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(8)幸せの星B

AM10:00 きっちり30分後、K物産からお迎えが来た。

俺はその頃には完全に開き直っていた。
車に乗せられて、何処に連れて行かれるかも知らされず窓の外をボーっと眺めていた。

迎えに来たのは『貝塚幸英』という男だった。
K物産の会長付秘書だそうだ。見上げてしまうほど背が高くて痩せている。
メガネをかけていて一見穏やかそうな雰囲気を持っていた。
でもその目はどこか冷たさを感じさせる。
しばらく黙っていた貝塚が笑顔で話し掛けてきた。

「突然な話に君も驚いたでしょう?」
「いやぁ、もう、煮るなり焼くなり勝手にどうぞって気分です」
ニッコリ笑って答える。
何言ってもこれ以上悪い状況にはならないだろう。
こちらとしては何かやらかして放り出された方が良いくらいだ。
貝塚はそんな俺を見てクスクス笑っている。・・・嫌な奴だな・・・・。


車はオフィス街から遠ざかり、そのうち閑静な住宅街へと入って行った。
西園寺の家みたいな大きな豪邸ばかりが並んでる。
てっきりK物産本社ビルに連れて行かれると思っていたのに・・・・・。
何処に向かっているんだろう。

その中でも一際大きな敷地前で車は止まった。
門が開いて車は滑るように敷地内に入ってゆく。

「西園寺のとこもすごかったけどここもすごいな・・・・」
一瞬子供みたいに車の窓に張り付いて外に目を奪われる。

門を入って真正面に屋敷が見えた。
立派な洋館。その前で車は止まり降ろされた。

大きな玄関を通り、1番近い部屋に連れて行かれた。
秘書室・・・なのかな。ドアの真向かいに立派な机が1つ、部屋の左側に
もう1つ小さな机があった。

「これが君の席です」
小さな机の方をを指し貝塚は微笑みながら言った。

「俺はここで何をすればいいんですか?」
「何もしなくていいです」
何を言われても驚かなくなっているが、こう訳のわからないこと
ばかり言われると、ウンザリしてくる。
「・・・・会長に会わせてもらえませんか?」
会長に聞くのが1番手っ取り早い。いつもなら『社長』や『会長』なんて奴らに
会うのは緊張するだろうが今の俺は会長の目の前で漫才でも出来そうだ。
いっそのこと裸踊りでもして早々に追い出されようか・・・。
「会長はお忙しいのでそれは無理です」
・・・忙しいならこんな余計なことせずに大人しく仕事だけしてろ!
「詳しい説明は彼女がします」
「彼女?」
その時、ドアをノックする音がした。
一人の女性が入ってくる。
「後は彼女から聞いて下さい」
そう言って貝塚は部屋を出て行く。




「三田香代子と申します」
少しお辞儀をしながら挨拶される。
30代後半・・・だろうか、とても落ち着いた雰囲気の女性。
肩より少し下くらいまである長さの髪を1つに束ねている。
華やかさはないけれど綺麗な人だと思った。
「井原幸太です・・・よろしく・・・・あ、」
俺のバカ!よろしくされたくなんかないのに!!頭を下げてから気が付く!
なんとなくつられて挨拶してしまった。
頭を抱えている俺を見て三田という女性、少し笑顔になるがすぐ表情を曇らせた。
そしてうつむいて意外な言葉を言う。
「・・・・すみませんでした」
「は?」
「貴方の意思を無視し、こんな形でお会いすることになるとは私も
思っていませんでした。」
・・・今日初めて俺の置かれた状況に対して理解してくれそうな人間に出会った・・・。
「・・・そんなこと言われても俺には何がなんだかわからない!
いい加減きちんと説明してもらえませんか?」
理解者を得てホッとし、その上謝られたものだから今まで抑えてきた怒りの感情が
沸いてきて少しキツイ口調で言ってしまった。
言ってしまった後で後悔する。悪いのはこの人じゃない。

「詳しく説明します・・・とりあえず座りませんか?」
部屋の中央に接客用のテーブルとソファーがあり、そこに向かい合うように
腰を降ろした。

三田さんは顔を上げ俺の目を見て、言った。
「倉田舞・・・・・ご存知ですね?」
倉田・・・・って・・・あの花を贈ってくれた子の名前・・・。
花瓶を持っていなかったし持っていたとしてもあれだけ大量の花をいけられるような
物ではなかっただろう。管理人さんからバケツをいくつか借りて飾った。
今も俺の部屋で咲き誇っているだろう・・・・・。

・・・あれ?

