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(7)幸せの星A

災難がすぐそこまで俺に忍び寄ってきていた・・・・・。

俺の誕生日が金曜日。土日は例の『殺人予告』のせいで一歩も外へ
出る気にならなかった・・・・・。

そして月曜日・・・最悪な1日が始まる・・・・。

朝、混み合う駅のホーム、1番先頭で渡瀬先輩と電車を待ちながら例の気味悪い手紙の話をした。
「またお前の不幸録に1件項目が追加されるのか?最後の項目にならないように
しなきゃな!!」
渡瀬先輩は俺の話を笑い飛ばす。・・・いや、たぶん、気を使ってくれているんだろう。
そんな手紙イタズラだ!気にするなって・・・・。
かなり・・・落ち込んでいる。誰だかわからない奴にこんな手紙もらえば
落ち込むのも無理ないだろう?

『殺してやる』

・・・・殺されたく・・・ありません。

『殺してやる』

だから嫌だってば!!俺のささやかな夢を叶えるまで死ねるもんか!!

ささやかな・・・いや!大きな夢だ!!
結婚して温かい家庭を手に入れるんだ!!

・・・まだ、その相手にさえ出合ってないのに殺されてたまるか!!



そんな考え事をしていると・・・電車がホームに入ってくる・・・・。



その時

トン

軽く背中を押された・・・・・

俺は前にヨロケて・・・視界に線路が見えた・・・・

ホームに落ちる!!そう思った瞬間、襟首をすごい力で後ろに引っ張られた!

「井原!!」

渡瀬先輩が引っ張ったんだ・・・・今度は後ろにヨロケた俺を先輩が支えてくれた。
その瞬間目の前を電車が通り過ぎた・・・・・・・。



電車のドアが開き、降りる人と乗る人が行き交う・・・・。ドアが閉まり電車は走り始めた・・・・。


俺と渡瀬先輩・・・その電車に乗らず・・・・・・ホームで呆然と立っていた・・・・・・。

『殺してやる』

・・・本気なんだ・・・・・・・。




会社に着くまで渡瀬先輩と俺は無口だった。先輩は俺の周りに注意をしてくれていた。
渡瀬先輩がいなかったら今頃・・・・死んでたな・・・。

会社に着き、それぞれの部署に行くため別れる時、先輩にお礼を言った。
「・・・ありがとうございました・・・」

「・・・井原・・・お前大丈夫か?・・・顔真っ青だぞ・・・・・」
渡瀬先輩は真剣な顔で俺の顔を覗き込む。
「・・・警察に相談した方がいいんじゃないか?」
先輩の言う通りだ・・・そうしよう・・・・。
「後で近くの交番にでも行ってきます」
「その時俺もついて行くから声かけろよ!」
そう言って別れた。



でも・・・俺はこの日・・・・警察には行けなかった。

更にとんでもないことが俺を待っていたからだ・・・・。


企画課の自分の席につくやいなや、佐藤課長が固い表情で俺の元にやって来た。

「井原君・・・」
「あ・・・おはようございます・・・」
俺は何とか平常心を保ちながら笑顔で挨拶した。

「井原君・・・今すぐ社長室に行って・・・・」
「・・はぁ?」
社長室?・・・・何しに?・・・俺なんかしたっけ?

困惑している俺に気を使うように佐藤課長は耳打ちする。
「私も詳しいことはわからない・・・・ただ・・・・貴方は今会社の運命を左右する存在らしいの」
ますますわからない!!なんで俺みたいなしがないヒラ社員が会社の運命を左右するんだ!!



何なんだ!今日は朝からあんな目に合わされるし・・・・緊張と不安で胸が締め付けられている。





社長室のドアをノックし入室する。まず立派なイスに座っている大塚社長が目に入る。
その周りには重役達が立っている。みんなが入ってきた俺を一斉に見つめる。

「・・・あの・・・・井原です・・・」
今の俺、朝のこともあり、かなり緊張していた・・・・。
立っているのがやっと・・・そんな感じだ。

社長は重役達の顔を見て言った。
「井原君と2人きりにしてくれないか・・・」



重役達が出て行き・・・俺と社長2人きり・・・。

「君が井原君か・・・・」
少し笑みを見せ社長が俺を見つめる。
大塚社長・・・・佐藤課長の昔の恋人・・・・。
年齢は知らないが・・・60代なのかな・・・・・中肉中背、俺よりひとまわり位体格は良い。
物静かな人・・・という印象を受ける・・・・・ただ、その目にはすごく威圧感を感じる。
やっぱりすごい人なんだ・・・と感じる。
しばらく俺を眺め・・・ふっとため息をつく。
俺はとにかくただ黙って立っていることしか出来ないでいる。

