戻る


最後の魔法@

「そっか・・・。キリー・・・魔法の国に帰ったのか・・・。」
「うん。よろしくってさ。」

会社から帰ってきて、カー助からキリーの話を聞いた。
健太郎は心の中でキリーにお別れを言う・・・・・・胸がチクンと痛んだ・・・。

<魔法の国・・・か・・・>
夕食メニューの肉じゃがを作りながら、魔法の国のことを考えていた。

もう2度と帰ることはない場所。でも、大好きな場所。
人間界で生きていく・・・そう決めた時、魔法使いだった自分と共に思い出の中に封じ込めた場所。
時々・・・寂しさを伴いながら思い出す、懐かしい場所。

「健太郎、どうしたんだ?ぼんやりして・・・。」
カー助が肩に飛び乗り、顔を覗いた。

「うん・・・・。魔法の国のこと、思い出してた。」
「ホームシックか?」
「ううん。でも、思い出すよ。大好きな場所だもん。」

健太郎は出来上がった肉じゃがを器によそう。
ご飯も炊き上がって部屋の中に炊き立ての匂いがしている。

「ご飯、食べよう。」
「うん。お腹ぺこぺこだよー。」



今では人間界が自分のいる場所。大好きな人がいる、自分の居場所・・・。
自然にそう思う・・・。
・・・幸せだと思った・・・・。





「そうだ!日曜日、先輩・・・じゃなくて、咲子さんと優子ちゃん、遊びに来るよ。」
「まだ言い慣れないみたいだな。」
カー助はクスっと笑った。
・・・・名前のことだ。健太郎は照れくさそうに微笑む。

「お鍋食べようって言っていたよ。」
「わーい!!俺、カニ食べたいー。ホタテも牡蠣も入れよう!」
「すごい豪華だね。」
「いいじゃん。貯金だって貯まってるし、まだボーナスだってまるまる残ってんじゃん。」
「うん。」

健太郎はカー助の言葉を聞いて嬉しそうに笑った。
「指輪買うんだ。」
「指輪?」
「咲子さんに贈るんだ。婚約指輪。」

魔法の国では、そんな習慣はなかったが、そういう物があると知っていたので
デパートの宝飾品売り場を覗きに行った。
ダイヤモンド。
まじまじと間近で見るのは初めてで・・・きらきら光ってて、とても綺麗だと思った・・・。

「今度咲子さんに選んでもらおうと思って。」
「そっかー。俺も見てみたいな。そのきらきら。」
「すごく綺麗なんだよ。」
「へー。でもカニは食べたいぞ!ダイヤモンドじゃ腹の足しにはならないもん。」
「・・・・・・・・。」
カー助にとってはカニの方がきらきら輝いているらしい・・・・。




同じ時、咲子と優子も夕食を食べていた。優子の大好きなハンバーグ。
「優子、美味しい?」
優子は口いっぱいにハンバーグをほお張りながら元気良く頷いた。

「良かった。」

ちょうどその時、電話が鳴った。咲子が受話器を取ると・・・政博の声がした。


『野島ですが・・・林さんのお宅ですか?』
「野島さん・・・こんばんは。どうしたんですか?」
『・・・・報告が少し遅れたけれど、奈津子と話し合ったよ・・・・。』
「・・・・え?」
『・・・落ち着くまで時間がかかると思うけれど、優子ちゃんと会える日が、来ると思う・・・。』
そう言った後、控えめな声で言葉を付けたした。
『もちろん・・・優子ちゃんが会いたいと思ってくれなきゃ、会えないけれど・・・・。』

咲子は静かに政博の声を聞いていた・・・・。

『いつか会ってくれるかなぁ・・・。』・・・・自信なさげな政博の言葉。

咲子の心に健太郎の言葉が浮かぶ・・・・。
『優子ちゃんと、野島さん・・・会える日がきますよ、きっと。』

<・・・そうね・・・>
きっと、そんな日がくる・・・・・。


「きっと、会える日が来るわ・・・・・。」
願いを言葉にした時、咲子は心が温かくなるのを感じていた・・・・・・。


電話を切り、席へ着くと優子が「ごはん、おかわり!」・・・・・と、お茶碗を差し出した。

「優子、最近良く食べるね。」
「うん。」
ニコッと笑って再びハンバーグを口に入れる優子を見ながら・・・咲子は微笑む。

<・・・・何て言ってくれるかな・・・・>
健太郎のことを想う。
日曜日にこのことを話そうと思っていた。


咲子も健太郎も・・・何の疑いもなく、幸せな日曜日がやって来る。・・・そう思っていた。






日曜日。

「咲子さんは何時ごろ来るんだ?」
朝ごはんの玉子焼きを突付いているカー助。咲子達が来るので楽しそうだ。

「来週閉店するデパートでバーゲンしてるんだって。優子ちゃんの服を買ってから来るって言ってたから
・・・2時過ぎくらい。」
「鍋の材料はどうするんだ?」
「俺が後で買いに行って来る。」
「カニ、よろしくね♪」
「はいはい。」

