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魔法使いの恋E

「話してよ!」
キリーは強い口調で訴えた。


健太郎は、器を台所に置いてから部屋に足を運び、壁際に立った。


「何があったのか話してくれるまで動かない!」
「・・・だから、何もないって。」
「じゃあ何でそんなに元気ないのよ!何でそんなに暗い顔してんのよ!
いくら笑顔で誤魔化しても私にはわかるんだから!」
「・・・・・・・・・・・。」
キリーは軽くため息を付いて腕を組んだ。
「・・・本当にどうしたのよ。まさか、振られちゃったとか。」
あてずっぽうに言ってしまった言葉。

<まさかそんなことはないだろう>と思って言った言葉。
でも、目を伏せ俯く健太郎の顔を見て、自分が言った言葉が
少なからず的を射ているような気がした。

「・・・嘘・・・・・・・本当に・・・?」

キリーは一瞬目を見開いて、まるで自分が傷ついたかのような顔になる。


健太郎は、小さなため息を付いた後、ニコッと笑った。
「そうなんだ。だからしばらくそっとしておいて。すぐ元気になるから。」

その健太郎の様子に、キリーはハっとした。
<違う。・・・・・・・振られたんじゃなくて、もっと、もっと別の何かがあったの・・・・?>





キリーはゆっくりと近づいて・・・両手で、そおっと健太郎の頬に触れた。
健太郎は少しビクっとして・・・身を硬くする。



「何があったの・・・・・・?」
静かな声で聞いた・・・。
「だから・・・振られたって・・・。」
「違う。もっと・・・悲しいことがあったんでしょう?」

<でなきゃ、こんなに悲しい笑顔をするはずがない>
<でなきゃこんなに・・・・孤独な顔をするはずない・・・・・>


「他に何もないよ。それ以外、悲しいことなんて何もないよ。だから心配しないで。」
「・・・・・・・・・・。」

何も話そうとしない健太郎を見つめて・・・キリーは悲しそうに俯いた・・・。

そして・・・・。


「キリー・・・・?」



そして、キリーは、ゆっくり顔を上げ・・・・・・・戸惑うように自分を見つめている幼馴染に、
・・・・・・静かに口付けした・・・・。
他に何も思いつかなかった・・・。




健太郎は、しばらく何が起こっているのかわからずにいたが・・・・
唇に触れる柔らかな存在に気が付いて、硬く目を瞑った。

その瞬間
<嫌だ!>
・・・と、強く思い、キリーの肩を掴み、力を込めて引き離した。

数歩後退り・・・背中に壁があたるのを感じた。



「・・・モクモク・・・。」
キリーは、自分の取った行動に自分自身でも驚き・・・そして、
それを拒絶されたという心の痛みを後から感じていた。

健太郎は何も言わず、俯いたままだ。

「・・・・ごめん・・・・。」
そう言ったキリーの声は震えていた。
切なくて居たたまれなくなって、もう一度「ごめんなさい。」と言って
部屋から出て行った。




バタン!

ドアの閉まる音がして・・・健太郎は力なく膝を付いた。





バサバサバサ・・・・。

カー助は、急いで家に戻り、出る時少し開けておいた小窓から身体を滑り込ませた。

部屋に入り、健太郎の姿を探す。
<もう帰ってきてるだろ・・・・>


「健太郎ぉー?」


返事はなく・・・・カー助の小さな瞳に、ぼんやりと座り込んでいる健太郎の姿が映る。

「健太郎。」
ピョンピョン跳ねて傍に寄り、下から顔を覗き込む。

「どうしたんだよ・・・。」
「俺・・・最低だ・・・。」
「健太郎・・・・?」



『ごめんなさい。』
今にも泣き出しそうなのを、必死で堪えていたキリーの声。
それなのに、かける言葉を見つけることが出来なかった・・・。

<違う・・・>
見つけようとしなかった。
キリーが部屋から出て行った時・・・・ホッとしていた自分を感じていた。

<ごめん・・・>
健太郎は・・・人の気持ちと向き合うことが、怖くて仕方がなかった・・・。









健太郎の所から、戻ってきたキリー。部屋に入るなり、ベッドに蹲って
泣き出した。

「・・・キリー。」
レイミにはキリーの心の痛みが伝わっていた。


「キリー・・・。どうしたの・・・?」
レイミは、傍に寄って優しく声をかける。

「レイミ・・・私・・・・・。」
「ん?何があったの?」
「私・・・代わりでもいいって思ったの・・・・・。代わりでもいい・・・
慰めてあげられたらって・・・・でも・・・・。」

