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こころ(後)

人間は、誰かしらに優越感を抱いてしまう生き物なのかもしれない。
賀子の話を聞きながら関口はぼんやりとそんなことを考えていた・・・・。


「私人事部でしょ。採用者の事務的なこと全て任されているから知っているのよ。」

まるで鬼の首を取ったように話をする賀子。
関口は何故か悲しくなった。
いや・・・悲しいのとは少し違う・・・・。

<・・・寂しいのか・・・>
そんな言葉に辿り着く。寂しいんだ・・・・。
賀子を見ているとつい最近の・・・嫌な自分を思い出す。
自分の寂しさや劣等感を忘れるため・・・・・もがいていた自分。

「関口君は・・・この話し聞いても驚かないの?」
関口があまりにも無反応に黙っていたので、賀子は戸惑いながら尋ねた。

普通自分の好きな、独身の女性に実は子供がいたと知れば、少なからず驚くだろう。
でも関口は淡々とその話を聞いている。


「関口君?」
もう一度関口の名を呼ぶ。

関口は小さなため息をついた。
「だから何?」
「え?」
「だから何なの?」
「関口君・・・・。」



その時
ポーンという音がしてエレベーターが止まる。
4階に着いたのだ。

「着いたよ。」
扉が開き、関口は『開く』のボタンを押して『早く降りれば?』って態度を取る。

期待していた展開にならず・・・それでも賀子は戸惑いながらも言葉を続ける。


「この話し・・・誰かにしたら面白いかしら。」
本気でそんなことするつもりはなかった・・・・。ただ気持ちを何処かへぶつけないとおさまらなかった。

関口はそんな賀子の気持ちをわかっていながら、ついムキになってしまった。

「やれるもんならやってみなよ。そのかわり俺が知っている君のことも同じようにしてあげるから。」
笑いながら言い放つ。
この時の関口の笑顔は、相手への軽蔑と蔑みが込められたとても冷たいものだった。

賀子は泣きそうなのを堪えた声で、なおも食い下がる。
「そんなこと言うなら貴方のことだって言ってやるわ!散々いい加減なことしてきたでしょう!」

ここまでくると子供の言い合いとレベルが一緒である。
でも興奮した賀子には、もう感情を止められなかった。

関口はとても落ち着いた声で笑いながら言った。
「俺のことは何言ってくれたってかまわないよ。本当のことだし、実際いい加減な生き方してたしね。
そのことでどうなろうと俺のせいだ。自業自得、責任はとるよ。」
その後、声を低くし静かに言葉を続けた。
「・・・・でも林さんのことを巻き込むのは許さない。」

賀子は関口をキっと睨んで、今にも泣きそうに瞳を真っ赤にさせて、エレベーターを降りた。
廊下を早足で歩くヒールの音が聞こえた・・・・。

エレベーターの扉を閉め・・・・関口はため息をついた・・・・。

賀子への嫌悪感・・・・。
でも本当は、それは自分への嫌悪感なのだ。
賀子への冷たい態度は全て自分へのものだった・・・・。

<・・・俺って最低だな・・・>
どうしようもない自己嫌悪に陥った。



<・・・今日・・・田中と飲みに行こう・・・・・>
関口の夜の予定は健太郎の了承のないまま決定した。









夕方、客先回りを終えた関口は直帰すると営業部に連絡し、その足で健太郎の待つ(?)営業所へ行った。
健太郎はと言うと、明日までに仕上げなきゃいけない報告書があり残業が決定していた。

「だから電話でも断ったじゃないですかぁ・・・今日は残業しなきゃいけないんですよぉ。」
「だから俺だっていつまでも待ってるって言ったろう!今日はどうしても飲みに行くんだよ!」
必死にパソコンに向かって仕事する健太郎の側に座り、のん気にコーヒーを飲む関口。

そんな2人のやりとりを笑いながら見ていた咲子は、既に帰り支度を終え、タイムカードを押した。

「じゃあね。関口さんも田中君も飲み過ぎないでね。」
「林先輩、お疲れさまでした」
健太郎は元気に別れを惜しんだ。
「あ、待って、林さん。」
関口は鞄から小さな包みを取り出し咲子に渡した。


「これ・・・優子ちゃんに。」
近くに健太郎たち以外に人がいないことを確認し、そっと言葉を付け加えた。
咲子が包みを開けてみると・・・・・中から出てきたのはぬいぐるみ。
「わぁ・・・可愛い。」
小さなうさぎのぬいぐるみが背中にリュックを背負っていて、その中にキャンディーが入っていた。
営業所へ来る途中、ケーキ屋の店先で売られているのを見てお土産に買って来たのだ。

咲子はお礼を言い嬉しそうに帰っていった。


「優子ちゃん喜ぶだろうな。」
健太郎はニコニコしながら言った。

「・・・田中。お前の分も買ってきた。」
「え?!!ありがとうございます。」
嬉しそうに関口の手からぬいぐるみをもらう健太郎。
そんな健太郎を見て関口は呟いた・・・・。
「田中・・・・・お前、幸せな奴だな・・・・。」
「え?何でですか?」
きょとんとしている健太郎の肩にポンッと手を置き、関口は「とにかく早く仕事終わらせろ。」
・・・と言った・・・・。








PM7:30には仕事も無事終わり、関口に急かされるまま近くの飲み屋へ入った。
いつも行く飲み屋である。
・・・・いつも・・・。そう、最近関口は週に1〜2回は健太郎と飲みたがる。

