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秘密@

12月に入り・・・小規模な人事異動が発令された。
その異動が記された回覧を見た咲子は・・・・・目を見開き愕然とした。

それから少し元気がない・・・・・・・。





「クリスマス♪」
カー助はウキウキして、部屋をぴょんぴょん飛んでいた。
12月24日。クリスマスイブ。

「じゃあ会社行ってくるね。」
身支度を整え、鞄を持って玄関へ向かう健太郎。
「あ、ハンカチ忘れてるぞ〜。」
テーブルに忘れ去られていたハンカチをくちばしでくわえ、玄関まで飛んでいくカー助。
いつもならこんなにかいがいしく健太郎の世話をやかないカー助だったが、今日は特別だった。

受け取ったハンカチをポケットにしまいながら健太郎は苦笑いした。

「・・・そんなにケーキ、楽しみ?」
「ああ!絶対絶対買ってこいよ!忘れるなよ!」
「わかってるよ。」
「イチゴがいっぱい乗ってる奴だぞ!生クリームの奴だぞ!円い大きな奴だぞ!」
「はいはい。」

健太郎は興奮したカー助に手を振り出勤する。


電車に揺られながら、最近気になっていることを考える。

<林先輩・・・何で元気がないんだろう・・・・>
体調が悪いのか、疲れているのか・・・・・とにかく元気がないのだ。
『どうしたんですか?』・・・と聞いても『え?私は元気よ!大丈夫!』って笑っている。
でも、その笑顔もどこか空元気っぽくて・・・そんな咲子のことが心配でたまらない健太郎だった・・・。










「あんなとこ、こっちから願い下げよ!!」
キリーはめちゃくちゃ腹を立てていた。
先ほどバイトを辞めてきた。人間界に来て、これで3件目だ・・・・。

1回目は事務のアルバイト。セクハラで辞めた。
2回目は喫茶店。客とケンカして辞めた。

そして今回は・・・・。
ファミリーレストランのウエートレスをしていたんだが・・・・・仕事仲間の女の子達と上手くいかなくなったのと
店長から嫌われたのが原因だ。

<私は悪くない!>
家路に向かう電車で・・・何度も心の中でそう叫ぶ。

ウエートレスの中で1番古くからいる、中心的な女性がいた。
その女性はサボるのが上手い。店長の目には一番の働き者に映っていただろう。
店長のお気に入り。そのことを彼女はよく知っていた。

店長の目に入る場面だけとても忙しそうにするのだ。
彼女は、面倒で地味な仕事やみんなのフォローなどは何もしなかった。
他の仕事仲間は彼女がいない所でそのことについて散々悪口を言っていた。
キリーはみんなの話を聞いても、自分自身の目から見てても<これは彼女が悪い>と思い、
面と向かって本人に思っていたことをぶつけた。
当たり前のことだと思った。
・・・・・・でも・・・・それが原因で店長からも彼女からも、散々彼女の悪口を言っていた他の
ウエートレスからも、疎まれてしまった・・・・。

店長に散々嫌味を言われ、頭にきてその場で辞めた。

「ホント・・・わけわかんない・・・・・。」
家に帰り、キリーはレイミを抱き締めたままうずくまっていた。

<・・・早く帰ってこないかな・・・>
健太郎の帰りを心待ちにしていた。
今日の出来事を聞いてもらおう・・・・・・キリーは今とてもイライラしていて・・・とても寂しかった。









夕方、何とか残業せずにすみそうな仕事の片付け具合にホッと胸を撫で下ろした健太郎。
<カー助、クビを長くして待ってるもんな>
今日はささやかながらクリスマスパーティーを開くのだ。
予定では健太郎とカー助だけだが・・・きっとキリーとレイミも来るだろうな・・・などと考えていた。


「これで終わりっと。」
最後の入力を終えて、パソコンの電源を落とした。
その時ちょうど終業ベルが鳴った。

健太郎が机の上を片付け始めた時、給湯室の方でガシャンという音がした。

所内のみんなが音の方へ注目し、顔を上げた。
健太郎も首を傾げ・・・給湯室の方へ行ってみた。





「林先輩!」
健太郎の目に、倒れている咲子の姿が映る。
湯飲みが割れていて、倒れた時腕がその破片の上に乗ったので、切れて血が出ていた。


「どうしたんですか?」
健太郎は慌てて駆け寄り抱き起こした。
所内のみんなも何事かと思い、集ってきた。


「・・・あ・・・大丈夫・・・よ。」
咲子はぼんやりした虚ろな目で・・・それでも何とか現状を把握したらしく、小さな声で言った。


「ちっとも大丈夫じゃないですよ!顔真っ青ですよ・・・。」
「・・・・でも・・・帰らなきゃ・・・・。」

ふらつきながら立ち上がろうとするが力が入らず、再び健太郎に支えられた。


所長がその様子を見て咲子に静かに言った。
「とにかく病院に行きなさい。」
咲子は不安げな、困惑した表情で所長を見つめた。

「大丈夫。後のことは私にまかせなさい。」
所長は不安を取り除いてあげるように優しく微笑んだ。

「じゃあ、俺、病院連れて行きます。」
健太郎が咲子を抱えて立とうとすると、所長は少し考えた後、口を開いた。
「いや、田中はダメだ。おい藤宮、お前が行ってくれ。」
健太郎ではなく、後ろにいた別の同僚を指名した。

