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ホントの気持ちB

「子供が・・・優子が・・・・いなくなったの・・・。」
その言葉に健太郎と関口は・・・・心底驚いた。
酔いもいっぺんに醒めた。

「帰らなきゃ・・・探しに行かなきゃ・・・。」
完全に動転している咲子。
驚きで動けないでいる関口。
いち早く行動できたのは、健太郎だった。

「林先輩!電車とタクシーと、どっちが早く帰れます?」
咲子は反射的にその言葉に応える。
「た・・・タクシーだと思う・・・。」
「じゃ、俺タクシー拾ってきます!」
そう言って立ち上がり、店の外に出た。

健太郎のその声で、関口もハッとしてレジで清算を済ませ、咲子の手を引き健太郎の後を追う。
雨がけっこう降っていて、3人ともカサを持っていなかったが、今は濡れることなんて気にしていられなかった。
関口達が店を出て、健太郎の所へ駆け寄った時、ちょうどタクシーが滑り込んできた。

タクシーに乗り込む。
助手席に健太郎、咲子と関口は後部座席に座った。
咲子が行き先を運転手に告げ、車が走り出す。




しばらく黙ったままの3人だったが・・・咲子がポツリポツリと話し出した。

「・・・2人とも・・・驚いたでしょう・・・。」
うつむきながら少し微笑を浮べていた。
今抱えている不安を話すことで、気持ちを落ち着かせようと必死でもがいているようだった。
健太郎は顔を後ろへ向け、関口も咲子を見つめた。

「優子は・・・私の子供。」
はっきりとした声で言った。
関口は戸惑いながら聞き返す。
「本当に・・・?だって林さん・・・独身だよね・・・・。」

「未婚の母ってやつです。」
咲子は顔を上げ、ちょっと苦笑いした。

「優子は今、4歳。私が21歳の時の子供。
Kサービスに採用された時、人事部長が必要最低限の人間以外に
話が漏れないようにしてくれたの。
だからこのこと知っているのは、人事部とごく限られた人と所長だけ。
・・・別に隠しておくつもりはなかったんだけど
やっぱり『未婚の母』っていうと、色々詮索する人とかいるかなって思って・・・・。」

この人事部長は、口数の少ない、一見冷たそうに見える男だ。
でも・・・厳しいが人に対する優しさを持っている。
咲子が就職活動している頃に総務部から人事部に異動になった。
・・・もし、研修課の課長の一件の時、この男が人事部長だったら課長は飛ばされずに済んだだろう・・・。

「詮索されるのって嫌だし・・・だから部長にお願いして秘密にしてもらったの。
悪いことしているわけでもないのに影でこそこそ好き勝手言われるの頭くるもの!」

本当は、堂々とありのまま隠さないでいようと思ってみたが
『噂』というやっかいなものは、事実とはことなる尾ひれが付き、やがて本人の耳に入ったりするもの。
さして知りもしない人間に、何言われようと知ったこっちゃない!・・・とは思ったが
やっぱり心が疲れてしまう。
・・・・・淡々とした咲子の言葉に、関口と健太郎は黙って耳を傾けていた。

小さなため息をつき・・・咲子は話を続けた。
「いつも幼稚園が終わった後は、近くに住んでいる私の姉が預かってくれていて・・・。」


咲子の姉、旧姓林敏子、現在橘敏子は29歳。専業主婦。夫と子供2人の4人で暮らしている。
性格はとてもおっとりしていて、物腰もやわらかい。外見はちょっとぽっちゃりしていて
性格同様ふわふわやわらかい印象を受ける。
少々ドジな所もあるが、一緒にいる人をどこかほのぼのさせてくれる。
咲子は、姉の家から徒歩で数分の所にあるアパートに住んでいる。
子供と2人暮らし。

働かなければならない咲子に代わって、仕事が終わるまでの間優子のことを見てくれていた。
優子も敏子にはとてもなついている。
毎日仕事が終わると、急いで帰ってくる咲子に、いつも優しく
「たまには息抜きに仕事仲間と飲みに行ってきなさいね。」と言ってくれる。

その言葉に少しだけ甘える時もあった。

そう、今日みたいに・・・・。

敏子は咲子にとってたった一人の味方だった・・・・。


「優子は・・・今日も姉の所で夕食を終えて、しばらくは楽しそうに姉の子供達と遊んでいたらしいのに・・・
気が付いたらいなくなっていたって・・・。」
敏子からかかってきた電話。
取り乱し、今にも泣きそうな震える声で電話してきた敏子。
『ちょっと目を離したすきに姿が見えなくなってて・・・。』
そう言って何度も何度も電話口で謝っていた。たぶん今も外を探し回ってくれているだろう・・・。


咲子はここまで話し・・・また無言になってしまった。




健太郎の頭の中には・・・
<子供のお父さんって誰なんだろう>
<今でもその人のことが好きなんだろうか>
そんな言葉がグルグル回っていた。
<でも、今はそのことよりも、いなくなった優子ちゃんのことが心配だ>
前を向いて雨降る夜の風景を見つめる。

「・・・みんなで探せばきっとすぐ見つかります。」
健太郎の言葉に、関口も咲子を安心させるように微笑みながら頷く。

「・・・・・うん。ありがとう・・・。」

この時点で健太郎は決めていた。
<魔法を使おう・・・・・・>



その想いに反応するカー助。
「健太郎・・・?」
<ダメだ!魔法を使っちゃ絶対ダメだ!!命に関わるんだぞ!>
心の中で叫ぶ。・・・が、健太郎に届くはずもなく・・・。