そういえばK物産の会長の名字も倉田だったよな。
単なる偶然だな・・・と、この共通点を片付けようと思ったけれど・・・
・・・・・ま・・・まさか・・・。
「舞様は会長のお孫さんです」

・・・きちんと2人の関係を理解し受け入れるまでにしばらくの時間がかかった。
理解したら余計この状況がわからなくなった。彼女と会ったのは西園寺の
パーティーの時1度きりだ。もしこの事態の原因が彼女だとしても理由がわからない。
「どういうことですか?」
俺は困惑していた。
「西園寺様の誕生パーティー会場に会長と舞様、それに私もいました。倉田家と西園寺家とは
古い付き合いですから・・・」
それは、わかる。
「そこで貴方と舞様がお話になっているのを会長が見ていたらしいんです」
・・・・は?確かに俺は彼女と少し会話をした。でもそれってほんの一瞬、しかも他愛のない
内容だった。それを見ていたからって何でこうなるんだ?
わけがわからず言葉も出ない。更に三田さんは話を進めた。
「舞様は会長と私以外の人と会話をすることはめったにないんです・・・・特に
『男性と会話』するなんて・・・信じられませんでした・・・」
「・・・はぁ」
まだ内容が把握出来ず曖昧な相づちをうつ。
信じられないのは俺の方だ。
あの日、話をした時の情景を振り返る。、内気そうではあったけど
普通に笑って話をしていたぞ・・・。
三田さんはニッコリ笑って言った。
「ましてやあんなに楽しそうにお話されている舞様を見たのは久しぶりです」
確かに彼女は笑っていた。可愛い笑顔だったなぁ・・・・。
「舞様は後でこっそり私にだけ打ち明けて下さったんです」
「何をですか?」
「貴方のことをもっと知りたいって・・・頬を真っ赤にしながら恥ずかしそうに・・・」
俺のことを知りたいって・・・どう反応していいのか困って頭をかく。
「まず西園寺様から貴方に関してのことを聞いて失礼だとは思いましたが、その先は私が
調べて・・・・誕生日が近いということを知り、舞様がお花を贈りたいと申しまして・・・」
「で、あの大量の花・・・ですか・・・・」
少し呆気にとられてしまう。いくらなんでもスケール大きすぎの花束だよ。
「自分の手で届けたいとおっしゃったので私が車で寮までお連れして・・・しばらく待っていたんです」
あの日は確か少し残業したから・・・帰ったのは8時頃だったからな・・・。
「でも貴方には結局お会い出来ずに管理人の方にお預けしたのです・・・・あまり帰りが遅くなると
会長に知られてしまいますので・・・・」
「・・・だからカードに名前だけで住所も何も書いていなかったんだ・・・」
「すみません・・・あせっておりましたので・・・」

