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(10)幸せの星D

あの黒い手紙の主は誰なのか、謎は消えないまま・・・・。

田中雄一郎は帰って行った・・・あいつは俺が倉田家にいると知り、いてもたってもいられず
来ただけなんだそうだ。暇な奴だな・・・まったく。


あの後俺は自分の部屋で考え込んでいた。
ベッドに寝転がって黒い封筒を見詰める・・・・。捨てたくても何となく捨てられなかった。
誰なんだ・・・いったい・・・。他にも俺を嫌っている人間がいるのか・・・。
でも何でだ?やっぱり・・・倉田さんがらみなのかな・・・・・。

トントン・・。

ドアのノックの音。
「井原さん、夕食の準備が出来ましたよ」
ドア越しに三田さんの声。
窓の外は既に真っ暗になっていた。
ああ・・・もう日が暮れていたのか・・・・気が付かなかった・・・・。

夕食の時倉田さんは・・・少しだけ元気がなかったように感じられた。

それでも夕食後倉田さんの部屋で『怪談話』で大盛り上がりした。
特に三田さんは恐い話を語らせたら右に出るものはいないぞ・・・というくらい
恐がらせるのが上手かった・・・・。この人の新たな一面を発見・・・・・。

気が付くと10時を過ぎていて本日はお開きにして俺は自分の部屋に戻った。

風呂にでも入ってビールでも飲もうかな・・・と思っていた時、いきなりドアが開いた。
いけね!カギ掛け忘れた!!
例の手紙のことが脳裏をよぎる・・俺ってどうも危機感がたらない!!
ドアの方に振り向きドアを開けた主を確認する・・・・。


そこには・・・生意気で軽そうな二十歳前後の男が立っていた。

「あんたが井原さん?」

・・・あ!こいつ・・・きっと次男夫婦の息子だ・・・・兄か弟・・・・きっと弟の方だ!!

うわっ!感じ悪っ!!明らかに人を見下したような目つきで俺のこと観察してる。
髪は金髪に染め、身に付けているのはたぶん高価な物ばかりなんだろうが・・・
こいつが着るとどれも軽薄に見えてくる・・・。
身長は俺より少し高いくらい・・・175cmくらいかな・・・・。色白でひょろっと痩せていて
だらしなく立っていた。

「そうですが・・・貴方はどちら様ですか?」
一応雇われている身だし、丁寧に応対するが・・・人に何か尋ねる時は自分からまず名を名乗れ!!
・・・という気持ちを込めて聞いた。

「忠雄だよ!く・ら・た・た・だ・お」
人を小ばかにしたような口調!スゲー嫌な奴。

「どんな奴かと思ったら・・・・俺よりガキっぽいじゃん」
何だと!!確かに俺は童顔かもしれないが、お前にガキ呼ばわりされたくなんか
ない!!

と、このクソガキの頭を軽く小突いて入って来たもう一人の男が目に入った。

「失礼だろう。まったくお前は挨拶もまともに出来ないのか?」

クソガキの背後から現れた人物・・・・・。こちらは体格はクソガキと同じくらいで
顔も少し似ているが身なりや雰囲気が全然違う。
ぱりっとしたスーツを着ててとても良く似合っている。髪もサラサラしていて
短く切られている。清潔感があって・・・知性が満ち溢れてるって感じの
男・・・・。こいつが兄の方か・・・。
肩をすくめ弟は「けっ」と言って部屋から出て行った。
弟を見送り兄は俺に向かって丁寧に挨拶してくれた。
「すみませんね・・・・無礼な弟で・・・・僕は倉田修治です今19歳大学生です。
忠雄は18歳、1歳違いなんです」
1歳しか違わないのに兄の方は随分しっかりしている。
「いえ・・・井原幸太です。初めまして・・・・挨拶が遅れて申し訳ありません」
初めて倉田さん以外の倉田家の人間に会った。
雇われた時挨拶をするものかと思っていたが三田さんに必要なし・・・と言われた。
「みんな勝手に行動しているのでなかなかつかまらない」・・・ということと
俺の存在はすでに連絡済、俺に会いたければ勝手に会いに来るだろう・・・ということだった。

兄貴は感じの良い奴だな・・・・。

兄、修治は片手にお盆を持っていてその上に紅茶が2つ乗っていた。

1つを俺に手渡しながら言った。
「貴方が来てから舞も明るくなって・・・感謝します」

「あ、ありがとうございます」
その後、ソファーに座り紅茶を飲みながら2人でしばらくたわいのない話をした。



どれくらい、経ってからだろう・・・やたら眠くなってきた・・・・・。
変だな・・・いつも充分すぎるくらい寝てるのに・・・・・。


そんな俺の様子見て修治がクスッと笑う。

「効いてきたみたいですね」


言われていることがわかるまで少し時間がかかった。
・・・・・・何か紅茶に・・・・入れたのか?


