戻る

手紙

「恋愛物の映画なんて、久しぶりに観たなぁ・・・。」
政博はちょっと照れくさそうに苦笑いした。

日曜日、政博は無事休日を取ることが出来て、只今奈津子とデートの真っ最中。
奈津子が観たいと言った映画を見終わり、喫茶店でお茶を飲んでいる所だ。

「政博さん、涙ぐんでたね。」
奈津子はクスクス笑い、政博は頭をかいた・・・。

「いや、だって、あれは泣くだろう・・・。」
最後はハッピーエンドだったんだが、途中いくつもの試練があり、嫌でも最後は盛り上がったのだ。
・・・ただ、男で涙ぐんでいたのは政博くらいだった・・・・。

この後は、レストランに予約を入れてある。その時間までにまだ間があるので、
街をぶらぶら歩き奈津子の買い物などに付き合ったりしていた。

いつになく奈津子ははしゃいでいた。政博もそんな奈津子を見て、嬉しく思っていた。

緩やかに時間が過ぎて行き、レストランへと足を運ぶ。
街外れの、小さなイタリアンレストラン。小高い丘の上に建つ可愛らしい洋風の建物。
店内は天井が高く、白いテーブルクロスがかけられたテーブルの上にはランプが置かれ
柔らかな明かりを灯している。

政博たちの席は窓際で、窓からは綺麗な夜景が見える。



「体の調子は良いかい?」
「え?」
「赤ちゃん・・・。」
「うん。順調よ。」
「良かった。」

前菜の、海の幸のサラダを食べながらの2人の会話。

政博は、この所ずっと咲子とのことで考え事をしていた。
それに気を取られ、身重の奈津子を気遣ってやることも
忘れていた自分に呆れ、悔やんでいた。

食事が進み・・・メインディッシュの牛フィレ肉のソテーが運ばれた頃、
政博は緊張気味に話を切り出した。

「なあ・・・奈津子・・・。」
「なあに?」

奈津子は、フォークとナイフを動かす手を止めて、政博を見つめた。
政博の真剣な顔に・・・・・鼓動が早くなる・・・・。

<ダメ。今日は・・・今日だけは何も言わないで・・・>
心の中でそう叫ぶ。

「話があるんだ。」
「嫌。」
「・・・え?」

話し始めていきなり『嫌。』と言われた政博、一瞬きょとんとした顔になり、その後、困惑した。

「嫌って・・・大事な話があるんだ。」
「今日はやめて。」

頑として、話をさせない奈津子。その瞳に意志の強さを感じる。
だからと言って、政博も引くわけにはいかない。

「大切な話なんだよ・・・。」
「お願い・・・・。」
奈津子は俯き・・・今にも泣きそうな、頼りない声で懇願した・・・。

「お願い・・・今日は何も考えず、楽しみましょう。」

そんな奈津子を見ていたら・・・・政博は何も言えなくなってしまった・・・・。

奈津子は気を取り直したように、顔を上げてニコッと笑う。
「お話しは、明日聞くから。」
「でも・・・会社が・・・。」
「何時になっても、ちゃんと聞くから。・・・だから、ね!」
「・・・わかった・・・。」

その言葉を聞いて、奈津子はホッとしたように肩の力を抜いた・・・。

「お食事、続けましょう。」
奈津子はにこやかに笑う。











キリーは、日曜の昼間、いつもの通り古本屋へバイトに行った。

この日も夕食をご馳走になり・・・・食後、お婆ちゃんとお茶を飲んでいた。
<・・・言わなくちゃ・・・>
キリーは魔法の国へ帰ることを決意した。
だから・・・ちゃんと言わなきゃいけないことがある。

「お婆ちゃん・・・。」
「なんだい?」
「あのね・・・私、今日でお仕事辞めたいんです・・・。」

キリーの言葉に、お婆ちゃんは目を見開き・・・その後、寂しそうな微笑を浮べた。

「そりゃまた突然だねぇ・・・。」
「ごめんなさい。」
「いやいや、いいんじゃよ。新しいお仕事が見つかったのかい?」

キリーはゆっくり首を横に振る。

「故郷に帰るんです・・・。」
「おやまあ・・・。そうかぇ・・・一人で暮らしてるって言っていたもんねぇ・・・。
親御さんも心配なさっていただろうし・・・・そうかぇ・・故郷に帰るのかぁ。」

