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魔法使いと人間とB

日が昇り始め、窓から見える空が少し明るくなり始めた。

「・・・関口さん・・・お酒強いのね・・・。」
カー助が酔っ払って、クテッとしながら呟いた。

結局関口とカー助は一睡もせず飲み明かした。

関口はかなり飲んだにも関わらずまったく酔っている風でもなく
身支度をしていた。
「俺、帰るわ。一度家に戻ってから出勤する。」
コートを着ながらカー助にそう告げた。

「じゃあな。田中。遅刻すんなよ。」
壁にもたれて熟睡している健太郎にも、起こさないように小声で挨拶し玄関へ向かう。

カー助は関口を目で追いながら、少しためらいながら声をかけた。
「待って、関口さん。」

ちょっと千鳥足になりながら、カー助は玄関までピョンピョン飛んで行く。

「?何だ?お見送りか?」
きょとんとしながらカー助を見下ろす。

「関口さん・・・。頼みがあるんだ。」
「頼み?」
カー助の真剣な眼差しに、関口もつられて真面目な表情になる。
しゃがみ込んでカー助と目線を合わせた。

「何だ?頼みって。」
「健太郎のことなんだ・・・。」
「まだ何かあるのか?」
「・・・魔法使いを止めた時、魔力を作る魔法玉を抜いたって話は聞いたよな?」
「ああ。だからもうあんまり魔法使えないんだろ?」

カー助は声のトーンを低くして静かに言った。
「あんまり・・・じゃなく、もう使っちゃいけないんだ。」

関口はその言葉に目を見開いた。
「使っちゃいけない?」

カー助は小さく頷いた。
「魔法使いをやめたって、健太郎の身体は魔法使いのままなんだ。魔法使いは魔力が体内にないと
生きていけない・・・。」
「・・・じゃあ、魔法玉を抜いたのに何で田中の奴は生きてるんだ?」
「身体に蓄積されている魔力があるから大丈夫なんだ・・・。」
「へぇぇ・・・・・・・え??!」
関口はここで初めて気がついた。
「じゃあ魔法を使ったらヤバイじゃないか!魔法ってのは魔力を使うんだろ?」
「ああ・・・ヤバイんだよ・・・。」
カー助はため息をついた。


「田中の奴・・・めちゃくちゃ説明省きやがって・・・。」
関口は立ち上がり、起きる気配もなく夢の中にいる健太郎に目を向けた。
「何が『あんまり魔法使えないんです』だ!!馬鹿野郎」
心の中で文句を言う。
見せてもらった『応援花』。あれだって・・・言わば命を削って出したようなもんなのだ・・・・。

「だから関口さん・・・・健太郎をよろしく頼むよ・・・。」
カー助の言葉。
・・・とても重い言葉。

関口はカー助の縋るような目を見て苦笑いした・・・。

『もし健太郎が魔法を使いそうになっていたら止めてくれよ。』
・・・カー助の瞳はそう語っていた。

「・・・・・・田中ってのは一度思い立つとすげぇー頑固だし融通きかねぇし・・・・
よろしくされる方の身にもなってくれよ・・・・。」
関口は頭をかきながら渋い顔をした。
大切な人を守るためならば迷わず魔法を使うだろう。
・・・何も考えず、使うだろう。

「関口さん・・・。」
カー助は、懇願するかのように関口を見つめる。

「田中の馬鹿野郎・・・。」
そう言って俯きながら目を瞑り、大きなため息をつく。

そして静かに目を開けてカー助に微笑む。
「俺の前でそんなことしやがったら殴り飛ばしてでも止めてやる。」

「・・ありがとう・・・。」
カー助は心底感謝する。
健太郎の意志を無視し、関口にこの話をしてしまって良いものかどうか、
迷いはしたけれど、そんなことにはかまってられないと思った。


「どうせ林さんにもそこんとこ、説明省いてんだろうな・・・。」
関口は軽く肩をすぼめ、その後ニヤリと笑った。

「当然言うべきだよな!」
関口は咲子にも伝えるべきだと決めていた。
・・・なにせ・・・咲子の言葉が健太郎にとっては最強のストッパーになるだろうから・・・。

自分を犠牲にしてまでも・・・。
そんな優しさは、時には相手に残酷な傷を残すこともある。
今回の話はその最たるものだと・・・・・関口はそう思った。

「じゃあな、カー助。また飲もうな。田中よりお前の方が酒強いし、飲み甲斐がある。」
「なんだそりゃ・・・。」
カー助は苦笑いしながら関口を見送った。

そんな1人と1羽の会話も知らず、健太郎は夢の中にいた・・・・。

関口が去った後・・・静まり返った部屋。

カー助は、幸せそうに眠っている健太郎を見つめ
「・・・のんきだなぁ・・・健太郎は・・・。」
・・・と、小声でつぶやき、大きなあくびをした。
そして、優子が寝ている布団の隅に潜り込み、すぐに寝息をたて始めた。


