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ホントの気持ち@

季節は秋。
メニューにつられて頼んでしまった・・・。
「松茸ご飯♪」
「・・・田中・・・飲みに来たのに定食を頼むなよ・・・。」
真向かいに座っていた所長が呆れたように言った。

健太郎達は、安くて美味しい和食を出す飲み屋に入った。
人数が多めだったこともあり個室に通された。わりかし広い和室の部屋。
営業所の所長は押しは弱いが温和で優しい人物だ。
他の同僚もきさくな人ばかりだ。
だから上司と一緒の飲み会といっても、いつもほのぼのとしていた。
でも今日はやっかいな人物、関口がいた。
関口は当然咲子の隣に座り、しきりに話し掛けていた。
健太郎はその関口の隣に座っていた。

「ねえ、今度ドライブに行こうよ。」
「いえ、休みの日は色々忙しくて。」
「じゃあ仕事帰り食事は?」
「今仕事も忙しくて・・・。」

関口と咲子の会話が、自然と健太郎の耳にも入ってくる。
初めて2人の会話の内容を聞いた。
鈍感な健太郎もこの時さすがに<あれ?>っと思う。

<もしかして、関口先輩も林先輩のことが好きなのかな・・・・?>
そう思い、少し焦りを感じた。
そんなことを考えていた時、
関口が声のトーンを下げて咲子の耳元で囁く。
「言うことを聞かないと後が怖いよ・・・。」
その言葉を聞き、そろそろ咲子の堪忍袋の緒が切れそうになった時・・・
「あのぉ〜・・・。」・・・と健太郎が関口に話し掛けた。

「何?」
迷惑そうに健太郎の方に視線を向ける関口。
「後が怖いってどういうことですか?」
きょとんとして尋ねる健太郎。健太郎にとって、本当に素朴な疑問だった。他意はなかった。
関口はムッとした顔をした。
「お前には関係ないだろ!」
「でも、まるで脅しているみたいな口ぶりだったんで・・・。」
食い下がる健太郎を睨みつける関口。

「いい加減にしないとお前もただじゃ済まないぞ・・・。」
「ただじゃ済まないってどういうことですか?」
「噂・・・聞いたことあるだろ?」

噂・・・じゃあやっぱり本当だったんだ・・・・・。
健太郎は関口を見つめて言った。
「じゃあ・・・関口先輩を注意した上司が飛ばされたって話、本当だったんですか。」
「ああ。だったら何だよ。」
「それって関口先輩が社長の息子だからですか?・・・だとしたら
それって変です。」

みんなの視線が健太郎に集った。
所長など、ビールを詰まらせ咳き込んでいた。
咲子もその言葉に目を見開いた。


誰もが不満に思っていたことではあるが、こうもはっきり本人を目の前にして
言い切った社員は他にいなかった。

「あなた自身が社長なわけじゃないのに、何でそんなことになるんですか?」
いや、それ以前に誰であっても非を認めなきゃいけない時はあるはずだ。
王様だろうと何だろうと、魔法の国では誰でも、まずは人の意見に耳を傾けてみる。
それに、付き合いの中で大切なのはその人個人のはずだ。
親が何であろうと関係ない。
健太郎はそんな世界で生活してきた。
だから関口のような人間は、とても不思議な存在だった。



自分を真っ直ぐ見つめる健太郎の眼差し・・・・関口は一瞬戸惑い
不愉快な表情をわざと作って席を立った。

「先輩?」
何も言わず店を出て行った関口。
健太郎も慌てて立ち上がり後を追った。

後に残された咲子達は、しばらく無言のまま動けなかった。

所長がボソッと呟いた。
「・・・田中の奴・・・クビにならなきゃいいが・・・・。」

所長は、田中健太郎という部下を気に入っていた。
でも時々健太郎のあまりにも真っ直ぐな気持ちから、目を背けたくなる時があった。
言っていることは間違っていない・・・けれど世の中いろんな理由で信じたことが出来ない場合だってある。
それを目の当たりにさせられると辛いのだ。
一歩間違うと、健太郎の素直さは『配慮がない』・・・という言葉に置き換えられてしまう。
今回のことは確かに健太郎の言う通りだ。みんながそう思ってきたことだ。
<でも・・・田中自身を危うくすることになってしまうのではないか・・・>
所長はそんな不安に襲われていた。


