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魔法使いの恋I

<・・・うわー。浴室が丸見え・・・・>
健太郎は、まず部屋に入るなり、それが目に入り真っ青になった。

結局、2人はしばらくさ迷い歩き、一番初めに見つけたホテルに入った。

人間界に来てから、魔法の国で習った以外の、この世界にある色んな物を
健太郎なりに知識として見てきたし、知ってきた。
初め、休憩だの宿泊だのと書かれた看板のある建物・・・時にはお城のように見える建物は
何なんだろうと不思議に思っていた。ただのホテルにしては雰囲気が変だな・・・と感じていた。
で、その正体を知ったのは、テレビドラマからだった・・・。
そんな健太郎だ。当然中に入ったこともなく・・・・完全に混乱していた。
選んだ部屋の浴室が上半分ガラス張りになっていて、中がモロに見えてしまうっていうのに
衝撃を受けて、まだ立ち直れていなかった・・・・。

入り口付近で、その浴室に遭遇して、呆然と立ち尽くしている健太郎をよそに、
咲子はコートを脱いでクローゼットに入れ、大きなベッドに腰掛けてリラックスしていた。

「田中君。」

声をかけられ、健太郎はビクッとして咲子に目を向ける。

「もし、喉渇いているなら、そこに冷蔵庫あるから・・・。」
咲子は部屋の隅にある小さな冷蔵庫を指差した。

健太郎は首を横に振って、<いらない>ことの意思表示をした。

緊張しまくっている健太郎を見て、咲子はちょっと複雑な微笑みを浮かべる。

<・・・何だか私、純情な若者に、イケナイことしているお姉さん・・・みたいね・・・・>

咲子は立ち上がり、ゆっくりと健太郎に近寄る。
そして、隣に寄り添い、ガラスの向こうの浴室を見つめた。

「一緒に入る?」
健太郎の顔を覗き込むようにして、咲子がニコッと笑った。
その言葉に、健太郎はビックリして、後ずさる。
「いえ!あの、いいです!とんでもないです!」

そして、慌てて部屋の奥に駆け込み、浴室に背を向けた。
「絶対見ませんから、先に入って下さい!!」

咲子は、心の中で
<これがとんでもないんだったら・・・これから私たちがやることなんて、もっと
とんでもないだろうに・・・・>と呟いて・・・それから微笑んだ。
そんな健太郎がたまらなく愛しくて・・・・心と体に灯がともる。


<ごめんね・・・>
咲子は健太郎の背中を見つめて、性急過ぎる自分の要求に対し、詫びた。
でも・・・どうしても一緒にいたかった。
心も体も、抱き締めたかった・・・・・。

咲子は心の中で、小さく深呼吸して、浴室に入った・・・・。



シャワーの音が聞こえてきて・・・健太郎は背を向けたままコートと上着を脱いで
ベッドに座った。

<ど・・・どうしよう・・・・カー助・・・>
心の中で、カー助に助けを求めても、当然何も答えは返ってこない。
だいたい、健太郎だって覚悟を決めてここに来たのだ。
どうしようも何もないだろう。

それに、緊張し、混乱しながらも・・・わかっている。自分の気持ち。感じている。

健太郎だって、咲子と一緒にいたいし、触れ合いたいと思ってる。
咲子を求めている・・・そんな欲求を、心も体も感じている。



<とにかく、落ち着かなくちゃ・・・>
何度もそんな言葉を頭の中に浮かべる・・・・。



「・・・田中君・・・。」
「え!?」

突然至近距離で咲子の声がして、驚きの声を上げる。

気が付くと、既に備え付けのバスローブを身に纏った咲子が立っていた・・・。
健太郎は何も言えず、咲子を見上げていた。
咲子は柔らかな微笑みを向け、健太郎の隣に座った。




「昨日ね・・・・野島さんが訪ねてきたの。」

咲子の口から、そんな言葉が出て、健太郎は目を見開いた。

「私・・・。あれほど過去の感情を恐れていたのに・・・・・・・野島さんを目の前にした時
不思議なほど冷静でいられたの。」
「え?」

咲子は大きく息を吸ってから・・・言葉を続けた。

「前に話した、野島さんと再会した時の私の感情。奈津子さんから奪ってやろうと思った気持ち・・・。
そんなふうに強く思ったのも事実よ。でも・・・田中君が思い出させてくれたことがあるの。」

