「ただいまぁ。」
「お帰りなさい。キリー。」 「お帰り、キリーちゃん。久しぶり。」
キリーが帰宅すると、レイミと、珍しいお客様が出迎えてくれた。
レイミとほのぼのお茶を飲んでいたカラス。 ミミである。 ミミは、キリーの友人であるサラの相棒だ。
「ミミ!どうしたの?」 キリーは驚きと嬉しさとが交じり合った声を出した。
「ちょっとサラから届け物を頼まれてね。」 「届け物?」 「うん。本なんだけどね・・・。」
ミミは、傍にあった風呂敷包みをくちばしで開いた。ミミが背負って持ってきた物だ。 風呂敷包みには、薄汚れた1冊の本が入っていた・・・。
キリーは本を受け取り、マジマジと見つめた。 本は『古い』と言う言葉では足りないくらい、年代を感じさせるほど痛んでいた。 本のタイトルも作者名も擦り切れていて読み取れず、中の本文もところどころ破れていたり、黄ばんで 字が読みにくくなっていた・・・・・。
「・・・何?この本・・・。」 怪訝な顔をして尋ねた。
「サラがね、この前魔法図書館で見つけた本なの。」 「で?」 「きっとキリーが興味を持つだろうからって、私に持たせたの。」
キリーは「ふーん。」と言いながらページをペラペラめくっていった。 すると、本の間に封筒が挟まっていた。
開封してみると、サラからの手紙が入っていた。
やっほー。キリー。元気? 貴方も人間界に住みつくなんて物好きねー。 たまには帰ってきてー。遊ぼうよー。
あ、いけないいけない。本題を書かなきゃね。 ええと、この前魔法図書館で大掃除があってね。 私もお手伝いしたんだけど、廃棄処分になる本を見てたら キリーの興味を持ちそうなのが出てきたの。 古過ぎて読みにくいだろうケド、目を通してみて。 もしいらなかったら捨てちゃっていいよ。 じゃあね〜。
サラより。 |
<へぇ。魔法図書館、大掃除したんだ・・・>
魔法図書館には、眩暈がするほど膨大な数の本が置いてある。 ここの本全てを熟知している者など一人もいない。 長い長い時間の中で、忘れ去られた本も山ほどある。
キリーは一ページ目を開き、目を通し始めた・・・・・・。
「キリー。じゃあ私そろそろ帰るわね。」 ・・・と、ミミが話しかけても、キリーの耳には入らなかったようだ。 本に熱中し・・・・いや、熱中というより、必死になって読んでいるって感じだ。
「キリー本読み出すと、読み終わるまで自分の世界に閉じこもっちゃうから。」 「そうね。じゃあ・・・このまま帰るね。」 ミミはそう言って、そっと窓から飛び立ち、その姿は夜空に溶けていった・・・・。
「本当はカー助にも会わせたかったんだけどね。」 レイミは残念そうに呟いた。 カー助はこの時、健太郎と一緒に咲子たち親子を駅までお見送りに行っていて、留守だったのだ・・・・。 健太郎の所に咲子が遊びに来ていたことに、レイミは気が付いていた。 キリーにそのことを話そうか・・・迷っていたが、本に没頭している キリーを見て、話すのをやめにした。
<いつもに増して真剣に読んでるわね・・・よほど面白い本なのかしら・・・> レイミはちょっと首を傾げて見つめた。
キリーはその夜、徹夜で読み続けた・・・・・・・・。
こうして、それぞれの日曜日が終わり、月曜日がやってきた。
「じゃあ、行ってくる。」 政博は、玄関までお見送りしに来た奈津子から鞄を受け取り、家を出た。
朝のラッシュ時。 いつもと同じ、混み合った電車に揺られ、窓から見える風景にぼんやり視線を向けながら 政博は考えていた。
<咲子に・・・会いに行こうか・・・・>
まだどうしていいのかも、自分の気持ちもあやふやなままだった・・・。 ただ、漠然と、咲子に会いたい・・・・と思った。
政博は目を閉じて・・・・・思い出していた。
咲子と別れて半年後、奈津子と結婚した。 当時奈津子はまだまだ精神的に不安定に見えて、政博は壊れ物を扱うように接していた。 奈津子の方も、政博に気を使っているようで、笑顔もぎこちなく、絶えず何かに 怯えているように見えた。
奈津子に対して責任感を抱えながら、いつも思っていた。
幸せにしてあげよう。 優しくしてあげよう。 そう強く思いながら生活をしていた。 一言一言に気を使い・・・今思うと神経をすり減らしながら毎日を過ごしていたように思う。
無理をしていた。
そんな生活は、政博にとって疲れないわけがない。
