戻る

過去@

「奈美ちゃん。どうしたの?」

奈津子は、いつもは陽気な姉、奈美江がいつになく口数が少ないのを
不思議に思い、心配そうに尋ねた。

「あ・・・ううん!何だか食べ過ぎで胸焼けしちゃって・・・・。」
「なぁんだ。奈美ちゃんらしい。」
小さな声で可愛らしくクスクス笑う奈津子を見ながら、
<双子なのに笑い方ですら、こうも違うとはね>と
苦笑いする。

浅井家の元旦の風景。
居間で家族団欒が続いている。
政博と両親が和やかに話をしている。
奈津子も楽しそうだ。
そんな雰囲気に・・・奈美江だけが取り残されていた。



1月1日、毎年奈津子と政博は夫婦そろって浅井家に挨拶に来る。
政博の両親はすでに他界しており、新年の挨拶といえばまず浅井家に訪れるのだ。

奈美江は家を出て一人暮らしをしている。
会社へは実家からの方が通いやすいのだが、早く自活したかったので
就職と共に家を出た。
一昨年の正月は会社の同期と温泉旅行、去年は学生の時の友人とスキーに行っていたので、
今年は絶対帰って来いと両親からきつく言われていた。

本当は今年も逃げ出したかった。
もっとも・・・今年の理由は遊びたいからじゃなく・・・咲子のことがあったからだ。
奈津子と政博と、出来ることなら会いたくなかった。


「今日はね、重大発表があるの。」
嬉しそうに笑う奈津子。


「ね、政博さん、そろそろ発表しよう。」
奈津子にそう言われて、隣に座っていた政博は照れくさそうに微笑んだ。

きょとんとした顔で両親が政博と奈津子を見つめる。
奈美江も2人に視線を向けた・・・。



「今年の秋には僕達、父親と母親になります。」

政博の言葉に両親は目を見開いた・・・。

「それって・・・妊娠したってことなの?奈津子ちゃん・・?」
母親が嬉しさで声を震わせながら確認する。


奈津子は頬を赤らめ頷きながら微笑んだ。


「私、いよいよ母親になるの・・・・。」
お腹に手を当て、幸せそうに微笑む・・・。


奈津子のお腹の中には新しい命が宿っている。
2人を祝福する両親。

そんな風景を、奈美江はぼんやりと見ていたが・・・・・・動揺する自分を抑え、
なんとか「おめでとう・・・・」と、祝福の言葉を口にすることが出来た・・・・。

笑顔で子供が出来たことを報告する政博・・・奈美江はそれを見つめながら
考えていた・・・。
今だけじゃなく、優子のことを知ってから・・・・ずっと考えていた。

<政博さん・・・子供の存在は知らないはずだ・・・>

奈美江から見た政博は、ちょっと気が弱く頼りないけれど、優しい男だ。
もし、優子の・・・自分の子供の存在を知っていたら・・・認知すると言い出したに違いない。
そうであれば、大騒ぎになっていたはずだ・・・。
でも、奈美江の知る限りではそんなことにはなっていない。

<いや・・・奈津子の気持ちを考えたら、子供のことなんて言えやしないか・・・>
奈美江はため息をついた。
でも、どちらにせよ思い悩み、苦しむだろう・・・。
もし、そんな秘密を政博が抱えていたとしたら、敏感な奈津子が気が付かないはずがない。

今・・・目の前で幸せそうに笑う2人からは、そんなことは微塵も感じられない。

<政博さんは・・・きっと何も知らない・・・>
・・・そう思っていた・・・。

<林咲子さん・・・・>
奈美江は目を閉じ・・・・・・・・・あの暑い夏の日を思い出す。




『申し訳ありませんでした』

咲子の言葉。
今でも耳に残っている・・・・。

自分を支えるだけで、精一杯だっただろうに・・・・震える声で、でもはっきりと
謝罪の言葉を口にした咲子の姿を、奈美江は今でもはっきり思い出せる。

そんな咲子を、明らかに責めるような眼差しで見つめる両親・・・・。
その時、奈美江は自分の親の態度に理不尽さを感じていた。

あの日、あの時、奈美江だけは咲子の味方だった・・・・でも、庇うことは出来なかった。

何も言ってあげられなかった。

<彼女はこれっぽっちも悪くない>
心の中ではそう思っているのに、言葉にすることは出来なかった・・・・。

<そう・・・林さんは悪くない・・・・>
奈美江はその当時でも、今でもそう思っている。

<一番・・・許されないことをしたのは・・・奈津子だ・・・・>
奈美江は、そう思っている。
でも・・・それでも、奈津子には幸せになって欲しいと思ってきた・・・。
・・・・妹には、これからだって・・・ずっと幸せでいて欲しいと願っている。






