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(9)幸せの星C

昔婆ちゃんが言ってたな・・・・。

『人間だから嘘もつく。でもな、幸太・・・ときどき嘘は本当のことまで嘘にしてしまうよ』

小さな子供だった俺にはよくわからない話だった・・・。


「ふわぁ〜・・・」
ベッドから上半身起こして思いっきり伸びをする。
朝!まるで高級ホテルのような室内の立派なベッドの上・・・で俺は爽やかなお目覚め!
・・・・・・なんてね・・・倉田家での生活が始まってもう1週間経つが・・・どうも慣れない・・・。
3階の一室に俺の部屋を用意してくれた。独身寮の部屋に比べて比較にならないほど広い部屋・・・・
立派な机に立派なソファーとテーブル、立派な本棚・・・・どれもこれも高そうだ。
運び込まれた俺の荷物はこの部屋のほんの少しのスペースで済んでしまうほどの量だった。
しかも私物みんな『場違いですぅ・・・』と悲しそうな声を上げているように見える・・・。

「・・・俺、金持ちになって大きな屋敷に住んでもきっと一部屋しか
使いこなせないんだろうな・・・・・・・」
ああ・・・・朝から寂しい想像をしてしまった・・・・。


それにしても・・・・。
「何か大切なことを・・・・忘れているような・・・・」
そう、ここに来てから何か思い出せないでいる・・・・。
ま、いっか・・・・。





倉田さんは俺が『秘書』として雇われた・・・ということを疑うことなく信じてくれた。


ここでの俺の生活。実にのんびりとしたものだ。
朝7時頃起床。食事は3食とも倉田さん、三田さんと食堂で食べる。俺にとっては豪華な食事。
他の倉田家の家族とはまだ顔を会わせていない。三田さんの話だと食堂はもう1つ別にあり、
俺たち3人以外はそっちで食べているそうだ・・・。俺が来る前は倉田さんと三田さん2人きり・・・
たまに会長も加わっての食事だったそうだ・・・。

何でみんな一緒に食べないんだろう・・・やっぱり倉田さんが避けているんだろうか。

それから2〜3時間は、一応『秘書』として雇われているわけだから
秘書室にいる。まさに『いる』だけ。何もすることがない。
一度貝塚が忙しそうにしていたので「手伝いましょうか」と声をかけたが
丁重に思いっきり断られたので俺も思いっきりボーっとすることに決めた。
・・・実はこの時間がとても苦痛なのだ・・・。何故って・・この貝塚という男・・・
どうも好きになれない・・・。忙しそうにしているくせに気が付くと俺のことを
楽しそうに見詰めてる・・・・。

「君はとても面白い人ですね」
ニッコリ微笑みながら言われた・・・でも目が・・・恐かった。
冷たい目・・・・ぞっとした。
・・・・・たまに貝塚は倉田さんのことも同じように見詰めてる・・・ような気がする。
何を考えているのかわからない・・・。


この時間さえ我慢すれば・・・・後は正直・・・楽しい時間だった・・・。
ほとんど倉田さんと三田さんと俺、3人でお茶飲んだり庭を散歩したり
車でデパートに買い物に行ったり・・・・。
・・・要するに『のんびり』しているだけなのだが・・・。
倉田さんは俺の話を聞きたがる。子供の頃の話、どんな遊びをしていたのかとか・・・
夢はなんだったのかとか・・・中学校の頃の話、高校、大学・・・・想い出話を
とても楽しそうに聞いている。
倉田さんは笑顔を絶やさない。いつも花のような笑顔で俺のことを迎えてくれる。


倉田さんは中学校から短大まで女子校で過ごした。
だから男の人が苦手なんだろうか・・・。
でも苦手なのは『男』だけじゃない。人と関わることを極端に避ける。
幼稚園から短大を卒業するまでに友達はいたのだろうか・・・・・。
短大卒業後はあまり家から出ない生活が続いているそうだ。


