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秘密B

「田中君・・・魔法って・・・・今の魔法なの?」
手品には見えなかった・・・。そして現に優子の手にしている花束は歌い続けている・・・・。



健太郎は優子を降ろし、驚いてる咲子を見つめた。

「おかあさん。」
ベッドに駆け寄りぱふっと布団に飛び乗る優子。

「優子・・・・。」
「おかぜもういいの?げんきになったの?」
真剣な眼差しで咲子に詰め寄る。
咲子は優子の頭を撫でて微笑んだ。

「もう大丈夫よ。心配かけたね。ごめんね。」
その言葉は嘘ではなく、なんとなく身体が楽になったような気がしていた。

健太郎の魔法は少しだけ効いたようだ・・・・。


「おにいちゃんがね、げんきになるまほうを・・・。」
咲子が元気になったのが嬉しくて・・つい口が滑りそうになった。

『お兄ちゃんが魔法使いだってこと内緒にしてくれる?』
健太郎との約束を思い出し慌てて口を塞ぐ。

「いいよ、優子ちゃん・・・もう隠す必要ないし・・・。」
健太郎は苦笑いし・・・観念した。

咲子は健太郎を見つめ、戸惑いの表情を向けた。
「・・・本当に・・・・冗談じゃなくて・・・魔法使いなの?」
<何てバカらしい現実感のないこと言っているんだろう>・・・自分の言った台詞を頭では
バカバカしいものと思っていたものの・・・・実際目にした『魔法の現場』は夢ではなく
目の前の健太郎の顔も真剣そのものだった・・・・。

「林先輩・・・俺・・・本当に魔法使いなんです。」
「・・・魔法使い・・。」
「あ、正確に言うと元魔法使い。」
「もと?」
「人間界で暮らしたくて・・・魔法使いやめて魔法の国飛び出してきちゃったんです。」
「そ・・・そんなこと出来るの?」
「魔法使いの平均寿命は2000歳。・・・・魔法使いの力の源である魔力を作り出す『魔法玉』って
言う物を身体から抜いたんです。そうすれば人間と同じ時を過ごせるんです。
そのかわり、もうあまり魔法は使えないんです。」
「・・そう・・・。」
咲子は健太郎の言葉をぼんやり聞いていた。
現実感があまりにもない話だし・・・目の前にいる健太郎もごく平凡な青年だし・・・
そんなことを思いながら・・・・自分でも驚くほど冷静だった。



「あの・・・・。」
ボーっとしている咲子に、健太郎は恐る恐る尋ねた。

「俺のこと・・・怖いですか?魔法使いは嫌いですか?」
健太郎は、いつか咲子に自分の気持ちを伝える時がきたら、自分の過去も話すつもりでいた。
魔法使いは人間に正体を知られちゃいけない・・・というきまりがある。
罰則の無い決まり。人間と魔法使いとが疑心暗鬼にならないためのルール。
いくら魔法使いをやめてしまっていたとしても、それは守らなければいけない。
でも、その決まりを破っても話そうと思っていた。
過去をひっくるめて本当の自分を知って欲しいから。
咲子なら隔たりを感じることなく、自分の本当の姿を見てくれると信じていたから。
たとえ『好き』という気持ちを受け入れてくれなかったとしても、咲子という人間は魔法使いの存在を
受け入れてくれると信じていたから・・・・。

その時期が多少(?)早まっただけのこと・・・・でも健太郎はいざとなると
とても不安で怖かった・・・・。

健太郎は・・・正確に言うと『人間』でも『魔法使い』でもないのだ。
魔法玉を抜いても完全な人間ではない。
魔法玉がないから完全な魔法使いでもない。

そのことを考えると今でも時折怖くなる。
不確かな自分の存在。
でも自分は確かにここにいる。

ここにいる自分を見て欲しかった。


健太郎は祈るような気持ちで咲子の言葉を待った。
でも・・・・・・何も言わない咲子。


<・・・やっぱり・・・受け入れてもらえないのか・・・・>
健太郎は胸の痛さを感じ居たたまれなくなる。
力なく病室を出て行こうとすると・・・・。

「田中君。待って!」
咲子の声。

健太郎が振り返ると咲子がちょっと戸惑い気味に微笑んでいた。

「ごめん。今ちょっと混乱してて・・・・うまく言えないんだけど・・・・。」
右手を頬に添え、苦笑いしながら言葉を探す咲子。

「魔法使いって突然言われても、現実味ないしピンとこないし・・・・・。」
「先輩・・・。」
「でも、田中君は田中君だし・・・・魔法使いだって知ったって今までと何も変わらないわけだし
・・・・要するに・・・そういうことよ。」
「今までと変わらないでいてくれるってことですか?」
健太郎の顔がパァっと明るくなる。

咲子はそんな健太郎の顔を見つめ、笑った。
「第一田中君相手にどう怖がれっていうの?」
いつも元気でちょっと融通が効かないけれど、素直で優しい健太郎。
例え、本当は悪魔だったって言われたって、やっぱり怖いなんて思えないだろう。