そしていつも関口は話をするのだ。


『なぁ、田中・・今日こんなことがあったんだ・・・。』
ビールや日本酒を飲み少し酔ってきた時ふいに話し出す。


昔のこと
会社のこと
家のこと
・・・・自分自身のこと・・・・・。


心に浮かぶことを健太郎に話し続ける。

健太郎はそんな関口の言葉を真正面から受け止める。
時には理解出来ないことや納得できないこと・・・・共感できること・・・そんな話を受け止める。
そして健太郎は自分が感じたことをありのまま言葉にした・・・。

関口は健太郎とのそんな時間をとても大切にした。

<田中の言葉を聞いていると自分が見えてくる・・・>
関口は健太郎の言葉を聞くのがとても好きだった。
時には胸に突き刺さる、痛いことも言われるが・・・・それでも健太郎の言葉を欲した。


自分が何から逃げ、何を求め、何を感じていたのかを思い知らされる。


<自分の心を映し出す・・・・・ホント、変な奴だな田中は・・・・>






秋刀魚の塩焼きをつつきながら、関口は今日の『賀子』との話をした・・・。

「その女は出世や欲のためだけで・・・俺は単なる遊びだった。
・・・・その女とのことだけじゃない。俺はいつも遊びだった。
『本気で人と付き合ってなんかやるもんか!』って・・・思ってきたからな・・・。」

関口は少し前の自分を責めるように言った。

賀子は利用できそうな人間には貪欲に近付いた。
だから彼女が近付いた男は関口だけじゃない。
賀子は関口の『社長の息子』という肩書きに惹かれ、関口はそれを知りながら
遊んでやろうと思った。・・・・お互い様だった・・・。


でも・・・いつもどこかで期待していたような気がした。
<もしかしたら自分のことを見てくれるかもしれない・・・>

その期待が裏切られたと目の当たりにした時・・・・わかっていたはずなのに落胆していたのかもしれない。

「相手にばかりそんなこと求めても・・・・勝手ですよ・・・・。」
健太郎は言葉を詰まらす。

健太郎には関口の話は半分くらいしか理解出来なかった。
頭では理解できても気持ちがついていかないのだ。
「関口さんもその女の人も寂しいですね・・・・。」
そう呟いた・・・・。


「・・・俺もそう思う・・・・。」
「わかっているのに・・・・そんなんじゃ幸せになれないってわかっているのになんで・・・。」
健太郎は俯きながら辛そうに言った。


関口はグラスに残っていた日本酒を一気に飲み干した。

トンっ・・・とグラスを置き静かに言った。
「田中。お前『そんなんじゃ幸せになれない。』って言葉、簡単に口にするけど・・・人によって
求めるものは違うだろ。」
「それはそうかもしれませんが・・・でも・・・。」
「お前の言う『幸せになる方法』って・・・生ぬるい偽善的な感じがする・・・・。そんなに完璧に清らかに
生きてる人間いないよ。・・・・お前くらいなもんだよ。そんな生き方してんの。」
「・・・・・・・・。」
健太郎は関口の言葉にかなりムッとした。
反論しようとした時・・・・関口がフッと肩の力を抜いて微笑んだ。


「・・・・でもお前の言葉を聞いてるとホッとする・・・・・。」
そう言った関口の顔は、どこか疲れきった・・・寂しそうなものだった。

「関口さん・・・・。」
「田中・・・俺、彼女に何て言えば良かったんだ?」
俯きながら呟く。
『彼女』とはもちろん『賀子』のことである。


「・・・俺だったら・・・・。」
健太郎には正直言ってこういった『男と女』の話は『どうしたら良いんだろう』と聞かれても
よくわからない。でも1つだけわかっていることがある。

「素直な気持ちを・・・・・彼女に伝えます。」
伝わることを信じて。それしかできないから・・・・。


<フンっ・・・・簡単に言ってくれるぜ>
心の中で悪態をつきながらもわかっていた。
<俺と賀子は同罪だ・・・>
わかっていながら一方的に責めた。
自分に対する嫌悪感を彼女に押し付け背負わせた。











「その点だけは悪かったと思ってるよ・・・。」
会社の屋上で、フェンスに寄りかかりながら関口は詫びた。
健太郎と飲んだ次の日の朝、会社に来るなり関口は賀子を呼び出したのだ。

今までの関口からは考えられないような態度に、賀子は目を丸くした。

「関口君。やっぱり私の気持ちは受け入れてはもらえないの?」
「うん。悪いけど俺本気なんだ。林さんのこと。」
「・・・・そう・・・・。」
それから少し悲しそうに微笑んだ。
「私・・・バカだったな・・・・。」
「そりゃ俺も一緒。」
「そうね・・・・。」
賀子は少しの間俯いて・・・その後関口の横を通り過ぎ屋上を後にした。

通り過ぎる時一瞬足を止め
「彼女のこと誰にも言ったりしない・・・ごめんなさい。」と小さな声で呟いた。

その場に残された関口はふっ・・・と空を見上げた。
晴渡った青い空。




「・・面倒くさい生き方だぜ・・・田中健太郎!」
関口は苦笑いした・・・・。

2001.10.13 

つ・・・疲れた・・・(汗)ややこしいんだこんちきしょう!(涙)
・・・この話がファンタジーだということを作者自体がうっかり忘れそうです(涙)