<でも心のどこかで・・・・・代わりでもいいから、抱きしめて欲しい。
代わりでいいから抱いて欲しいと願っていたような気がする・・・・・・>

<モクモクが落ち込んでいるのに・・・・・・・そんなこと願ってた・・・>
キリーは、そんな自分の気持ちに気が付き、愕然とした・・・・・。

「レイミ・・・私、嫌な女ね・・・・。」
涙が後から後から零れ落ちる。

「・・・そんなことないわ。キリーは良い女よ。私が保証する。」
「私のどこが良い女なの?適当なこと、言わないでよ!」
「一生懸命で、とっても可愛いわよ。」
胸を張って言い切るレイミ。


レイミの言葉に、キリーは涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げ・・・クスっと笑った。
でも、すぐに笑顔は崩れ・・・枕を抱きしめて、泣き続けた・・・。

















次の日の朝。
咲子が営業所に着くなり関口から電話がかかってきた。

「はい。え・・・?今夜・・・ですか。はい。」
速攻で話を進められ、短い受け答えしか出来なかった。

『話したいことがある。』
と、言われたので、今夜関口と会うことになった。
・・・これは咲子にとって、救いの電話だった。






「あ、林さん。こっちこっち。」
関口が陽気に手招きをする。

咲子は、退社後約束した店に行くと、関口は既に席で待っていた。
各席には簡単な仕切りがあって、ちょっとした個室っぽくなっており
落ち着いて話の出来る居酒屋なのだ。

「飲み物以外は適当に注文しておいたよ。」
「ありがとうございます。」

関口はビール、咲子はウーロン茶を注文した。
飲み物と同時に煮物やサラダなども運ばれてきて、テーブルに並んだ。
とりあえず「お疲れ様でした。」の乾杯をした。

「・・・あの、お話しって何ですか?」
咲子は早々に本題に入った。
関口は、咲子が言いやすいように、わざと、ちょっと軽い感じの声で話し出した。
「単刀直入に聞くけど、田中と何かあった?」

咲子は目を見開いた。
<何で知っているの・・・・?>

関口は、その疑問に答えるように言葉を続けた。

「カー助が相談に来たんだ。『健太郎の様子がおかしい。』って。」
「カー助君が・・・?」
「様子が変なのに、何も話してくれないから、わけわからないって嘆いてた。」
「・・・・・・・。」

<田中君・・・・>


辛そうに俯いている咲子に、関口は微笑みながら言った。

「何があったの・・・・?」

咲子は、小さなため息を付いた後・・・重い口を開いた。
本当は、話がしたくて仕方がなかった・・・・。


「田中君に・・・好きだって言われたの・・・・・。」
「え?!」

関口は、正直いって驚いた。
奈津子のことが絡んでいるのではないかと思っていたので・・・まさか健太郎が告白していたとは
思っていなかったのだ・・・・。

「え?じゃあ、もしかして・・・。」
<林さんは田中のこと、振っちゃったのか?>
<田中の奴・・・振られちゃってイジケているのか?>・・・・などという
勝手な想像が関口の頭に浮かぶ・・・・。

咲子は関口の一人歩きしている想像を察し、クスっと笑って軌道修正した。
「違うの。返事はまだしてないの・・・・。」

そう言った後、小さく首を横に振り・・・自分で言った言葉を否定した。

「ううん・・・違うかな・・・・。
私は答えていないつもりでも、田中君は、あれが返事だと思ってしまっていると思うしね・・・・。」
「あれが・・・・って・・・?」

咲子は、悲しそうな微笑を浮かべて・・・・あの日あった出来事の全てを話した。
あの日、奈津子と会ったこと。
その時の、自分の気持ち・・・・・。
そして・・・・健太郎の告白・・・。
健太郎に対し、ぶつけてしまった言葉。
健太郎自身を否定し、拒絶してしまった・・・・・言葉。