キリーは、少しの間だが人間界で暮らした想い出が脳裏を過ぎる。

「・・・この街に来て、あまり良いことなかったけれど・・・お婆ちゃんと会えて、たくさんお話しが出来て
楽しかった。ありがとうございました・・・。」
「私の方こそ、桐子ちゃんに会えて楽しかったよ・・・・。」
お婆ちゃんは目を細め、笑い・・・・やがて別れを惜しむ儚い微笑みになった・・・。






キリーは、早く魔法の国へ帰りたいと思いながらも、言いようのない寂しさに襲われていた。


「ただいま・・・。」
「キリー、お疲れ様。」
帰ってきたキリーをレイミは元気にお出迎えした。


キリーは少しずつ荷物の整理をしている。健太郎と同じく、最低限必要な物以外、何もない部屋なので
片付けも早く済みそうだ。
家具などはもう必要ないので魔法で消しても良いのだが、リサイクルのお店へ持って行くことにした。

「・・・いつ魔法の国へ帰るの?」
レイミが小さな声で尋ねた。キリーは本などを束ねながら「今週中。」と、答えた。

「健太郎には言っていくの?」
「言わない。いない時に帰る。」
そう言って、俯いた。

「お別れ言わないで良いの?」
「いいの。・・・。会えば辛くなるだけだもん・・・。」
「そう・・・。」
どこか寂しげなレイミの声。
キリーは、ハッとして・・・顔を上げた。

「・・・もしカー助の傍にいたいなら、レイミは無理に帰ることないのよ・・・・。」

レイミは、目をぱちぱちさせ・・・クスっと笑った。
「会いたくなったらいつでも人間界に来られるんだもん。帰るわよ。
それに、遠距離の片想いっていうのも何だか素敵で良いじゃない〜。」

うっとりするレイミの姿に、キリーにも久しぶりに笑顔が浮かんだ・・・。


本の整理が進み・・・1冊の本に目が留まり、キリーは作業の手を止めた・・・・。

この前サラがくれた本・・・・。
魔法図書館で見つかった、とても古い本。
キリーはその本を手に取り、考え深げに見つめていた・・・。
その様子にレイミが気が付き、傍に寄って尋ねた。

「キリー?どうしたの?」
「う・・・ん。」

<・・・もう・・・こんな本あってもなくても・・・一緒だもんね・・・・>
そう思い、捨てる本の中に区分けしようと思い・・・・・でも、どうしても本から手を離せない・・・。

「キリー?」
レイミは首を傾げ、キリーを見つめる。
キリーは・・・本をギュッと抱きしめていた。

<捨てられないよ・・・・諦めても・・・捨てられない!>



その本はキリーにとって、最後の希望だった・・・。







月曜日・・・。

「じゃあ、行ってくるよ。今日は出来るだけ早く帰ってくるから。」
「いってらっしゃい。」

政博は、今夜こそ話し合おうと決意し、家を後にした。
政博を見送り・・・奈津子は玄関でしばらくぼんやりと立ち尽くしていた。


<・・・手紙・・・書かなきゃ・・・・>
のろのろとそう思い、居間へ足を向ける。

<・・・本当のことを知れば、きっと政博さんは去っていくわよね・・・>
奈津子は辛そうにクスっ笑い・・・・その後、涙を堪えて・・・便箋にペンを走らせる。



書き終えた手紙を、テーブルの上に置き、今度は自分の着替えを旅行用の鞄に詰め始める。

<・・・実家へ行けばすぐ見つかってしまうから、しばらくホテルに泊まろうかしら・・・・>

政博が結果を出すまで、一緒にいるのが辛かった。
面と向かって別れを告げられたらきっと冷静じゃいられない。

<本当は・・・きちんと向かい合って謝らなければならないのにね・・・>

ごめんなさい・・・そう心の中で呟いて、奈津子は家を出て行った・・・・。



目的もなく歩き出し・・・フッと・・・・思う。

<優子って・・・どんな子供なのかしら・・・・>

今までの生活、奈津子の嘘、その全てを終わらせるきっかけになった子供・・・。
その存在を見てみたくなった・・・。

もちろん、良い感情などありはしない。
あるとすれば・・・憎しみ。
子供は悪くない。頭でわかっていても・・・・憎しみは湧いてくる・・・。

でも、会ってどうにかしようとか、そんなことは思っていない。
ただ・・・・・どんな子なのか、知りたかった・・・。

それだけだった・・・・。

2002.1.16 

あと何話で終わるんだろうか・・・(汗)