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魔法使いと人間とC

映し出された咲子の情報。

家族の情報欄に優子の名前があった。


「うそ・・・・この優子って子・・・・・・・・まさか・・・・。」
生年月日を見て・・・・奈美江は青ざめる。




「こんなことって・・・・。」
パソコンの前で立ち尽くしていた奈美江。
そんな奈美江の姿を見つけた賀子は首を傾げた。
西田賀子は奈美江より1年後輩だが、入社した時から人事部にいるので
この部署の仕事の面では先輩だ。

「先輩、どうしたんですか?」
賀子は近寄りながら声をかけ、奈美江が釘付けになっている画面に視線を向ける。

「あ・・・林さんのこと、まだ聞いてなかったんですね。」
「あの・・・彼女って独身で・・・子供・・・。」
「彼女は未婚の母。・・・でもそのことは、彼女の希望で、必要最低限の人しか知りません。」
「希望・・・。」
「色々噂する人もいるだろうし、本人もそれが嫌でそう申し出たんじゃないかと思いますが・・・。」

違う・・・
彼女が、子供のことを隠す理由は別にある・・・・。
・・・奈美江はそう感じた。

「人事部は社員のプライバシーが集まっています。もちろん他言無用、秘密厳守ですよ。」
賀子はそう言ってパソコンルームから出て行った。

奈美江は賀子が去った後もしばらく動けずにいた・・・。

イスの背もたれに背中を預け、深くため息をついた・・・。

「・・・知りたくなかった・・・こんなこと・・・。」

<林さんが子供のことを隠さなきゃいけなかったのは・・・私に知られたくなかったからだ>
奈美江にはそのことがはっきりとわかった。
それと同時に確信した。
優子が誰の子供か・・・ということを。

書類にもデータにも優子の父親の名前など、どこにも記されていない。
でも、奈美江には、優子の生年月日を見れば誰が父親なのかわかってしまう・・・・。


「奈津子になんて言えばいいのよ・・・。」
そんな言葉を口に出してみて・・・・即座に首を振る。

<絶対に言えない!言える訳ないじゃない!こんなこと>
奈美江は混乱する頭でも、そのことだけはわかった。




浅井奈美江 29歳。ちょっとお嬢様風の、華がある外見だ。
性格はさばさばしていて爽やか、細かいことは気にしない楽天家だ。
・・・彼女には双子の妹がいる・・・・。
妹の名前は奈津子。
外見はそっくりだが、奈津子は奈美江とは正反対の性格で、
酷く大人しく、内にこもる性格なのだ。



<今せっかく幸せそうに暮らしているのに・・・こんなこと言えやしない。
・・・ただでさえ奈津子は政博さんに負い目を感じている>

野島政博・・・・奈津子の夫。
・・・・そして、優子の父親だ・・・。

奈美江は、まいったなぁ・・・・頭を抱えた・・・・。





関口は客先へ行く途中、咲子に会いに病院へ立ち寄った。

「調子良さそうだね。」
咲子の元気そうな様子を見て安心して笑った。

咲子はベッドで身体を起こし、本を読んでいた。
その横で優子は気持ち良さそうに眠っていた。

「おかげさまで元気いっぱい!たぶんすぐ退院できると思う。」
「そりゃ良かった。あ、これお見舞い。」
関口は手に持っていた、綺麗にラッピングされたお菓子の包みを手渡した。

「ありがとう・・・。本当にみんなに心配かけてしまってごめんなさいね。」
咲子が申し訳なさそうに詫びると、関口はニコッと笑った。
「そんなこと気にするなって!みんな勝手に心配してるんだから。林さんの人徳人徳!」
そう言った後・・・・・・関口は少しためらいながらも口を開いた。
カー助が言っていた話を咲子にも聞かせる為に。

健太郎の魔法は、健太郎自身の命取りになることを包み隠さず話した。

それを聞いた咲子はショックを受け、少し怒ったように呟いた。
「田中君・・・・そんなこと一言も言わなかった。」
咲子と優子のために使った魔法のことを思い・・・・咲子は胸を痛めた。

命取り・・・そんな魔法を使われたら怒らずにはいられない。
<それが私のためならなおさらだ>と・・・咲子はため息をついた。

健太郎は何の打算もなく、ごく自然に魔法を使ってしまった・・・・
それがわかるからこそ怖くなる。


「・・・・別に林さんがそんなに辛そうな顔することないよ。田中の馬鹿が
勝手に使った魔法だ。」
「でも・・・・・・。」
「断じて気にすることない!」
そうきっぱり言い切る関口に、咲子は苦笑いを浮かべ「そうね・・・。」
と言った。

