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魔法使いの恋H

健太郎は、電車を降りて、急いで約束の場所に向かう。

咲子を初めて見た想い出の場所。
何故咲子が待ち合せにあの場所を選んだのかは、わからない。



人ごみをすり抜け・・・健太郎の視界に、デパートの前で待ち合わせをしている人々が映る。

その中に、咲子の姿を見つけた。

咲子は、腕時計に目をやり、不安そうに俯いていた。

<あの日の先輩とは大違いだ・・・・>
政博を待っていた、あの日の光景が脳裏を過ぎる・・・。
健太郎は急に弱気になり、走っていた足を止め・・・・ゆっくりと歩き出した・・・・。

初めて咲子を見た時、健太郎の瞳に映った咲子はとても幸せそうに微笑んでいた。
なのに、今の咲子は微笑むどころか、とても暗い顔で俯いている。

あと10歩も歩けば咲子の所に到着する。
健太郎は立ち止まり、軽く深呼吸をして・・・覚悟を決めた。



一方咲子は、来てくれるかどうか・・・祈るような気持ちで待っていた。
胸がきゅっと締め付けられたようで、自分の鼓動も聞こえてくる。
ため息ばかりしている自分にも気が付いている。
<やっぱり来てくれないかも・・・>と、時々暗い考えが過ぎり、必死でそんな
思いを頭から追い出す。

<来てくれるまで、朝までだって待ってやる!!>
そう覚悟を決めた時・・・・咲子の目に待ち人の姿が映る・・・・・。


目の前に、健太郎が緊張気味に立っていた。

「あの・・・遅くなってすみませんでした・・・・。」
小さな声で詫びて、ペコリと頭を下げる。

咲子は、来てくれたことが嬉しくて・・・本当に嬉しくて。
涙で潤んだ目を細め、微笑んだ。
その微笑みは、心の中にある想い出の笑顔とは違っていたけれど、
健太郎は、とても綺麗だと思った・・・・・。

「・・・遅くなんてない・・・。時間、決めなかったもの・・・。」
「でも・・・・待たせちゃいました。」
「来てくれただけで、私は嬉しいもの・・・。」

それから、何となく2人とも無言のまま俯いていた。
そして、意を決したように、咲子が顔を上げた。

「田中君・・・。とりあえず落ち着いて話が出来る所に行きましょう。」
「あ、はい・・・・。」
その時、健太郎のお腹が空腹を訴える声を上げた・・・・。
咲子は思わずクスっと笑ってしまった。
「とても美味しい串揚げ屋さんがあるの。そこでいい?」
「・・・・はい。・・・すみません。」
こんなに緊張しているのに、しっかりとお腹が空いている自分の食欲に
呆れて恥ずかしくなる。
<緊張感のない胃袋ですみません・・・>
心の中でも謝っている健太郎だった・・・。


お店は全てカウンター席で、2人は並んで座った。
料理人が、次々と揚げたての串揚げを出してくれる。

「美味しいです♪」
幸せそうに食べる健太郎を見て、咲子はホッとしたような顔になる・・・。
その変化に健太郎は気が付き、
いままでずっと緊張していたのが解けたのを感じ、
先ほどの不安そうに待っていた咲子のことを思い出す・・・・。

「・・・あの・・・。先輩・・・。」
「ん?」
「何で、待ち合せにあの場所を選んだんですか・・・・?」

躊躇いがちに健太郎に尋ねられ・・・咲子はちょっとだけ照れたように微笑んだ。

「あの場所で、違う想い出を作りたかったの・・・。」
「違う想い出?」
「田中君にとっても、私にとっても、新しい想い出の場所になればいいなって・・・そう思ったの。」

健太郎は、咲子の言葉をどう受け取って良いのかわからず、戸惑っていた。

咲子は、微笑を消して、静かに息をつき・・・表情を硬くした。
そして、健太郎を見つめて、ずっと言いたかった言葉を口にした。

「田中君。この前は、ごめんなさい・・・。酷いこと言ってしまって、ごめんなさい・・・。」
「あの・・・でも・・・。」
健太郎が今日色々感じたことを話そうとした時、、咲子の言葉が遮った。
「お願い。最後まで聞いて。」
「・・・・はい。」
神妙な面持ちで咲子の言葉を待つ。
咲子はそんな健太郎の様子を見て、ぎこちなく微笑んだ。

