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(12)幸せの星F

「これが舞様のご両親のお写真です」
三田さんに頼んで倉田さんのお父さんの写真を見せてもらった。

倉田さんのご両親と子供の頃の・・・倉田さんが写っていた。

写真の中の倉田さんはとても幸せそうに笑ってる。


俺と倉田さんのお父さんは顔や体型は全然似ていない。
写真じゃわからないのか・・・・・・どう似ているのか。

『舞さんの亡くなったお父様に似ているんです』
そう言われても自分じゃ確認しようがなんだよな・・・・似てるのは『雰囲気』なんだから。

倉田幸生   倉田さんのお父さんの名前・・・・偶然だな・・・同じ『幸』の字だ。

「井原さん?」
写真を見詰め、動かない俺を心配し三田さんが声をかけた。


「何かあったんですか?」
「いえ・・・何も・・・」
・・・しかっかりしなきゃな!自分で決めたんだからな。代用品だって何だっていいって。


倉田さんを待ちながらの玄関でのやりとり。

今日は日曜日。俺は倉田さんと2人で出かける。
本当は三田さんも一緒のはずだったが急用が出来てしまい行けなくなってしまった。
出かけるのをやめようとしたけれど倉田さんが2人きりでもかまわないって言うので
予定通り出かけることにした。

「お待たせしました!」

支度を済ませた倉田さんが部屋から出て来た。
淡い水色のワンピースを着ている。とても似あってて・・・かわいい。

門の前まで三田さんが俺達を見送ってくれた。

今日のお出かけの目的は倉田さんからのリクエスト。
俺が良く行く場所巡り・・・・。

そんなの・・・何処が面白いのかわからん。
でも2人で出かけられるのはとても嬉しい。

今日は車は使わず電車での移動。

「まず何処へ行くんですか?」
嬉しそうに倉田さんが聞いた。

リクエストされてから頭を抱えて考えた。俺の行く所で倉田さんが楽しめそうな所
昨日一晩考え抜いて決めた。

「今日は天気も良いし」

都心の中なのに広い緑のある場所・・・お気に入りの公園がある。
ちょこっと入場料取られちゃうけれど俺はここで昼寝するのが大好きだった。

公園では日曜なので家族連れがのんびりしている姿が見られた。
大きな木の木陰を見つけてそこに敷物を敷いた。

「じゃん!」
俺、手に持っていた手提げ袋を掲げる。
倉田さん、きょとんとし、首をかしげる。
「何ですか?その袋・・・」

中に入っているのはお弁当!!

「今日、朝厨房借りて作ったんだ」
けっこう料理するの好きだったりする。
まあ、独身寮は賄い付きだったからやらないけど
大学行ってた時は一人暮らしで自炊してたから・・・。
「井原さんが作ったんですか?」
ビックリしている倉田さん。
「はい」
袋の中からお弁当箱2つ取り出し、1つを倉田さんに渡す。
倉田さんは蓋を開けてしばらく食べずに感動しまくってくれた。

ここまで感動されると少し困ってしまう。女の子が作るような弁当みたく可愛い飾りなんて
してないし・・・・・。



お弁当タイムが終って寝転がって空を眺めてた・・・・・そうしているうち俺は気が付いたら
・・・・完全に熟睡していた。


はたと目が覚め慌てて身を起こす!腕時計を見ると午後3時過ぎ!2時間も寝てしまった!!

倉田さんは・・・すぐ横を見るとクスクス笑いながらちょこんと座っていた。

「すみません!つい倉田さん、ずっとここにいたんですか?」
「はい!寝顔見てました」

げっ!・・・・は・・・恥ずかしい・・・・・。俺マジで今顔真っ赤だろう・・・。
どうして俺は・・・こうすぐに寝入ってしまうのだろう・・・・・・。

気を取り直し言う。
「・・・お茶でも飲みに行きますか!」
「はい」


それから俺達は喫茶店に行き、お茶を飲みながら他愛のない話をする。
これじゃいつもと変わらないな。

倉田さんは紅茶カップを手に持ち、言った。

「井原さんのお名前・・・幸太さんって言うんですよね」
「そうです。幸せに太いって書いて幸太・・・母が言うには幸せに、ず太く生きろって
意味でつけたと聞きました」
倉田さんはクスッと笑い・・・その後、少しうつむき微笑んだ。
「父の名前にも幸せって字が使われてました・・・・幸せに生きて欲しいって
願いを込めた名前だったって・・・おじい様が言ってました」