咲子はちょっと考え込んだ後、2人を追って店を出た。


関口は店を出てやみくもに繁華街を歩いていた。
足早に歩きながら思う。
あの『噂』は表面上は事実だ。
でも、そのことで関口本人が何を感じていたかは『噂』とはまったく違っていたのだ・・・。
入社して間もない研修中の自分を、真面目に叱りつけてくれた研修課の年配の課長。
甘やかされていた関口は確かにムカついてふて腐れたが・・・どこか嬉しさを感じていた。
それが何なのか当時はわからなかった。

・・・そのことがあって1ヶ月後その課長は窓際と呼ばれる部署に異動になり、結局定年まで
そこにいた。関口とのことが原因なのは明らかだった。
その頃営業部に配属になっていた関口が、知らないうちにそうなっていた。
その人事異動を知った時ショックを受けたが・・・・結局何もしなかった自分。

健太郎の・・・自分を見る眼差しを見て、その当時の気持ちを思い出した関口。

Kサービスは大企業だ。その社長の息子。彼に近付く人間は『男』も『女』も
彼自身に興味があるのではなく、その後ろにある『社長の息子』という看板に興味があるのだ。

<そんな奴らばかりだった・・・>

忘れようとしていた昔の想い出に胸が痛んだ。


<そんなにすぐに、行き方変えられないんだよ!!>
イライラしながら、心の中で叫ぶ。





「先輩!待って下さい!」
健太郎は関口にようやく追いつき声をかける。
でも無視された。
健太郎は関口の腕にしがみ付いた。

「待って下さいってば!!」
「何すんだよ!」
しばらくもみ合いになる・・・・・そんな2人に道行く人たちの視線が集る。

「俺先輩と話がしたいんです。」
「何だって?」
「俺、ずっと関口先輩と話をしてみたかったんです。」
「俺は話なんかねぇよ!!!手を放せよ!」
「嫌です!俺先輩のこともっとよく知りたいんです!!」

<な・・何言ってんだ?こいつ・・・>
そう思った時、はたと気が付いた。
ここってば・・・色とりどりのネオンが光るホテル街・・・。
ば・・・馬鹿野郎!男2人でこんなところでこんな会話していたら誤解されるじゃないか!!
周りの視線が痛いーーー・・・と関口は心の中で叫んだ。
なおも食い下がろうとする健太郎の口を手で塞ぎ、ずるずると引きずるようにしてその場を逃げた。


大通りの繁華街へ出た時、咲子と出くわした。

「林さん・・・。」
関口が自然に健太郎を押さえ込んでた手を放す。
口を塞がれていた健太郎。ようやく解放され言葉を口に出来た。
「林先輩。」
「関口さん・・・田中君・・・。」
咲子は2人を見つけたものの、どういう態度をとればいいのかわからず戸惑った。


「とりあえず飲み直しませんか?」
にっこり笑う健太郎。

健太郎の笑顔に引き込まれるように、2人は躊躇しながらも頷いた。





小さな居酒屋に入りとりあえず乾杯。
飲み始めてしばらくは気まずい雰囲気で、そんな空気を察することのない健太郎だけ
陽気に話をしていた。

お酒も入り・・・少し酔って来た関口。
健太郎を見て、不思議な気持ちになってくる。
<何でだ・・・?俺どうしちゃったんだ?>
今・・・とても話を聞いて欲しくなっている自分に気が付く。

話したって今までとどうせ何も変わらない・・・・そう言い聞かせ気持ちを押さえ込もうとしたが
口が勝手に動いていた。

「誰も俺のことなんか、見てやしないんだ・・・・。」
関口の・・・本当の気持ち・・・・・。

2001.9.16  

これはもうラブコメではない。ヒューマンドラマファンタジーだ(何だそりゃ?・・・汗)
いや、もちろんラブの部分もある予定だが・・・・。