1月4日
Kサービスの仕事始めの日だ。
まあ、仕事始めと言っても、Kサービスでは一部の部署を除き、
軽くお酒を飲みながら新年の挨拶をして、午前中で終わる。

健太郎たちの営業所でも、事務所でちょっとした飲み会をしていた。

「さて、そろそろお開きにしようか」
・・・と、所長が言った時
「明けましておめでとうございます〜。」・・・と、元気良く関口が入ってきた。

でも、みんなの雰囲気を感じ取り、一足遅かったことを知る。
「なんだ・・・もうお開きか・・・・。」
残念そうに肩をすくめる。
「相変わらず元気ですね〜。」
飲み会の後片付けを始めながら健太郎は笑った。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくね、関口さん。」
咲き子も笑って挨拶をした。

「今年もよろしくお願いします♪」
関口は営業所のみんなに向かってにこやかに新年のご挨拶をした。



その後、所長達は帰って行き、事務所は健太郎と関口、咲子の3人だけになっていた。
飲み会の片付けも終わり、関口が「もうちょっとどっかで飲んでいかないか?」と
言い出した。

「いいですよ。」
「お!田中、今日はやけに素直じゃないか。」
「だって、どうせ無理やりにだって連れて行く気なんでしょ?」
「当然!林さんはどうする?」
「ん〜・・・少しだけなら、付き合っちゃおうかな・・・。」
「やった!」
咲子の言葉に健太郎と関口は嬉しそうに声をそろえて言った。


「じゃあ、早く店探そうぜ!」
関口がそう言って歩き出した時、電話が鳴った。


咲子は慌てて受話器を取る。
客先からの電話だった。

「・・・あ、少々お待ち下さい。」
咲子は、一旦電話相手の言葉を遮り、保留のボタンを押した。

「問い合わせの電話なの。長くなりそうだから2人とも先に行ってて。
私はここにいるからお店が決まったら電話下さい。」
関口と健太郎にそう言って、再び電話に出ながら<よろしくね>という意味を込めて
手を軽く上げた。




「どこに飲みに行こうか〜。いつもと同じところでもいいかなぁ・・・。」
「でも、確かあそこは4日までお休みするって書いてありましたよ。」
営業所を後にして、寒空の中、飲み屋を探す2人。









「ふぅ・・・」
咲子は小さなため息と共に受話器を置いた。
請求書の金額に対する問い合わせの電話で、説明し終わるのにずいぶんと時間がかかってしまった。

<関口さん達から電話がきた後・・・休日用の留守番電話に切り替えなきゃね・・・>
咲子はイスに背中を預けて
静まり返った事務所をぼんやりと見渡していた。


ふいに・・・人の気配を感じる。

出入り口に目をやると・・・・・・奈美江が立っていた。


「・・・・・・・・・・。」
咲子は目を見開き、何も言えず・・・ただ奈美江を見つめていた・・・・・。




「突然ごめんなさい・・・・。どうしても貴方に聞きたいことがあって・・・・。」
奈美江は、躊躇しながら言葉を口にした・・・。


「少し・・・お時間いただけるかしら・・・・。」
奈美江の言葉に咲子は黙って頷いた・・・・・。




咲子は12月の人事異動を知った時、いつかこういう日が来ると思っていた。


<・・・知られちゃった・・・・・>
咲子は俯いて・・・・目を閉じた・・・・。

2001.11.27 ⇒

・・・・・・さて・・・段々笑えるシーンはなくなっていくぞ・・・・ガンバレ健太郎(汗)
・・・・つーか、頑張らなきゃいけないのは私だ(滝汗)