関口は、何も言わず静かに聞いていた・・・・。

「私・・・酷いこと・・・言っちゃった・・・・・。」
悲痛な面持ちで、咲子が呟いた・・・・・。


話をしている時・・・咲子は自分の気持ちに耳を傾けていた・・・・。

<本当の私を見て!>
<こんな私でも・・・好きだと言ってくれるの?>
<私の・・・本当の気持ちを知って・・・・・>

そんな気持ちが溢れてくる・・・・。


<本当の気持ちを伝える勇気もなかった・・・・・>

「・・・・・・田中君には・・・私なんて似合わない・・・・そう思ってしまったの・・・。」

<貴方といると、楽しくて、嬉しくて、安らいだ・・・・・なのに、怖くなる>

「・・・・・私は彼の想う様な女じゃない・・・・・・そう感じて悲しくて・・・。」

<貴方の傍にいると、思い知らされる・・・・自分の心の底にある・・・醜さ・・・・>

「・・・自分に自信がなかったの・・・・。」

<そんな自分の気持ちにも、素直に向き合えず・・・苛立ちだけを貴方にぶつけて・・・。
でも・・・やっとわかった・・・・>


「・・・でも、私は・・・・・・。」



<貴方のことが好き・・・・・>








関口は、切なくて、ズキンと心が痛んだ・・・・。
咲子の気持ちがわかってしまったからだ・・・・・・・・。

<・・・・・まいったなぁ・・・・・>
心の中で、ため息を付く・・・・・・。
<俺、気持ちを伝える前に、失恋かよ・・・・>


『好きです。』・・・と、本気の告白をする前に、咲子の気持ちを悟ってしまった。

<田中のことが好きだって・・・叫んでいるようなもんだよな・・・・>

関口は、
<なんで失恋した可哀想な男が、両思いなのにモタモタしている奴らの相談に乗って
やらなきゃいけないんだ?>・・・・と、思いながらも・・・・・。

そう思いながらも、笑っちゃうくらい、この2人が好きだった。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも・・・・この2人のことが愛しかった・・・・。


関口は、思わずクスっと笑ってしまった・・・・。
<笑うしか、ないじゃないか・・・・>



「関口さん・・・・・?」
咲子はきょとんとした・・・・。


「田中の奴さ・・・何で魔法使いをやめて、人間界で生きることを選んだと思う?」

咲子は、関口の言葉に・・・首を傾げた。

「人間界で暮らしたかったって言ってたから・・・この世界が好きだからなのかと
思っていたけど・・・・。」

関口は微笑んで、咲子を見つめた。
「ホントの理由はね、林さんに一目惚れしたから、魔法の国飛び出しちゃったんだってさ。」

咲子は驚いて、目をぱちぱちさせた・・・・。

「え・・・?だって・・・・。」
<まさか・・・そんなことって・・・・>
<・・・一目惚れしたからってだけで
自分の世界を捨て、人間界で生きることを決めたの・・・?>
<たった一瞬の笑顔のために・・・・魔法使いをやめちゃったの?>

「信じられない・・・・。」
思わず声に出して言ってしまった・・・。

「でも、あいつらしいだろ。」
関口は、クスクス笑った。

「そんなことされたって、された相手は困るよなぁ〜・・・・。」
「・・・・・・・・。」
咲子は何も言えず・・・ただ、涙を堪えるのに必死だった。

「でも、きっと、あの単純バカにとっちゃ、そうすることが自然なことだったんだな・・・・。」

関口は静かにそう言って・・・言葉を続けた。

「林さん。今日思ったこと、きちんと田中に伝えなよ。」
「・・・・・・え?」
「もう、気持ちの答えは出ているだろ?」
咲子の瞳に、関口のニコニコ顔が映る。
「・・・・・・・・・・はい。」
・・・答えた後、辛そうに俯いた。
「・・・・・でも・・・田中君、話を聞いてくれない・・・・。」

今日だって、咲子は事務的なこと以外、話をすることが出来なかった・・・。
気持ちを話そうとすると、スルッとかわされてしまう。

<本当にバカタレだな、田中は・・・。>
関口は、前髪を軽くかき上げて・・・・気を取り直して咲子に笑いかけた。


「一方的でもいいから、田中と会う約束して。」
「え?・・・でも・・・・・。」
「大丈夫。後は俺が何とかするから。」
「・・・何とかって・・・・。」

困惑気味の咲子に、関口はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

2001.12.28 

・・・健太郎、ごめんね。酷い作者だ(汗)助けて関口さん〜!!