戻る

親友

「ただいま〜!」
この日、健太郎は最後に打ち合わせに行った得意先が遠かったため、営業所には戻らず直帰した。
あまり綺麗だとはいえないアパート。2階の1番隅、1DKの部屋が健太郎の『城』だ。
今日も元気に働いた健太郎を出迎える者がいた。

1羽のカラス。

奥の部屋から飛んできて玄関で舞い降りる。
「いよっ!健太郎。お疲れさん。今日はいつもより早いな。」
「直帰していいって言われたんだ。」
「お土産は?」
「今日は給料日だからお寿司買ってきたよ。」
「うぉ!そりゃ豪勢だ!」
そう言って健太郎が差し出したお寿司の包みを、くちばしでくわえ部屋へ引っ込むカラス。

「カー助、今日何かあった?」
健太郎の問いに、カラスは首を振って「特に何もない退屈な1日だったぜ。」と答えた。

さて、この言葉を話すカラス。
名前はカー助。性別はオス。このカラスは人間界のカラスではなく魔法の国のカラスだ。
少しだが魔法も使える。

魔法の国では、カラスは魔法使いの下部であり良き理解者だ。
下部・・・といっても精神的立場は対等だ。
魔法使いは、必ず自分と気持ちをわかち合うことが出来る1羽のカラスと出会う。
そのカラスとは一心同体、生涯の親友となる。
人間界に来た当初は呼びなれた『モクモク』の名で健太郎のことを呼んでいた。
でも『人間になるんだ!』という彼の気持ちを大切にし、『健太郎』と呼ぶことにしたカー助。

カー助は人間界で暮らしたいと言った健太郎に、初めは激しく反対した。
しかし、切なそうに自分を見つめる健太郎の瞳に負けたのだ。
健太郎にとことん付き合うと覚悟を決めた。

小さなテーブルにお寿司を広げ、お吸い物、渋いお茶を1人と1羽分用意し、
夕食の時間となる。
「で、仕事の調子はどうだ?」
玉子を美味しそうに突付きながら、カー助は健太郎の顔を覗き込む。

「うん。忙しいけど楽しいよ。」

時々人間の習慣や考え方の違いに戸惑うことはある。
この2年でかなり慣れたが、それでも首を傾げて考え込んでしまうことはあった。
そんなことがあると、一緒に首をひねって考えてくれるカー助は、健太郎にとって心強い味方であった。

カー助は渋いお茶をひと口飲んで目を細めた。
「ま、頑張りな。」
そう言って最後のまぐろを口に入れた。
「あ!それ俺食べようと思ってとっといたのに!!」
「早い者勝ちだ。・・・お前好物を最後までとっとくクセ、昔からかわらんなぁ・・・。」
「それを知ってて食べちゃうカー助の意地悪も、昔から変わんないよね!!」
恨めしそうにカー助を睨む健太郎。


夕食後、1人と1羽で仲良くお風呂に入った。
カー助はお湯の入った専用洗面器へ、健太郎は湯船へ浸かる。
「♪はぁ〜どっこいしょ〜♪俺の人生〜どっちむきぃ〜♪」
陽気に歌ってるカー助。自分で勝手に作った歌らしい。

「なぁ・・・カー助。俺って頼りないかな。」
健太郎は小窓から見える月を眺めながら呟いた。
「ま、そーだな。健太郎はまだまだ甘ちゃんだしな。」
「そうかな。」
「まぁ、そう焦るな。何事も経験だ。」
「そうだね!」


新卒として数名の若者と共に健太郎は入社した。
本社での研修中、先輩達が新人のために歓迎会を開いてくれた。
その飲み会に咲子も来ていて、同期と思われる数名の女子社員と『どんな男が好きか』という話で
盛り上がっていた。
その会話がたまたま聞こえてしまったのだ。

