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(11)幸せの星E

「舞さんの亡くなったお父様に似ているんです」

・・・・この言葉は俺の心に突き刺さった。

「舞さんの亡くなったお父様に似ているんです」

だから?・・・だからあんなに楽しそうに話してくれたのか?

だから話し掛けてくれたのか?

だからあんなに・・・・・笑ってくれたんだろうか・・・・・・・。

そうだよな・・・・それなら・・・納得できる・・・・・俺が『特別』な存在になれた理由・・・。




でも・・・・痛い。これは・・・心が痛くて・・・・・辛い。

倉田さんの中に『井原幸太』という存在はなくて・・・・彼女の心には
俺を通しての父親がいるだけ・・・・・・。



自分でも・・・驚くくらい・・・動揺している。
すごくショックを受けている自分に驚き・・・・・自覚する・・・・・・。







俺、倉田さんのこと・・・・好きなんだ・・・・・・・。

たぶん・・・初めて会った時から・・・・好きだったんだ・・・・・・・・。








西園寺は何も言わず立ち竦んでいる俺を見て心配そうに言った。
「井原さん・・・・やっぱり・・・体調がまだ良くないんじゃないですか?」

いけない・・・ボーっとしてないで・・・自分の『役割』を果たしに行かなければ・・・・。
「大丈夫です。・・・じゃあ俺、仕事ありますから・・・・」
無理やり笑う。心と正反対の表情をすることがこんなに辛いなって思ったこと・・・なかった。
「あ・・・じゃあ私も帰ります・・・」
俺と西園寺一緒に部屋を出て西園寺は帰って行った・・・・。

そうか・・・西園寺や田中は昔から倉田家と付き合いがあった。
だから倉田さんのお父さんのことも知っているんだ・・・・。
西園寺の方がずっと年上な分・・・気が付いたんだ・・・・・。


秘書室で俺はなるべく平常心を装おうと頑張るが・・・・でも・・・ダメだ・・・気分が
海の底に落ちていく・・・・。

父親に似ている・・・・倉田さんが俺に対して持った『好意』はすべて彼女の父親の物・・・。

席で肩を落として座っていると・・・気が付くと目の前に貝塚がいた。
俺の席の前で立って、見下ろしながら言った。
「まだ具合が悪いんですか?」


心配・・・してくれているのか?
「いえ・・・大丈夫です」

貝塚はクスッと笑い楽しそうに言った。
「じゃあ何か気を落とされるようなことがあったんですか?」

・・・すごく楽しそうに俺を見ている・・・。気味が悪いほど楽しそうに・・・・・・。
我慢できなくて貝塚を睨んだ。俺が落ち込んでるのがそんなに楽しいのか?
「何がそんなにおかしいんですか?」

「いいぇ・・・おかしくなんかないですよ・・・ただ貴方のそんな目が見れて
嬉しいだけです」
そう言った貝塚の目は本当に冷たくて・・・顔が微笑んでいる分余計恐かった。

背筋が凍りつき・・・何も言えなくなってしまった・・・。

「貴方の目・・・好きです。とても澄んでて綺麗だ」

唖然としている俺を置き去りに自分の席につき小声で言った・・・。

「舞さんと同じ目をしています・・・・」







貝塚幸英38歳・・・・三田さんからの話だと大学卒業してすぐこの家に雇われた・・・。
・・・ちょうど倉田さんの両親が事故にあった時くらいからここにいるってことか・・・。

俺は早々『秘書』の役割を切り上げ秘書室を後にし、三田さんを探した。
貝塚のことをもっと知りたかった。
途中廊下で修治とすれ違った・・・。
修治は少しバツが悪そうに俺を見て肩をすくめた。
そのまま言葉を交わさずすれ違おうと思ったが大切な確認を忘れていたことに
気が付いた。

ちょうど修治が真横に来た時に聞いた。
「黒い封筒・・・知ってるか?」


修治は『何言ってんだこいつ』と言いたげな顔をして
「知らない」・・・と答えた。


ちっ!こいつでも・・・ないのか。

誰なんだよ・・・いったい。





今・・・午後3時か・・・外でお茶でも飲んでいるのかな・・・。

俺は庭に出てみる。やっぱり・・・いた。
庭の花壇に水をやっている倉田さんと少し離れた所でテーブルにお茶の用意をしている
三田さんの姿が目に入る。

倉田さんに気が付かれないように三田さんの元へ向かった。




「貝塚さんについて・・・ですか。私はここ来て6年なので・・・それ以前のことは
わかりませんが・・・」
「何でもいいんです・・・・思い付くこと全て教えて下さい」

「いつも冷静で・・・仕事も真面目で・・・無口な方・・・。会長も貝塚さんがいて下さって
いるので助かっているようです・・・・ただ・・・」
「ただ?」
少し言いにくそうに遠慮がちに話し出す。
「・・・これは私がただ・・・そう思った・・というだけなんですが・・・・・舞様は貝塚さんのこと
苦手のようです」
「苦手?」
「・・・苦手・・・と言うより・・・恐がっている・・・と言うのが正しいかしら・・・貝塚さんが側に寄ってくると舞様
とても恐がっているように感じます・・・」
理解・・・出来る。俺も恐かった・・・・・。
「おかしいな・・・と思うのは、舞様はそんな状態になった時はその場から逃げ出すのに
貝塚さんからは決して逃げ出さない」

・・・逃げ出さないんじゃなくて逃げ出せないんじゃないのか?
蛇に睨まれた蛙のように・・・・・。何らかの理由で・・・・。


貝塚・・・・・この男、なんか引っ掛かる。
15年前の飛行機事故と・・・・何が倉田さんを変えたのか・・・。




イスに座りもせずに立ち話している俺と三田さんに気が付き倉田さんが
駆け寄ってくる。


「井原さん!お仕事終ったんですか?」

笑顔で俺の顔を覗き込む。

彼女の笑顔を見るのがとても好きだった。
・・・でも今はとても心が痛い。

彼女の笑顔は俺に向けられたものじゃない。
そんなことわかってる・・・。


それでも

俺は彼女の笑顔が好きだから・・・・。

彼女の心に『井原幸太』なんかいなくたってかまわない。
それでいいと思った。

彼女の笑顔が見れるなら何だっていいや・・・。

「今日はどんな話をしますか?」
微笑んで俺を見ている彼女に言った。

自分の中の・・・1番の笑顔で・・・・・。



2001.4.20     次ページへ

業務連絡→顔面筋肉痛になりそうです・・・・(泣)