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土曜日の朝が来た。

「頭痛ってぇ・・・。」
カー助が渋いお茶をすすりながら呟く。
健太郎は、テーブルの上にちょこんと乗っている親友の顔を心配そうに覗き込む。
「朝ごはん、本当にいらないの?お粥、作るよ?」
「いらない〜。お茶だけでいいよ・・・。」

健太郎は自分用の朝ごはんを用意し、食べ始める。

朝食後、天気が良いので布団を干したり、ついでに掃除も始めて、しばらくすると電話が鳴った。

<きっと林先輩だ!>
健太郎は電話に飛びついた。予想通り、咲子からだった。


『おはよう・・・』
「おはようございます。」

何となく、お互い照れくささを感じ、無言になる。その後、先に言葉を口にしたのは健太郎だった。

「あの・・・。明日、天気良いって天気予報で言ってたから、どこかへ出かけませんか?」
健太郎の言葉に、咲子は元気良く、『うん。』・・・と、返事をした。

「優子ちゃん、どこに行きたいでしょうか?」
『田中君・・・。』
優子ももちろん一緒のデート。真っ先に優子のことを想う健太郎に心が温かくなる。

『田中君。カー助君も行ける所にしましょう。』
「・・・え?」
健太郎は、咲子の言葉を聞いて、部屋の隅で寝ているカー助に目をやる。
二日酔いでグテッとだらしなく横になってる・・・健太郎の大事な親友。

<ありがとうございます・・・>
咲子の気持ちに感謝した・・・。

「じゃあ・・・映画とかはやめましょう。」
『そうね。・・・どこが良いかしら・・・・ちょっと待ってて。』

そう言って、咲子は受話器から少し離れた・・・それでも向こうの会話が健太郎に聞こえてきた。

『優子はどこに遊びに行きたい?』
『ゆうこ、ゆうえんちがいい。』

咲子が再び受話器に耳を近づけたのを感じ、健太郎が先に言葉を口にした。

「遊園地に決定ですね。」
<カラスを連れて歩けば目立つけど・・・遊園地なら大丈夫かな・・・>
以前優子たちと行った遊園地を思い出し、自然の中にある所だったので
平気だろうと考えた。

『じゃあ私、お弁当持って行くね。』
「わぁ。楽しみです。じゃ、俺、お菓子持って行きます。」
『・・・何だか遠足みたいね。』
咲子はクスクス笑った。
日曜日は3人と1羽で遊園地。


電話を切って、健太郎はニコニコしながらカー助の傍に駆け寄った。

「ん〜・・・健太郎、どした?」
「明日は遊園地だよ。」
「へぇ。デートか?良かったな。よろしく言っといてくれ。」
「カー助も一緒だよ。」

カー助はその言葉を聞いて、ピョコンと起き上がった。

「俺も・・・俺も一緒に行って良いのか?」
「もちろん。林先輩も優子ちゃんも喜ぶよ。人前でしゃべっちゃダメだけどね。」

カー助のつぶらな瞳から涙がぽろぽろと零れる。
健太郎はビックリしてカー助の顔をまじまじと見つめる。

「何も泣かなくても・・・。」
「うるせえ!嬉しいんだからしょーがないじゃん!」
「・・・・明日が楽しみだね・・・。」
「うん!」
思い切り頷く。それが二日酔いの頭に響いたらしく、かるくヨロめいていた・・・。






受話器を置いて・・・咲子は優子に笑顔を向ける。

「明日はお兄ちゃんと遊園地よ。カー助君も一緒。」
「わぁ〜・・・。」
優子は明日のことを考えて・・・その大きな瞳はきらきらと輝いた。


はしゃぐ優子を見つめ・・・咲子は敏子との会話を思い出していた・・・。



朝一番で優子を迎えに行った。
「おかあさん!なかなおり、できた?ごめんなさい、できた?」
咲子の顔を見るなり、優子は畳み掛けるように質問する。
「うん。きちんと、仲直りできたよ。ありがとう優子・・・。」
「よかった〜。」
咲子の報告を聞いて、優子の顔はパァッと笑顔になり、咲子に抱きついた。
敏子はそんな2人のやり取りを、微笑みながら見ていた。
優子と手を繋ぎ、敏子に礼を言って帰ろうとする咲子。
「咲子。」
敏子は咲子の耳元で囁いた。
「今のあなた、とても良い顔してる。」
「え?」
その言葉に一瞬戸惑い、頬を赤らめ苦笑いする。
敏子はニッコリ笑った。
「今度くわしく聞かせてね。」
・・・・これが、姉との朝の会話だった・・・。