「はい。わかりました。」
「タクシー使っていいからな。後で連絡をくれ。」
藤宮は咲子に肩をかして事務所を後にした。


その様子を心配そうに見ていた健太郎に、所長が耳打ちした。
「話がある。会議室に来てくれ。」
その後、所長はみんなには早く仕事を済ませるように言いつけ、会議室へと歩いていく。
健太郎も戸惑い気味にその後をついて行った・・・。







会議室のドアを閉め・・・・静かな室内に所長と2人きりになる。
イスに座ってしばらく考え込んでいた所長に、健太郎は立ったまま困惑気味に尋ねた。

「・・・・あの・・・。話って・・・・。」
「ああ。とにかく座れ。」
「・・・・はい。」
おずおずとイスに腰掛ける。
所長はため息をついてから、重い口を開いた。

「林君のことなんだが・・・・・・・これから話すことを驚かずに聞いて欲しい。」
「・・・・・・・はい・・・。」
「お前に頼むのが適任だと思ったから話すんだからな・・・。」
この時、健太郎は何を言われるのか予想できたので、言いにくそうにしている所長に代わって
先にその言葉を口にした。


「もしかして優子ちゃんのことですか?」

所長はビックリしたように目を見開いた。

「田中・・・・お前知ってたのか?」
「はい・・・ちょっとした偶然で・・・・。」
「林君から聞いたのか?」
健太郎は頷いた。
所長は大きなため息をつき、安堵したかのように肩の力を抜いた。

「・・・・なら話は早い・・・・今日幼稚園に優子ちゃんを迎えに行ってくれ。」
「・・・あ、はい。」
「明日から年明けまで、林君から休暇願いが出てる。このことはお前も知ってたよな」
「はい。」
「いつもは彼女のお姉さんが優子ちゃんの面倒をみてくれているらしいんだが
そのお姉さんは今日から旦那さんの実家に里帰りしているらしいんだ。」
「・・・・それじゃ・・・大変ですね。」
「ああ。それで・・・お前には悪いがここじゃ一人もんはお前だけだし、
1番自由に動けるだろうからと思ってな。
それに、この話は誰にでもできる話じゃない・・・。頼む、彼女の力になって欲しい。」

健太郎はためらうことなく頷いた。
所長は目を瞑りボソッと言った。

「病院へ付き添っている藤宮にも話をしとくよ・・・。もし入院なんてことになったら
優子ちゃん連れて行くことになるかもしれないもんな。
・・・他に女子社員がいたら良かったんだが、ここじゃ林君は紅一点だからな。」





今日は敏子がいないので、もともとお迎えは遅れる予定だった。
咲子はその旨幼稚園に連絡してあったが、それ以上に遅くなってしまいそうだった。

幼稚園には所長の方から連絡を入れ事情を説明してもらい、健太郎は急いで幼稚園へ向かった。

所長から教えられた幼稚園の住所・・・・少し迷ったが以前に優子を探して飛び回った
土地だったので何とか辿り着けた。既に日は落ち夜の風景になっていた。

灯りの点いていた教室の大きな窓の方へ目が行く。
保母さんと、しょんぼりしている優子の姿が見える。
他に子供の姿はなく・・・・優子の不安そうな顔が健太郎の目に映る。

足早に玄関に向かい「あの・・・すみません。」・・・と声をかける。
幼稚園に足を踏み入れるなど初めての経験なので、少し緊張する・・・。


すると保母さんが出てきて・・・・その後を優子もくっついてきていた。

「あの・・・連絡が入っていると思いますが、私はKサービスの田中健太・・・・・。」
自分のことを説明している途中で言葉がとまる。


優子が駆け寄って健太郎の足に抱きついてきたからだ。

今にも泣きそうな顔で健太郎にしがみついている優子。
健太郎はしゃがんで優子を抱きしめた。

「優子ちゃん、ごめんね。遅くなって。」

「うぇ・・ふぇぇ・・・。」
優子は、今まで一生懸命我慢してきた分・・・・声を詰まらせ泣きじゃくった。

2001.10.14