「・・・私の自信のなさや、苛立ち・・・そんな感情を、みんな貴方にぶつけてしまったの・・・。」


<・・・苛立ち・・?>
その言葉に、健太郎を首を傾げた。

「だって・・・私は、貴方が思ってくれているような女じゃない。そう思うと・・・辛かったの。」
咲子は少し伏し目がちになり、胸の痛みを感じる。

「田中君の気持ちを聞いた日・・・・その少し前に、奈津子さんに会ったの。
彼女を前にした時、過去の自分の感情があふれ出してしまった・・・。」
「・・・え?」
<奈津子さんに会った・・?>
そのことに驚き、目を見開いた。
この時、初めて野島夫婦が優子の存在を知ってしまったことを聞いた・・・。

「野島さんの幸せを願っていながら、私のいない未来で、幸せになんか、なって欲しくなかった。
奈津子さんに申し訳ないと思いながらも・・・憤りを感じずにはいられなかった。
これは私の本当の気持ち。・・・・あの日、貴方に言った言葉は、私の本心なのよ。」
「・・・先輩・・・。」
「・・・・奈津子さんの辛そうな顔を見た時・・・そんな自分の気持ちに愕然としたわ。」
奈津子が、『政博さんを取らないで。』と、自分に言った時のことを咲子は思い出していた。
顔を上げ、自分をじっと見つめている健太郎に視線を向ける。
そして、その瞳から目を逸らさずに、向き合おうと思う。

「田中君。私は政博さんの幸せを願ってるって言いながら・・・心ではそんなことを考えている。
そんな女なのよ・・・。」

健太郎は、今の自分の気持ちを表してくれそうな言葉を探すが、すぐには見つからず・・・
しばらく考えた後、言葉に気持ちを込めて、静かに伝える。



「・・・俺も・・・以前先輩に聞かれて、
好きな人の傍にいられなくても、その人の幸せを願うことが出来るって
答えたけれど・・・・・・ダメみたいです・・・・。」
「・・・え?」
「先輩が、野島さんの幸せを願ってるって言った時・・・・
彼の幸せなんか、願って欲しくないって思ったんです。」
「・・・・・・。」
「先輩を一人ぼっちにさせた相手の幸せなんて願って欲しくなかった・・・・。」
「田中君・・・・。」
「嫉妬したんです・・・・。」

健太郎は、嫉妬を感じた時の辛さを思い出し・・・それと同時に、
咲子のことが好きだと想う気持ちの強さを感じた。

「俺だって、先輩が考えているような男じゃないです。」
そう言って、少し辛そうに俯いてから、ニコッと笑顔を向けた。

「田中君・・・・。」
咲子の瞳に映る健太郎の笑顔は、やがて、とても澄んだ微笑みに変わる。
でも、その微笑みは・・・どこか寂しそうでもあった。

「・・・俺には、よくわからないことが、まだまだたくさんあります・・・・。
でも・・・・頑張りますから・・・だから・・・・。」

咲子は健太郎が、何を言おうとしているのかを感じ、胸が痛くなる・・・。

「だから、俺にはわからないなんて、悲しいこと言わないで下さい・・・。
人間界のことがわかるように・・・頑張りますから・・・・。」

<人間も魔法使いもわかり合えるって・・・もう一度、信じたい・・・>
健太郎は心の中で想う。

咲子は・・・そんな健太郎を、とても愛しいと感じた。
咲子自身が傷つけてしまった、優しい魔法使い。
心の痛みを感じながら・・・・愛しいと、強く想う。



「田中君・・・。」
「はい?」
「お腹、いっぱいになった?」
「え・・・・?あ、はい・・・。」
健太郎は、話の展開についていけずに、きょとんとする。
咲子はニコッと笑って、「少し夜道を散歩しよう!」・・・・と、言って席を立った。