完全に夜が明け、朝がやって来た。
健太郎は出勤する前に優子を連れて病院へ行った。
今日から幼稚園が冬休みのため、優子は昼間、咲子の病室で過ごすことになっている。

「おかあさん!」
病室へ入ると優子は嬉しそうに咲子の元へ駆け寄った。

「おはよう!優子、田中君。」
咲子は元気な笑顔を2人に向けた。
顔色も良く、ベッドから降りて優子を抱上げた。
すっかり元気になった咲子の姿に健太郎はホッとし、微笑んだ。

「ありがとう、田中君。」
「その調子ならもう大丈夫ですね。」
「今すぐにだって退院できるわ!」
「だめですよ。ちゃんと先生から許可が出るまでは大人しくしてて下さいね。」
健太郎はそう言ってクスっと笑った。

「じゃあね、優子ちゃん。また夕方迎えに来るね。」
「おにいちゃん、おしごと?」
「うん。」
健太郎は優子に軽く手を振り、病室を後にした。

健太郎がいなくなり、優子は少し寂しそうな顔で咲子に抱きついた。

「優子は本当に田中君が好きなのね・・・。」
「うん。すき。おかあさんも、おにいちゃん、すき?」
咲子は優子の言葉に、少しだけ間を置き
「そうね・・・・。」

あの笑顔を見ていると元気になる・・・・。
でも・・・同時に少し辛くもなる・・・・。

咲子は俯いて、目を閉じた。






その頃・・・
「あちゃ〜・・・またやっちゃった・・・。」
キリーはベッドに寝たまま、目覚まし時計を見てため息をついた・・・。
丸1日、眠ってしまったのだ。
キリーは身体から魔法玉を抜いていないので、人間界の時間のリズムに
身体を合わせにくいのだ。
仕事などをしている時は責任感からか、目覚まし時計にちゃんと
反応できるのだが、それがなくなると平気で1日中寝られてしまう。

「慣れるまでが大変だわよね・・・・・。」
・・・とレイミが眠そうな目をしながら呟いた。

キリーはのろのろとベッドから降りて、顔を洗いに行く。



そして朝ご飯の準備だ。

熱したフライパンに油を引き、卵を落とす。
ジュっと小気味良い音と共に、美味しそうな匂いに包まれる。。
レイミはキリーの肩に乗って尋ねた。

「今日はどうするの?」
「もちろんバイト探し。」
「別に働かなくたって、魔法で生活出来るんだから無理しなくたっていいじゃない。」
「モクモク・・・健太郎だって頑張って働いているんだもん。私だって頑張らないと・・・。」

「ふーん・・・。」
レイミは優しげな目でキリーを見つめた・・・。

<健気よね・・・>

キリーは知りたかったのだ。
健太郎が好きな人間のことをもっと知りたかった。
でもなかなか上手く世間を渡れない。
<人間界のどこがいいのよ・・・>

今のキリーには、まったく理解出来なかった・・・・。








「浅井君、社員の履歴書や入社時の書類の整理してくれないかな。」
「あ・・・はい。」
奈美江は課長にそう言われ、「忙しいのに面倒だな・・・。」と心の中で呟き席を立つ。

奈美江は12月に長年いたM営業所から異動し、この人事部へ配属された。
仕事も様変わりして、覚えることが多くて仕事に追われる毎日だ。


整理を頼まれた関係書類を見てため息が出た。
みんな忙しくてここまで手が回らなかったのか・・・かなりいい加減にファイルされていた。
作業するには机では狭いので、部内の小さな会議室を借りることにした。
関係あるファイルを全て持ち込み、まずは履歴書の整理から始めることにした。

一度ファイルから書類を外し、丁寧に入社順に並べていく。

ふと・・・一枚の履歴書の写真に目が止まる。

「林咲子さん・・・かぁ・・・。」
まさか同じ会社に入社してくるとは思わなかった。
あっちもまさか私がいるとは思ってもみなかったでしょうね・・・・。
奈美江はそんなことを思いながら苦笑いする。
何気なく履歴書の内容を目で追い、ある文字を見て目を見開く。

『扶養家族数』の欄に、『1人』・・・と書かれていた。

奈美江はその文字を見つめ・・・ゆっくりと立ち上がり部屋を出て
パソコンルームへ足を運んだ。

社員の情報はパソコンに全て入力されている。
奈美江は咲子の社員番号を打ち込んだ。

そして・・・
画面に映し出された内容に愕然とした・・・・・・。

2001.11.19 

いよいよ話の本筋に入ってくる〜(涙)もう逃げられない〜(泣)健太郎・・・・思い通りに動いてね・・・(不安・・・)