部屋の掃除と、買い物を済ませ・・・後は咲子達の到着を待つばかり。
おやつのケーキも買ってきて準備万端。

「早く来ないかな・・・・咲子さんと優子ちゃん。」
「今日は優子ちゃんと何して遊ぼうかな♪」
健太郎もカー助も、ワクワクして2人の到着を待っていた。






「優子。これで良いね?」
「うん。これがいい。」
デパートの子供服売り場で、花柄のワンピースを試着し、
ご機嫌な様子で鏡に映る自分の姿を見つめる優子。

小さくても、やっぱり女の子。優子は洋服を買ってもらえるのではしゃいでいた。


ワンピースを手にし、咲子は精算を済ませるためにレジへ向かう。
店内はとても混み合っていて、レジにも列が出来ていた。
<わぁ・・・約束の時間、遅れちゃうなぁ・・・・精算済んだら電話入れよう・・・・>
腕時計を見ると、既に2時近かった。優子の服選びに時間がかかってしまったのだ。
「優子、ちゃんと傍にいてね。」
「うん。」
咲子の少し後にくっついて、優子もちょこちょこと歩いて行く・・・・。
なかなか順番が回って来なくて・・・少し退屈気味の優子の瞳に、一人の男の姿が映る。

人ごみの先に・・・階段の横にあるベンチに座っている男がいるのが見えた。
20代後半くらいの男・・・。スーツを着て、俯き加減で、肩を落した姿・・・・・。
その姿は優子には具合が悪いように見えた・・・・。

咲子を見上げると、ちょうどレジの順番が回ってきた所で、声をかけづらかった。

優子は戸惑いがちに咲子から離れ、走り出す。








男は、じっと待っていた。
時が来るのを待っていた・・・・・。
<もうすぐ、ここにいる奴ら、みんな終わりだ。・・・そして俺も・・・>
・・・・・そんなことを考え・・・・ニターっと口元を歪ませる・・・。


「おじちゃん・・・・・。」
突然声をかけられ、ビクッとする。
男の瞳に、小さな幼女の姿が映る。

「おじちゃん、どこかいたいの?」

男は一瞬戸惑い・・・ニヤリと笑った。

「ああ・・・どこもかしこも痛くてたまらない。」

その言葉を聞いて、幼女は瞳をまんまるくして、<大変だー!>って顔になる。

「いま、おかあさんつれてくる!」
慌てて駆け出そうとする幼女の手を、男は掴んだ。
幼女はきょとんとして男の顔を見つめた・・・・・・。


「お嬢ちゃん・・・お名前は?」
「ゆうこ・・・だよ。はやしゆうこ。」

男は優子の手を握ったまま、静かに立ち上がった。そして優子を抱き上げる。

「・・・おじちゃん、いたいの、なおったの?」
「・・・優子ちゃんは優しいね・・・。」

そして、男はゆっくりと歩き出す。階段を上りながら、優子に話しかける。

「優子ちゃんは良い子だから、特別な所で見せてあげるよ。」
「おじちゃん?どこへいくの?」
「11階。レストランだよ。これから始まる・・・楽しいショウの特等席。」

男は言った通り、11階まで上りレストランで足を止める。
「もうすぐ・・・開演時間だよ。」

そう言って、レストランに足を踏み入れた。
店内は、買い物の後でお茶を飲んで休んでいる客で混み合っている。
日曜日なので家族連れも多く、楽しげな話し声が聞こえる。

男と優子の姿に気が付いたウエートレスが慌てて案内に来る。
「お客様。お2人ですか?おタバコはお吸いになりますか?」
にこやかに応対したウエートレス・・・
まだ高校生だろうか、幼さの残る可愛い笑顔が瞬時のうちに凍りついた。


男は抱いている優子の首元にナイフを付きつけ微笑んでいる。

「この中の客に、誰一人声を立てず、動くなと忠告してもらいたい。」
「あ・・・あの・・・・。」
「聞こえなかったのか?」

男の顔は笑っていたが・・・目はゾッとするほど冷ややかだった・・・。
ウエートレスは慌てて店長らしき中年男性の元へと走って行った。


入り口で立ったまま、男は優子に優しく囁く。
「大人しくしてようね・・・・。ここが一番長生き出来る場所なんだよ・・・。」


優子は首に触れるナイフの冷たさに、幼いながらに自分の置かれた状況を感じ取っていた。
恐怖で涙も出なくて・・・ただじっと身を固めていた・・・・。

2002.1.24 

考え抜いて選んだラストです。未熟な私ですが、これから数話・・・
頑張って表現していきます!すごく緊張してます・・・。はぅ〜。