精算を済ませ、店を後にする・・・。
冬の夜風は冷たくて・・・咲子は少し身を震わせてから、元気に歩き出す。

「歩けばあったかくなるもんね。」
そんな咲子の後を、健太郎は戸惑いながら付いて行く。

少しの間会話はなく、そのうちオフィス街の外れに出て、人通りもまばらになっていく。

「田中君・・・。」
ふいに咲子が話し出す・・・。

「はい。」
「私ね・・・。怖かったの・・・。」
「・・・・え?」
「過去の自分が怖くてたまらなかった・・・。辛くて、悲しくて・・歪んだ自分の感情をもう一度
目の当たりにするのが怖くてたまらなかった・・・・。
過去のことだとわかっていても、今でも気持ちが苦しくなることもあるから・・・。」
「先輩・・・。」
「そしてね・・・。何よりも、そんな私のことを知ったら・・・貴方がどう想うかが・・・とても怖かった・・・。」

咲子は足を止めて・・・俯いた。少し後から付いてきていた健太郎も、足を止める。
健太郎の瞳に映る咲子の背中が、微かに震える。

「怖かったの・・・。貴方に、嫌われるのが・・・怖かった・・・・。
自分の中での・・・一番醜くて辛い笑顔を見て好きになったと言われて
その気持ちが爆発して・・・それが何だかもわからず、貴方に苛立ちをぶつけた。」

そして、咲子はゆっくりと振り返った。

「だから・・・ごめんなさい・・・。酷いこと言って、ごめんなさい。」
俯きながら詫びる咲子の瞳は今にも泣きそうに潤んでいた。

健太郎には、咲子が言っている『嫌われるのが怖かった。』という言葉を聞いて
<先輩のこと、嫌うわけない!>と心の中で叫んでいた。
・・・・嫌われるのが怖かった・・・この言葉に、咲子の健太郎への<好き>という
気持ちが込められていることには、気が付かなかった。


「・・・・もう、いいですから。謝らないで下さい・・・。」
健太郎は慌てて駆け寄る。



「俺の方こそ・・・・すみませんでした・・・・。」
「え?」
咲子は予想していなかった健太郎の言葉にきょとんとする。
健太郎は申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめんなさい。俺・・・ずっと先輩から逃げてました・・・・。」
「田中君・・・。」
健太郎は顔を上げて、咲子を見つめる。
「・・・怖かったんです・・・。先輩の言葉を聞くのが、怖くて仕方がなかったんです・・・。」

咲子は、黙って健太郎の気持ちを聞いていた。

健太郎は、切なそうに言葉を続ける・・・。

「自分が傷つくのが怖くて逃げ回っていました。・・・情けないですよね。
・・・頼りになる男になるなんて、夢のまた夢です・・・・。」
「頼りになる男?」
その言葉がどこから連想されてきたのかわからず、咲子は首を傾げる。

「先輩、俺が新人の時の歓迎会で・・・言ってたから・・・。」

咲子は、健太郎にそう言われ、やっと思い出せた。
『私は頼りになる人が好き』
健太郎たちの歓迎会の時・・・・咲子は同期と話しをしていて、
どんな男が好きかって話題になり、適当に答えた言葉だった・・・。

