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秘密D

次の日。
健太郎は優子を幼稚園に送っていった後、会社へ向かった。

少し遅れて出勤した健太郎、所長が気を利かせてくれたらしく行動予定表には
『客先直行』と書いてあった。


昨日の報告をしようと所長の席へ足を向ける。
所長は健太郎の姿に気が付き『ご苦労様』と目配せした。
「藤宮から聞いてるよ。過労だって?」
「たぶん・・・今日色々検査してもらえるらしいので結果が出ないとわかりませんが・・・。」

もともと咲子は今日から休暇の予定だったので、仕事はあらかじめみんなに引き継がれていた.。
おかげで滞りなくその日の業務は進んでいった・・・。







PM4:00過ぎに所長が健太郎を呼びつけ書類の束を渡す。
「田中。これ本社に持って行ってくれ。そのまま直帰していいぞ。」
書類はさして急ぎの物ではないのだが、優子のお迎えが遅くならないように直帰するための口実を
作ってくれたのだ。

本社へ書類を届け正面玄関を出ようとした時、ちょうど客先から帰ってきた関口とバッタリ出合った。

「お!田中。どした?俺に会いに来たのか?」
嬉しそうに健太郎に話し掛ける関口・・・気分はもう<田中と飲みに行くぞ!>状態になっていた。
ちょっと後退りながら「今日は飲みに行けませんよ・・・。」と先手を打って断っておいた。
健太郎のつれない態度に、関口はむすっとして睨みつけた。

「何だよ。まだ何も言ってないだろ。冷てーなー。」
「だって・・・林先輩が入院したんです。病院へ行かなきゃいけないんです。」
「え!!何で?どうして?いつ?」
健太郎の言葉に驚き、次々と質問を投げかける。

「昨日営業所で倒れて・・・原因はまだわかりませんがたぶん過労だろうっ・・てぇ・・え?」
その言葉の最後の方で、関口は健太郎の腕を掴み外へ飛び出していた。
半ば引きずられるようにして関口に連れて行かれる健太郎。
「ちょっと・・・何処行くんですか?」
「病院に決まってんだろ!」
「・・・病院どこだか知ってて歩いてんですか?」

健太郎の言葉にピタッと足を止める。
クルッと振り返り健太郎の胸倉を掴む。
「・・・どこだよ・・・病院。」
自分の早とちりに照れているらしく、少しだけ頬が赤かった。

「その前に・・・優子ちゃんを迎えに行かないといけないんです」
関口はハッとして胸倉を掴んでいた手を放した。

「敏子さんは・・・?」
「今旦那さんの実家へ里帰り中で・・・。」
「じゃあ今は・・・。」
「俺が預かってるんです・・・。」

それを聞いた関口、車道へ足を踏み出しちょうど滑り込んできたタクシーを停める。

「幼稚園へ急ごう。」
とっととタクシーへ乗り込む関口に、慌ててついて行く健太郎。
2人を後部座席に乗せてタクシーは走り出した。


「何で昨日のうちに言ってくれなかったんだよ。」
「そこまで気が回らなかったんです・・・。」
「・・・ま、そりゃそうか・・・・。」
関口は小さなため息をついた。
「すみませんでした。」
ぺコリと頭を下げる。関口は咲子のことが好きなのだ。その咲子が倒れたとなると
心配もするし、連絡をくれなかった健太郎に文句の1つや2つ言いたくもなるだろう。

「いいよもう。それより・・・何でもないといいな・・・林さん。」
「・・・はい。」




幼稚園へ到着し、タクシーは待たせたままにしておいた。

「優子ちゃん。」
教室で、残り少なくなった友人と積み木をしていた優子に声をかける。
愛しの健太郎の登場に、優子は元気に靴を履いて飛び出してくる。
「おにいちゃん。」
ぱふっと健太郎に抱きついて・・・・そこで初めてもう一人の見覚えのある男の姿に気がつく。

健太郎の足に抱きついたまま男を見上げ「あ!せきぐちのおじちゃんだ。」と言った。
関口が前に優子のお土産に買ったうさぎのぬいぐるみ。
それをくれたのは『遊園地で会った関口さん』だと咲子から聞いていた。
ちゃんと覚えていたのだ。

「お・・・おじちゃん・・・。」
ショックを受ける。
遊園地に行った時は優子とはあまり会話しなかったので、そんな呼ばれ方はしなかったが
どうやら優子の目には関口は「おじちゃん」に映るらしい・・・・。