「本題に入ろうか・・・・」
社長はそう言い・・・話を始める。

「K物産は知ってるな?」
「・・・はい」
K物産株式会社。うちの会社の1番大きな取引先だ・・・。大事なお得意様。
「そのK物産から大きな仕事の依頼があった・・・うちにとって、信じられないような
大きな契約だ」
「・・・はぁ・・・」
だから何なんだ?
それが俺に何の関係があるのかさっぱりわからない・・・・。

「ただし、その契約を結ぶために一つ条件を出された」
「条件?」


大塚社長は俺の目を見据え、ゆっくりと言った。

「k物産の会長が君を欲しいと言ってきた」


・・・・・あんまりな話に俺の思考回路がついていかない・・・・俺が欲しい・・?
なんだそりゃ・・・。

「・・・な・・・何で俺・・私なんか・・・・欲しがるんですか?」
大塚社長は肩をすくめ、ため息をついた。
「理由はわからん。ただ・・・君自身とサイン済みの契約書は引き換えだそうだ」
契約書と引き換えって・・・なんだそりゃ!!
「ちょ・・・ちょっと待って下さい・・・私は○×会社の社員です・・・そんな勝手なこと言われても・・・」
「私は了解した」
即答。はっきり言われた・・・・。
ちょっと待ってくれよ・・・・。俺自身のことなのに・・・・。
俺の意思は?俺自身に選択権はないのか?
そんな考えがグルグル回り・・・・。納得いく説明が欲しくなる・・・・。
「あの・・・これは・・・出向とか・・・ではないんですか?」
それならば何とかこの話を受け入れられる・・・・・気持ちに整理が出来る。

しかし大塚社長はそんな俺の希望もあっさり否定した。
「違う。君には辞表を書いてもらう」
・・・・いくら社長だってそんないきなり辞表を書けって・・・・・・・。

「辞表・・・」
「次の行き先は決まってるんだ、文句はないだろう?」
この時ばかりはさすがに俺も頭にきた!こんな理不尽なこといくら社長や大会社の会長だって
やっていいはずがない!
「文句ありますよ!私は絶対辞表なんて書きませんよ!こんなめちゃくちゃな話・・・」
俺の抗議は途中で社長の声に阻まれる。

「はっきり言おう。君は確かに真面目だし仕事もそこそこ出来る・・・でも
君の代わりはいくらでもいるんだ」
俺の代わりはいくらでもいる・・・・・・。その言葉にショックを受けた。
更に大塚社長の言葉は続く。
「しかし、この契約を成立させることが出来るのは君だけだ」
・・・・・頭が混乱する・・・・。社長の言葉に反論したい・・・・でも
言葉が見つからない・・・。
それどころか『確かにその通りかも・・・』と思ってしまっている自分もいる・・・。
完全に負けている。


「社長である私がどんな選択をするか・・・・わかりきったことだ」
俺はせめてもの反抗・・・・社長から目を反らし、黙っている。
「・・・もちろん、無理やり相手に引き渡すわけにも行かない・・・」
当然だ!!誰が思い通りになってなんかやるもんか!
「だから・・・・君自身が納得して、この話を受け入れてもらうことにした」
・・・何を言われているのかわからなかった。どんなに説得されようが
こんな話俺は納得する気はさらさらない。

大塚社長は俺の目をまっすぐ見つめて言った。

「卑怯と承知で言わせてもらうよ・・・・君の父親は確かK物産の系列の会社に勤めていたね」

「・・・何が言いたいんです?」
「君の返事次第では君の父親も仕事を失うことになるよ」




それから社長は席を立ち、俺の肩を軽く叩き
「30分後K物産から君の迎えが来るそうだ・・・・それまで隣の来客室にいてもらうよ」
・・・と言って社長室を出て行った。




大塚社長がドアを出る時、小さな声で「・・すまん・・」と言った。
でもその言葉は俺には届かなかった。








辞表を書かされた後、来客室のソファーに座り、お迎えとやらを待つ間、俺はぼんやり考えていた・・・。
俺の代わりはいくらでもいる・・・・・確かにそうだろう。
会社にとっては俺なんかの代わりは山ほどいる。


でも・・・・俺は今まで自分のことは自分自身で考えて決めてきた。
この会社だって俺が1番入りたくて・・・・入社できた時は嬉しかった。
仕事だけが生き甲斐ってわけではないし、未熟ではあるけれど・・・それでも・・・
仕事に対して責任感も持っていたし少しばかりのプライド・・・・みたいなものも感じていた。



こんな形で自分を『物』のように扱う『会社』に対して俺は何も出来ない。
逃げ出すことすら許されない。



くやしい・・・・。



すげぇ・・・くやしい・・・。






誰もいない来客室・・・・・・俺はうつむき・・・・・・・泣いた・・・・・。


業務連絡→・・・特になし・・・・

2001.4.8   次ページへ