その時の情景を思い出し、困惑しながらもクスッと笑う。
<そんなに良い顔してる・・?>
鏡台の前に座り、鏡に自分の顔を映す。

そこに映った姿は、咲子の目にも幸せそうに見えた・・・・。








「今日の夕食は何にする?」
夕方、買い物へ出かけようとする健太郎がカー助に聞いた。

「鍋焼きうどんがいいな〜。」
カー助のリクエストを頭に思い浮かべ、足りない日用雑貨、明日のお菓子も含め、
忘れないように買う物をメモしていく。


「じゃあ、買い物行ってくるから留守番よろしくね!」
カー助に留守を頼み、部屋を出て階段を下りる。

ふいに・・・健太郎の目にキリーの部屋のドアが映る。

健太郎は、少し躊躇した後・・・ドアの前に行きコンコンとノックした。

「はい。どなたですか?」
ドアの向こうでこちらを確認するキリーの声がする。

「キリー。俺だけど・・・。」

健太郎がそう言うと同時に、勢い良くドアが開き、キリーが顔を出した。

「モクモク!?」
・・・が、キリーの視界に幼馴染の姿はなく・・・・。
視線を下に向けると、しゃがんで鼻を手で押さえ痛みに耐えている健太郎を発見する。
ドアに顔面を思い切りぶつけたようだ。


「ごめん!ごめんね、大丈夫?」
キリーは慌てて座り込んで健太郎の顔を覗きこむ。

健太郎は真っ赤になった鼻をさすりながらニコッと笑う。
「ううん。謝るのは俺の方。」
「え・・・?」

キリーは大きな瞳を見開いた。

「この前はごめんね。気持ちに余裕がなくて、何も言えなかった。」
健太郎の穏やかな声。

それを聞いた途端・・・キリーの瞳からぽろぽろと涙の雫が落ちた。

「キリー?」
泣き出したキリーに、ビックリする。

「私の方こそごめんね。いきなりあんなことして、ごめんね。」
<嫌われちゃったかと思ってた・・・>
心の中で、そんな不安感があった。でも、健太郎から予想外の言葉をもらえて
安心感からか、涙が零れてなかなか止まらなかった。


「・・・キリー。とりあえず部屋の中に入れて欲しいな・・・。」

玄関先でドア開けっ放しにして2人して座り込んでいる状態で・・・
道路からも丸見えで、通りがかる人の注目を浴びていた・・・。

部屋に上がり、お茶を入れて、2人は向かい合わせでテーブルに座った。
レイミは散歩中らしく姿が見えなかった。
しばらく黙り込んでいた2人だったが・・・健太郎が話を始める。
「あのね・・・。俺、あの時自分のことしか考えていなかった。」
「え・・?」
「・・・傷つくのが怖くて・・・。」
「怖い・・・?」

健太郎は小さく頷いて、その後微笑んだ。

「人の気持ちに触れるのも、自分の気持ちに触れられるのも・・・怖かったんだ・・・・。
でも、もう逃げないよ。」
「・・・モクモク・・・。」
「・・・あの時、キリーの気持ちを何も聞けなかった。ごめんね。」

キリーは何も言えず、ただ健太郎を見つめていた。

「キリー、とても傷ついた顔してたから・・・。」
「モクモクが謝る必要ないの。私が悪いの・・・。私がいきなりあんなことしたから・・・。」
「それは・・・確かにビックリした・・・・。」
<あれが初めてのキスだったんだもんな・・・・>
健太郎は心の中で呟いた。


キリーは静かに深呼吸し・・・・小さな声で自分の気持ちを話し始めた。
「私・・・モクモクがあんなに寂しい顔しているの、我慢できなかった。何でもいい、慰めてあげたかった。
もし林咲子さんとの間で何かあったからあんなに辛そうな顔しているのなら・・・代わりでもいいから・・・
元気になってくれるなら、何でもしてあげたかった・・・・。」