<あいつ、一度決めたらとことん貫くからな・・・。頑固だし>
ため息を付いて、台所に飛んでいく。
晩酌は終わりだ。
小窓を開けて、バサバサと2〜3回はばたく。軽い準備運動。

「健太郎!待ってろ。今行くからな!」
健太郎の身は俺が守ってやるしかないんだ!!
カー助は力一杯夜空に舞い上がった。






40分ほどで敏子の家に到着した。
その頃には、雨も霧雨程度になっていた。
敏子の家はマンションの2階だ。
咲子達がマンションの正面玄関に行こうとした時、後ろから声がした。

「咲子。」
敏子の声。
ちょうど辺りを探していた敏子が息を切らして帰ってきた。

「姉さん!」
咲子は敏子に駆け寄る。

「いないの・・・ずっと探しているのに・・・優子ちゃんいないの・・・。」
声が震えて涙目になっている。
かなり探し回っていたんだろう・・・顔には疲労と焦りの色が浮かんでいる。
・・・転んだみたいで、膝も擦りむいていた。

「泣かないで。姉さん。・・・もしかしたら何か連絡が入るかもしれないから
姉さんは私のアパートで待っててくれる?」

こんな夜に4歳の女の子が1人で歩いていたら、誰かが警察に
迷子として連れて行ってくれているかもしれない。・・・そう思った。

「でも・・・。」
戸惑う敏子に、関口が優しく言った。

「俺達も探しますからそうして下さい。」

敏子は、今初めて関口と健太郎の存在に気が付いたらしく、きょとんとした。

「私の会社の先輩の関口さんと後輩の田中君よ。」
慌てて紹介する咲子。

「林さん。お子さんの・・・優子ちゃんの写真か何かない?」
関口の言葉に、咲子は鞄の中を探った。
そして、定期入れに一緒に入れて持ち歩いている、優子の写真を手渡した。

「田中。お前も顔覚えろ。」
写真を受け取った関口、しばらくそれを見つめた後健太郎にも見せてよこした。


写真には・・・長い髪を高い位置で2つに結わいた幼女が映っていた。
どことなく咲子に似ていて、とても可愛らしい笑顔を見せていた。


3人はお互い携帯で連絡を取り合うことにして、手分けして探すことにした。
時間を決めて、それでも見つからなければ警察に行くことに決めた。

「じゃあ姉さん。何か連絡入ったらよろしくね!」
敏子は、咲子の言葉に頷いた。


3人は別々の方向へ走り出した。









健太郎はしばらく走って・・・小さな公園を見つける。
寂れた公園で誰もいなかった。


<ここなら大丈夫かな・・・>
一応もう一度辺りに人がいないことを確認し、心の中で呟く。


「魔法玉よ、我に力を・・・。」
魔法を使う時の呪文ではなく・・・まあ、気合を入れるためにあるような言葉だ。

健太郎が念じると、彼の目の前に金色の光が集り・・・その中から
☆が先端についた指揮棒のような物が現れた。

魔法を使う時、魔力を宿らせる魔法棒。

宙に浮いていたそれを手で握る。


健太郎の身体には魔力を作り出す魔法玉は存在しない。
あとは体から魔力をかき集めて使うしかない。

健太郎は魔法棒をひらりと宙に舞わせ、クルンと回った。

きらきらと金色の光りが粉のように舞う。
頭の中で、求めているものをイメージする。



その時、頭上から声がした。


「待ったぁぁぁぁぁ!!」
バサバサと羽音をさせて健太郎の頭にとまる。

「カー助!!?」
「魔法を使うなと日頃あれほど注意してんのに!!」
健太郎はカー助に反論する。
「でも今は非常事態なんだ!少しくらいなら大丈夫だよ!」
「お前はこれから先の人生、身体に残された魔力だけで生きていかなきゃいけないんだぞ!!
少しだけでも何でも使っちゃダメだ!!」
「でも・・・。」
「俺が何とかするから!!何があったんだ?何が必要なんだ?」

健太郎は大まかに話をした。
聞き終わると、カー助は自分の羽根をくちばしで1本抜き、ひらりと落とす。
それと同時に健太郎の頭から飛び立ち、羽根を思い切りはばたかせる。
すると・・・羽から金色の粉が舞い、抜いて落とした羽根に降りかける。


ポンっ!

金色の粉を浴びた羽根は『ポンっ』って音と共に『ほうき』に変わった。
空飛ぶほうきだ。


「乗れ!空から探そう!」

ふわふわと浮きながら、健太郎の膝の辺りで止まるほうき。


魔法棒を持ったまま、ほうきにまたがる健太郎。
その健太郎の上をカー助は円を描くように飛び、今度は銀色の粉を健太郎自身に振り掛ける。
少しの間、健太郎を人間の目から見えなくする魔法をかけたのだ。
ほうきにまたがって空を飛んでいるのを目撃されたら、おおごとである。

「カー助ありがとう!」

「明日酒のつまみに松茸焼いてくれたら、それでちゃらにしてやる。」
そう言って夜空高く飛び立つカー助。
その後を追って健太郎も飛んでいく。

2001.9.19  

魔法棒って・・・・(汗)もう少しまともなネーミング出来んのか?自分(苦笑)