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幼馴染A

「人間嫌いのキリーがこの世界に遊びに来るなんて珍しいね。」
何の警戒もせずキリーに近寄ろうとする健太郎。
とっさにカー助は叫んだ。

「健太郎!ダメだ。」
「・・・カー助?」
「逃げるんだ!」
健太郎は足を止め、言葉の意味がわからず首を傾げる。

「逃げるって・・・何から?」
「キリーからだよ!」

健太郎は目を見開いた。




「レイミ・・・話しちゃったの?」
キリーの、優しげだけど静かにレイミを咎める声。
「・・・ごめんキリー・・・でも詳しいことは言ってないわ。」
レイミは震える声で詫びる。

「まぁ、別にいいけどね・・・。いずれにせよ私のことを誰も止めることはできないし・・・。」

そのやり取りをぼんやり見ていた健太郎の所に、キリーはニッコリと微笑みゆっくりと近付く。


「健太郎!逃げなきゃダメだよ!」
肩の上で大騒ぎするカー助。
「・・・何なの?どうしたんだよ・・・カー助もキリーも・・・。」
まったく状況が掴めず、ただ緊迫した空気だけ肌で感じ戸惑うことしかできない健太郎。
・・・・気がつくと目の前にキリーが立っていた。


キリーは両手を軽く胸の辺りまで上げた。
すると・・・そこに金色の光が集り、その中から魔法棒が現れた。

魔法棒を握り優雅な手つきで操る。


「・・・貴方を迎えにきたの。」
健太郎を見つめて微笑む。


キリーの言葉をすぐには理解出来ず、健太郎はしばらくキリーを見つめたまま立ち尽くしていた。


「迎えにきたって・・・・・・どういうこと・・・?」
「そのままの意味よ。モクモクは私と一緒に魔法の国へ帰るの。」


久しぶりに聞く自分の昔の名前。
<魔法の国へ帰る?俺が?>
頭の中で、キリーの言葉を確認するかのように繰り返す。

「何言ってるんだよ・・・俺は人間界で暮らすって決めたんだ。」
健太郎は困惑しながらもはっきりと言った。

「私に黙って何もかも一人で決めて、人間界に降りてしまって・・・そんなの許せるわけないじゃない。」
キリーはキっと顔を上げ、軽く睨みながら健太郎を責めるように小さな声で呟いた。

「キリー・・・?」
「私の気持ち・・・知らなかったんでしょうね・・・。」
「気持ちって・・・。」
「モクモク・・・鈍感だもんね。」


キリーは健太郎の頬をそっと手で撫でる。

「貴方は私のもの。」
そう言って後退り魔法棒で宙に円を描く。

すると金色の光が健太郎とカー助、レイミとキリー自身を包み込んだ。


健太郎は、自分を包み込んでいく光を見ながら愕然とする。
「キリー・・・まさか・・・。」


その魔法が何なのか、健太郎にはわかっていた。
「嫌だ!やめてくれ!」
健太郎は必死で叫ぶ・・・。
魔法を使われたら健太郎は抵抗できない・・・・魔法使い相手では何もできない。

「健太郎!」
カー助も何とかしてあげたいが、自分の魔力ではどうすることもできない。



暗い夜道が一瞬昼間のように明るくなり・・・やがて金色の光は徐々に衰え、もとの静かな闇に戻る。
そこには健太郎達の姿はなく、ただケーキ屋の箱だけが地面に落ちていた。









懐かしい・・・匂い・・・。
たくさんの緑の匂い・・・。

「・・・けんた・・・う!」


<カー助・・・?>
自分を呼ぶ声に気がつき、少しずつ意識がはっきりしてくる・・・。

「健太郎!!」

ゆっくり目を開ける・・・。


澄んだ青空が視界に映る・・・。


やわらかい草の上に、仰向けで寝転んでいる自分に気がつく。


「健太郎!大丈夫か?」
心配げに自分を覗き込むカー助の顔。
まだ頭が働かず、状況を理解出来ずにいたけれど・・・微笑む。
「大丈夫だよ・・・カー助・・・。」


「やっぱり魔法玉がない身体じゃきつかったみたいね・・・。」
視界に自分を見つめるキリーの顔が映る。
その瞳は少し心配そうな色をしていた。

「キリー・・・・・あ・・・あれ・・?」
少しずつ頭がはっきりしてくる・・・・そうだ・・・キリーが使った魔法は・・・。




懐かしい風が吹く・・・。



健太郎はガバっと身体を起こし、辺りを見回す。
見覚えのある景色・・・森や山々・・・空には魚や動物の形をした船が魔法の力で浮いている。

「健太郎・・・。」
カー助が健太郎の膝に乗り、悲しげな目で見上げる。








目の前に広がる・・・魔法の国の風景。
「・・・嘘だろ・・・・。」
絶望的な気持ちになる・・・。


「ここ、覚えているでしょ?昔良く遊んだ森よ。」
「キリー・・・!どうしてだよ!今すぐ人間界に戻してくれよ!」
何のためにこんなことをしたのか・・・健太郎にはキリーの行動が理解出来なかった。

人間界と魔法の国の行き来には魔力が必要となってくる。

健太郎は、この森に住んでいた魔法の達人である長老に魔法玉を抜いてもらった。
そして、その場で長老の魔力で人間界に送ってもらったのだ。

「ダメ!モクモクは私と一緒にいるの。」

キリーは健太郎の言葉を笑いながら聞き流す。

健太郎はキリーを一瞬睨んで目を逸らす。
立ち上がり、身体についた草を払い落とす。

「カー助。帰ろう。」
側にいたカー助を呼び、キリーに背を向け歩きだす。

「健太郎、何処に行くんだよ。」
羽をはばたかせ健太郎の肩に飛び移る。

「長老様の所。」
「なるほど!」



「行かせない。」
離れていく健太郎の背中にキリーは言った。

「私・・・小さな頃からずっと好きだったのよ・・・。」
「・・・え?」
その言葉を聞き、健太郎は足を止め振り返る。


「モクモクのことがずっと好きだったのよ。」

鈍感な健太郎。
キリーの告白にただただ驚いていた。

2001.10.3 ⇒