ほど自分が叫んだ言葉を思い出す。

『優子を助けて!』

その言葉を聞いてここにやって来た・・・そんな健太郎の行動が手に取るように感じられた。

愕然とした。

<・・・どうしよう・・・・>
咲子は動揺した。さっきは優子のことで頭がいっぱいで・・・ああ言えば必ず
健太郎は魔法を使ってしまうだろう・・・などと頭を巡らせることなど出来なかった。

<私が魔法を使わせてしまったの・・・?>


そのことにショックを受けていた。








健太郎の目に、優子の怯えた姿が映る。
優子の、涙で潤んだ瞳にも、健太郎が映り・・・涙が溢れる。



健太郎は、ほうきから降りて、静かな声で男に訴えた。
「・・・優子ちゃんを離して下さい・・・・。」
状況はよくわからない。・・・でも、目の前に、優子の胸元にナイフを向けている男がいる。
優子が危険に晒されていることだけは、はっきりとわかった・・・。

「お願いします。その子を・・・・・・離して下さい・・・。」


男は、健太郎の2度目の声で、我に返り、ナイフを握る手に力を込める。

「お・・・お前・・・動くなよ!少しでも動いたら、さ・・・刺すぞ!」

健太郎はビクッとする。・・・・男の目は、今まで見たことのないような悪意のこもった物だったから。
少しでも動いたら、男は本当に優子を刺すだろう。・・・それを感じさせる目をしていた・・・・。

男の心の中は、憎しみで満たされていた・・・。
そして、健太郎が現れた時から、憎しみに恐怖が加わった。
わけのわからない力を持つ健太郎に対し、恐怖を抱いていた。

一方、健太郎は、今、自分が人間達の目の前で魔法を使ってしまっていることになど気は回らず
・・・ただ、怯えている優子を助けることで頭がいっぱいだった。



「お願いします・・・。優子ちゃんを傷つけないで下さい・・・。」
「うるさい!」
「どうしたら離してくれるんですか・・・・?何が目的なんですか?」

男は顔を引きつらせながら笑った。
「俺は何もいらない。要求は、動かず騒がず、静かにここで待っていて欲しいだけだ。」
「・・・待つって・・・何をですか・・・?」

健太郎の疑問は、ここにいるみんなの疑問でもあった。
幼女を人質に取った男がいきなり入ってきて「静かにしろ!動くな!」と言われただけで
その他には何も要求されなかったのだ。


男は興奮したように笑い声を上げた。
「焦るなって!もうじきわかる・・・ははは。」

誰一人動けずにいる、レストラン内に男の声だけが響いた。

男は、店の入り口に準備中の看板を出させ、ウエートレスには、店に入って来ようとする客に
満席だと説明させていた。
外部の者に事態を知られずに、この状況を保っていたが・・・・
こんな状態がいつまでも続けられるはずがない。
もうじき外の誰かが気が付き、警察に通報してくれる・・・。この場の皆がそれを願っていた。


「う・・・うええん・・・・。」
突然、子供の泣き声がみんなの耳に入った。

優子の声だ。緊張と恐怖に耐えかねて、ついに泣き出してしまった。

「うえええん。」
「黙れ!静かにしてろ!」
男は忌々しそうに怒鳴る。

優子はビクッとして、必死に泣きたいのを堪えるが、それでも声が漏れてしまう。

「う・・うええ・・・・。」


「このクソガキが!」
男がナイフを持った右手を振り上げる。刺すのではなく殴ろうとしていた。

「やめて!!」
咲子の叫び声と同時に、健太郎は魔法棒をクルンと回し、魔法を使う。

現れたのは数個の手の形をした物体。


「捕獲君!男を捕まえて!」

『捕獲君』・・・手の形をした捕獲のプロだ。狙った獲物は逃がさない、離さない。


健太郎の言葉に捕獲君達は素早い動きで男に飛びかかる。


『男捕獲。』
『男捕獲。』
そんな言葉を言いながら自分に向かってくる、幾つもの手。
男は目を見開いた。

その手の平には目と口がついていた・・・・。

自分に向かって飛んで来る、異様な物体に、男は目が飛び出るくらいの驚きを見せ
思わず自分の顔を両腕で庇った。
・・・そうなると当然優子のことを抱きしめていた腕は外されたわけで・・・。
優子の体は床に尻餅をついた形で崩れ落ちた。


「優子!」
「優子ちゃん!」
同時に優子の下へ駆け出す咲子と健太郎。

「おかあさん!」
優子も立ち上がり咲子の方へと駆けて行く。

「ち・・・・ちくしょう!」
男は、自分の手から人質が失われたことに気が付き、慌てて優子の方に手を伸ばすが
健太郎に遮られ、それと同時に自分の体が無数の手に拘束されていくのを感じた。

『捕獲君』が、男の両腕、両足、胴の部分をガッチリと捕まえていた・・・・。
男は立ったままの状態で拘束され動けなくなる。


「おかあさん!」
咲子の胸に飛び込む優子。咲子は無事戻ってきた我が子を思い切り抱きしめた。

「良かった・・・・。どこも怪我ないね?」
「うえええ・・・。」
泣きじゃくる優子の頭を優しく撫でながら抱きしめ続ける・・・・。



店内を安堵の空気が包み込む・・・・。
・・・が、その場にいた誰もが・・・・一つの恐怖から開放されたため・・・新たな感情が支配し始める。

それは、健太郎に対しての物だった・・・。

2002.1.26 

これから先の展開・・・あまり突っ込まないで下さると幸いです・・・(汗)