「・・・ただ、もしこれから先、あいつが魔法を使いそうになってたら止めて欲しいんだ・・・。」
咲子は関口を真っ直ぐ見つめ、頷いた。

「引っ叩いてでも止めるわ!」
「平手じゃなく、グーでいいよ、グーで!」
関口は悪戯っぽく笑って、握り締めた拳を胸の辺りにかざした。




関口が去った後・・・咲子は優子の寝顔を見ながら健太郎のことを考えていた・・・。

<田中君・・・何で貴方って、人のためにそんな風に振舞えるの?>
何の迷いもない目で、真っ直ぐ見つめる瞳を思い浮かべる。

魔法の国・・・そこで育った魔法使いたちはみんな、心が晴れ渡っているの?
自分を卑下することもなく、自分の醜い心を見ることなく生きてきた魔法使い。
子供のような純真な心・・・ううん少し違う。
純真と言うより・・・気持ちの歪みを知らない心。
きっと、傷つくことなく、傷つけることなく・・・・人を恨んだりすることなく生きてきた
真っ白な心なんだ・・・・。
だからあんなに澄んだ瞳で、あんなに暖かな笑顔を誰にでも向けられるんだ・・・。
咲子が思い浮かべるイメージ。
健太郎に対して、そんなイメージを持っている。

<貴方の目には、私はどんな風に映っているのかしらね・・・>
咲子は、言いようのない胸の痛みと苛立ちを感じ・・・ため息をついた。



健太郎は定時で仕事を終わらせ、タイムカードを押した。

<今日はクリームシチューにしようかな>
夕食のメニューを思い描きながら病院へ向かう。



健太郎は、優しさに包まれて育ってきた。
それが当たり前のように生きてきた。
自分を否定されることもなく、劣等感や恨みを抱くことなく生きてきた。
自分の中に生まれる、嫉妬や憎しみ・・・そんな辛い感情など知らずに
生きてきた。

・・・それは幸せなことなんだろうか?

健太郎の子供の頃の話・・・。
魔法学校で実力テストがあった。
1人1人、魔法の実力や特性を学校が把握するためだ。

あまり良い成績が取れない健太郎。
特に攻撃魔法の成績は悲惨なものだった・・・。
それでも一生懸命頑張ったので胸を張って成績表を持って帰ってくる息子を
両親は笑顔で迎える。
「モクモクは男の子なのに闘争心がなさ過ぎるなぁ。のんびりしているし・・・。」
健太郎の父親は、健太郎に負けないくらい穏やかな自分のことを棚に上げて、
そんなことを言った。
どちらかというと男の子は攻撃的な魔法に興味を示し、女の子は防御、身を守るための
魔法を好んで覚える傾向にある。
健太郎は攻撃魔法より、好んで防御や心を和ます部類の魔法を覚えた。

「あら、別に良いじゃないの。ね、モクモク。」
父親の言葉に母親は微笑みながら反論する。
いつものんびりしている母親は、幼い健太郎を抱きしめ頬にキスをする。

「そうだな。」
父親も微笑み、愛しそうに健太郎の頭を撫でる。

「優しい子に育ってくれればそれで良いの。優しさは何よりも強いことなのよ。
モクモクは強い子よ。」

幼い健太郎には、優しいということも強いということも、よくわからなかった。


「また満点取れなかった!」
キリーはとても難しいレベルのテストで、信じられないような好成績を残しながらも、
自分自身では納得いかなかったらしく、よく悔しがっていた。

魔法の国では誰かと比較され、怒られたり、けなされることはない。
<なりたい自分。自分が思い描く理想の自分>をみんな自然に目指しているのだ。
自分で自分には嘘をつけない。
どれくらい頑張ったか、自分で自分にOKが出せればそれで良いのだ。


心が自由な世界・・・。


それでも大人になるにつれ、色んなことを経験し、心が傷ついたり、傷つけたりしてしまう。
心がある限りそれは避けられないことだ。

自分の中で湧き上がる・・・『嫉妬』『劣等感』『憎悪』・・・感じる本人にとっても、
とても辛くどうしようもない感情。
健太郎は、そんな感情を理解していない・・・・。
頭では解っていても、心では解っていないのだ・・・。






「林先輩。遅くなってすみませんでした。」
元気一杯に病室へ飛び込んでくる健太郎。



とびっきりの笑顔。咲子がどんどん元気になっていくのが嬉しいのと
顔を会わせることが出来る嬉しさと、ダブルで幸せなのだ。
・・・でも、病室には咲子と優子の姿はなかった。

