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こころ(前)

「キリー・・・いったい・・・。」
「あらそれ誰?私は雪村桐子よ田中健太郎さん♪」
ニコニコしながら平然と言い放つ。
キリーの肩には当然レイミが乗っていた。


「どした〜健太郎・・・・・げっ!」
玄関で立ち尽くしている相棒の所へ飛んできたカー助、レイミと目が合い驚いて着地に失敗し
健太郎の肩にとまれず床に墜落した。

したたかに身体をぶつけ、痛がりながらも起き上がり目をぱちぱちさせた。
「な・・・何でお前がここに・・・。」
「うふふ。これからはいつでも会えるわね〜カー助♪」
カー助は身体を硬直させた・・・・。


・・・この日、キリーがご近所さんになった・・・・。



「ねぇ・・・何で人間界に来たの・・?」
引越しを手伝いながら健太郎は恐る恐る聞いた。
「そんなのモクモクの側にいたいからに決まってるじゃない。」
「でも俺・・・・。」
「好きな人がいるのはわかってる。でもまだ勝負はついてないもの。私は最後まで諦めないわよ。」
ダンボールの中から食器を出し、戸棚にしまっていくキリー。
健太郎が困りきった表情でキリーを見ていると「手が止まってる!ちゃんと手伝ってくれなきゃ
引っ越し蕎麦ご馳走しないわよ〜。」とニヤリと笑って言った。


夕方にはなんとか荷物も片付き・・・女の子らしい可愛い部屋が誕生した。
今日からここがキリーのお城だ。

小さなテーブルにざる蕎麦が4人前乗っかっている。
出前でお蕎麦を取ったのだ。キリーの部屋で早めの夕食を2人と2羽で仲良く食べていた。

食べながら・・・健太郎はキリーの身体に魔法玉の存在を感じ安心する。

「何?人の顔じっとみつめて・・・。」
健太郎の視線に気がつきキリーはきょとんとする。

「いや、ホッとしたんだ・・・。」
「何を?」
「魔法玉・・・。」
「ああ・・・そっか。」
キリーはクスッと笑う。

「本当は魔法玉なんて抜いちゃおうと思ったけれど・・・。」
「キリー。それはダメだよ!」
即座に反対する健太郎。
キリーは真っ直ぐ健太郎を見つめて「どうして?」と言った。
「どうしてって・・・ダメだよ・・・魔法玉を抜くなんて考えちゃ・・・。」
戸惑いながら答える。自分のために魔法玉を抜いて欲しくなかった。
キリーは苦笑いした。
「モクモク・・ううん、これからは健太郎って呼ぶわね。」
「キリー・・・。」
「健太郎だって自分の意志で魔法玉抜いたじゃない・・・。だから私も自分の意志で決める。」
「・・・いつか魔法玉を抜くかもしれないってこと?」
「健太郎が私を受け入れてくれるんだったら、今すぐにだって抜いちゃうわ・・・でも
それはまだ叶いそうにないし・・・。だから今はまだどうするかわからない。」
キリーの言葉に、健太郎は何て答えたらいいのかわからず無言のまま俯いた。





魔法玉。
本当は抜いてくるつもりだった。
引き返せないほど健太郎が好きだったから。
咲子と同じ時を刻むために魔法玉を抜いた健太郎と同じように、キリーも健太郎と同じ時間を生きたかった。
たとえ想いが叶わなくても、それでもいいと思った。
・・・でも、今はまだ魔法玉を持っていようと思った。
人間界はとても怖い所・・・・キリーはそう思っている。
怖い所・・・魔法の国のように穏やかに時は過ぎていかない世界。
キリーには理解できない様々な感情が絡み合っている世界。
そんな所で生きている健太郎は、いつか魔力を使い果たしてしまうだろう・・・そう確信していた。
自分のためにか・・・誰かのためにか・・・どちらかはわからないけど魔力を使い切ってしまう時が
来ると思った。
そう思った時、キリーは決めたのだ。

<守ってみせる>

どんなことからも守ってみせる。
健太郎を死なせたりはしない。
・・・・そのためには魔法玉は必要だった。
自分の魔法が必要だと思ったのだ・・・・・。




















<さあ、今週も頑張って働きますか♪>
月曜日、タイムカードを押し心の中でそう呟く。
関口はこの1ヶ月で、みんなが驚く程の変化を遂げた。
驚くほど・・・・・・真面目に仕事をしていたのだ・・・・。
今までがあまりに仕事サボり魔だったので、普通に仕事をしているだけでも
周りの人間はビックリしてしまうのだ。