<私の、そんな言葉にも・・・一生懸命だったの・・・・・?>

咲子は、クスっと笑って・・・・その後、涙が零れそうになった・・・。
慌ててクルっと向きを変えて、再び歩き出す。

健太郎は、咲子の行動に戸惑いっぱなしで、それでも後を追う。

咲子の視線の先に、公園が現れた。
真っ直ぐそこへ向かって歩いて行った。

公園に足を踏み入れ・・・冷たい冬の空気を大きく吸い込む・・・・。
園内には人影はほとんどなく・・・とても静かだった。


「先輩・・・。」
健太郎も少し後から付いて来ていて、どこに行こうとしているのかわからず
声をかけた。

「先輩。どこに行くんですか?」
健太郎の言葉に、咲子は、やっと足を止める。
でも、何も言わない。

<先輩?>
健太郎は、ゆっくりと咲子に歩み寄り、真正面に立つ。


傍に、電燈があり・・・咲子を照らしていた。

俯いていた咲子・・・ゆっくりと視線を移し・・・健太郎を見つめた。
柔らかな微笑みを浮かべ・・・でも、どこか泣きそうにも見える。
その姿はとても綺麗で・・・。

「田中君。」
「え?、あ、はい。」
見惚れていた健太郎、いきなり声をかけられ、慌てて答える。


「もう一度・・・貴方の気持ちを伝えて欲しい・・・。」
「・・・え?」
「今度こそ・・・素直に答えるから・・・・。お願い。貴方の言葉をもう一度聞かせて・・・・。」
「先輩・・・。」
「もし・・・もしまだ、私への気持ちが変わってないのなら・・・・・・。」
咲子の表情が、不安で曇る・・・・。



健太郎は、咲子が何を求めているのかを感じ・・・・・
気持ちを込めて、もう一度告白する・・・。


「・・・貴方のことが好きです。」

<ずっと好きだった。色んなことを知る度にどんどん好きになっていく。・・・・今だって変わらない>
少し緊張気味な健太郎。


『貴方のことが好きです。』
その言葉が届き・・・・咲子は、心が温かくなるのを感じる・・・・。



「私も・・・田中君が好きよ。」

咲子の声。

健太郎は、その声を聞くと同時に、周りの何ものも見えなくなった・・・。
健太郎の瞳に映し出されているのは、咲子だけだった・・・。



咲子は1歩、2歩、3歩・・・静かに前に出て、健太郎の傍に寄る。

「・・・大好き・・・。」
もう一度、気持ちを言葉にして・・・
咲子は健太郎の腕に掴まって、背伸びした。



「あの・・・林せんぱ・・・。」
健太郎の言葉は咲子の唇に阻まれる・・・。


<・・・・え?>
健太郎は・・・やっぱり、一瞬何が起こったのかわからずにいて・・・・
はたと、自分の状況に気が付き、硬く目を瞑る。

健太郎にとっての2度目のキス。

心臓の鼓動が早くなるのを感じ、ついでに息も止めていたので苦しさも感じてくる。
幸い、健太郎が窒息する前に・・・咲子は唇を解放してあげた。

「あ・・・あの・・・。」
健太郎は、頬を真っ赤にして、何かを言おうとするが言葉にならない。
そんな混乱状態の健太郎を見て、咲子は優しく微笑む。

もっと傍にいたくて。
もっと健太郎のことを感じたくて・・・・。

健太郎の胸に顔を埋め、ぎゅっと抱きしめる。


コートごしでも感じる。
健太郎の温かさ。

心の温かさ。


<・・・私の・・・私だけの優しい魔法使い>
離したくないと思った。
もう2度と、大切な人を離したくないと思った。


咲子は・・・自然に言葉を口にしていた。

「田中君・・・。」
「は、はい?」
健太郎は、咲子に抱かれたまま、自分の手をどこにやったらいいのかわからず
結局動かずに大人しく固まっていた。



咲子は小さな声で・・・呟いた。
「貴方の全部が欲しい。」

その声は小さすぎて、健太郎には届かなかった。
でも咲子が何かを囁いたことを感じることが出来た。

「あの・・・林先輩。今何か。」
『言いませんでしたか?』と言葉を続けようとした時、
また言葉を遮られた。
咲子の、触れる程度の口付け。

心に触れたかった。
体に触れたかった・・・・。
心に触れて欲しかった。
そして、体にも・・・・。


咲子は健太郎を見つめた。

「私を・・・・抱いて・・・・。」

2002.1.6 

さて・・・夜逃げの準備でもするか・・・(滝汗)
なんてね。書き始めた当初から、書こうと思っていたので、覚悟は出来てます〜。
次回UP分。とても大事なシーンなので特別想いを込めて書きました。
だから逃げないで〜(涙)