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愛憎@

『でも・・・彼の幸せを願ってる・・・・。』



咲子の言葉が健太郎の耳にずっと残っている・・・。



健太郎と関口は、小さな焼き鳥屋で飲みながら、しばらくの間何も言わずに、
黙り込んでいた・・・・。

少しだけ酔いが回った健太郎が、ポツリと呟いた。

「・・・どうして咲子さんが一人ぼっちにならなきゃいけなかったんだろう・・・。」
「どうしてだろうな。」
「・・・何でお互い好きだったのに・・・別れなきゃいけなかったんだろう・・・。」
「何でだろうな。」
「・・・みんな・・・どんな気持ちで答えを出したんだろう・・・。」
「どんな気持ちだったんだろうな。」
「・・・関口さんでもわかりませんか・・・?」
健太郎の言葉に、関口は苦笑いした。
「わかるわけないだろう。」

<自分の気持ちだってわからない時があるのに・・・・>
そう思い、ため息をついた・・・。


<もしかしたら・・・・>
もしかしたら当事者たちだって、わからないまま結論を出したのかもしれない・・・
関口はそんなふうに考えたりもした。



健太郎は自分の左手首を見つめ、奈津子のことを考えた。

好きな人が去っていくのが辛くて悲しくて、命を捨てようとした奈津子。
その気持ちに政博は振り返り、大好きだった咲子を置き去りにして・・・奈津子を選んだ。
結果的に、奈津子の行動は政博の気持ちを繋ぎとめた。


「・・・魔法の一つに・・・心を操れるものがあるんです。」
「へぇ・・・・。」
「その魔法を使えるのは、優秀な魔法使いだけなんですけどね・・・。絶対に使わないという
誓いを立てて、初めて伝授されるんです。」
「使っちゃいけない魔法なのに、何で伝授してもらえるんだ?」
「魔法の技術を向上させるために教わるんです。」
「・・・使っちまったら何か罰があるのか?」
「・・・思い知らされるんです。魔法を使って手に入れた心なんて悲しさしか残さない。
この魔法をかけられた心はもう元には戻らない。大切な物は二度と戻らない・・・。
そのことに気が付き、自分で自分を裁くことになるんです・・・。」
「・・・・・・・。」
「だから・・・それが分かっているから、誰もこの魔法を使わない。」


奈津子のことを考えた時、この魔法のことを思い出した・・・。



健太郎は、ぼんやりと日本酒の入ったグラスを眺めた。

「・・・奈津子さんは幸せになれたのかな・・・。」
お酒をひと口飲んで、言葉を続けた。
「・・・・・政博さんは幸せになれたのかな・・・。」
「どうだろうな・・・。」


自分が政博の立場だったら、どうしただろう・・・健太郎は、いくら考えてもわからないでいた。
けれど、咲子のことを想うと、政博に対し憤りを感じる自分の気持ちにも気が付いていた。

そして・・・それとはまったく別の感情も湧き上がっている・・・・。


「林先輩にとって、野島さんは・・・本当に過去の存在なんでしょうか・・・。」

今でも彼の幸せを願っている・・・その言葉を言った時の咲子の姿を
思い出す度胸が痛くなる。

「・・・本当は、今でも好きなんじゃないでしょうか・・・・。」
健太郎の辛そうな言葉。
「・・・好きかもしれないな。」
関口はグラスに日本酒を注ぎながら答えた。
その言葉を聞き、健太郎はテーブルに突っ伏した。

「・・・辛いです・・・。」

咲子のことが好きで好きでたまらなくて、とても辛くて・・・胸が痛い。
それに・・・どんな人かもわからない、会ったこともない政博に対し、今まで感じたことのない
感情が湧き起こる。

咲子が好きになった人。


<どんな人なんだろう・・・・・>



見知らぬ相手が、自分にないものを沢山持っているように思えた・・・。
咲子が好きになった相手。
一緒にいられなくても、奈津子の元へ行ってしまっても
それでも咲子は幸せを願っている・・・・。
それくらい、咲子の気持ちを捕らえて離さない人。


<俺、矛盾してる・・・・>
以前、咲子に聞かれた言葉を思い出す。


『ねぇ・・・田中君は・・・好きな人の幸せを心底願うことが出来る?』
『・・・その人が自分の傍にいてくれなかったとしても・・・純粋に幸せだけを願うことが出来る?』
咲子の言葉を思い出す。

