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「本当にいいんじゃな・・・。」

白い髭を胸の辺りまで伸ばした、痩せているが威厳に満ちている老人が1人の若者に問う。
若者はちょっと緊張気味ではあったが力強く答える。

「はい!」

老人は小さなため息をついた。

「では・・・。これからお前の体から『魔法玉』を取り出すぞ。わかっていると思うが、
これは我ら魔法使いにとって『心臓』と同じくらい大事なものじゃ。これをなくすということは
もうお前の身体からは『魔力』を作り出すことは出来んということじゃ。」
「はい。わかっています。」
「そしてお前は人間と同じ速さで年をとる。人間と同じような人生を送ることになる。」
「はい。」
「でも、それはあくまで『見せかけ』であって、お前は人間じゃない。『魔法玉』をなくしても
体は魔法使いのままなんじゃ。魔力を完全に失えば、お前は砂となって消えてしまう。
『魔法玉』をなくした後、残る魔力はお前の体に蓄積されている分だけじゃ・・・・・・。」
「はい。」
「それを使い切ったらお前は死んでしまう。・・・だから決して魔法を使うでないぞ・・・。」

その言葉に頷く若者の瞳は、とても真剣で・・・覚悟を決めていた。

「・・・・お前も変わりものじゃのぅ・・・人間の世界で暮らしたいだなんて・・・。」
老人は若者を優しげな目で見つめ・・・右手をかざした。
若者は目を瞑りその時を待つ。

一瞬胸に痛みが走り、若者は意識を手放した。


このお話は、魔法使いを放棄し、人間と暮らすことを選んだ『田中健太郎』の物語です。

魔法使い田中健太郎
思い込んだら一直線!

「林先輩。昨日の請求書、出来上がっていますか?」
「あ、出来上がってるわよ。今日も朝から外回りかぁ。頑張ってね!」
そう言って請求書の入った封筒の束を手渡す。


「じゃあ行ってきます!」
元気に営業所を後にするこの男。
名前は田中健太郎(男) Kサービス(株)入社2年目の社員だ。小柄で地味な顔立ちだが
元気いっぱいの笑顔と行動で存在感がある。かなり若く見え、学生に間違えられる彼、年齢は24歳。
・・・でも本当の年齢は・・・・・・・。

・・・・そう健太郎には重大な秘密がある。
実は彼、魔法使いなのだ。
正確には『脱魔法使い』しちゃったので、元魔法使いなのだが・・・。
だから本当の年齢も357歳。人間でいうところの20前後の年齢だ。
魔法使いの平均寿命は2000歳。
でも、健太郎は魔法を捨てたので人間並みの速さで年をとる。
健太郎の元の名前は『モクモク』


健太郎は魔法の国を捨て、人間界で暮らすことを選んだ。
何が彼をそうさせたのか・・・・。
それは『恋』である。

健太郎は、昔人間界に遊びに来た時に運命の出会いをする。
・・・もっとも、運命を感じたのは健太郎だけだったのだが・・・・。
一目惚れだった。彼女を見た時健太郎の心に花が咲いた。
その相手とは・・・・・・

林咲子25歳 Kサービス(株)入社3年目の社員。
髪はショートで、どこか少年っぽい顔立ちの彼女。見た目も性格も爽やかで、社内でも人気がある。
現在健太郎と同じ職場にいて、1つ上の先輩だ。
健太郎は2年前『脱魔法使い』して彼女を追ってKサービス(株)に入社した。

健太郎は人間界に来て、命にかかわるので使ってはいけないと言われている魔法を
ちょこっと使ってしまった。
それは人間界で生きていくために、彼自身の情報をこの世界に植え付ける操作と
咲子と同じ職場になるために使ったのだ。
まあ、これくらいなら体に蓄積されている魔力は、まだまだなくならない。

今はまだ、咲子に気持ちすら伝えられない片想いだけど、いつか想いを伝えて
この恋を成就させたいと、それだけを願って魔法を捨てた健太郎。



今はまだ
咲子から見て健太郎は、可愛い後輩でしかなく恋愛の相手としては対象外、そのことも
健太郎にはわかっていた。
だからこそ<いつか頼もしい男になって告白するぞ!>と心に誓っている。

物事を良い方にしか考えず、いつも前しか向いてない楽天家の健太郎。
未来は明るい!・・・・・・・・と本人だけは信じていた。






健太郎が営業所を出てすぐ本社から1人の男がやってきた。

「やあ、林さん。元気?」
上から下までブランド物で着飾って、お金持ちのお坊ちゃんって感じの男が
パソコンを打っていた咲子に話し掛ける。

咲子は心の中で<この忙しい時に話し掛けないでよ!>と文句を言うが
顔ではにっこり笑って応対。
「元気ですよ。今日は何の御用ですか?」
「用がなきゃ来ちゃいけないの?」
「いいえ〜そんなことありませんけど!」
思い切りトゲを生やした言葉を投げる。
が、男には全然効果なし。

この男、Kサービス(株)の社長の息子。
関口秋彦26歳。入社4年目だ。顔は一般的には『かっこいい』部類に入るのかもしれないが・・・。
咲子にとっては、今や『うっとおしい』という言葉を表すための顔になりつつあった。

関口は有名な女好きで、気に入った子に手当たり次第手を出している。
今は咲子を狙っているようで、ちょくちょくこの営業所に訪ねてくる。
関口は、一応本社の営業部に席を置いているが仕事はほとんどしていない。
社長の息子なので誰も何も言えないでいる。
以前関口の不真面目な態度を怒った上司が飛ばされた・・・という話もある。

本社から咲子のいる営業所は電車で20分くらいの所にある。
<もっと離れていれば、こんなに頻繁にこないだろうに・・・>と思ったりもしたが
<いや・・・この男なら遠くても来るだろうな・・・>と思い直しガックリした。

咲子は関口から3度『君のことが好きだ。』と告白され、その都度『ごめんなさい。』している。
数え切れないほど食事に誘われているが、1度もOKしていない。

そんな咲子の態度に怒りを覚えつつも<簡単に手に入らないからこそ燃えるんだ!>
と、意気込む関口。




そんなことも知らずに
のほほんとしている健太郎。
彼の恋の行き先には敵多し!・・・なのであった・・・・・。

2001.9.14 

また変なお話始めちゃった(笑)今度はラブコメファンタジーを貫こうと心に誓っています。コメディでいきます!
ええ!絶対最後までコメディです。・・・・・・・・・たぶん・・・・。・・・う〜む〜・・・・(汗)