ちょっと待てよ。嫌な予想が頭をかすめたぞ・・・・。不安げに三田さんを見る。
三田さんは『その予想通りです・・・』と言うように困ったような顔をして言った。
「・・・会長に知られてしまったんです」
「だ・・・だからって何でこの展開になるんです?」
「会長は舞様が楽しそうに笑うのを見て、その上自分の手で花を贈るほど
好意を持っている相手・・・貴方に興味を持ったんだと思います。私とは別に貴方のことを
調べていたようですし・・・」
「興味を持ったって・・・そんな特別なことじゃないでしょう?笑って会話することだって
花を贈るのだって・・・」
「舞様にとっては特別なことなんです・・・」
と・・・特別って言われても・・・理解できない!!
「会長は舞様を溺愛しています。もし舞様の気持ちを知られてしまったら
どうなるのかわからなかったので私はこのことを秘密にしておきましたし
舞様も私以外に『男性』に花を贈りたいなどと話さないので・・・・会長に知られることは
ないだろうと思っていたのですが・・・」
「・・・でもバレたんですよね・・・・」
ため息が出る・・・・頭痛までしてきたぞ・・・。
「会長もずっと調べていたようなのであっさりと・・・・・」
まるで・・・漫画やドラマみたいな展開だな・・・・・・。
でも・・・・・・。自分がここへ連れて来られた原因が想像出来たら・・・怒りが湧いてくる。
会長はまるで気に入ったおもちゃを与えるように俺をここに連れてきたのか?
ふざけるな!
明らかに怒っている俺の様子を見て三田さんが慌てて言う。
「貴方のこの状況に関して舞様は何も知らないんです。まだここに貴方がいることさえ
知りません!舞様は貴方を無理やりどうこうしようなどと考えるような方ではないんです!!」
必死に訴える三田さん。そんなこと・・・わかってる。少ししか話していないけど
彼女はそんなことするように思えない。
俺は彼女に対しては良い印象しか持っていない・・・今も。
「わかっています」
俺の言葉に心底ホッとしたように肩を落とす。
「ありがとうございます・・・・」
三田さん・・・少しうなだれて弱音を吐く。
「私も今日の早朝初めてこの話を知り・・・もうどうしたら良いのかわからなくて・・・・貝塚さんから
会長の伝言を聞き・・・泣きたい気持ちでした・・・」
「どんな内容だったんですか?」
「井原幸太という男を雇ったから舞の話し相手をさせろ・・・・それだけです・・・」
「・・・・話し相手・・・・」
め・・・眩暈がする・・・それだけのために俺を連れてきたのか?
俺も泣きたい気持ちになってくる・・・・。
「こんな風に貴方を連れて来て・・・このことを舞様が知ったら・・・ショックを受けます」
そりゃそうだろう。「友達」は物じゃない。
こんなことされても嬉しいはず・・・ないだろう。
「私は舞様のお世話係なんです。もう6年舞様のお側にいますから・・・わかるんです。
たぶん・・・このことを知ったら2度と誰にも心を開かなくなってしまう・・・」
「そんな大げさな・・・」
・・苦笑いしながら言ったが・・・あまり説得力なかったようだ・・・。
「会長の長男夫婦が舞様のご両親なんですが・・・15年前・・・舞様が6歳の時事故で
亡くなられて・・・それ以来あまり人と関わらなくなったそうです」
三田さん、辛そうに話を続ける。
「詳しいことはわからないのですが・・・舞様が人を避けるのは、ご両親の事故と
あと・・・何か理由があるようなんです・・・舞様を追い込んだ何かが・・・・だからこれ以上
心に傷を負ったら・・・・・・」
俺と会話をしたってだけでこんなに大騒ぎになるんだ・・・・三田さんの言っていることは
大げさではないんだろう。俺の今置かれている状況もすごく厄介なんだな・・・。
「俺はどうすればいいですか?」
自分の存在が微妙な立場なだけにどうして良いのかわからない。
「・・・お願いがあるんです・・・」
「お願い?」
「倉田家で秘書の募集を出し、その募集に偶然貴方が申し込んで、採用された・・・
ということにしていただけませんか・・・・・その代わり、私が責任を持って貴方が元の
生活に戻れるように会長を説得します・・・・・時間はかかるかもしれませんが・・・」

多少無理を感じる設定だけど押しきれば彼女に疑われずに済むだろう・・・と
三田さんは言う。
それしか・・・ないのかな。
今の俺にとっても良い話だ・・・・・・。

でもなんか心に引っ掛かる。

そう思いながらも俺はこの話を了承した。

後日この『取引』が俺を徹底的に苦しめることになる・・・。


「では、舞様に再会する前にこの家に住む倉田家とその他の人間関係を説明しますね」
倉田家の家族構成はまず、会長。
倉田三十郎、73歳。そして会長の亡くなった長男の忘れ形見である孫娘の舞21歳。
次に会長の次男夫婦。
倉田祐三46歳、妻 弥生40歳
次男は現在K物産の社長だそうだ。
そして次男夫婦の子供が2人。
長男の修治19歳、次男の忠雄18歳。2人とも大学生。