「これからここに一人の女性が尋ねてきます」

「・・・女性・・・?」
修治の思惑がわからず困惑する。

「父は貴方のことを単なる秘書としか見ていないけれど・・・僕は騙されませんよ」
何言ってんだこいつ・・・。
「・・・騙すって・・・いったい・・・」
何を言われているのかがよく・・・わからない・・・ただでさえ眠いのに・・・・。

「舞に近づいて・・・何するつもりなんです?」

近づいてって・・・・・無理やり俺を連れて来たのは会長だろう!

「会長は舞を溺愛している。はっきり口に出して言わないがきっと将来舞の夫になる
男に何もかも全部譲るつもりだ」

そんなこと・・・・俺に言われても・・・・。

「そういう意味で貴方はすごく邪魔なんです・・・父にとっても僕にとっても・・・だから
舞に嫌われてもらうことにしました」


倉田さんに・・・嫌われる?
「嫌われてって・・・・」
修治はクスクス笑いながら俺に言った。
「もうすぐお金で雇った女がここへ来ます。君と寝てもらうために」

ここで初めてこいつが何をしたいのかわかった。
俺が眠ってしまえば、どんな証拠写真でも撮れるだろう・・・。
そんなもの倉田さんが見たらそりゃ嫌われるな。
こいつ・・最低野郎だ・・・・・・。
ちくしょー!!ね・・・眠い・・・逃げ出そうと思い何とか立ち上がるけれど
ふらつく、ドアの前には修治がいる・・・・・・ダメだ・・・逃げられない・・・。





その時、俺の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
庭に面している窓の外からだ。




「いっはらさぁ〜ん!」



この声・・・・・ああ・・・・・きっと・・・あいつだ・・・・・
何とか窓までたどり着き窓を開けた。

俺に気が付き声の主は言った。

「三田さんから電話で君がここで働いてるって聞いてどうしても会いたくて来ちゃいましたぁ〜」


とびっきりの笑顔。

普通ならこんな時間に非常識な!!・・・と腹立てるところだが・・・この強引さに今日は感謝。
最後の力を振り絞り、叫ぶ。




「西園寺ぃ!!」

そこで俺の意識・・・・・なくなる・・・。




頼むよ・・西園寺・・・いつものお前のスッポンみたいなしつこさと、ずうずうしさで・・・俺を見つけてくれよ・・・・。


頼むから・・・・・・・。









まぶしくて目が覚めた・・・・。
窓の外は既に明るくなっていて・・・・・俺はベッドに寝ていた・・・。
横になったまま記憶を整理・・・・。
昨日・・・・・・あ!!少しずつ思い出し、あせった!


上半身を起こし自分の姿を確認!・・・・ホッとする。寝巻きちゃんと着てる。
隣に・・・・見知らぬお姉さまは寝ていないな・・・・・代わりに
ベッドの傍らでイスに座って眠りこけてる西園寺発見。


こいつのおかげで・・・助かったんだ・・・・・・。

心底・・・・ホッとし、西園寺に感謝した。

こいつが庭で騒いでた時点で修治の作戦は失敗してたわけだ。



「・・・う・・・ん・・・井原さん・・・!」
俺の起きた気配で西園寺も目を覚ます。


「・・・ぐっともーにんぐ〜・・・」
へらっ・・・っと笑いながらご挨拶。西園寺はしばらく俺の顔を見詰めて
がばっと抱きついてきた。
「よ・・良かった!!心配していたんですよ!!良かった!」

き・・・気色悪いが今日は耐えよう・・・・。こいつのおかげ・・・こいつのおかげ・・・。

「さ・・・西園寺さん、昨日のこと・・・話してもらえませんか?」

目が半泣き状態の西園寺、俺の言葉にうなずき詳しく話してくれる。

「昨晩窓から顔を出した井原さん、様子が変だったから玄関開けてもらうの待っていられず
開いてた窓から家の中に入ってこの部屋にたどり着いたんです」

えらい!西園寺!!えらいぞぉ〜!

「そして部屋の中で倒れている君を発見したんです」
「その時部屋には俺だけだった?」
「はい」
・・・・・修治・・・あの野郎・・・逃げやがったか・・・・。

「私が騒いでいたので舞さんや三田さん、貝塚さん・・・息子さん達もやって来て・・・・」

ちょっとした騒ぎになったのか・・・・。

「舞さんものすごく心配されて・・・私は医者を呼ぼうとしたのですが・・・」
「・・・息子・・・・修治さんが必要ないって言わなかった?」
「・・・よくわかりましたね・・・・きっと新しい生活で疲れがたまってただけだろうって
修治さんと・・・貝塚さんが・・・・」
・・・へえ・・・貝塚も・・・・ねぇ・・・。

「井原さん、見たところとても気持ち良さそうに寝ていたし・・・修治さんの意見で強引に
朝まで様子を見ようってことになっちゃって・・・・とても心配しました・・・・だから側で様子を見て
いようと思って泊まらせてもらったんです・・・」