関口はしゃがんで優子に目線を合わせて苦笑いした。
「優子ちゃん。何で田中がおにいちゃんで俺がおじちゃんなの?」
健太郎を指差しながら訪ねる。関口の言葉に優子は
「だって、けんたろうおにいちゃんはかわいいもん。」と自慢げに答えた。

「・・・か・・・かわいい?」
今度は健太郎がショックを受けた。
わずか4歳の幼女に可愛い呼ばわりされる男・・・・「頼れる男」を目指している健太郎にとって
この言葉の破壊力ははかりしれなかった・・・・。

関口はガックリと肩を落とす健太郎を見て「・・・おじちゃんでいいや・・。」と呟いた。




待たせていたタクシーで今度は病院へ向かう。
夕焼けが夜空に変わり始めたころ病室へ到着した。


「睡眠不足と栄養失調気味で、挙句の果てに無理をしたのが原因で倒れた?」
咲子から聞かされた言葉に、健太郎と関口は目を丸くした。
まだ検査結果が出ていないものもあったが、問診で医者に言われた言葉だそうだ。

ちょっと恥かしがりながら咲子は頷いた。
ベッドに上半身を起こして座っている咲子。顔色も良くかなり体調も回復したようだ。
「ごめんなさい・・・。」
「いえ・・・別に謝る必要はないんですが・・・。」
健太郎は戸惑いながら答えるが・・・
睡眠不足と栄養失調・・・一体何でそんな状態になったのか、その理由が知りたかった。
関口も同じ思いで咲子を見つめる。

「最近ちょっと眠れない日が続いて、食欲もなくてね。体が疲れれば眠くなるしお腹も空くかしらと
思って夜運動したり・・・それに休暇取るんで仕事もかなり無理していたし・・・。」
申し訳なさそうに俯いて説明する咲子・・・。

そりゃ倒れるわ・・・健太郎も関口も心の中で呟いた。

「色々ご迷惑かけてごめんなさい。全ての検査結果は明後日には出るし、たぶんすぐ退院できると思う・・・・
だからそれまで・・・申し訳ないけれど優子のことよろしくお願いします・・・。」
そう言って頭を下げる咲子に、健太郎は慌てた。
「そんな頭なんか下げないで下さい。迷惑だなんて全然思ってませんから!」
「でも・・・せっかくのクリスマスを・・・・。」
「そんな気遣い田中には無用だよ。どうせ一緒に過ごしてくれる彼女がいるわけでもないんだし
優子ちゃんがいてくれた方がこいつの寂しさも紛らわせるってもんだ!」
咲子の言葉に、健太郎が反応するより先に関口が笑いながら言った。
「そうですよ〜。優子ちゃんがいてくれたからクリスマスパーティーも盛り上がりました。」
健太郎は関口のあんまりな言葉に怒ることなくニコニコしながら言った。
そんな健太郎に関口は呆れたようにため息をついた。
「・・・田中・・・少しは悔しがれよ・・・。」
「?何でですか?」
きょとんとする健太郎。彼女がいないのも事実だし、だいたい咲子以外眼中にないんだし
優子がいてくれたおかげで楽しかったのも事実だ。
だから健太郎には悔しがる材料が見当らなかったのだ。
ここまで真っ正直に受け止められちゃうと、逆に困ってしまう関口であった・・・。
「・・・まぁ・・・いいや・・・。それがお前だもんな・・・。」
「関口さん?」
「いや。田中、お前は一生そのまま変わらずにいてくれよな。」
ポンッと肩を叩いて笑った。
2人の会話に、咲子は思わずクスクスと笑ってしまった。
ますますわけがわからなくなったという顔をしている健太郎を尻目に
関口は話を本題に戻そうと思う。1番気になっていることをまだ聞いていないからだ・・・・。
「林さん。何でそんな状態になっちゃったの?何か眠れないような心配事でもあるの?」

関口の言葉を聞き、咲子の目に一瞬動揺の色が過ぎる。
でも・・・それも本当に一瞬で、すぐにいつもの笑顔で微笑む。
「ちょっと疲れていただけ。でもすぐにお休みに入るし無理して頑張っちゃっただけなの。」

嘘だ。・・・関口には断言できた。
健太郎も最近の咲子は元気がなかったのでイマイチ納得していなかった。
それでもこれ以上無理に聞こうとはせず、しばらくたわいのない話をして病院を後にした。