健太郎は、首を傾げて咲子の言葉を待った。
咲子は膝の上にある自分の手をギュッと握りしめた。

<田中君は、あの日の笑顔が好きだと言ってくれた・・・・・>

「野島さんに会える・・・そのことが、嬉しかった・・・・。」

咲子は目を閉じて、あの日の気持ちを思い出し、感じる。

「田中君が、あの笑顔を好きだと言ってくれたから・・・・今、私は思い出せるの。
あの日、好きな人を待ちながら・・・・ドキドキしていた、自分を思い出せる・・・。
あの日、好きな人の姿を探し、早く会いたくて・・・ただ、会えることが嬉しくて・・・
そんな気持ちを抱いていた自分を思い出すことが出来た・・・・。」

<田中君が好きだと言ってくれた笑顔・・・・>
<あの日の私・・・・一生懸命だった・・・。・・・・あそこで待っていた時間・・・・幸せだった・・・・・>

今までは、辛い気持ちばかり思い出していて・・・忘れていた。
あの時の、そんな気持ち。
健太郎の言葉が思い出させてくれた・・・。


健太郎は、咲子の言葉に・・・ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。

「そりゃそうですよ・・・。あの日の笑顔、とても綺麗でしたもん。」

咲子はクスっと笑った。

「じゃあ、今日の私は?」

健太郎は、ちょっと苦笑いした・・・。
「今日の先輩は・・・・待っている時、とても不安そうな顔してましたよ。」
「そうでしょうね。・・・だって来てくれるかどうか、とても不安だったんだもの。」

咲子は、健太郎の肩に頭を預け、身を寄せる・・・。

「・・・田中君は・・・人間同士も魔法使いと人間も・・・みんなわかり合えると願っているの・・・?」
「そうなれると、信じています。」
「・・・そう・・・。」
小さな声で呟くように言った後、顔を上げて健太郎を見つめた。

「私はね・・・・人は、全てをわかり合うことは出来ないと思っているの・・・。」
「先輩・・?」

健太郎は少しショックを受けたように辛そうな顔をした。

「私は、みんな心の中で孤独な部分を抱えていると思うの・・・。誰にも伝えずにいる孤独な心。
色んな理由や感情で、表に出さずにたった一人で抱え込んでいる、自分の一部分。」
「孤独な心・・・・。」

健太郎は咲子の言葉を一生懸命聞いていた。


「・・・みんな一人ぼっちの心を抱えている。それはきっとなくならない・・・。
だからこそ、自分を知って欲しい、相手の気持ちを知りたい
・・・・・人と触れ合いたいと願って、生きていくんだと思うの・・・。
死ぬまでその気持ちを持ち続けて、願い続けて生きていくんだと思うの・・・・。」

咲子は、ゆっくりと手を上げて、健太郎の髪に触れる。

「でも、不思議ね・・・。」
「・・・え?」
「自分では、そう思っているクセに、貴方にはわかり合えるって信じ続けて欲しいと願っている。」


咲子の手が、健太郎の頬に優しく触れる。

健太郎は、少し俯き、切なさを感じる。

「先輩は・・・わかり合えないって思っているのに・・・?」
「うん。」

それから、優しい眼差しで健太郎を見つめた・・・。

「でも、私は田中君のことが知りたい。一つ一つ知っていきたいと思ってる。
私のことも、知って欲しいと思ってる・・・・。ずっとずっと一緒にいて、貴方と生きていく
時間の中で、一つでも多く貴方のことを知りたいと願ってる・・・・。」

咲子の瞳が想いの強さを映す。

健太郎は、咲子の気持ちを嬉しく想い・・・少しだけ切ない痛みを感じた・・・・。


咲子は正座を少し崩した格好でベッドの上に座り、健太郎にそっと口付けした。

そして、頬に触れていた手を、ふわりと胸元にもって行き、ネクタイを解き始める・・・・。

「あの・・。せ・・・先輩。俺もシャワー・・・。」
「このままで、いい。」
咲子の行動に慌てた健太郎。必死に言った言葉も、あっさり却下される。
「でも・・・。」
「お願い、じっとしてて・・・。」
そうこうしているうちに、ワイシャツのボタンも一つ一つ外されていき・・・。

首筋に咲子の唇が触れて、健太郎はビクンと身を震わせ、目を閉じた。


シャツを脱がされ、素肌に直接触れる咲子の指を感じながら、必死で気持ちを落ち着かせようとしていた。

咲子は、健太郎の瞼に軽く口付けして、耳元で囁く。

「田中君。お願い・・・私を見て。」

そう言われ・・・恐る恐る目を開けた・・・・。


健太郎の瞳に、咲子の微笑みが映る。

それはとても綺麗で・・・。


「私は、もう過去の自分に縛られない。」
「先輩・・・。」
「・・・大好き・・・。」



健太郎は、しばらくの間咲子を見つめ・・・
そして、ゆっくりと手を伸ばし・・・咲子の体を抱きしめた。

抱きしめられ・・・・その体温を感じ、咲子は幸せそうに、もう一度囁く・・・。

「大好き・・・・。」

もう、2人の間を遮るものは何もなかった・・・・。

心も体も、邪魔な物は全て脱ぎ去り、後は素直な気持ちだけが残された。



健太郎も咲子も夢中だった。
もっと触れたくて、感じたくて・・・・。

お互い求められるまま応え、全身で「愛してる。」って叫んでいた。

健太郎の、不慣れでぎこちない手つき・・・でも、大好きって気持ちが
痛いほど伝わってきて・・・愛しくて愛しくて・・・咲子は頬に伝わる温かい物を感じ
自分が泣いていることに気が付いた・・・。