庭にテーブルを置いて3人きりのお茶会をしている時、倉田さんが席を外したのを見計らって
倉田さんの友人の存在について聞いてみる。
「私が知る限りでは・・・舞様にご友人がいるような気配はありませんでした」
・・・と三田さんは言う。
「あんなに楽しそうに話するし笑うし・・・人を避けてるなんて信じられませんよ・・・」
「私に言わせると今の舞様の姿の方が信じられません・・・でもあんな笑顔を見れて嬉しいです」
三田さんは困惑している俺を見てクスッと笑い、言った。
どう反応してよいのやら・・・・。もちろん倉田さんの笑顔を見られるのはとても嬉しい。
でも・・・何で俺なんだ?『好意』を持ってくれているのはすげー嬉しいけれど
・・・それだけではないような気がする・・・。
倉田さんの『特別』な存在は今まで会長と三田さん・・・だけだったんだろう。
なのになんでその中に俺も入れたんだろう・・・。そもそも極力人を避けていた彼女が
何でパーティーで俺に自分から話し掛けてきたんだろう・・・。
・・・わからないことだらけだ・・・・。
そんな考え事をしていると倉田さんがたくさんのお菓子を抱えて戻ってきた。
「舞様言ってくだされば私が行きましたのに・・・」
三田さんが慌てて言う。
「いいんです。ついでだったし・・」
テーブルの上にお菓子を載せて自分の席に座るやいなや
「井原さん、さっきのお話の続き聞かせて下さい!」
少し首をかしげてニコっと笑う・・・か・・・可愛い・・・。


彼女が笑ってくれるなら・・・・俺は本当に初めて話甲斐のある自分の過去に感謝した・・・。



その時一台の車が倉田邸に入ってきた。誰だろう・・・。
その車を見た途端、倉田さんは席を立ち、小声で言った。
「三田さん、私部屋へ戻ります・・・」
小走りに去っていってしまった。三田さんも慌てて後を追う。
俺は展開に付いて行けずポツンと取り残された・・・・。
「・・・どうしたんだろう?」
原因はあの車?そう思い車を見詰める。
車は屋敷の脇にある車庫に停められ、中から・・・若い・・・男性と思われる人物が出てくる。
倉田家のお客様だろうか・・・・そう思っていると、その人物は屋敷には入らず・・・
おい・・・こっちに向かってくる・・・・しかも・・・・お・・怒ってる?


な・・・何で?こんな男知らないぞ?なのに何で?
あの怒りの対象って俺だよな!!やっぱり・・・・何でだぁ!!



初めは早歩き程度の速度で、それがどんどんスピードが上がり、しまいにゃ全力疾走で
俺の方に向かってくる。俺は今までの経験上、危険を感じ・・・とりあえず逃げる!!



「何で逃げるんだぁぁぁぁぁぁ!!」

お前が恐いからに決まってるだろう!!

「そっちこそ何で俺を追ってくるんですか!!」

追われる者と追う者の会話が続く。大人の男が2人、庭で追いかけっこ・・・
はたから見たらさぞかし笑えるだろう。

「君が舞ちゃんにちょっかい出すからだぁぁ!!」

何だそりゃ!!

「ちょ・・・ちょっかいなんか出してませんよ!!」

「嘘だ!!まんまと秘書になって潜り込み、今だって仲良くお茶なんか
してたじゃないか!!」


「それには深い事情が・・・」

そう言いながら男の方を振り返る・・・・・げっ!!顔をぐちゃぐちゃにしながら
泣いてる・・・泣きながら怒っている。
年は・・・俺と同じくらいかな・・・ブランド物のスーツを着て・・・髪は長めでゆるいパーマ
がかかっている。お坊ちゃんって感じの雰囲気を持った男だ。体格は俺とあんまり変わらない。
もし殴りあいになっても反撃できるだろう。そんな観察をしていた時、男が言った。






「あんなに脅したのにまだ懲りないのか!!」






・・・・・あんなに・・・脅した・・・・?






大事なこと・・・思い出した・・・・。

俺、走るのをやめ立ち止まった。つられて男も止まった。

・・・・へっへっへ・・・そ〜かぁ〜。


「てめーか・・・・俺殺そうとしたの・・・・・」



俺、怒りで声が震える・・・そりゃそうだ・・・あんな恐い目に合わされれば誰だって怒るだろう!
男は俺のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか今までの威勢はどこへやら・・・逃げ腰になる。

振り向いて男に怒鳴った!!


「ホームで背中押したのお前かって聞いてんだよ!!」

男はビクッとし、少し後ずさり、逃げ出した。

今度はまるっきり逆の構図、俺が男を追い、男が逃げる!
逃がすか!!とっ捕まえて警察突き出してやる!!

「まさかあんなによろけるとは思っていなかったんですよ!!」

ふざけるな!!本当に死ぬとこだったんだ!!

「何であんなことしたんだよ!!俺お前なんか知らねぇぞ!!」

ここで俺、男の服を掴むのに成功。男は芝生の上へ座り込み頭を抱え縮こまった。

「舞ちゃんを取られたくなかったからだ!!」

・・・な、何だって?