本当に西園寺に・・・感謝しよう・・・・。
こいつだから出来た行動だ・・・・。

トントン

ドアを叩く音がして・・・少しだけドアが開いた。

ひょこっと顔を出したのは・・・倉田さんだった・・・・・・。

俺と西園寺とに同時に目が合い慌ててドアを閉め、ドア越しから話し掛ける。

「あ・・・あの朝食持ってきたんですが・・・・・ちゃんと4人分・・・私と三田さんも
一緒に食べようと思って・・・・・」

「倉田さん、気を使わずに入ってきて下さい!」
俺が声をかけるとゆっくりドアが開き、朝食を載せたワゴンを押しながら倉田さんが入ってきた・・・。

「三田さんは少し後で来ます・・・・。先に食べてて下さいって・・・・」

それから少し微笑んで言った・・・。
「良かった・・・・井原さん・・・元気になって・・・・」

西園寺がいるせいか、倉田さんはそれっきり無口になり
西園寺もなんとなく気まずそうにしている・・・・・・。
「とりあえず・・・食べましょう!」
それから俺一人で話しまくった・・・・。

朝食を食べ始めてすぐに三田さんもやって来た。
少し表情が硬い・・・・。

朝食を終え倉田さんと三田さんは一旦部屋を出て行くが、しばらくして
三田さんだけが戻って来た。

「西園寺様・・・申し訳ないのですがちょっと席を外していただけませんか?」
三田さんは真面目な顔でそう頼んだ。
西園寺は素直に従い庭を散歩しに行った。

部屋に2人きりになり・・・本題に入った。
「昨晩何があったんです?」
三田さんは薄々気が付いていたのかな・・・・。
俺は正直に全て話した。三田さんはため息をつき申し訳なさそうに言った。


「貴方の本当の経緯を知っているのは私と貴方、それと貝塚さんと会長だけです
・・・昨晩のことがあって、もしかして他の人に漏れたのかと思い貝塚さんにも確認
したんですが秘密は守ってくれているようです・・・・」

そうか・・・本当のことがわかれば今よりもっと邪魔な存在になっちゃうのかな・・・。

「でも・・・日頃の貴方と舞様の様子を見ていれば・・・・そういうことも起こってしまう可能性は
充分あったでしょうに・・・・すみません・・・私が至らないばっかりに・・・・」
うなだれる三田さん・・・俺は慌てて言う。

「三田さんのせいじゃあないですよ!!みんなあの修治って奴が悪いんです!!」
いくら邪魔だからって、あそこまでやるかぁ?普通。


「これから先も何かあるかもしれません・・・・私も精一杯気をつけます」
「俺もできるだけ注意しますから・・・・」
これから先、この家の中では三田さんと倉田さん以外は・・・信用するのをやめよう・・・・・。

三田さんが部屋を出て少し後に西園寺が部屋に戻って来た。
俺はそろそろ起きるため着替えようとしていた。
それを見て西園寺は慌てて止めた。

「今日1日は寝てなきゃダメですよ!!」
「もう大丈夫ですよ・・・」
俺が1番よくわかってる。たっぷり寝たし・・・・。


スーツに着替え形だけの『秘書』をやりに行こうとした時、西園寺も
帰り支度を済ませていた。

「井原さん・・・・・」
「はい・・・?」
「もし・・・私の力が必要な時は言って下さい・・・・いつでも飛んで来ますから」
微笑みながら言った。

西園寺は西園寺なりに俺の状況を何か感じ取っているのかもしれない。

「貴方は大切な友達です。力になりたいんです」


西園寺の気持ちがとても嬉しかった・・・・。
今すぐこいつに頼み込んでここから逃げ出したい衝動に駆られた。
・・・でも・・・だめだ。今逃げたら一生後悔する。
それに逃げ出したい反面・・・・・ずっといたいと願う気持ちもあった。



「ありがとうございます・・・・・」
俺は精一杯の笑顔で答える。


西園寺はしばらく俺を見てて・・・・そして言った。


「貴方に会ってから・・・・ずっと・・・・すごく懐かしくなる時があって・・・・」

田中と同じことを言っている・・・・・なんなんだいったい・・・。


「今わかりました・・・・・・貴方・・・・似ている」

似てる?
「似てるって・・・誰にですか?」

後から思えば・・・余計な質問だった。
出来ることなら知りたくなかった・・・・・こんなこと。

「顔とか姿とか・・・そういうのが似てるんじゃなくて・・・・・・・雰囲気だ・・・・・
貴方が作り出すその場の空気が似てるんだ・・・・・・・だからすぐにわからなかった・・・・」


西園寺、一人でぶつぶつ言っている。いったい誰に似ているんだ?





そして西園寺は・・・信じられない・・・信じたくない言葉を言った。



「舞さんの亡くなったお父様に似ているんです」


2001.4.19   次ページへ

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