・・・もっともっと傍に行きたくて、お互いの温かさを必死で求めていた。




優しくて・・・・幸せな時間が過ぎて行った・・・。





そして・・・・2人はぼんやりと天井を見つめていた。
健太郎は、今でもまだ実感がなくて・・・でも、隣で寄り添う咲子の
温かさを感じて・・・夢じゃなかったんだと思う。

とても嬉しくて・・・泣きたくなるくらい、幸せだった。

「田中君?」

健太郎の瞳が、涙で潤んでいるのを見て、咲子は心もち身を起こし、顔を見下ろした。

少し心配そうに自分を見つめる咲子に、健太郎はニコッと笑う。
その時、一粒だけ涙が零れた。

「泣いてるの・・・・?」

健太郎は、慌てて手の甲で涙を拭う。

「すみません・・・。嬉しくて・・・・。」

咲子は、優しく微笑み・・・毛布に身を包み、身体を起こす。

「私も・・・嬉しい。」

膝を抱えるような格好で・・身を丸くする。
そして・・・小さな声で、健太郎を呼ぶ。

「・・・田中君。」

その声は、どこか不安そうで・・・健太郎も体を起こし、咲子の顔を覗き込む。

「先輩・・・?」


咲子は自分の腕に顔を埋めるように俯く。
やっと、素直な自分を隠さずにさらけだすことが出来て、健太郎に触れることが出来た。
・・・その途端・・・不安が過ぎる・・・。
以前、カー助が感じた不安と同じものだ。
漠然と・・・人間界に溢れかえる様々な人の感情が、いつか自分から健太郎を
取り上げてしまうのではないか・・・・そんな思いが浮かぶ・・・・。

<・・・心優しい魔法使い・・・・でも、その心は脆くて儚すぎる・・・・>

咲子は、そのことを考えると恐怖心さえ覚えた。


「田中君。・・・・絶対いなくならないで・・・。」
咲子の小さな声は、微かに震えていた・・・。
健太郎は、咲子の言っている言葉の意味が良くわからず・・・きょとんとする。

「私、知ってるの。田中君は魔法を使い続けると、死んでしまうんでしょ?」
「え・・・?」
健太郎は、咲子が何故そのことを知っているのか不思議に思った。
咲子はそんな健太郎の気持ちに気が付き・・・すぐに言葉を付け加えた。

「関口さんが、教えてくれたの。」
「関口さんが・・・?」

それを聞いた瞬間、カー助が教えたんだなと・・・直感で感じた。

健太郎は、不安げに俯く咲子を見て、困惑し・・・出来るだけ明るく振舞った。

「大丈夫です!もう魔法、使いませんから!」

その言葉に・・・咲子は顔を上げ、健太郎に視線を向ける。

「・・・約束してくれる・・・?」
「はい。」
「絶対に・・・約束、破らない?」
「はい。」


咲子はゆっくりと右手を差し出し・・・小指を立てて健太郎の顔の前にかざす。

「指きり。」

健太郎は、その小指を見つめた後、微笑む。
そして、自分の右手の小指を、咲子の小指に絡ませ・・・誓う。

「絶対に、魔法は使いません。」
「破ったら、許さないからね!」
咲子は真剣な眼差しを健太郎に向ける。
健太郎も、神妙な面持ちで、コクンと頷き・・・・2人は指を離す。


<もう2度と、魔法は使わない>
もう一度、心の中で誓う。
健太郎はずっと咲子の傍にいたいと願っている。
咲子や優子、関口とカー助・・・その他たくさんの大好きな人達と、人間界で
少しでも長い時間一緒に生きていたいと強く思った。


<だから、もう魔法は使っちゃいけない>



咲子は、健太郎の気持ちを感じ、安堵のため息を付いた・・・。

でも・・・。

この時咲子は、
まさか自分の言葉が原因で、健太郎が再び魔法を使う時がくるなんて・・・思いも寄らなかった。

2001.1.7 

年齢制限なしの表現・・・。なーんて、今の私には
年齢制限あってもなくても、これがいっぱいいっぱいだろう(苦笑)
ああ楽しかった〜!!!
さあ、ラストに向かってまっしぐらーーー!