『私は頼りになる人が好き。』と咲子は言っていた。

それを聞いた健太郎は、自分はまだまだ全然頼りないよな・・・と思い
頑張って頼もしい男になるぞと誓った。
自分に自信がついた時、告白しようと思っている。
本人はその気持ちを隠しているつもりでも、周りにはバレバレだった。
当の咲子も『ああ、好かれているな』と感じてはいる。
咲子にとって健太郎は可愛い後輩であり、元気を分けてくれる仕事仲間だった。
だから『好き』の部類に入るのだがあくまで仕事仲間としてだ。
さもなければ『友達』としての『好き』とか・・・。
それ以上にあっている言い回しは『弟』のような存在という表現。

だからもし、今の時点で健太郎が告白していたら、あっけなく振られてしまっていただろう。


『何事も経験だ・・・。』

人間界に来てから、魔法の国との考え方の違いに驚くことが多かった。
だから健太郎は色々な人と出会い、いろんな気持ちを知りたかった。
いろんな人と知り合い、いろんな経験をしたかった。
人の気持ちは謎だらけではあるけれど、だからこそ人と触れ合いたかった。



カー助はそんな健太郎を見て、時々心配になってくる。
カー助だって人間界に来てからいろいろと人間観察してきた。

『人間は嘘をつく』

魔法の国では『言葉』はその人の真実しか語らない。
魔法の国でももちろん気持ちを隠したり、言いたくても言えなかったりすることはあるが
一度相手に伝えた言葉や気持ちに嘘はない。
でも人間界では必ずしもそうではないのだと、この2年の間に理解した。
気持ちとは裏腹なことを言ったり、人の気持ちを試してみたり・・・・。
健太郎だってそのことは感じている。
でも健太郎はいつだって真正面から受け止める。
嘘かもしれない言葉も、嘘かもしれない気持ちも、疑いもせず心を全開にして受け止める。

いつかそのことが健太郎を壊してしまうんじゃないかと心配していた。
カー助は
この能天気で危なっかしくて目の離せないお馬鹿な愛しい親友には、幸せになってもらいたかった。








次の日の終業時刻、またまた営業所に関口が現れた。
金曜日だし昨日が給料日だから懐もあったかいし、みんなで飲みに行くかぁ・・・と
所長と所員8名が席を立った時にやって来た。

「え?飲みに行くんですか?俺も行きます。」
嬉しそうな顔をし、当然という態度で仲間入りする関口。

所長は内心は<せっかくの飲み会が・・・>と思ったが仕方なく了承した。

さっきまでの楽しげな気分も、これで吹っ飛んでしまった・・・と、咲子は嘆いた。
さすがに『行きます。』と言った直後に『やっぱり行きません。』とは言えず
<・・・30分で帰るぞ・・・>と心に決めた。

<関口さんも来るのか・・・>
関口が最近よく訪ねてきて、咲子に話し掛けているのを見ている健太郎。
でも、人間の気持ちに疎い健太郎は、関口が咲子を狙っているなどとは思ってもいなかった。
健太郎は、関口のことを前から不思議な人だと思っていた。
今日一緒に飲んで話をすれば、この人のことが少しはわかるかもしれない・・・と思い、
少し楽しみになった。


営業所を出て、みんなで手ごろな飲み屋を探している時、健太郎は
携帯で家に電話を入れた。



ちょうどその頃、テレビでエアロビの番組を見て踊っていたカー助、
電話に飛びつき起用に足で受話器を外す。
カー助でも取りやすいように、電話は床に置いてある。
受話器を床に転がし電話口に顔を近づける。

「はい。田中です。」
『あ、カー助?』
「おう。健太郎。どした?」
『今日みんなで飲みに行くから遅くなる。夕飯は適当に食べておいて。』
「おう。あんま飲み過ぎんなよ!」
『うん。・・・今日の飲み会、ずっと話したかった人も一緒なんだ。』
ちょっと楽しそうな声に、カー助は不安を覚える。
「それって前話していた社長の息子のことか?」
『うん。・・・あ!みんなが呼んでる!じゃあ俺行くね!』
そう言って電話を切った健太郎。

カー助はしばらく受話器を見つめていた。
「・・・大丈夫かな・・・健太郎・・・・。」

2001.9.15  

わずか2話目にして『ラブコメ』の『コメ』の字が取れそうです(大汗)い・・・いかん(汗)
そういえば、『モクモク』って以前描いた漫画のキャラで使った名前なんだよなぁ・・・。