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ホントの気持ちA

関口は静かな声で話し出した。
「知ってるか?誰も俺のことなんか見てないし、期待もしていない。」
健太郎と咲子は黙って聞いていた。


「俺には、今大学4年の弟がいてな。そいつがまたえらく優秀で・・・親父はそっちに期待してんだ。」


優秀
期待・・・?
健太郎は首を傾げた。


「俺だって昔は必死で頑張ってたんだ。これでも。でも俺、勉強も何やってもイマイチでよく叱られていたよ。
親の期待に何一つ応えられなかった。逆に弟は小さな頃から何でも容易く出来る、可愛げのない奴でさ。
成長するにしたがって、家族はみんな弟に関口家を継がせる気になったらしい。俺が高校卒業する頃には
そんな雰囲気になってた。まぁ、悔しかったけど・・・その方が気楽でいいかって思ってもみた・・・でも。」
少しうつむき寂しそうに微笑む関口。

「誰も俺の本当の姿なんか見てやしなかったって気付いた時・・・・嫌気が差した。」
「・・・・関口さん・・・。」
咲子がその切なそうな顔を見て、たまらず声をかける。
「誰も見てなかったって・・・・どういうことですか?」

「俺、子供の頃から勉強ばかりで友達なんかいなくてさ。それでも大学の時にすごく・・・・好きなコが出来て
真面目に付き合って・・・・・・。
本当に好きでさ・・・・・・初めて本気で自分をさらけ出してみた。」

頑張ったけれど弟に勝てなかった自分。本当は寂しくて仕方なかった自分。
・・・・・・・本当は悔しかった自分。
信じた恋人にさらけ出した。

「そしたらそのコ、どうしたと思う?」

関口はにっこり笑ってやけくそ気味に言った。
「関口家を背負ってない俺には用はないってさ。」
いい車に乗って、別荘なんて持ってて、いつでもブランド品を買ってくれて
やがて関口家を継ぐ、社長になる予定の俺がいいんだってさ・・・・・と陽気に言った。

「親も俺が何を考え何を想っているかなんて、興味ないんだ。とにかく関口家に泥を塗るようなことを
して欲しくないだけなんだ。俺に対する望みなんかそれくらいでさ・・・。」

その話を聞いた健太郎・・・・ショックを受けた。

理解が出来なかった。
理解したくもなかった・・・。

「もう、俺、どうでもいいやって思ってさ。親父も少し後ろめたいのか散々甘やかしてくれるし
表向きは俺、長男で後継者だと思われてるから
どうせだったら親の力存分に使わせてもらって、楽して生きていこうって決めたんだ。」

そう言って関口はジョッキに残っていたビールを、一気に飲み干した。
そして今度は日本酒を頼み早いペースで飲んでいく。

咲子はこの話を聞いて、関口に対する見方が少し・・・いや、かなり変わった。
人から聞いた話や自分が見てイメージしていた関口とは違っていた。
初めて関口の心の断片を見た気がした。


一方健太郎は・・・・。

健太郎の育った世界では『気持ち』は何よりも大切な物。
みんなが1番大切に想い欲するもの。
魔法を使っても手に入らない物・・・・・・心。

心は、同じものは1つもない。一人一人の胸の中にある心はこの世でたった一つしか存在しない。



『誰も俺のことなんか見てやしないんだ・・・・』
関口の言葉。
気持ちを否定されるどころか、存在すら見てもらえない。
孤独な心。
誰とも本気で向き合えなくなってしまった孤独な心。



「・・・おい・・・・。」
関口は、黙ってうつむいている健太郎をまじまじと見つめ・・・思わず話し掛けた。

何故ならば・・・・。

関口は目を見開いた。
「何でお前が泣くんだよ・・・・・・。」

健太郎の瞳から涙が溢れていた・・・。










「・・・健太郎・・・?」
その頃、アパートで一人寂しく冷奴をつまみに晩酌をしていたカー助。
健太郎の心の動揺を感じる。
共に生きていく誓いを立てたカラスには、相棒の心を感じ取ることが出来る。


<健太郎?・・・何がそんなに悲しいんだ?>
カー助はおちょこに入った日本酒を飲み干した。

健太郎は『魔法玉』をその体から取り除き、身体的には人間と同じように年を取る。
同じ時を刻んでゆく。
でも
その心は
昔のままだ・・・。
魔法の国では、心はゆっくりゆっくり年を重ね、色々なことを少しずつ経験しゆるやかに成長していく。
でも人間の世界ではそうはいかない。
健太郎は急いで色々なことを経験していかなければならない。
例え心が痛くても自分で選んだ道なんだ・・・。

<健太郎の心は、今はまだ真っ白な画用紙と同じだな・・・・>
カー助は、親友に心の中で囁きかける。
これからその画用紙にどんな色を塗っていくのか・・・塗られていくのかわからないけれど
そこに描かれていく絵は健太郎自身なんだ・・・・・・カー助は目を閉じて親友を想う。
<頑張れ・・・・・>







咲子は唖然としていた。
すごいペースで日本酒を飲む関口と健太郎。

関口は泣きながら酒を飲む健太郎に戸惑っていた。

<何でこいつ・・・泣いてんだ?>

同情の涙・・・?だとしたら冗談じゃねえ!余計なお世話だ!
・・・・でもそうじゃなさそうだ・・・・。

何でこんなに悲しそうに泣いてるんだ?
何でこんなに辛そうに泣いてるんだ?
関口はわけがわからず・・・・それでいて心の隅で嬉しいと思う気持ちを感じていた。

初めて感じる感覚。
自分のことを・・・気持ちを受け止めてもらった嬉しさ・・・。


その時、携帯電話の着信音が鳴響いた。


「あ・・・私だ・・・。」
咲子は鞄から携帯を取り出し、迷惑にならないようにと席を立ち、
店の外に出て電話に応対した。
外に出て、いつの間にか雨が降っていたことを知った。
濡れないように店の軒下に身を寄せる。



テーブルに2人きりになり関口は健太郎に呟いた。
「・・・何で泣いたんだ?」
健太郎は、とりあえず泣き止んだものの目はまだ赤い。
「悔しくて悲しかったからです。」
その言葉に関口は呆れたようにため息をついた。
「だからって何でお前が泣くんだよ。」
「・・・痛いんです・・・。」
「何が?」
「心が痛いんです・・・・。」

健太郎は『人間の気持ち』に痛めつけられた。

関口は、自分のことで辛そうに泣く健太郎に困惑していた。




そんな2人の元へ咲子が戻ってきた。
その顔は蒼白で・・・。
「ご・・・ごめん。私帰る・・・。」
鞄を持ち、お財布からお金を出してテーブルに置き店を出ようとする。
関口は咲子の突然の変化に驚き、腕を掴んだ。

「林さん?どうしたんだ?何の電話だったんだ・・?」

健太郎も首を傾げて咲子を見つめる。


咲子は少しの間黙っていたが、頼りなげな・・・震える声で言った。


「子供が・・・優子が・・・・いなくなったの・・・。」

2001.9.19   ⇒