この時の2人は、お互いに気を使い過ぎていたのだ・・・・。 政博は、奈津子を追い詰めたという罪悪感を持ち、 奈津子は、自分の命を盾に、政博を縛り付けてしまったという罪悪感を持っていた。
結婚生活も1年以上が過ぎた頃には、政博自身も追い詰められていた。 それでも家では笑顔を絶やさなかった。 政博が笑うと、奈津子も笑ってくれるから・・・・。
そして結婚後2度目の夏が来て・・・・思い出した。 夏に出会った咲子のことを・・・。 思い出した・・・いや、忘れてなんかいなかった。 別れてから、忘れようとしても・・・心の底ではいつも想っていたような気がした・・・。
咲子の携帯電話の番号も覚えていた。 今も番号が変わっていないなら、つながる筈。
自然とそんなことを考えるようになってしまった・・・・。
<かけちゃいけない・・・・電話なんかしちゃいけない・・・> そう思えば思うほど・・・・咲子の顔が浮かび・・・・耐えられなくなる・・・・・。
秋が来る頃、政博は・・・・電話をかけてしまった。
懐かしい番号を押し、鼓動が早くなるのを感じる。 昔の番号を今でも使っているらしく、呼び出し音が鳴り続ける。
<出ないでくれ!・・・・出なければ諦められる・・・> 表面上ではそんな言葉を浮かべつつ、心の底では、咲子の声を求めていた。
「はい。」
電話の向こうで・・・・咲子の声が聞こえた・・・・・。
「もしもし?林ですが・・・・どなたですか?」
政博は・・・その声を聞いて、何も考えず言葉を口にしていた。
「咲子・・・。」 「・・・・・・・・・野島・・・・さん?」 電話の向こうで躊躇い困惑する咲子の様子が感じ取れる。
「咲子・・・やっぱり奈津子とは幸せになんかなれない・・・・。」
<このままじゃ、僕も奈津子もダメになる・・・・>
咲子は弱音を吐く政博の話を、何も言わずに聞いていた。 政博は気持ちを吐き出し続け・・・・・最後に、救いを求めるように言った。
「会いたい・・・・。」
この時の政博には咲子が必要だった。 奈津子の元へ帰っていくためにも、咲子が必要だったのだ・・・・。
咲子は、会いたいと言った政博の願いを叶えてくれた。 待ち合わせの場所は、付き合っていた頃よく待ち合わせに使ったデパートの前。
夜の繁華街は人通りが多く、人ごみの中をかき分け、待ち合わせ場所に急ぐ。 早く会いたくて、とにかく早く会いたくて・・・・。
<もう少しでデパートが見えてくる。そうすれば咲子に会える> そう思った時。
「政博さん!」
・・・懐かしい声が耳に入り、政博の目に咲子が映る。
<・・・僕が見つける前に咲子の方が、僕を見つけ出してくれた・・・>
政博の元に息を切らし、駆け寄る咲子。
「咲子・・・。」
政博の前に立つ咲子の姿は、昔と何も変わっていなかった。
ガクンと電車が揺れ、政博は過去から現在へと引き戻された。
・・・結婚してから1度だけ、奈津子を裏切った過去の記憶・・・。
奈美江から聞いた、咲子と自分の子供のことを思い・・・辛そうに俯く・・・。
<あの日・・・咲子は何も言ってくれなかった・・・>
優子を身篭ったのは政博と別れる少し前だ。
再会したあの時には、もう優子はこの世に誕生していた。
政博の知らない所で、咲子は優子を育て、生きてきた・・・・そう思うとたまらなくなる。
<なのに、あの日咲子は自分のことは一切言わず、僕の気持ちだけを受け止めてくれた・・・>
咲子は、昔のままの、大好きだった笑顔で政博を迎えてくれた・・・・。
政博の大好きな笑顔。
・・・・・・・・政博と咲子は・・・知らなかった。
あの日、政博を待ちながら、幸せそうに微笑んでいた咲子。
その笑顔に、気持ちを奪われた魔法使いがいたことを・・・。
あの時の笑顔を見て恋に落ちた魔法使いがいたことなど、咲子は知るよしもなかった・・・。
「じゃあ、会社に行ってくるね。」 朝、健太郎はいつもの通り、カー助に見送られて家を後にした。
<昨日、せっかく時間作ってもらえたのに告白出来なかったからな・・・・>
今日こそ気持ちを伝えよう!・・・と、張り切る健太郎だった。
健太郎が大好きな咲子の笑顔。 その中でも、初めて咲子を見た時の、あの笑顔が一番好きだった。
でも・・・咲子にとっては・・・・・・思い出したくない、消し去りたい過去を
背負った笑顔だった・・・・。
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