俺は、驚いた・・・・・彼女が自分の家族の話をしたのはこれが初めてで・・・
そもそも倉田さんはいつも俺の話を聞くばかりで自分自身の話をしたことはなかった。
でも・・・倉田さんはそれきり黙ってしまった。
倉田さんの両親については踏み込んじゃいけない場所のような気がして
自分からは何も聞けなかった。

突然、倉田さんは意を決したように顔を上げ、真っ直ぐ俺を見て言った。
「あ・・・あの・・井原さん!!」
俺も何事かと身構えてしまう。
「はい」

その後彼女はうつむき小さな声で言った。
「下の・・お名前で・・・呼んでも・・・・いいですか?」
「・・・はい?」
「・・・幸太さん・・・て呼んでも・・・いいですか?」
倉田さんは顔を赤くしながらうつむいたまま返事を待っている。
俺は意外な展開にしばらく固まり、慌てて言った。
「ど・・・どうぞどうぞ!もう、好きなように呼んで下さい!!」
い・・いかん!嬉しいのと驚きとで声が舞い上がってる。

倉田さんは嬉しそうにうなずき、言った。
「ありがとう・・・・幸太さん。・・・あの、私のことも舞って呼んで下さいね!」

そ・・・それは・・・とても嬉しいが・・・・。

「・・・急にそう呼ぶのは・・・・無理そうです・・・・」
「・・・じゃあ、そのうち『舞』って呼んで下さいね」
倉田さん・・・少し残念そうにしている。


『舞さん』『舞ちゃん』『舞』・・・・うわ〜!!呼びたいけど
今の俺にはとてもじゃないが呼べない!!絶対呼べない!

照れながらそんなことを考えて・・・・気が付いた・・・。




もしかしたら・・・・。

喫茶店を出て、少し前を歩いていた倉田さんを呼ぶ。

「舞・・・・・・・・・さん」

倉田さんは振り向き・・・・少し驚いた顔で俺を見て・・・・。
本当に嬉しそうに・・・・・・微笑んだ・・・・・。

彼女のその顔を見て確信した。




『舞』・・・・・・そう呼んで欲しいのは俺にじゃないんだ・・・。

「・・・すみません・・・。やっぱり、しばらくは無理です・・・この呼び方」




夕食は俺が好きだった定食屋へ行った。
学生の頃からよく通っていた。
ここは優しくて気の良い『朝子さん』っていうおばちゃんがやっているお店。
ここなら倉田さんも大丈夫かな・・・・と思った。

「あら幸ちゃん!!久しぶりだねぇ!!」
ホッとするような笑顔で迎えてくれる。
「おばちゃん!久しぶり!」
おばちゃんは俺の後ろにいた倉田さんを見つけ嬉しそうに言った。
「あらま!!彼女出来たのかい??ずいぶんと可愛いお嬢ちゃん連れてるじゃないか!」
倉田さんは少し赤くなり俺の後ろに隠れてしまう。
「違います違います!」
慌てて否定。そんな俺を見て楽しそうにおばちゃんは言った。
「お嬢ちゃん、こんにちは」
倉田さんは・・少し体を固くしながら俺の後ろから出て来た。
「・・・こんにちは。倉田舞と申します・・・」
小さな声で挨拶し・・・ぺコッと頭を下げた。