その後も・・・隠さずに自分の気持ちを吐露した。
健太郎のことを心配していながら、代わりでも良いから抱いて欲しいと願っていた自分・・・。

健太郎は、キリーの話を静かに聞いていた・・・。

「私・・・モクモクには好きな人がいるって、ちゃんとわかってる。
でも・・・私も好きなの。まだ、諦められないの。」
最後の方は涙声だった・・・。

「・・・キリー。」
「私・・・・酷い女の子・・・・?」
不安げに自分を見つめるキリーに、健太郎は微笑んで首を横に振った。

「キリーは優しい女の子だよ・・・・。」
<一生懸命、俺のことを想ってくれて・・・ありがとう・・・>
心の中で呟く・・・。

「キリー・・・俺の気持ちも・・・話すね。」
健太郎は真っ直ぐキリーを見つめ、柔らかな声で気持ちを伝え始めた。

「俺は魔法使いも人間も、誰でもわかり合えるって信じてる。・・・・それを
好きな人に否定されて・・・・気持ちに向き合うのが怖くなって逃げ回ってた。
・・・でもね。言ってくれたんだ・・・林先輩、気持ちを俺に話してくれた・・・。」
健太郎は昨日、咲子と話したことを一生懸命言葉にした。

「色々な気持ちに捕らわれて、お互い気持ちを伝えられなかったけれど
・・・やっと素直になれたんだ・・・。」
「モクモク・・・・。」
「先輩は、人は・・・心の全部はわかり合えないと思っている。どこかで一人ぼっちの心を抱えているって
思ってる。でも俺のことを知りたいって言ってくれた・・・。
俺は今もわかり合えるって信じてる。俺には・・・まだまだわからないことや
知らないことがたくさんあるけど・・・先輩のこと知りたいって思ってる。わかり合えるって
信じて生きていく。」

健太郎には、もう何の迷いもなかった。
傷ついたって向かい合うことから逃げない。
大好きな人と、生きていく・・・・。

・・・キリーは健太郎の気持ちが咲子に届いたことを知った。
キリーは、辛いけど、聞きたくないけれど・・・目を逸らさず、幼馴染の言葉を最後まで聞き続ける。

健太郎も、胸の痛みを感じ、辛いけど・・・最後まで気持ちを伝える。
「この人間界で林先輩と生きて行きたいんだ。先輩も俺と生きていきたいと願ってくれた。」

キリーの瞳から再び涙が零れ落ちる・・・。

「俺は林咲子さんを愛してる。・・・だから、ごめんね。」

キリーは・・・・泣きながらコクンと小さく頷いた。
健太郎は静かに立ち上がり、キリーの傍へ歩む。

キリーも・・・身近に健太郎のことを感じ・・・・
勢いよく立ち上がり、その胸に飛び込んだ。

<好きなのに・・・こんなに好きなのに・・・>
「幸せにならなきゃ、許さないんだから!」
気持ちを爆発させて、泣きながら叫ぶ。
ずっと好きだった。
大切な幼馴染。
小さな頃から、ずっと想い続けてた。

<この気持ちは誰にも負けないのに!>

叶わなかったキリーの想い。

だからこそ、幼馴染の幸せを・・・心に痛みを感じながらも必死に願う。

「絶対、誰よりも幸せにならなきゃ、許さないんだから!!」


健太郎は、自分の胸の中で、激しく泣き続け、叫び続けるキリーを
黙って受け止め・・・・優しく包み込んでいた・・・・。











日が暮れて・・・・。
電気もつけずに・・・薄暗い部屋でぽつんと一人、膝を抱えて座り込んでいるキリー。
泣き疲れ、目も赤かった。

健太郎は、キリーの気持ちが落ち着くまで一緒にいた。
キリーが『もういいよ・・・。帰って・・・。』・・・と、小さな声で言うまで、ずっと傍に寄り添っていた。

<もう・・・あの暖かい場所にはいられないんだ・・・>
健太郎の傍は、キリーにとっていつも暖かな優しい場所だった・・・。
そのことを考えると・・・枯れたはずの涙がまた溢れてくる・・・。


その時、少しだけ開いていた台所の窓から慌てた感じでレイミが入ってきた。


「キリー、帰ってくるの遅くなってごめんね!」
散歩からレイミが帰ってきたのだ。途中でキリーの気持ちを感じ取り
急いで帰ってきたのだ。

「・・・どうしたの?キリー?」
ピョンピョン飛び跳ねて傍に行き、顔を覗き込む・・・・。


涙の粒が、レイミの頭の上に落ちた。
「キリー・・・・。」
「レイミ・・・・私・・・。」
「なあに?急がなくて良いから・・・・ゆっくり言ってみて・・・。」

レイミは優しい眼差しをキリーに向ける・・・。
キリーは、大きく息を吐き・・・・・・・目を瞑る・・・。

「魔法の国に帰るわ・・・・。」

2002.1.12 

・・・う〜む〜・・・。