「パーティーで舞ちゃんと楽しそうに話してたのを見て・・・悔しかったんだ・・・・」

泣きながら男は言った・・・。こいつも西園寺のパーティーに来ていたのか!
悔しかっただと?・・・そんな理由で納得できるか!!

「人の命を何だと思ってるんだ!!」

「殺す気はなかったんだ・・・ただちょっと脅すだけのつもりで・・・」
「そんなの知るか!!さあ!警察に行こうぜ!!」
男の腕を掴み立たせようとするが男はガタガタ震え立とうとせず、泣き続ける・・・・・・。
そんな男の姿を見ていたら・・・何だか体の力が・・・抜けた・・・・。



それに・・・実際・・・警察に連れて行くことは・・・出来ない。こいつが誰だか知らないが
・・・また倉田さんがらみの事だ・・・・・この件も知られたくない・・・・。


くっそ〜!!泣きたいのはこっちだ!!俺も頭をかきながら座り込む・・・。




ため息をつき、なるべく穏やかな声を作って言った。
「あんた・・・いったい誰なんだ?」

男は俺の顔を恐る恐る見ながら答えた。
「た・・・田中雄一郎・・・・・・」
「倉田さんとはどういう関係なんだ?」
「僕はT商事の社長の息子です・・・・昔から倉田家とは付き合いがあったし・・・」
なるほど・・・・・・。


田中を落ち着かせるためテーブルにあった紅茶を持ってくる。冷めちゃってるけど・・・・・・。

ひと口飲んで男はため息をついた。
「本当にすみませんでした・・・・」
そして男は話し出す・・・。
「僕、子供の頃もよくここへは遊びに来てて、その時は舞ちゃんといつも遊んだ・・・・
なのに舞ちゃん・・・あの事故を境に俺を避け始めた・・・」
「事故?」
「飛行機事故です。舞ちゃんのご両親はその事故で亡くなりました」
・・・・・飛行機事故・・で亡くなったのか・・・・・・。
「舞ちゃんそれから笑わなくなりました・・・・・悲しみが大きかったのはよくわかります・・・
でも何で僕を避けるようになったのかどうしてもわからなかった・・・・」
・・・田中だけじゃなく・・・この時から全ての人を避けるようになったんじゃないのか?
何らかの理由で・・・・・・・。
「でも僕・・・舞ちゃん好きだったし・・・・今でも好きだし・・・・・そんな時、西園寺さんのパーティーで
君と話している舞ちゃんが笑っているのを見て・・・悔しくて・・・・貴方のこと調べて・・・
あの日・・・・・後をつけて・・・・本当にすみませんでした・・・・・」


ったく!!
・・・・・・・・すごく不本意で、むちゃくちゃ腹は立つが・・・・・・今回は
許してやる・・・・か・・・・・あ〜あ・・・嫌だ嫌だ!!


「もう2度とあんなことしないな?」
「はい・・・・誓います」

「んじゃ・・もういいよ・・・忘れる・・・」
立ち上がって膝についた芝生の葉っぱを払う。


田中はパッと明るい表情になり、立ち上がった。
「ありがとうございます!!ありがとうございます!!!」
嬉しそうに何度も何度も頭を下げる。


これで俺も命を狙われることもなくなるし・・・・ホッとし自然に笑顔になる。

気が付くと・・・

田中が俺の顔をまじまじと見ていた・・・・。
「何だよ・・・俺の顔に何か付いてるか?」

しばらく何も答えず考え込んで・・・ボソッとつぶやいた。
「・・・なんか・・・とても懐かしい気がする・・・」

懐かしい?

「貴方の笑顔・・・・・すごく懐かしい・・・何でだろう・・・」
何わけのわからないこと言ってんだ・・・こいつ。
俺は肩をすくめて言った。

「とにかく!!約束は守れよ!!」
田中はハッとしたようにまた頭を下げた。
「はい!!」

「それにしても・・あの黒い封筒、ありゃ本当に恐かったぞ!」



俺が言ったこの言葉を聞き、田中はキョトンとした。


・・・・・嫌な展開だ・・・・。

俺、すがるような気持ちで再度確認する。
「『殺してやる』って書いた気味悪い手紙のことだよ!!・・・・・・知らないのか?」

田中は首をかしげて言った。
「何ですか?・・・それ・・・」

・・・・・・おい・・・・田中・・・しらばっくれて・・・・・・・いるようにはとても見えない・・・・
第一田中が今更手紙のことだけしらばっくれる理由も・・・ない。



じゃあ・・・あの手紙・・・・誰が出したんだ?







2001.4.19  次ページへ

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