「あれ?」
きょとんとしていると、後ろから声がした。
「お疲れ様。いつも元気一杯ね。」
「あ、先輩。」
振り返ると、優子と手を繋ぎ、くすくす笑っている咲子の姿があった。
もうすっかり体調も良くなり、ベッドで寝ているのも辛くなってきたので
今日は優子と病院の庭を散歩したりもしていたのだ。
今も売店で買い物をしてきたところだ。

「明日退院できることになったの。」
「え!本当ですか!良かったぁ〜。」
「だから・・・あと今夜一晩・・・申し訳ないけれど優子のこと、よろしくお願いします。」
「はい!」
「ありがとう・・・。本当に・・・迷惑かけてごめんなさいね・・・。」
咲子は軽く頭を下げた。
「ちっとも迷惑なんかじゃないですってば!優子ちゃんがいると楽しいし。」
そう言いながらしゃがんで優子に微笑む。
優子は咲子から手を離し、健太郎に抱きついた。

優子の態度を見て、咲子はクスっと笑った。

「下まで見送るわ。あまり遅くなるとカー助君もお腹を空かせて待ちくたびれてしまうでしょう。」
健太郎は、咲子の口からカー助の名が出て驚き、言葉を詰まらせた。
その様子を見て、咲子は言葉を付け足す。
「関口さんから聞いたの。お話しするカラス君ですってね。優子とも仲良しらしいし、今度会わせてね。」
「関口さん、来たんですか?」
「昼間、お見舞いに来てくれたの。」
咲子は健太郎の顔を見た後、エレベーターホールへと足を向け、歩き出す。
健太郎も立ち上がり、優子と手を繋ぎ後を追う。

「何だか林先輩も関口さんも、すんなり俺達の存在を受け入れてくれるんで・・・
不思議な気持ちです。」
健太郎はちょっと戸惑いながら、でも嬉しそうに言った。
「う〜ん・・・。確かに・・・自分でも不思議。でも、田中君があまりにも日常に溶け込んでるから
・・・自然に受け入れられたの・・・かな。」
咲子が言い終わると同時に、ポーンという音がし、エレベーターの到着を告げる。
扉が開き、咲子達は乗り込んだ。
咲子は1階のボタンを押した。
他に人は乗っていなくて、3人を乗せたエレベーターが静かに動き出す。

咲子は横にいる健太郎の顔を見つめていた。

その視線を感じ、健太郎は首を傾げた。
「どうしたんですか?」

咲子は・・・考えるより先に言葉を口にしていた。

「ねぇ・・・田中君は・・・好きな人の幸せを心底願うことが出来る?」

咲子の質問の真意がわからず、健太郎はすぐに返事が出来ないでいた。

「・・・その人が自分の傍にいてくれなかったとしても・・・純粋に幸せだけを
願うことが出来る?」
咲子は更に言葉を加え、答えを求めるように健太郎を見つめ続ける。

健太郎は、しばらく考えた後・・・戸惑いながら口を開く。
「・・・願うこと・・・出来ます。」
「たとえ自分が寂しくても、独りぼっちになっちゃたとしても?」
「はい。寂しくて悲しいけれど、その人が幸せになれるなら・・・。」

健太郎は、はっきりとそう答えた。
咲子は健太郎の目を見て・・・・微笑んだ。
その微笑みは、どこか辛そうなものだった。

「あの・・・何でそんなこと聞くんですか・・・?」
健太郎は躊躇しながらも、聞かずにはいられなかった。

咲子はハッとして、慌てて苦笑いする。

「ごめんなさい。変なこと聞いて・・・何でもないの。」
「・・・あの・・・何か心配事でもあるんですか?」
最近元気がないことと、何か関係があるのではないかと思った。


「本当に、何でもないの・・・。」

それ以上、咲子はそのことについては何も言わなかった。







「じゃあね、田中君。優子のこと、よろしくお願いします。」
正面玄関で、健太郎と優子を見送る咲子の笑顔。


健太郎には、その笑顔が・・・何故か泣いているように見えた・・・。






健太郎の姿が見えなくなっても、咲子はぼんやりとその場に立っていた。

小さな小さな声で呟く・・・・。
「田中君・・・あなたのように生きることが出来たなら・・・。」
こんな胸の痛みを抱えずにすむのかしらね・・・
最後の方の言葉は心の中にそっとしまいこんだ・・・。



次の日、咲子は無事退院した・・・・。

2001.11.22 

キャラクター投票してくれた方、感謝です〜!!健太郎が思ったより奮闘してくれているので
ホッとしております。いや、だって、絶対下位の方だと思っていたから。(←ひでぇ作者だ・・・汗)
何回でも投票して下さいね〜。連続でなければ投票出来るはずなので♪
さて、お話の展開はどんどん私の脳みその許容範囲超えていきます(涙)