「よ・・・良かったよぉ〜。」
健太郎は・・・本当にホッとして力の抜けた情けない顔をした・・・・。

優子が健太郎に駆け寄り、「やくそく・・・ごめんね・・・。」と心配そうに詫びた。
「ううん。いいんだ。優子ちゃんは謝ることないんだよ・・・。ごめんね、ありがとう。」
『ごめんね』は小さな優子に秘密を背負わせたことへの謝罪。
『ありがとう』は心配してくれたことへの感謝の言葉。

優子の手にしていた『応援花』の歌が変化した。


「良かったね〜♪」
「嬉しいね〜♪」
「良かったね〜♪」


優子の心が元気になったことを感じ、祝福の歌を歌っていた。


咲子はそれを見て・・・優しく微笑んだ。
「素敵な魔法ね・・・。」

そして視線を移し・・・瞳に健太郎を映す。

魔法を誉められて少し嬉しそうに、そして少し照れが入った笑顔を見せる健太郎。


「今日はありがとう・・・・。色々・・・本当にありがとう・・・。」
心から感謝する。もちろん所長や所内のみんなにもだ。


「・・・でも、何だか田中君が魔法使いだって聞いて・・・ちょっと納得しちゃう部分もある。」
咲子がクスっと笑った。

健太郎はきょとんとして首を傾げた。

「前にね・・・関口さんが田中君って不思議な奴だって言っていたの。」
「不思議な奴?」
「うん。・・・私も今思い返してみるとなんとなくわかる。私達の持っていない感覚を持っているって
言うか・・・でも、それって育ってきた環境が違うからなのかなって思えば納得できるもの・・・。」
「育ってきた環境・・・。」
「魔法の国って・・・どんな所なの?」



咲子は穏やかな微笑みを浮べた。
「教えて田中君・・・・貴方の住んでいた世界のこと・・・・。」




それから健太郎は咲子と優子に魔法の国の話をした。

ゆっくりと流れる時間。
その中でみんな少しずつ色んなことを経験し、立ち止まったり迷ったり・・・。
1つ1つ、ゆっくり知っていく優しい時間の流れる世界。
そんな世界で育った魔法使い達は・・・咲子からしてみればとても幸せに見えるのかもしれない。

心に余裕の持てる穏やかな毎日。
みんなの意思が潰されることなく存在できる世界。
孤独を感じることのない・・・・それは夢の世界だ・・・・・。



<時々田中君を見ていると自分のことが見えてしまう。
・・・・何でなのかわかったわ・・・>
私がそうありたいと願う生き方をして来た人だもの・・・。
自分を貫き通せる世界で生きてきた人だもんね・・・・。


・・・・健太郎と優子が帰った後、咲子は眠りにつくまでの間、ぼんやりとそんなことを考えていた・・・。




咲子が退院するまでの間優子は健太郎が預かることになった。
優子の御世話係を健太郎の方から立候補したのだ。
優子は健太郎にとても良く懐いていたし、咲子は素直にお願いした。




「おにいちゃん。おなかすいたぁ〜。」
健太郎に手を引かれ空腹を訴える優子。
咲子の元気な姿を見た途端、がぜん食欲が出てきたらしいのだ。

「うん。ごめんね。もうすぐお兄ちゃんの家だからね。そしたら美味しい物作ってあげるね。」

冷蔵庫には、クリスマスに備えてある程度の食材は用意してある。
ケーキは帰りがけに駅前で買ってきた。

<・・・・カー助怒ってるだろうな・・・>
バタバタしていたので電話も入れていなかった。
カー助のご機嫌をとろうと思い、1番大きなケーキを選んだ。


足早に家に帰り、アパートのドアを恐る恐る開ける。
<・・・カー助絶対怒ってるよな>
健太郎が魔法を使ってしまったことを、カー助は感じ取っているはずだ。
遅くなったことも申し訳ないと思っているが・・・何より魔法を使ってしまったことの方が
責められると思っていた。


警戒するようにドアから顔を覗かせ・・・部屋の様子を見る・・・・。
「・・・真っ暗だ・・・。」
「おにいちゃん?」
健太郎はゆっくりと玄関に足を踏み入れた。




「!」




健太郎の目に、奥の部屋で怪しく灯る1本の蝋燭の明かりが映る・・・。


小さなテーブルの上で灯る蝋燭、蝋燭自体はクリスマス用の金色で豪華な模様の入った
代物なのだが・・・健太郎の目には怪談話に出てくるような恐ろしい光景に見えた・・・。

何故そんな風に見えたかって?それはね・・・真っ暗な部屋の中で灯る蝋燭の明かりの向こうに
いじけて座り込んでいるカー助とキリーの後姿があったから・・・・・。

部屋の隅でいじけている1人と1羽。
レイミだけがそんな1人と1羽を呆れたように見ていた。


「あら?健太郎。おかえりなさい。」
呆然と立ち尽くす健太郎に気がつき、レイミが声をかける。


その声に反応し、キリーとカー助の肩がビクッと動く。



「あはは・・・遅くなってごめんね・・・。」
健太郎はあまりの恐ろしさに、おどけて笑う声も震えてしまった。




健太郎たちの楽しい楽しいクリスマスイブの幕開けであった・・・。

2001.10.22 

このお話・・・・先のこと考えると難しい・・・(涙)