駅への道のりを優子と手を繋いでゆっくり歩く健太郎。関口はその少し前を歩いていた。

ふとケーキ屋の前を通りかかり、関口が当たり前のようにその店へと入っていった。
「関口さん?」
健太郎も関口の後を追って入った・・・・すると関口は既に大きなケーキを包んでもらっていた。

「関口さん。・・・あの・・・まさか・・・。」
健太郎、関口が何のためにケーキを買ったのか予想がつき・・・苦笑いした。

「次はワインとシャンパン、あとローストチキン買いに行くぞ!」
ケーキの箱をぶら下げてニヤっ笑う。
「・・・やっぱり・・・。ウチで宴会するつもりですね・・・。」
健太郎はため息をついた。
「当ったり前じゃねーか!今日はクリスマスだぞ?騒がないでどうすんだよ。」
・・・とどのつまりは関口も今は咲子一筋の健気な(?)男なので、一緒にクリスマスを過ごしてくれる
彼女なんかいないのであった。

「おにいちゃん。きょうもパーティーなの?」
優子は目を輝かせて健太郎を見つめた。
「・・・そうみたいだね。」
微笑みながら心の中で<パーティーじゃなくて宴会だろうけどね・・・>と付け加える。


後の買物は健太郎のアパートの近所ですませ、自宅へと急ぐ。
<あ・・・!そうだ・・・>
健太郎は重要なことに気が付き、携帯電話を手にした。

カー助に関口が来ることを伝えないと、きっといつものように『おっかえり〜。』と
言いながら健太郎を出迎えるに決まっているのだ。
言葉を理解し話すカラス・・・関口に見せるわけにはいかないだろう。

「田中?何処に電話してんだよ。」
関口は素朴な疑問として聞いたのだが、健太郎は慌ててしまって正直に「ちょっと自宅へ・・・。」
と口を滑らせてしまった。

「お前一人暮らしだろ?電話したって誰も出やしないだろ。」
訝しげに健太郎を見つめる。
「ペットのカラスに・・・。」
「カラス・・・?ずいぶん変わったペット飼ってんだな・・・。
でも、カラスが電話に出られるわけないだろ。」
「いや・・そうですよね・・・あはは。」
何とか笑って誤魔化そうとする・・・・と、関口が何かを思いついたように笑った。
「わかった!お前、実は寂しくて毎日自分で自分に『お帰り〜。』とか留守電に入れて
帰ったら聞いてんだな?そうだろ〜!」
「・・・は?」
「カラスだって寂しいから飼ってんだろ?わかったわかった。
今日は存分に騒ごう!だからこんな寂しいことすんな!」
そう言って健太郎から携帯電話を取り上げてしまう。
「・・・あの・・・。」
「今夜は寝かせねーぞ!覚悟しとけ〜。」
・・・・関口の恐ろしい言葉を聞き、健太郎は大きなため息を付いた。
結局電話をする間も無くアパートに着いてしまい・・・・健太郎は祈るような気持ちで
ドアノブに鍵を差し込む・・・・。

<頼むよカー助!ただのカラスの振りしてね!>心の中で強く思う。
カー助は健太郎の気持ちを感じることが出来るので、心の緊迫感は伝わっているだろう。
でも・・・魔法を使う気でいる時などは敏感に反応するが
心を感じるだけで、読めるわけではないので完璧な形で伝わるはずもなく・・・・。



ガチャリ・・・。
鍵が開き、運命の瞬間が来る。

「ただいま!」
そう叫び、観念して思い切りドアを開ける健太郎。




健太郎の目の前にあったのは・・・・・・・・
「どうした健太郎!!何が迫ってるんだ?何が危険なんだ?」
武器にするつもりなのか・・・背中にハエ叩きをしょって
思いっきり言葉を叫びながら玄関で騒いでいるカー助の姿・・・・・・。

健太郎の横に立っていた関口の目にも、その姿はばっちり映ってて
<終わった>・・・・と心の中で呟き健太郎はガックリとうなだれた・・・。



<カラスがしゃべってる?>
関口は、目の前の光景が現実のものとはすぐには受け入れられなかった。


「・・・・・・げっ・・・・。」
カー助も関口の存在に気がつき固まる。

見詰め合うカー助と関口・・・・何とも言いがたい空気が張り詰める・・・。




「か・・・カラスがしゃべった・・・・。」
関口は言葉にしてみて、ようやくその事実を受け入れる方向で考え出すことが出来た・・・・。

2001.10.31 

・・・カー助ピンチ(笑)