小さなお店で席はカウンターと4人がけのテーブル席が3つしかない。
カウンターに座り食事した。この日はお客も少なくて
俺達をおばちゃんはかまってくれた。

初めは緊張していた倉田さんも段々打ち解けてきてしまいには
俺の昔話で2人で盛り上がっている・・・・。


倉田さんが席を外している時おばちゃんが微笑みながら言った。
「幸ちゃん、あの子のこと好きなんだろ」

やっぱりわかっちゃうんだな。

それから俺の頭をぽんぽんっと軽く叩いて
「・・・何だか辛そうだけど、まあ、がんばりな!」
と、応援の言葉をくれた。

「ありがとう」








俺達が帰宅したのは夜9時頃。
玄関に入るなり、三田さんが駆け寄って来た。

「お帰りなさいませ・・・・」
その少し慌てた様子に俺と倉田さんは顔を見合わせ首をかしげた。
「・・・何かあったんですか?」

「いえ・・・ただ貝塚さんが今日会長に辞表を出されて・・・・」

貝塚が・・・辞表?・・・ここを辞めるのか?あいつ。

「それで・・・会長は・・・」
「かなり引き止めたらしいんですが・・・・結局辞表を受け取ったそうです」

何でだ?いきなり辞めるって・・・・。


「あと少しでお別れですよ」



突然後ろから声を掛けられびっくりした。
貝塚も外出していたのか、玄関の出入り口で立っていた。

倉田さんは三田さんと俺の後ろに体を寄せた。
やっぱり恐がっているのかな・・・こいつのことを。


貝塚はゆっくり俺に近づき、微笑んだ。
「井原さん、2人で少し話がしたいのですがお時間いただけますか?

秘書室で俺たちは座りもせず立ったままの状態・・・・しばらく貝塚は黙っていた。
なかなか話し出さない貝塚に少し苛立ちを覚える。

貝塚はクスッと笑って俺を見た。

「送別会開いて下さいね」
がくっ!・・・・そんなこと言うために2人きりになったのか・・・こいつは!
「わかりました!盛大に開いてあげます」
貝塚は小さく首を横に振り、俺を見詰めて言った。
「盛大でなくてもかまいません。井原さん、貴方と2人だけで食事をしたい」



2人だけで?何でだろう・・・・。
いずれにせよ・・・あんまり気の進まない話だ。
「人数多い方がいいでしょう?」

「いえ、私は貴方とゆっくりお話がしたいんです」

・・・何かあるような気がした。警戒した方がいいよな・・・。
でも・・・貝塚なら15年前のことを知っているだろう。ここからいなくなる前に
その頃のことを聞いておきたい。



「・・・わかりました」

貝塚は本当に嬉しそうな笑顔になる。
「日時は私がここを辞める日の夜。場所は私が決めて良いですか?」
「いいですけど・・・あまり高いお店だと・・・ちょっと・・」
頭の中でお財布と相談してみる。まあ、大丈夫か!ある程度のお店でも
御馳走できるだろう。

貝塚は微笑みクスクス笑いながら言った。
「私が御馳走しますよ。無理強いしたのは私ですから」
「送別される側にそんなこと・・・・」

そう言いかけた時、貝塚が俺の側へ寄って来て耳元で囁いた。
「貴方には随分楽しませてもらいました・・・だからそのお礼です」

俺は反射的に後ろへ後ずさった。

そんな俺をいつものように楽しそうに見詰め部屋を出て行った・・・・・。

俺はしばらくその場を動けずにいた・・・・。

「・・・・とんでもない約束・・・・したような気がする・・・・」

実際、この約束は・・・本当にとんでもないことだった・・・。



2001.4.23  次ページへ

業務連絡→何か楽しいこと・・・ないかな。(涙)


(ちょこっと後書き)
Fは・・・書いてて一人で照れまくってました。(←バカ・・・汗)
何なんだこの甘ったるい展開は!!(私の最も苦手とするパターン・・・苦手なだけで嫌いな
わけではないが・・・)
・・・・・・実際Fの2人で出かける部分はなくても話はつなげられたのですが・・・・・・いいや・・・
載せてしまえ!!って感じです。半ばヤケ(汗)
Gは・・・暗いです。暗い話の前に一発甘い話を書きたかった・・・・でも墓穴を掘ったような気が・・・・・。(泣)
Fは・・・そっとしておいて下さい・・・。