『・・・願うこと・・・出来ます。』
<俺、そう答えたよな・・・・>


『寂しくて悲しいけれど、その人が幸せになれるなら・・・。』
健太郎は自分が言った言葉に、クスッと笑い、辛そうに目を閉じる。

自分ではそう答えておきながら、今の咲子の姿を見ていると切なくなる。

<林先輩に辛い思いをさせた人なのにどうして?>
そんな言葉を心の中で叫んでいる自分が嫌だった。





健太郎の中で、政博の存在が大きくなり、そのことを考えると・・・どんどん自分が
卑屈になっていくような気がした・・・・。


・・・・嫉妬・・・?
健太郎は、その時初めて、自分が政博に対し嫉妬していることに気が付いた。




「俺・・・嫉妬してる・・・。」
健太郎の呟きを聞いて、関口がまじまじと健太郎の顔を見る。。
「・・・田中?」
「・・・野島さんに嫉妬してる・・・。」
少しショックを受けたように呟いている健太郎に関口は
呆れたようにため息をついた。
「お前なぁ・・・。嫉妬くらい俺なんか日常茶飯事だよ。もー嫉妬のオンパレード!」
あっけらかんと、笑いながら言い切る関口に、健太郎は首を傾げた。
「・・・辛くないですか?そんな自分・・・・・・嫌じゃないですか?」
「辛いし、俺って情けないなーとか思ったりもするけど・・・・でもな・・・。」
関口は苦笑いした。
「でも、俺、昔はそんな気持ちからも逃げてたから。」
「逃げる・・・?」
「最初からあきらめて、自分の気持ちに目を向けないでいた。
本当はどうしたいかってことを考えず、あきらめてしまえば傷つかずにすむ。
嫉妬せずにすむ。・・・・でもな。」
「・・・・・・でも?」
「そんな気持ちから逃げてた自分より、今の自分の方が気に入ってるんだ。」
関口はニコっと笑った。


「・・・関口さんは、林先輩のどんな所が好きなんですか?」
健太郎の言葉に、関口は少し微笑みながら答えた。
「全部♪」
「好きだなって気付いた瞬間って・・・どんな時でしたか?」
「うーん、本気じゃなかった時は外見と、なかなか堕ちないとこが気に入ってて
・・・で、本気になったのは・・・・すごい人だなって思った時だな・・・。」
「すごい?」
「ああ。優子ちゃんの存在を知ってから、過去何があったかは
ある程度の想像はしてたけど・・・まあ、想像以上の話しだったけどな。
・・・・・・彼女いつも明るく元気に笑って、弱音も吐かないで優子ちゃんを
守って生きてきたって知った時、すごいと思った・・・・。で、そう思ったら・・・・。」

そこでいったん言葉を切って、ちょっと照れくさそうに頭をかいた。
「好きだなぁって感じて、守りたいと思った。俺の前では弱音を吐いて
欲しいなって思ったんだ。」

健太郎は一瞬目を見開いて関口を見つめ、その後ちょっとシュンっとするように
視線を落とし俯いた。
「・・・・関口さんかっこ良過ぎ・・・。」
「今頃気が付いたか。」
関口は、内心照れまくっていたが、それを隠すように笑った。


「田中は・・・・?」

関口に聞かれて、健太郎は顔を上げた。


「俺は・・・・・・」

健太郎は、初めて咲子に出会った日のことを思い出す・・・。
友達と人間界へ遊びに来て、咲子に出会った。
出会ったと言っても、咲子はその時点では健太郎の存在など知らない。
人間のふりをして、街を見物していた健太郎の目に、咲子の姿が飛び込んできた。
夜の繁華街。あるデパートの入り口の隅で咲子は立っていた。

何となく目が離せなくなり、少し離れた所からぼんやりと咲子のことを見つめていた。

時折腕時計を見ながら、誰かを探すように視線をさ迷わせる咲子。


<誰かと待ち合わせでもしているのかな・・・・?>
そんな風に考えながら、ずっと見つめていた・・・。


そして、その誰かを見つけたのであろうか・・・・
咲子の瞳が大きく見開き、とびっきりの笑顔になった。

その笑顔を見た時、健太郎はドキッとした。
心の中に花が咲いたような気持ちになった・・・・。


その後、咲子はその場から足早に歩き出し、人ごみに消えて行った。
待ち人の所へと去っていったんだろう・・・・。



<誰のことを待っていたんだろうな・・・・>
健太郎は咲子が去った後も、しばらくその場に立ち尽くしていた・・・。


咲子の笑顔が、健太郎の心に刻み込まれた。


「・・・笑顔」
「笑顔・・・?」
健太郎は頷いて、微笑んだ。

「俺はまだ魔法の国の住人で、人間界に遊びにきた時に
街で見かけた林先輩の笑顔がどうしても頭から離れなくて・・・。」
「・・・で、魔法の国を飛び出してきたと・・・。」
「はい。」