続いてここの従業員。
会長の秘書である貝塚幸英38歳。
孫娘の御世話係の三田香代子。
あとは料理人が2人とお手伝いさんが2人いるそうだ・・・。
以上の12人・・・がこの倉田家に住んでいる。
「貴方にもここに住んでいただきます」
・・・たった今13人になった・・・・。そういえば辞めたんだからあの独身寮には
いられないよな。社宅だもんな・・・。
「部屋と会社の荷物、後で取りに行っていいですか?」
「既にうちの社の者が片付けてここの貴方のお部屋に運んであります」
・・・おいおい・俺にはプライバシーというもんはないのか?
「・・・申し訳ありません・・・時間がなかったものですから・・・怒ってますか?」
ガックリしている俺を見て三田さんが心配そうに言った。
「・・・いえ・・・もういいです・・・どうとでもして下さい・・・」
日頃から運命に弄ばれてるから・・・もう慣れた・・・この展開。

三田さんはホッとしたように次の話に入る。
「こちらで働いていただく間の貴方のお給料の話なんですが・・・・」
給料・・・・か。あっ!
「ちょっと待って下さい!それって、今まで俺がもらっていた金額より上ですか?」
俺は反射的に質問していた。
「はい。月額・・・」
何やら書類を見ながら三田さんが数字を言おうとしている・・・。
ダメだ!
「うわっ!言わないで下さい!!」
「え?」
きょとんと俺を見つめる三田さん。
俺は耳をふさぎながら言葉を続ける。
「金額を知っちゃったら誘惑に勝てなくなります!!」
「誘惑?」
三田さんは首をかしげて俺の返答を待っている。
「俺の予想だと、・・・かなり・・・とんでもなく良い金額なんではないかと・・・・」
「はい・・・」
やっぱり〜!良かった・・・金額聞かなくて・・・・。
「今までと同じだけ、いただければそれでいいです!!同じにして下さい!」
「何でですか?せっかく・・・」
「だって一度良い思いしちゃったら元の生活に戻れなくなる・・・俺、無欲じゃないし
そんなに意思も強くないから!ダメです!ダメになる!」

三田さん、クスッと笑って肩をすくめた。俺の考えてることを理解してくれたようだ。
「わかりました」
俺だってお金はたくさん欲しいし贅沢もしたいと思う。でも今までの自分の生活で充分
満足していたし不満もなかった。それ以上を望めるほど、まだ人間出来ていないと思う。
そんな俺がこんな形でお金を手に入れてしまったら絶対その生活から抜けられなくなる。
俺はまた元の生活に戻りたい。

あの生活が気に入っていたんだ。

「一応のお話はこれで済みました・・・・・・これから舞様に会っていただきますが
先ほどの件・・・よろしくお願いします」
少し緊張気味の三田さん・・・・俺も緊張してくる・・・。


階段で2階に上がり、長い廊下を通り一番奥の部屋の前で止まる。
三田さんが俺の顔を見て、目で『心の準備はいいですか?』と聞く。
俺は小さくうなずいた。

「舞お嬢様、三田です」
三田さんがドアをノックし声をかけた。
「はい。今開けますね」
三田さんには気を許しているのだろう・・・中から小さいけれど明るい声が聞こえた。
中からドアのロックが外されゆっくりドアが開けられた。


「三田さん・・・ちょうど良かった。一緒にお茶でも・・・」
三田さんの後ろにいた俺に彼女が気が付いたのはその時だった。

俺と目が合い、彼女はとても驚いた表情になり、その後頬が赤くなった。

俺は・・・驚いた表情を作らなきゃいけないと思いながらも演技なんか出来ないし・・・・。

何より・・・彼女を見た瞬間、自分の複雑な気持ちに捕まってしまった。



こんな形でも、彼女にもう一度会えて・・・嬉しかった。


同時に、こんな形で再開したことがとても悲しかった。





彼女を傷つけないための嘘。
そして元の生活に戻るための嘘。

この時自分に出来ることは・・・これしかなかったんだ・・・・・・。





2001.4.16   次ページへ

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