普通に仕事・・・・いや、今の関口はやる気満々で普通以上の成果を出しつつあった。

あまりに不思議に思った課長が関口を別室へ呼び出し
『関口・・・一体何があったんだ?』と真顔で聞いてきたほどだ・・・・。

<そんなに俺が仕事してんのが珍しいかね・・・>
ちぇっ!っと心の中で舌打ちしたものの、今までの自分の行いを思い返すと何も言えないよな・・・と
苦笑いするしかなかった。


今日も1日客先を回ろうと思い、必要な見積書だの企画書だのを自分の机から取り出し鞄に入れた。
行動予定を書くボードに行き先を記入する。

「じゃあ行ってきます。」
そう課長に声をかけ元気にフロアを後にする。



「関口君。」
エレベーターホールで呼び止められる。
後ろを振り返り声の主を探す。聞き覚えのある女性の声だ。

「西田さん。おはようございます。」
少し後ろに立っていた女性に、さして感情のこもらない挨拶をする。

「お久しぶりね。元気だった?」
「ああ。めちゃくちゃ元気。」
「そう・・・。」
そう言って女性はかけていたメガネを外した。

西田賀子 28歳 関口より2歳年上だ。人事部に所属している。
色白でスタイルの良い、綺麗な女性だ。長いストレートの髪を仕事中は1つに束ねている。
メガネをかけている時は堅くて真面目なキャリアウーマンという感じだったが
メガネを外し、関口を見つめるその瞳は『女』の色を強く放っていた。

自然な感じで関口の横に立ち、一緒にエレベーターを待つ。
2人きりのエレベーターホール。2人にしかわからない空気が流れる・・・・。

「最近仕事頑張ってるみたいね。」
「おかげさまで。」
「・・・・・誰かのため・・・・?」

賀子の言葉に関口は眉を潜める。
「・・・へぇ・・・俺に興味があんの?」
関口の口調が少し変わる。嫌悪感が感じられる声音。

「・・・ええ。噂じゃある女性に夢中だとか。」
「その通りだよ。」
あっさりと認める。
賀子の、書類を持っていた手が微かに震えた。

「その女性ってB営業所にいる林咲子さん?」
関口は小さなため息をつき「そうだよ。」と言った。

「だからなんなんだ?貴方には関係ない話だ。」
「関係あるわよ。」
挑むような眼差しの賀子に関口はクスッと笑う。

「まさか本気だったとか言い出したりしないですよねぇ?西田先輩?」
「・・・・・・・そうだと言ったら?」
「馬鹿言わないで下さいよ。・・・あんた俺のことなんか見ちゃいなかった。」
「そんなことないわ。」
「ちゃんと知ってますよ。貴方がどんな方々とお付き合いなさってるのか・・・。」
『西田先輩』『あんた』『貴方』・・・関口はころころと呼び方を変えて、冷ややかな言葉を投げかける。


「関口君・・・。」
「たった1回寝たくらいで俺のこと自分の物みたいに詮索すんのやめて下さいよ。」

関口を睨む賀子。
関口の瞳に一瞬だけ悲しさが過ぎる。

「お互い遊びだった。そうですよね?・・・ああ、あんたの場合は『計算』かな・・・・。」
そう言った時の関口の瞳は冷たいものだった・・・・。

エレベーターが到着し一緒に乗り込む。
中には誰もいなくて・・・関口は<まだ2人きりでいなきゃいけないのかよ>と失望する。

「何階?」
「4階・・・。」
「あっそ。」
関口がボタンを押し扉が閉まる。

「・・・本気だって気がついたのよ・・・。」
「・・・へ?」
少々驚き間の抜けた声になる。

「貴方と林さんの噂を聞いて・・・本気だったってわかったの。」
「ちょっと・・・勘弁してくださいよ・・・。」
関口は呆れたようにため息をついた・・・・。

「そんなに林さんが好き?」
賀子は縋るような眼差しで関口を見つめた。

関口は・・・この質問には感情を込め、真面目に答えた。
「ええ。」


賀子は俯き・・・・・・・クスッと笑う。

関口はそんな賀子を見て少し首を傾げる。
「何?」

賀子は顔を上げ、先ほどまでとは打って変った自信ありげな瞳で微笑む。

「関口君。林さんはやめておいた方がいいわよ。」

関口は何を言われるかをある程度予想し
ゆっくりと壁に背中を預け腕組をした。

「・・・何でですか?」



「林さん、結婚していないけれど子供いるのよ。」

2001.10.12 

うわぁ。関口さん嫌われちゃうかなぁ・・・(汗)