健太郎の初恋。
・・・・・一目惚れだった・・・・。


「人間界に来て、林先輩のことを知る度に、もっともっと好きになっていって・・・。」
健太郎は、自分の大切な気持ちを言葉にする。
「そっか・・。」
関口は柔らかな笑顔を浮かべた・・・・。





彼女がいるとそれだけで嬉しい。
彼女が笑っているともっと嬉しい。
・・・自分が彼女を笑顔にすることが出来たら・・・もっと嬉しい・・・・。








「なあ、田中。俺は林さんに気持ちを伝えるぞ。」
突然関口が、気合の入った声を上げた。
「・・・関口さん?」
「今日決心した。」

関口は、腕を組んで真剣な面持ちで健太郎を見つめた。
「野島ってのがどんな奴だか気にもなるし、そいつに対する林さんの気持ちも気になる。
でも、とにかく自分の気持ちを伝えないことには何も始まらない。」
「・・・何も・・・・始まらない・・・。」
健太郎はお正月にカー助に言われたことを思い出す。

「・・俺は、もっと自分が林先輩に相応しい、頼りになる男になってから
気持ちを伝えようと思っていたんです・・・・。」
「お前、そんなの待ってたら林さん、お婆ちゃんになっちゃうぞ。」
「・・・・・・・・。」
健太郎はその失礼な発言に目で抗議した。

「なあ、田中、俺は今のお前、すごい強敵だと思ってるぜ。」
「強敵?」
「だってそうだろ?俺たち恋敵だろ。」
「それはそうですけど・・・。」


関口はニコッと笑って「お互い頑張ろうな!」と言った。







<お互い・・頑張ろうな・・・か・・・>
関口は自分の言った言葉に可笑しさを感じた。
咲子のことを想いながらも、心のどこかで、自分の恋より、
健太郎の恋を応援している自分がいたからだ。

経験不足だからこそ、純粋でいられたお馬鹿な元魔法使いでいて欲しかった。
<・・でも・・・人間界じゃ難しいかな・・・>
・・・それでも、そのままでいて欲しかった。

<俺・・・どっかで憧れてんのかな・・・こいつに・・・>

関口は、そんなことを思いながら、目の前で考え込んでいる健太郎を見ていた・・・。




















「おーい、カー助君、いるかぁ。」
「カー助今帰ったよ〜俺だよ〜健太郎だよ〜。」
あまり酔っていない関口と、結構酔っぱらっている健太郎のご帰還。


玄関までカー助が慌てて飛んでくる。
「ええい!うるさいなぁ!早くドア閉めろ!近所の迷惑を考えろ!」
関口から電話をもらい、今日は遅くなると聞いていたが・・・・。
<まさか夜中の2時まで飲んでくるとは思っていなかったぞ・・・>


「ほい、お前の大事な親友。無事届けたからな。」
関口は健太郎の背中を軽く押した。

「関口さん、泊まってかないんですか?」
くるんと振り返ってニコっと陽気に笑う健太郎に、関口はぺコンと軽くデコピンした。

「俺は帰る。お前も大人しく寝ろよ。」
そう言ってにこやかに去って行った・・・・。


健太郎は、しばらくデコピンされたおでこに手を当てて、玄関で俯いていた。

「・・とりあえず、部屋に入れよ・・・・。」
「うん・・・。」

さっきまでの陽気さはなく、俯きながらのろのろと靴を脱ぐ。

部屋に足を踏み入れたものの・・・壁に背中を預け、ずるずると座り込む。
後から、ピョンピョン飛び跳ねて健太郎の傍にやって来たカー助。

関口からの電話で、何があったのかは大雑把には聞いていた。
健太郎の心の動揺もずっと感じていた。

「健太郎・・・明日も会社だろ?もう寝なきゃ・・・。」
カー助は健太郎の顔を、下から覗き込み優しく言った。
「カー助・・・俺、わからないことが多過ぎて・・・頭パンクしそう。」
「そうだろうな。・・・・慌てるなよ。」
「でも・・・急がないと・・・。」

急がないと、自分だけ置いていかれるような気がする。
わからなくても、前に進まないと・・・・・。

<今の俺なんかじゃ・・・・・・>
今の自分では政博にも関口にも勝てないと思った。
そんな気持ちになったのも初めてで・・・。
健太郎は、焦る気持ちばかりが空回りして・・・胸が痛かった・・・・。

2001.12.7

うわあん。健太郎・・・どうしよう。
しかし・・・↓下の絵、カー助と関口なんだが・・・カー助が
カラスに見えない・・・・(汗)・・・修業します・・・。
相変わらず高校生だし・・・(涙)